第11話 予兆

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ロザリアは宿泊施設ツバキの自分の借りている部屋のベッドの上で微睡んでいた。

久方ぶりに使った大魔法はやはり体内の力の消耗が半端では無い。

疲弊した身体と重い意識はすぐに睡眠を要求してきた。ロザリアはベッドの上で横になり、瞼を閉じる。

すぐに眠りはやってきた。

しかし、


???「ママ、ママ」


幼い子供の声が耳に届く。

ロザリアは閉じていた瞼を開けようとしたが、瞼は重くロザリアの意識などきかず。

すぐに暖かな温度と柔らかい感触をロザリアは頬で感じる。

殺気は何も感じられない。

それどころか室内に自分以外の気配が無い。

けれど、尚も子供の声は聞こえる。


???「ママ、私助けたい人がいるの」


ロザリアは子供の言葉を出来れば問いたかった。しかし、瞼と同じように口も動かない。


ロザリア「……」


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ノービリスと戦い、ヴェレッドロードと戦うロザリアに手助けしたナイは宿泊施設の24時間運営のカファエリアで独り食事していた。

ナイの体内の魔力と吸血鬼の力は未だ、調和せずナイの中で相も変わらず喧嘩している。

制御できるようになるまで数百年。しかし、ノービリスとの戦いの時に一瞬、反発し合う二つの力は混じり合った。

おかげでノービリスのブラッディブレイドの力を一度、破る事が出来たわけだが。


ナイ(あの時、アサギさんの事や皆の事考えた)


あれから、アサギと一度も会話していない。

話しをしたい、会いたいと思ってもナイにはどうすればいいのか解らない。

かといってこのままというわけにはいかないのだが。

ナイはカフェエリアの隅の席につき、皿にのっているケーキをフォークで切りすくって口に入れる。

考え事してるせいで味は全く解らなかった。


ナイ(…こんな時どうしたらいいんだろう)


