第10話 君との始まりの歌

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中央ステージから爆発が起こり、それは瞬く間に規模を拡大させた。

ロザリアはすぐにステージに行くとバリア系の魔法を唱えて爆発からソウマ達を守る。

他の学園の生徒も来ているからステージ外は彼らが防御するだろう。

恐らく火系の魔法だろう。

ロザリアは周囲に立ち込める煙の中、背後のソウマを確認する。口元を衣装の袖で抑えて、ソウマはロザリアの隣に来た。


ソウマ「ロザリア、何が…起きてるんだ?げほっ」


ロザリア 「火系の魔法、大方ファイアボールでしょうけど。ソウマ、私から離れないでね」


ロザリアはソウマを見て言う。ソウマは首を縦に動かし、頷く。

煙が周囲を覆う中、ロザリアは前を向く。

左腕を突き出し、手のひらから青い紋章を出現させる。紋章は青に発光し、ロザリアは声を上げて魔法の名を言う。


ロザリア「コールド・レイ!」


氷魔法コールドレイ。冷気を纏った光線が紋章の中心から発射される。

ロザリアの放ったコールドレイは煙の中を走り、大きな音をたてて砕け散った。

コールドレイが駆けり、煙の中に穴を開け氷の風が吹く。

煙は数秒の間に風と共に消え去り、中央ステージの周囲が鮮明になった。

ソウマはロザリアの隣に立ち、目を大きく開く。

右腕を振り払うような動作をし、足下には砕かれた氷の破片が落ちているのはソウマがよく知る人物だった。


ソウマ「イオリ…!」


距離にして約5メートル程、ロザリアとソウマの前に立つのはミルクティー色のふわふわした癖毛の美少年。

桜華のメンバーの一人、イオリだ。

愛らしい外見に似合わない、眉を顰め不愉快だと言わんばかりの表情を浮かべたイオリは吐いて捨てるように舌打ちをする。


イオリ「不純な吸血鬼の護衛か」


ロザリアの事を指している言葉だろう。

特に表情を変えず、ロザリアは真っ直ぐイオリを見た。

ソウマは顔を俯かせ、一緒に活動していたメンバーの変貌にショックを受ける。


ロザリア(さて、この現状をどうしようかしらね)


うかつにソウマから離れるわけにはいかない。

しかし、ロザリアの戦闘スタイルでは遠距離は魔法しかない。魔法も月が主力で他の属性は威力が落ちる。

それに詠唱の長い魔法で隙をつくってソウマに接触されるわけには…。


プロデューサー「イオリ、何故こんなことを…」


ステージの傍で床に尻餅をついている小太りの中年男性、ソウマにプロデューサーと呼ばれていた彼が震えた声でステージに立つイオリに問うた。

不愉快そうにイオリはプロデューサーを睨みつける。

そして、深々とため息を吐いてイオリは語りだす。


イオリ「僕は愛しの吸血鬼の王、ヴェレッドロード様の寵姫!ふふ、可哀相な豚共に語って聞かせてあげるよ!美しく、聡明で、高貴なヴェレッドロード様はノービリスなんかよりも先にソウマを欲しがっていたんだよ…。

あの御方の望みは絶対!!」


だから僕は桜華のオーディションに潜入してソウマに接触、機会を窺ってたの!!

