※ナイの過去が出てきます。血表現注意
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ロザリオはアイスの部屋を訪ねた。
ナイとアイスは密接に繋がっている。アイスの記憶喪失はほとんど、ナイに引きずられて一緒に記憶を失くしている。
ナイが思い出せば、アイスも記憶を取り戻す。
ロザリオがアイスの部屋を訪れれば、入り口を入ってすぐの客間にアイスの気配は無かった。
断りもなくロザリオは上がり込み、早足で寝室に向かう。
寝室の扉の前で一応、「入るぞ」と声をかけて扉を開けた。
アイスは寝室のベッドの上で膝を抱えて顔を俯かせている。
ロザリオ「大丈夫か?アイス」
寝室に足を踏み入れたロザリオは扉を静かに閉め、そのまま立ってアイスの様子を見た。
アイスはロザリオが来ても変わらず、顔を俯かせている。
だが、消え入りそうなアイスの声がロザリオの耳に届く。
アイス「…色々な記憶が頭の中を通って行った。とても大切な記憶もあった筈なのに、覚えて無いんだ」
…一瞬だけ、色々な記憶を思い出してすぐにまた記憶は消えた。
アイスの様子を見てロザリオは口を開く。
ロザリオ「あの日さえなければ、ナイもアイスも穏やかに暮らせた。あの国との決着は俺達の問題で良かった…そう思っていた」
ロザリオの言葉にアイスは顔を上げてロザリオの金の瞳を見つめた。
…アイスの瞳が哀しげに揺れる。
ロザリオは無表情のまま、アイスを見つめ返す。
…過去の私はそれで納得したのか?
それではまるで自分はロザリオ達に押し付けたのかと考えられる。
アイス「…私はロザリオに、ロザリオ達に押し付けたのか」
アイスの震える声から出される言葉にロザリオは目を伏せる。
ロザリオ「アイスを戦いに出さない。 ナハトが言っていた」
…ナハト。
その名前を聞いた時、アイスの脳裏に青年の後ろ姿が過ぎる。
黒い髪の、無愛想でけれども優しい心を持っていた。アイスの前の主。
アイス「ナハト…」
思い出し、アイスは涙を流す。
最期、血まみれの彼をアイスは抱き締めたのだ。
腕の中、事切れる彼を看取る事だけがあの日のアイスに許された想いの結末だった。
アイスの涙を見たロザリオは静かに寝室を出た。
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コウ「そろそろ、学園に戻ろうかと思う」
アカツバキのレストランエリアで食事をしていたコウとヴィオラ、タキとリーリエとウサギ五人は六人用のテーブル席についていた。
ソウマ護衛の件は失敗、という残念な結果となった。
ソウマ本人は吸血鬼の寵姫になり、桜華脱退を希望。だが、メンバーの一人でもあったイオリが既に吸血鬼の寵姫でソウマを捕らえるために桜華に入っていた事が今回の件で発覚。
桜華は解散となり、生じる利益の損失は凄まじいものだろう。
こちらに咎めが無かったのは幸いといえる。
ソウマ護衛も終わり、アサギの刀の修理依頼も終わっている。
ついでの小さい依頼もアレクスが片づけてくれたので東大陸への用は無い。
コウの出した言葉にタキは肯定し、頷く。
タキ「そうだねえ、学園に帰還してヴェルヴェリアの件片付けないと」
ヴェルヴェリアの論文を見つけ出して抹消する。
報酬が報酬なだけに受けた依頼、だが聞かされていなかったヴィオラは口を尖らせた。
ヴィオラ「ちょっと、私聞いてないんだけど。コウ」
向かい合った形で席についているヴィオラはジト目でコウを見ればコウは「う!」と口を引き結ぶ。
…そういえば言ってなかった。
胸中で、あ、これ怒られると恐怖と諦めで変な汗掻いた。心の中で。
タキ「あれ?言ってなかったの?」
タキが隣に座っているコウの方へと顔を向けた。
コウ「…うっかり忘れてた」
…まあ、忙しいもんね。
多忙の委員長業務のコウのことを何だかんだ言いつつも全員、解っているのでこれ以上は責めない。
リーリエ「それにしても懐かしいわねえ。ヴェルヴェリアの大失敗」
言って、ころころと鈴のように笑うリーリエ。