学園の皆はナイよりもずっと年上の人が多い。そして彼らは自分にとって家族のようなもので、彼らもそう接してくれた。

だが、ナイにとってアサギは違う。

友達と呼んでいいのかは解らない。けれど、それに近い感情をナイはアサギに感じていた。

…本当のことが言えれば楽なのかも知れない。

でも言えるわけがない。今の自分がやろうとしていることは…。

ナイは深いため息をゆっくり吐いた。


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ロザリアは目を開けた。

どうやら眠っていたらしい。傍に誰かの気配を感じる、誰だろうとロザリアは上体を起こす。

寝起きでぼやけた視界に銀の髪が映る。


ロザリア「ソウマ?」


呼べばベッドの脇に座っていたソウマがロザリアの方へと振り返る。

やっぱり綺麗だなー、とロザリアはソウマの顔を見ればソウマは微笑む。


ソウマ「オーナーから正式に3-4への所属が認可されたよ」


ソウマの言葉にロザリアは素直に喜べなかった。

ソウマを寵姫にした以上、彼を戦いに巻き込むのは必然。


ロザリア「ソウマ、いいの?」


ロザリアは真剣な眼差しをソウマに向ける。

その眼差しにソウマは表情を無くしたが、すぐに笑みを浮かべた。


ソウマ「俺はもっと、君といたい。君の事が知りたいと思った。この選択に俺は後悔もしていないし、間違いとも思ってない」


ソウマはロザリアの背中に腕を回し、抱き寄せる。


ロザリア「ソウマ…ごめん、きっとこれから辛い戦いに巻き込んでしまうと思う」


ソウマの腕の中、彼の胸に頬を擦りつけてロザリアは目を閉じた。

…いいよ。

ソウマの小さな声が聞こえ、ロザリアは涙が零れた。


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宿泊施設アカツバキの屋上にはちょっとした庭園がある。

庭園は綺麗に管理されており、花が誇らしげに咲いていた。その光景を目で見て楽しめるように数か所にベンチが設置されている。

その一つに腰をおろしたアレクスは通信画面を開く。

通信画面には案の定、自分のクラスの委員長が「連絡よこせ」と100件以上のメッセージを送ってきているがアレクスは放置する。

通信画面に突然、誰かからの音声連絡が入りアレクスは「ん?」と連絡先の名前を確認する。発信者は「3-1委員長」。

アレクスは「うわー」と背中に悪寒が走るが出ないでいると帰還した時にねちねち小言を言われるのでアレクスは一息吐いて、音声連絡を出た。


アレクス「何か用か?」


通信画面には金髪の青年の顔が映し出された。青年は人の好さそうな笑顔を浮かべている。


3-1委員長「ああ、やっと出た。闇の競売に売られそうになっていたエルフの少女を助け出してから足取り掴めないってニクスが大騒ぎしててね」


青年の話を聞き、アレクスは盛大な舌打ちをする。

アレクスの舌打ちを聞いて青年は呑気な笑みを浮かべた。


アレクス「で、あんたの用は?」


長い付き合いではあるがアレクスはどうにも3-1のクラス委員長が苦手だ。

彼は人当たりは良く、笑みを浮かべているが…。

その笑みをアレクスは崩したところをみたことが無い。

アレクスよりも遙か過去から生きている人だというのは知っている。

彼は今の時代の始まりを知っているのだとロザリアから聞いたことがあった。

この男と会話するときは気をつけねばならないとアレクスは画面越しの青年を睨みつける。

そんなものは全く気にもしてないと笑みを絶やさずに青年は明るい調子でアレクスの問いに答える。


3-1委員長「ちょっと、世界の最果てまでアレクス君とデートに行こうかと思って」


アレクスは「はあ?!」と思わず声を上げた。自分でも驚くほどに声を上げてしまい、羞恥から周囲を見渡して誰もいないことを確認する。

誰もいない、と安堵して胸を撫で下ろす。

…それよりも。

画面の金髪は確かに最果てという単語を出してきた。

アレクスもそこそこ長いこと生きているので知らないわけではない。

…最果ての地。


アレクス「あそこは絶対立ち入り禁止区域だろう。何でまたあそこに」


かつて、その地があると知った数百年前の周辺諸国は探索隊を編成しその地の上陸を試みた。

結果は探索隊の全滅という悲劇が起き、それ以来は立ち入り禁止区域として後世に伝わっている。

その地に何があるのか、何故探索隊は全滅したのかなどは解明されていない。

機会があってもなくても関わりたくない場所ではある。

…だというのに、画面の中の金髪は。


3-1委員長「最近、どうもあちこちでおかしな現象が頻発しててね。地脈を調べたんだよ。そしたらねえ…」


地脈。それはオルビスウェルトという世界においては大地の中に宿るエネルギー。