大きく目を開き、イオリは歓喜に満ちた声音で長々と語る。

半分以上聞いてないロザリアは「ああ、そういうことね」と納得した。

機会を窺っていたのは建前に過ぎないのだろう。イオリはヴェレッドロードの寵愛がソウマに向くのが気に入らない。

今回、ノービリスが動いたことでヴェレッドロードに突かれて焦ったのだろう。 

…どっちが可哀相かしらねえ。

個体差もあるが寵姫の戦闘力は基本、恐れるものでは無い。

だが、主が出てくるとなると話は変わってくる。

ロザリア腕を組み、考えるがソウマは眉根を下げて哀しそうだ。


ソウマ「…俺の、せいで」


すぐ傍でうなだれるソウマにロザリアは腕を組んだままソウマを視界の端で見る。

…災難だ、と同情した。

ロザリアとソウマがイオリと中央ステージの上で対峙する中、他の学校の生徒達はイオリの隙を二階席から狙っていた。

先ず、魔法系の生徒がイオリに先制攻撃を仕掛けて二階席から接近戦担当が中央ステージへ飛び降り、イオリを攻撃し中央ステージにいる者達を救出する。

中央ステージの奥にはソウマと銀髪の他校生徒の少女、その後ろに桜華のメンバーの一人であるヤマトと音楽関係者が数人。


他校生徒「いいか、合図をしたら魔法ファイアアローを撃て」


他校生徒「解った!」


魔法で先制攻撃を仕掛けるのは二人。次に飛び降りて中央ステージのイオリに攻撃する接近戦担当は三人。


他校生徒「今だ!!」


その声を合図にして魔法担当二人の生徒がソレール・アームズの杖を振り紋章を出現させる。赤く発光する紋章の中心から火の玉が数個発射された。

火系の初級魔法ファイア・ボール。

火の玉は迷うことなくイオリへと向かって飛ぶ。

飛んできた火の玉にイオリの近くにいた銀髪の少女が「え?」と間抜けな声を小さく発した。

イオリに命中したファイア・ボールは爆発音とともに爆発した。

他校の生徒達は三人、二階席から助走をつけて飛び降り一階の中央ステージへと降りる。

すぐに三人はソレール・アームズの剣を取り出して黒い煙が上がる中心を取り囲む。黒い煙の中にはイオリがいるはずだ。

先ほど、他校の生徒が放ったファイア・ボールが二個ほど飛んできたのでロザリアはバリアの魔法を唱えて発動させた。

ロザリアとソウマに飛んできたファイア・ボールは紋章に防がれ、消滅する。

ため息を吐きたくなったがこれはこれでチャンスだとロザリアは通信画面を表示する。

キーを打ち込み、メッセージを送った。「助けれ」と顔文字を添えて送っておく。

状況的に返事を待つ時間は無いが、アレクスからメッセージが入り読むことにした。

どうやら徹夜明けの任務帰りにナイを助けてくれたらしい。

お礼の返事を送った。

だが、すぐに大きな音がして画面から目を離し正面を向く。

イオリを覆っていた煙は消え、ステージの床には傷だらけで倒れる三人の他校の生徒。

そしてイオリは涼し気に笑みを浮かべて立っていた。

ロザリアはアレクスに「戦闘中」とメッセージを送って画面を閉じた。


イオリ「初級魔法と素人みたいな剣技で僕を倒そうなんて甘くない?」


ねえ?とイオリが同意を求めてソウマを見る。

ロザリアはその視線を遮るようにソウマの前に立ち、イオリを睨みつけた。

イオリは「ふうん」と呟く。


イオリ「ブスな不純吸血鬼は下がっててよ、死にたい?」


ブスっておい!とロザリアは食って掛かりそうになったが後ろのソウマが先にイオリに言った。


ソウマ「女性に対してその言い方は良くないぞ、イオリ」


イオリ「黙れ!僕はお前が気に食わない!!」


ソウマに注意された瞬間、イオリは癇癪を起した子供のように叫んだ。

ロザリアはブス言われた怒りの熱が冷め、イオリに哀れみを感じる。

だがイオリは矛先を二階席の他校の生徒へと向けた。恐らく先ほどファイア・ボールを使った生徒だろう。

イオリが二階席へと向き、片腕を突き出す。


イオリ「壊れてしまええっっ!!」


イオリは声を荒げて赤い紋章を出現させる。

赤の紋章は火魔法だ。

二階席の魔法使い二人は標的が自分達に移り、「ひっ」と引きつった悲鳴を上げた。

イオリの前に現れた赤い紋章がもう二つ現れ、それが初めに出現した紋章と重なる。

それを見たロザリアは「まずい」と氷魔法コールドレイを発動させ、イオリに向かって発射する。

コールドレイはイオリへと真っ直ぐに向かう。気がついたイオリはロザリアの方へと向いて紋章を向けた。


イオリ「小賢しいなあ!フレア・エクスプロージョン!!」


イオリの出現させた三重の赤の紋章から高熱エネルギーの球体が現れる。

ロザリアはイオリの魔法を見て思わず声を上げた。


ロザリア「そんなはた迷惑な魔法使ってんじゃ、」


コールドレイを放った青の紋章とは別にロザリアは白く発光する紋章を出現させる。

青と白の紋章は重なり、ロザリアは叫ぶ。


ロザリア「ないわよ!!混合魔法、エイスグランツ・レイっ!」


重なった青と白の紋章は青に発光し、白の光を零しながら紋章の中心から氷の息吹を纏った光の光線が発射された。

先に放ったコールドレイはフレア・エクスプロージョンに当たり蒸発して消えたが氷と光の光線は消滅せず、高熱エネルギーの球体とぶつかり合う。

轟音とともにぶつかり合う両者の魔法だがロザリアのエイスグランツ・レイが勝り、フレア・エクスプロージョンを破って使用者のイオリへと突っ込んでいく。

だが、氷と白の光線は赤い斬撃に一閃されイオリに届く前に消滅した。


ソウマ「!」


ソウマは息を飲み、イオリの方を見る。

その傍に立つロザリアは魔法を消滅させられたというのに焦った様子は見せず、笑みを浮かべた。


ロザリア「さて、どうなるかしらねえ」

 