コウの斜め向かいに座るリーリエと、彼女の隣でプリンを食べるウサギ(みっちゃん)。
コウはなるべくリーリエと顔を合わせないように下を見た。
みっちゃん「大失敗?」
リーリエのウサギがプリンの入れ物とスプーンを両手それぞれに持ちながら、リーリエを見る。
リーリエ「うん、大失敗。私ちゃんとクラウンと一緒に警告したのよ?でもヴェルヴェリアは人の話し聞かないから大惨事になっちゃったのよ」
…あれを大惨事の一言で片づけるのはお前と3-1の委員長ぐらいだ。
そうツッコミを入れたかったがコウはツッコまないでおいた。
当時、ヴェルヴェリアの研究が危険だと言われ。珍しく動いた3-1の委員長とリーリエがヴェルヴェリア本人に警告したところ、本人は聞かず。
研究は続行された。
起こった場所が場所なだけにこちらも手が出せず、数多の犠牲を出したらしいが。
ヴィオラ「そういえば、あの件を解決に持ってたのって誰だっけ?」
ヴィオラの疑問にコウは「誰だっけ?」と首を傾げて、タキはティーカップを持って息を吐いた。
タキ「あの国の英雄。確かまだ存命だったと思うよ」
タキの言葉にその場の全員が顔を見合わせる。
…それってつまり。
今後の敵、と考えて良いのだろう。
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宿泊施設アカツバキ。借りているナイの部屋に来たアサギは支えているナイを先ずソファーに座らせた。
アサギはナイの顔を見つめる。
先ほどの顔色の悪さはもう無いがナイは気まずそうにアサギと視線を合わさないように目を伏せていた。
アサギ「…ナイ様。私はやはり申し訳なく思ってます」
アサギはナイの頬に指先で触れる。
ナイ「アサギさん…」
目頭が熱くなり、ナイの目から涙が零れる。零れた涙はアサギが指先で拭う。
ナイ「僕は、泣いてますか…?」
アサギ「…はい。とても哀しそうです」
アサギの言葉にナイは笑う。
笑うナイにアサギは困惑に眉を下げる。
ナイ「そうですか、…ふふ」
小さな笑い声を上げてナイは目を開き、顔をあげて目の前に立つアサギと視線を合わせる。
アサギは、涙を流し笑みを浮かべるナイを見て自分もまた胸の内が苦しくなった。
衝動に突き動かされ、アサギは床に膝をつき。ソファーに座るナイの身体を両腕で抱き締めた。
…涙を流し、笑みを浮かべるナイを見てアサギは全てを捨ててナイの傍にいれたら、と強く思った。
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どれほどの時間が経ったのか解らない。
アサギはナイをずっと抱き締めていた。
思う。
…涙を零す月の涙を隠す雲に自分はなれたら良かった。
立場を捨ててしまえれば…。
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アサギに抱きしめられ、崩れるように床に倒れたナイだがアサギが抱き留め。
ナイはアサギの腕の中でまだ、涙を流していた。
…アサギは聞いてくれるだろうか?
自分の中にある哀しみを。
ナイ「…アサギさん、僕には一部の記憶がありません」
口を開き、ナイはアサギの制服を握り締めながら言葉を呟く。
…アサギはそれを黙ってきいた。
ナイ「僕の生まれは普通の、山に囲まれた場所にあった村でした」
のどかで平穏、豊かな自然に囲まれた小さな村。
ナイは周りに祝福されて誕生したのだと母親から聞いた。
母親は銀髪と金の瞳の美しく、優しい笑みをいつもうかべた人。父親は黒い髪と金の瞳の、無表情だが優しい眼差しで周囲を見守っている人だった。
ナイは目を閉じる。
瞼の裏ではすぐに思い出せる二人の姿。
ナイ「僕は何も知らず育ちました。自分の親も村の皆も月への信仰を持つ一族だった事を」
ナイは言葉を続ける。
ナイ「知ったのは子供の頃に村が焼かれ、皆が死んだ後だった」
病室で意識を取り戻したナイのもとに訪れたロザリアの口から聞かされたのは村の人たちの死と、家族の死。
自分はその光景を見た筈だった。
だが、思い出そうとしても思い出せなかったのだ。
皆、どうやって死んだ?