それは魔法にも関連してくる自然エネルギーの一つ。

それが何らかの良からぬ影響を受けた場合、災害などの原因になる。

アレクスは3-1委員長の話を黙って聞く。


3-1委員長「どうにも最果ての地をからマイナスのエネルギーがでててね。それが地脈に悪い影響を出しているし、やがては空にも影響が出ると思う」


アレクスはそこまで聞いて彼に言った。


アレクス「それを聞いても俺は動く気にはなれない」


腕を組みアレクスは画面の中の彼の顔を真っ直ぐに見た。

青年は「だろうねえ」と呑気に笑う。



3-1委員長「まあ、放っておいても100年は持つと思うよ?」


何が持つかは聞かずともアレクスには理解できた。

100年。それが彼の言う地上が滅ぶまでの年数だろう。


3-1委員長「…だけど、50年以内には行くはめになると思うけどね」


アレクス「……」


…出来れば、勘弁してほしいのだが。

アレクスはそう思いながら、目を閉じる。

それにしても 最果ての地に何があるというのか。確かにあそこは未開の地だが…。

目を閉じて何か考えてるようなアレクスに青年は察して言う。


3-1委員長「最果ての地には楽園時代の遺物が唯一現存してる場所なんだよ」


青年の言葉にアレクスは目を大きく開けた。

そして、画面越しの彼を信じられないものをみるような驚愕を隠し切れない表情で見た。

それにも青年はにこりと笑みを浮かべる。


アレクス「…そうか、あんたはあの時代の生き残りか」


オルビスウェルトというこの世界は幾度も滅び、創造を繰り返している。

文献は一切遺されておらず、長命な種族の語り継ぎでのみ楽園時代の話しは伝わっていた。

…全ての種族が共存し、平穏そのものだった時代。天上も魔界も無かったという。

最果ての地に何があるのか、この男は知っているのだろう。

アレクスは盛大なため息とともに「過去の産物のせいか」とうんざりした。


アレクス「あんたとのデート、考えとくよ。ただ、その時はロザリオ達が同行することが条件だ」


3-1委員長「解ってるよ、アレクス君」


アレクスはその会話の後、通信画面を切る。

正直、世界の危機よりも大昔の遺物の現存にアレクスは苦い食べ物を味わった気分になる。

過去の遺産に良い物はあまり無い。古代兵器然り。

アレクスは一応、ロザリアに連絡をいれておくことにした。


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アレクスと3-1の委員長の不穏な会話をしている最中。

ナイはまだカフェエリアで悩んでいた。

長々と店内に居座って、店にもかなり迷惑をかけている自覚はある。

お詫びにもならないがケーキとドリンクの追加注文を頻繁にし、会計の額と皿が積み上がり増々、気分が沈む。

どうすればアサギと普通に会話できるようになるのか。

もうその悩みに何時間使っているのだろうか…。

ぐるぐると悩み続けるナイの背後にゆっくりとした足取りで一人の人物が近づいて来た。

その人物は優しい声でナイの名前を呼んだ。


アサギ「…ナイ様」


呼ばれ、ナイはすぐに振り返った。

自分の後ろに立っていたのはアサギだ。

ナイは嬉しい気持ちと気まずさにどう声をかければ、どう言葉を言えば解らなかった。

だが、アサギはその様子に少し微笑み。


アサギ「相席、よろしいですか?」


申し出され、ナイは慌ててすぐに返事をした。


ナイ「は、はい!」


ナイと向かい合う形でアサギは席につく。

二人の間には積まれた皿。ナイは顔から血の気が引いた。

アサギの目線も積まれた皿に…。

ナイは悲鳴を上げたくなった。


アサギ「ナイ様は甘味がお好きなのですか?」


ナイ「ち、違います!これは、あの、どうしたらアサギさんとまたお話しできるようになるか考えてたら、いつの間にか食べちゃってまっ…!」


最後まで捲し立てるように言ってナイは気づき、顔色を青くした。

それを聞いたアサギはきょとんとした表情を浮かべたがすぐに優しく、花のように綺麗な笑顔を浮かべた。

それを目の当たりにしたナイは今度、顔を茹でタコのように赤く染める。

…やっぱりアサギさんは綺麗だ。

ナイは改めてそう思った。

吸血鬼のノービリスも欲しがる美しさ、それは勿論ナイもそうなのだ。

そう考えたら、やはりアサギには言えない。

本当の事を言えば、アサギはきっと自分を幻滅する。


ナイ「あの、アサギさん…」


ナイは眉を下げ、アサギの顔をまじまじと見る。

どう切り出したらいいのか。

まだ、答えは出ない。

だが、ナイの次の言葉よりも先にアサギが口を開く。


アサギ「コウさんから聞いたんです。私は数年の内には国に戻らねばならないのだと…」


アサギの言葉にナイは唇を噛み締めた。