美しい赤紫の髪を風に靡かせ、優雅な動作で血の剣を払う。

妖しく美しいその出で立ちに甘く魅了される者は数多いだろう。イオリは胸の前で両手を組み、目の前に立つ愛しい王に見惚れた。

イオリに向かったロザリアのエイスグランツ・レイを、手にしているブラッディブレイドで斬った男こそがヴェレッドロード。

吸血鬼の中でも高貴な存在。

イオリにとっては絶対の君で彼こそが世界の覇者と信じて疑わない人物なのだ。

ヴェレッドロードは美しい笑みをソウマに向けた。


ヴェレッドロード「ああ、映像で観るよりもずっと美しいね。ソウマ」


満足そうに熱い吐息を深く吐いてヴェレッドロードはゆっくりとした歩みでソウマに近づく。


近づくヴェレッドロードからソウマを庇うように前へと出たロザリア。

ロザリアは詠唱破棄し、青の紋章を自分の前に出現させて魔法を放った。


ロザリア「コールド・レイ!!」


青の紋章、中心から氷の光線が発射される。

しかし、ヴェレッドロードは邪魔だと手にしていたブラッディブレイドでコールド・レイを薙ぎ消し。間髪入れずにロザリアの発動させていた青の紋章を一閃。

真っ二つに紋章は斬られて、ガラスが砕けた音と同じ音で紋章は砕けて光の粒子へ変化し、すぐに消え去った。

ヴェレッドロードは眉間を寄せた。


ヴェレッドロード「ほう、かわしたか」


感心し、ヴェレッドロードはコールド・レイと紋章を斬った時の無表情さと変わって笑みを浮かべる。

青の紋章を斬る時、ヴェレッドロードの狙いはロザリア本人だった。

だが、ロザリアはコールド・レイを消された瞬間に青の紋章と自分の間にバリア魔法を張っていた。

…おかげで無傷だが、バリアに亀裂が入った。

ロザリアはため息を吐きたい気分だったがそんな隙は見せられない。

さて、困ったわねとロザリアは胸中でひっそりと思う。

ソウマから離れるわけにはいかないこの状況下で使える手札は限られている。

主力の月魔法が使えない時点でお察しだが。


ソウマ「ロザリア…」


ソウマにも何となくだがロザリアが攻めあぐねている状況なのは伝わった。

自分を守り、自分と離れずに戦う。

それが如何に難しい事なのか、ソウマにも理解できる。

ソウマがロザリアから離れればロザリアも戦えるのだろうが…。

しかし、彼女から離れることは危険だ。

情けないがソウマには戦う術は無い。幼い頃から愛でられる続け、守られてきたソウマには誰かを守る術は無い。

それでも、ロザリアに縋ってでも諦めたくない。

ソウマは自分の情けなさと何も出来ない歯がゆさに唇を強く噛み締めた。

ソウマを視界の隅で見たロザリアは彼に深く踏み込めない自分を情けない、と思った。

けれど、今は今だけは彼を守り抜こうとロザリアは制服のスカートの下に履いている短パンのポケットに手を突っ込む。

ポケットには小さな宝石が入っている。

アレキサンドライト。この宝石は友人がくれた特別な物。

魔力が込められており、一回ぐらいは威力の高い魔法を詠唱破棄で使えるだろう。

ロザリアがヴェレッドロードを見れば、ヴェレッドロードは未だにその手のブラッディブレイドを握っている。

ノービリスよりも上位のヴェレッドロードのブラッディブレイドの威力。

恐らく、街一つは簡単に消し飛ぶ。


ヴェレッドロード「ヒトからの成り上がりの吸血鬼の匂いがするな、女」


ヴェレッドロードの紫色の目に醜悪な者を見るような冷たい光が宿る。