思い出そうと何度も試みたが思い出せなった。
ナイ「僕は生き残り、自分の村が月への信仰を持っていた一族なのと村の皆と家族の死をロザリアから聞きました。でも、僕は思い出せなった。皆の死を」
最初、全く思い出せなかった。
時が経ち成長につれ、少しだけ思い出せた。
最初に思い出したのは焼かれる村。
ナイ「ロザリアは僕の記憶の一部を封印したと言ったんです。封印した記憶は村の皆が死んだあの日…」
ナイの話しを聞いていたアサギは考えた。
…封印したのはナイの精神を守る為、だったのだろう。
幼いナイの心が壊れないように。
けれども疑問もある。
それは記憶を徐々に思い出させ、ナイを復讐へと駆り立てる誘導。
アサギはナイに疑問をぶつけた。
アサギ「ナイ様、失礼ですがロザリア様達から利用されている、と思われたことは?」
アサギの疑問にナイは笑みを浮かべる。
ナイ「思った事ありました。素直にロザリアに聞いたらロザリアも当初そのつもりだったと言ってました」
ナイはロザリアの言葉を思い出す。
『初めはね、ナハトへの仕返しにナイを復讐の道連れにしてやるつもりだったのよ。でも今は記憶を全て消してやれば良かったって思ってる』
ロザリアは実に彼女らしい笑顔とともにナイに言った。
彼女は彼女なりにナイへ愛情を持ってくれているのだとナイは解り、その上でこの選択をした。
ナイ「…ロザリア達は僕に選択させたかったんだと思います。全てを忘れ無かった事にして普通に生活する事も、ロザリア達を止める道を辿る事も僕には出来たし、ロザリア達も止めなかったと思います」
アサギ「ナイ様…」
アサギはナイを抱き締める腕の力を強くした。
ナイはアサギの胸に頬を寄せる。
涙はまだナイの頬を伝い流れていた。
ナイ「僕はあの日を全部思い出して、皆と同じ位置に立ちたいんです。そうしたらきっと、皆の背負うものを教えてもらえると思うんです」
ロザリア達が抱えているもの。長い時を生きている彼らが忘れていない、忘れられないもの。
それを知ってようやく、ナイは彼らと共に生きて来た仲間になれる。
ナイは彼らと色々な事を分かち合う仲間になりたいのだ。
突然、ナイの制服の下。胸元が光を放った。
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ナイの制服の下にいつも隠されているペンダントの石が強い光を放つ。
光は制服の下からでも解るほど光り、ナイは石の熱に胸元をおさえながら眉を寄せて苦しそうな表情を浮かべる。
アサギはナイの様子に気づき、焦りつつもロザリアと連絡を取ろうと画面を開こうと片腕を動かすが、ナイの胸元の光が更に強い光りを放つ。
光りはナイとアサギを呑み込み、室内を満たした。呑まれたナイとアサギの二人の意識は白に呑まれる。
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先ほど染まった白が黒へと変わり、アサギは閉じていた瞼を上げる。
視界はぼんやりとしていてよく見えないが、腕にはナイがいて安堵した。
ここはどこかと辺りを見回す。
どうやら、外らしい。下は柔らかな土。
アサギの鼻に焦げた臭いと血の生臭さが混じった臭いが届き、アサギは顔を顰めて咳をした。
腕の中のナイも意識が戻ったのか、ナイは身体を動かした。
ナイ「!!」
ナイは声は上げず、アサギの制服を掴み身体をアサギに寄せる。
アサギはナイの行動に少し、驚くもナイの口から聞こえた声に顔色から血の気が引いた。
ナイ「……僕の、村。どうして…」
視界が正常に戻りつつある、アサギは辺りをもう一度見回す。
燃え盛る火、倒れる家屋。
…そして、横たわる血まみれの人々。
アサギはナイの頭を右手で自分の胸元に押しつけて視界を塞ぎ、左腕を背中に回して強く抱きしめる。
何が起きているのか。その解明の前にアサギは一刻も早くこの場から離れようと考える。