痛いほど、理解はしているつもりだ。アサギはスメラギ国の深く内部に関わる家の者だということ。

それはアサギにとって大切なもの。

ナイは胸中に渦巻く哀しみを堪える。


アサギ「言われてしまいました。…それこそ関わらない方がいい。知らない方がいいのだと、コウさんに」


ナイは顔を青くした。

コウがどうやらアサギに釘を刺したようだ。


アサギ「その後、考えました。たった数年しかナイ様と一緒にいられないのに、私はナイ様の事を無責任に探ろうとしました」


アサギはナイに頭を下げる。

ナイは胸中、複雑だった。自分が何もかもを捨ててしまえばアサギと歩むことも出来たかも知れない。

本当は皆から言われていた、「ナイは全てを背負うことはない」と。


ナイ「アサギさん、頭下げないでください」


アサギは下げていた頭を上げてナイの顔を見る。

ナイは笑おうとした。それができたかは解らないが笑おうと表情をつくった。


ナイ「すみません、何も…言えなくて。本当は背負わなくてもいいのだと皆から言われてきました。でも、僕は最後である責任を果たさなければいけないんです」


ロザリアから受け取った「戦うな」。

けれど、ナイはその選択を選ぶことは出来ない。最後の務めを果たさなければいけない。

例え、何万の哀しみと憎悪の中に立たされたとしても…。

胸に残った傷痕…。

それが何よりの証なのだ。

…この哀しみは決してナイだけのものではない。

アサギはナイの言葉を聞き、思う。

…ナイは自分よりもずっと重い使命を背負っているのだろう。

戦い、争いを好むような人ではないことはアサギもよく解っている。ナイは優しい人だ。

哀しみに満ちたナイの瞳の奥には確かな決意を感じる。

…命すらも捨てる覚悟があるのだろう。

アサギはスメラギ国をその身に背負っていなければ、ナイの手助けをできたかもしれない。

傍で支えることもできたのだろう。


アサギ「ナイ様」


アサギは笑み、ナイを呼ぶ。


ナイ「…はい、アサギさん」


ナイも笑みとともに返事をした。

…言わずとも、解る。

別れが来るその日まで。

…その日までは。


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窓の外。空は随分、曇っていて太陽は見えない。

宿泊施設アカツバキ、借りている部屋の寝室。ベッドの上で膝を抱えたアイスは窓から見える空を揺れる瞳で見つめる。

…先ほどからナイの感情が流れ込んでくる。


アイス「ナイ…この感情は何…?」


胸の内が苦しいとアイスはこの苦しみに覚えがあった。

大きくアイスの心臓が脈打つ。

アイスは大きく目を開く。

…脳裏で声が過ぎる。沢山の色々な声がアイスの頭の中で響く。

アイスは頭を抱えた。

まだ心臓が大きく脈打ち、ナイの感情に反応して失った記憶が呼び起こされる。

頭の中で再生される記憶の数々。

アサギが編入してきた時、そこから遡り幼いナイが笑っている場面、更に時間は戻り血まみれの男性の姿と銀髪の誰かの後ろ姿。

そして何時の記憶か赤い髪の青年が頭の中で浮かんだ。

アイスは声にならない悲鳴を上げた。


アイス「-------!!」



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アサギと話をしていたナイは突然、目眩を感じた。

視界が歪み、頭の中が白で染まる。

ナイは椅子から落ちそうになるがどうにか堪えた。


アサギ「ナイ様?大丈夫ですか?」


顔色が青白くなったナイを心配してアサギが声をかける。

ナイは頭を横に振る。


ナイ「だ、大丈夫です」


ナイは胸に手をあてる。制服の下のペンダントが妙に熱い。

自分とアイスが共鳴してるのか、とこの状態は初めてでは無いとナイはどうにか鎮めようと目を閉じる。

…アイスにも影響が出てる筈だとナイはどうにか治めようとするが。

心臓が大きく脈を打ち、ナイは自分がずれたような錯覚を感じた。


アサギ「ナイ様!」


ナイの様子にただ事では無いとアサギは椅子から立ち上がり、ナイの傍へと移動する。

アサギはナイの肩を両手で掴み、支えてナイの顔を見る。

青白い顔色で目の焦点が合っていない。

アサギはすぐにロザリアに診せるべきだと判断し、ナイを支えて移動する。

アサギは店に会計を支払いし、通信画面を開く。アドレスリストからロザリアの名前を選び、メッセージを送る。

返事はすぐに来た。「屋上に来い」とメッセージには書いており、アサギはロザリアらしくない無愛想な文で首を傾げたが頭を横に振る。

ナイを横抱きにしたアサギは屋上へと向かった。

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エレベータに乗って屋上に来たアサギはナイを抱えて辺りを見回す。