口を引き結び、ヴェレッドロードは「汚らわしい」とロザリアに吐いて捨てるように言い放った。

純血といわれる彼らにヒトから吸血鬼になった者は不純で醜い存在。

ヴェレッドロードは握っているブラッディブレイドの切っ先をロザリアに向けた。

だが、ロザリアは慣れているといった様子で気にも留めていないが。


ヴェレッドロード「イオリ、ソウマの確保を」


ヴェレッドロードは背後のイオリに声をかけた。

主の言わんとしていることが解っているが、イオリは愛らしい笑みを浮かべて主に問う。


イオリ「他の者はどうされますか?」


イオリの問いにヴェレッドロードは笑みを浮かべる。

彼の手に握られたブラッディブレイドに赤い光が集まり出す。


ヴェレッドロード「跡形もなく、消すとしよう 」


ヴェレッドロードの宣言にソウマは目を大きく開き、ロザリアを見る。

ロザリアは取り乱す様子はみせず、真っ直ぐヴェレッドロードを見つめていた。

ロザリアは脳裏に思い浮かべる。

金髪の長い髪、いつもの仏頂面。

彼の血の味。

…ミトラス、使うわね。

ロザリアは心中で彼の名を呼び、そしてヴェレッドロードに挑む。

ヴェレッドロードはロザリアに向けていたブラッディブレイドを一度下ろす。

血の如き赤い刃は赤く発光している。

口の端を吊り上げたヴェレッドロードはその手のブラッディブレイドを振り上げた。ヴェレッドロードの周囲に赤い力の奔流が取り巻く。

そして、ヴェレッドロードはブラッディブレイドを、ロザリアに向けて振り下ろした。

ヴェレッドロードのブラッディブレイドから赤い力の奔流が放たれる。

大きな轟音と共に会場の床を抉り、ブラッディブレイドの赤い力がロザリアを呑み込まんと進む。

ロザリアは手に握りしめていた宝石を自分の目の前に投げる。

宝石はロザリアの胸の前で止まり、淡く発光。ロザリアは両腕を前に突き出して、手のひらから紋章を出現させる。

紋章は虹色を纏い、ヴェレッドロードは大きく目を見開く。

虹色の紋章、それは全属性を現している。


ロザリア「アルティメット・レイ!!」


ロザリアが声を上げた時、彼女の前で止まっている宝石は強く輝く。

宝石に宿った魔力が解放され、詠唱破棄によって不足したロザリアの魔力をおぎなってくれる。

虹色の紋章は他のレイと同じく中心から光線が発射される。光線は容易く人を丸々呑み込める大きさだ。

ヴェレッドロードのブラッディブレイドの赤い力の大きな本流と正面からぶつかり合う。

その光景に二階席にいた他校の魔法使いは驚きと感動に無言のまま、目を潤ませた。


他校の生徒 「…アルティメットレイ、まさか生きているうちに見られるなんて」


全属性魔法アルティメットレイ。

魔法使いには生まれながらに扱える魔法の属性素質はある程度決められている。

それを全属性を持って生まれる者はここ数千年、確認されていない。

魔法道具で素質を補う事も出来るがそれでも、全属性魔法を使用するには難しい。

月、星、太陽。この三種の属性は道具で補うことは不可能で、血統の問題がついて回る。

月の魔法が滅んだといわれるこの世界において今や、全属性魔法は伝説と化した。

アルティメットレイの眩い光に包まれながら、ロザリアは紋章を維持し魔法を放出し続ける。

その後ろでソウマはロザリアの背中を見ていた。

…何かできることは無いのだろうか。

自分には歌うことしかできない。


ソウマ(歌…、)