ロザリアの姿を探すが…。

屋上の庭園にいたのは見慣れぬ人物とロザリオだった。


アサギ「ロザリオ様…?」


庭園のベンチに座る白銀の髪の青年とその前で立つロザリオの姿にアサギは戸惑った。

ロザリオと青年はアサギとナイから四メートル程、距離が離れた場所にいた。ロザリオと青年はアサギとナイの気配に気づき、アサギ達の方へと向く。

ロザリオの方がアサギ達に向かって歩き出して来た。

数分と経たずにアサギとナイのもとへと来たロザリオは慣れているのか焦りもせず、落ち着いていた。


ロザリオ「まあ、よくあるんだよ」


ロザリオはアサギに抱えられたナイの額に手を当てて言った。

アサギはナイの顔を見れば、ナイの顔色は元に戻っていた。すぐにアサギはロザリオを見ればロザリオは特に表情を変えず。

ナイの額から手を離し、ロザリオは一息吐く。


ロザリオ「アイスとナイは感覚共有をしていてな。大体、ナイが疲弊するとアイスも疲弊する」


アサギ「どうして、それを私に…?」


自分は何時かは立ち去る身で、深く彼らと関われない。

アサギの言葉の意図にロザリオは「ん」と一言発して、察したのかアサギに言う。


ロザリオ「確かに、お前は何れは部外者か俺たちの敵になるかのどちらかだ」


ロザリオの言葉にアサギは思わず声を上げた。


アサギ「敵って…、どういうことですか?!」


ロザリオ「…何れ、俺達はある国を相手することになる。その国はスメラギともそこそこな関わりがある。お前の立場を考えるなら何も知らないで国へ帰してやった方がいいとは思ったんだがな…」


月の信仰を持つ者達を糾弾し、スメラギ国とも関わり合いのある国。

アサギが思い当たる国は一つしかない。

…アサギはナイの顔を再び見た。自分の腕の中で目を閉じているが眠っているようには見えない。

ロザリオは気にせず、言葉を続けた。


ロザリオ「あの国との戦いは避けられない。俺達とナイはそういう運命にある」


アサギ「……千年以上前から続く因縁ですか」


南大陸の血塗られた歴史。千年戦争で流れた血はあまりにも多すぎた。

アサギも勉強したことがある。

千年の長き戦い。未だ、その根は片方が滅んでも残っているのだろう。

…アサギは理解した。コウが関わるな、知るなと言った意味もナイが頑なに何も言わなかったことも。


ナイは少し、瞼を上げる。

…アイスは大丈夫だろうか。自分の状態が落ち着いてるのだから多分、大丈夫だろう。

ナイは胸にもう一度手を当てる。

制服の下のペンダントの、先ほどの熱は消えておりナイは安堵の息を吐いた。


ナイが起きたことに気づいたロザリオが


ロザリオ「ナイ、アサギに姫抱きされてるぞ」


言った瞬間にナイは顔を真っ赤にしてアサギから勢い良く離れた。

しかし、離れたは良いが何も考えずにいたので勢いとともに盛大に転んだ。

アサギが悲鳴じみた声で「ナイ様!」と心配していたが、離れた距離からアレクスの笑い声が聞こえ、ナイは頬を膨らませた。


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その後、アサギはナイを部屋に送ると言って屋上の庭園のエレベータに乗るのを見届けロザリオはアイスの様子を見に行くかな、と思いつつもアレクスが座っているベンチの方へと戻った。

アレクスは先ほどのナイの転びっぷりが面白かったらしく、まだ意地の悪い笑みを浮かべている。


ロザリオ「いい加減、笑うのやめてやれ」


ロザリオが呆れ気味にアレクスに言えば、アレクスは右手を力無く振った。


アレクス「中々、あの二人は面白いと思ってな」


そう言って遠くを見るアレクスは慈しんでいるのか目を細める。

数十秒、そうしたアレクスは自分の目の前で腕を組んで立っているロザリオを見て問う。


アレクス「…ロザリはアサギをどう思ってる?」


アレクスの質問にロザリオは腕を組んだまま、首を傾げて目を閉じる。

ロザリオの答えを待つアレクスは黙ってロザリオを見ていた。


ロザリオ「そうだな…」


ロザリオは長く生きている時間の中で度々、思うことがあった。

未来なんて誰にも解らない。

…この先に何があるのかも。

ロザリオ達は知らない。

彼らが歩んでいる現在も歪められた運命の道だということも…。


第十二話に続きます