ソウマは口を開ける。

幼い頃、商人に大金で売られたソウマは見世物小屋にいた。その数年後、見世物小屋は摘発されて解体されソウマは保護されずに奴隷商人に連れ去られて、奴隷生活を…。

そんな生活の中でも歌はいつだって自分を支えてくれていた。

ソウマはロザリアの背中をもう一度見て目を細めた。

細く小さな肩で彼女は守ろうと戦っている。

ソウマは目を閉じた。


ソウマ

 

…リーベ、ウムプレウナ ロット パス  

記憶の無い自分が覚えていた唯一の歌。

ソウマは歌う。

その歌声はロザリアにも届いた。


ロザリア「ソウマ…」


歌声がロザリアの体内に入り込んでくる。

自分の中の魔力と吸血鬼の力がソウマの歌声と同調し、ロザリアは自分の身体が軽くなり魔力と吸血鬼の力が綺麗に混じり合うのを感じた。

ロザリアは笑みを浮かべる。


ロザリア「…ありがとう、ソウマ」


虹色の紋章が一層、輝きを増す。

更に小さな紋章が四つ増えて、左右上下に分かれて展開しアルティメットレイを放出する。威力は格段に上がり、大きな音とともにヴェレッドロードのブラッディブレイドの力を押し始める。


ヴェレッドロード「なっ…?!」


吸血鬼の中でも最高位の座につくといわれるヴェレッドロードでさえもロザリアの魔法に自身の力が押されていることに驚きを隠せなかった。

そしてその驚愕が隙を生み、ブラッディブレイドを握る手が緩み。

勝負は決定的なものとなった。

轟音が辺りに響き、会場全体を眩い光が包んだ。

ヴェレッドロードのブラッディブレイドはロザリアのアルティメットレイに敗れた、アルティメットレイはそのままヴェレッドロードに向かう。

だが、ロザリアは自らの拳で紋章を殴りつけて破壊した。

アルティメットレイはヴェレッドロードに届く前に光の粒子となって消滅する。



イオリ「自分で魔法を消すなんて…」


イオリはヴェレッドロードの後ろで信じられないとロザリアを見る。

あのままアルティメットレイを使っていればヴェレッドロードもイオリも消すことが出来たはずだ。


ロザリア「馬鹿言わないでよ、どんだけの人間がここにいると思ってんのよ…」


ロザリアはそれだけ言うと、後ろ向きに倒れる。

それをソウマが受け止めた。

全属性魔法アルティメットレイ。あのまま放てば確かにヴェレッドロードを倒せたが、会場も只では済まない。

ロザリアは肩を上下させて荒く呼吸する。


ソウマ「ロザリア… 」


ソウマはロザリアの肩を支える。

…ヴェレッドロードもノービリスも自分が欲しいという。

何もない、自分を。

だが、ソウマはずっと願っていた。広く広大な世界をもっと、見てみたい。

そして今誰かを守ろうと戦う、ロザリアの事もっと知りたいと思う。

ヴェレッドロードは眉間を寄せた。

しかし、あの魔法使いも疲弊している。それに対して自分には余力がある。

手の内に収まるブラッディブレイドの柄を握り締めた。

それを目ざとく見ていたロザリアは余裕の笑みを崩さない。


ロザリア「貴方のお高いプライドを傷つけたのは悪かったけど、これ以上はやらせないよ」


そう言ってロザリアは疲労困憊、といった青白い顔色だが冷静さは欠かず。

ソウマに支えられたままだが、画面を表示する。

三階席の警備用の関係者通路を物凄い速さで駆け抜け、そのまま勢いを保ち三階席から一階へと跳躍。

中央ステージへと飛び降りるのはナイを横抱きに抱えたアレクスだった。

宙を落下しながらアレクスはナイに言う。


アレクス「ナイ、かませ!」


ナイ「はい!シャイニング・レイ!!」


アレクスに抱えられたまま、ナイは杖を振る。

白く発光する紋章が出現し、紋章の中心から四つの光線が放たれた。シャイニング・レイは柔らかな線を描き、ヴェレッドロードへと突っ込んでいく。

ヴェレッドロードは気づき、ナイの魔法をブラッディブレイドで薙ぎ払って消す。

しかし続けてロザリアのコールド・レイが放たれる。

ナイの魔法を消したヴェレッドロードはすぐにロザリアの魔法を対処した。

同じようにロザリアの魔法もブラッディブレイドで薙ぎ消す。

アレクスはその隙にソウマとロザリアのすぐ隣に着地し、ナイを下ろす。

ロザリアはアレクスと目で合図を交わし、ロザリアは立ち上がりソウマから離れてヴェレッドロードへと突っ込む。

コールド・レイを消したヴェレッドロードの懐にロザリアの回し蹴りが飛んでくる。

ヴェレッドロードはブラッディブレイドでそれを受け止めた。

しかし、アレクスは短銃の銃口をヴェレッドロードに向けて撃つ。


イオリ「小癪なあ!」


イオリがアレクスへと詠唱破棄したファイア・ボールを放つ。

ナイがすかさずバリアを張ってファイア・ボールを防ぐ。

蹴りと拳の連撃を繰り出してロザリアはヴェレッドロードに猛攻を仕掛ける。

ヴェレッドロードはブラッディブレイドを剣の代わりにしてロザリアの猛攻を防ぐ。

薙ぎ払う動作をヴェレッドロードはするが、ロザリアは姿勢を低くしてそれを避ける。

そして、ロザリアは拳をヴェレッドロードの腹に一撃入れた。

衝撃にヴェレッドロードは吐血して後方へと吹き飛ぶ。


イオリ「ヴェレッドロード様!!」


イオリが悲痛な叫びを上げて、ヴェレッドロードのもとへと駆け出す。

ロザリアに腹を殴られたヴェレッドロードは意識を失い倒れている。イオリはすぐにヴェレッドロードの上体を抱き起してロザリアを睨みつけるがロザリアは無表情でイオリを見返す。

イオリは舌打ちしてロザリアへと怒鳴った。


イオリ「許さない!!不純な吸血鬼!!すぐにお前のその汚らわしい血をまき散らしてやる!」


そう言ってイオリはヴェレッドロードの身体を抱き締めて、その場から移動魔法で転移した。

終わったか、とアレクスは短銃を懐にしまって欠伸し、ナイは息を吐いて負傷者の治療へと向う。

その場にはロザリアとソウマが残された。

ロザリアは床に座るソウマの隣に正座する。

ソウマはロザリアを見た。


ロザリア「終わったよ、ソウマ」


ソウマ「何も終わってないだろ、ロザリア」


ソウマは顔を俯かせた。

何も終わってない。ロザリアが奴らに目を付けられただけだ。

きっと、自分よりもロザリアを殺す事を彼らは優先する。

ソウマの心中を察しロザリアは笑った。


ロザリア「慣れてるわよ、そんなこと」


唇を噛み締め、傷ついた唇から口内に血が流れ込みソウマは僅かに自分の血を飲んだ。

気がつく。

…自分の力では彼女を守れずとも、傍にいることはできる。

ソウマは自身の親指を強く、深く噛む。

親指から血が流れ、ソウマはそれを口に含んでロザリアの腕を引っ張った。


ロザリアは目を大きく開く。

懐かしく、甘い味が口内で広がるのを感じた。

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翌日、コウはソファーに座りながら画面を開いていた。

新しく制服を発注しなければならないのと先の事後処理。

ロザリアの使った全属性魔法に関して不思議とどこも騒がなかった。

まあ、音楽関係者はそういう知識が無い人も多い。だが、他校の生徒はどこも他言しなかった。

そして号外とばかりに配られた新聞がテーブルに置いてある。新聞には桜華の解散がトップで扱われていた。


コウ「メンバー三人中、二人が吸血鬼の寵姫じゃ当たり前か」


コウは呟き、ソファーから立ち上がる。

寝室に移動して、室内の大きな窓から宿泊施設の庭を見下ろした。

庭のベンチにはソウマとロザリアが並んで座っているのを見てコウは柔らかな笑みを浮かべた。

ロザリアがナイの幸せを願うように、コウもまたロザリアの幸せを願っているのだ。

コウは目を閉じて、遠い記憶を呼び起こす。

記憶の中で愛する人を手にかけて、泣くのを堪える少女の姿。

目を開けてコウは画面を操作する。


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第十一話に続きます