その時、アサギの視界に小さな子供が映る。
銀の髪、金の瞳のナイによく似た子供。子供は必死に走って、逃げて来たのか顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
アサギは子供にどうしたのか聞こうと声をかけようとした。
だが、子供の背後から甲冑姿の男が現れる。
男は血がついた剣の柄を握っていた。
アサギは子供を助けようと手を伸ばす。子供は手を伸ばせば触れられるほど、近くアサギの目の前にいたのに。
アサギの手は子供に触れられなかった。
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子供は地面にうつ伏せで倒れていた。身体の下から流れる赤にアサギは目を大きく開く。
甲冑姿の男は冷たい眼差しを倒れている子供に向け、「まだ息があるのか」と吐いて捨てるように言った。
アサギは男を止めようとしたが、声を上げても男には届かず。男は剣を振り上げる。
振り下ろされるのを何とか阻止しなければ、とアサギはどうにかしようと頭の中で色々思考を巡らす。
しかし、男は今にも振り下ろそうと剣の柄を握って構えたまま横に倒れた。
倒れた男の背後には二人。
独りはアサギもよく知る人物、もう一人は見慣れぬ人物だった。
ロザリオ「…ナハトの子か」
怒りと苛立ちの感情を隠しもせず、倒れた甲冑姿の男を蹴り飛ばしたロザリオが地面に倒れる子供の傍に歩み寄る。
ロザリオは剣の柄を握っていたが自分の剣ではなかったのか、ロザリオは剣を投げ捨てた。
剣は宙で回転し、倒れている甲冑姿の男の顔すれすれの距離で地面に突き刺さった。
まだロザリオと数えるほどしか会っていないアサギはロザリオの怒り様に恐怖を感じ、ナイを抱き締める腕を緩めた。
ナイはアサギの胸元に顔を埋めていたが腕の力が緩まったのに気づき、顔をロザリオの方へと向ける。
ナイ「やっぱり、僕を助けてくれたのはロザリオだったんだ」
ナイの言葉にアサギは「え?」と子供の姿を見る。
銀の髪、今は瞼を閉じているが先ほど確かに金の瞳をアサギは確かに見た。
アサギ(あの子は……)
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倒れている子供の傍に歩み寄り、ロザリオは地面に膝をついた。
うつ伏せで倒れる子供をゆっくり仰向けにし、ロザリオは子供の背中に腕を回し上体を抱き起した。
子供は辛うじて息をしている状態だと、アサギにも見て取れる。
…恐らく、普通の治療では子供は助からない。
子供はどこもかしくも赤に染まっていた。
ロザリオの後ろで剣の柄を手にし、辺りを見回していたアサギは見たことも無い青年がロザリオに声をかけた。
???「…助けられそうか?」
ロザリオよりも色の濃い銀の長い髪を頭部の高い位置で一つに纏め、深いブルーの色を宿した瞳。
青年はロザリオに抱えられた子供を背後から見下ろす形で見る。
ロザリオは視線を子供に向けたまま、青年の疑問に答える。
ロザリオ「ああ、息がある今なら助けられる」
ロザリオの答えに青年は一度、瞼を閉じて「そうか」と短く返事し、瞼を上げて手にしていた剣を鞘にしまい、懐から短剣を取り出した。
子供の状態を抱き起こし、支えている腕とは別の腕をロザリオは空に向かって上げる。
青年は短剣の柄を右手で握って、左手で鞘を抜く。鞘を地面に投げ捨て、冷たい銀の光を放つ短剣の刃をロザリオの腕に当てた。
ロザリオの腕に短剣の刃を滑らせる。赤い一の線がロザリオの腕に引かれ、赤の線から血が流れる。
その間、ロザリオは表情も変えず眉も動かさなかった。
ロザリオはあっという間に己の血で染まる腕を子供の唇に近づける。
腕から滴り落ちる血が子供の唇へと、落ちた。
唇に落ちたロザリオの血が子供の口内へと流れる。
子供は既に意識を失っているが、呼吸を求めてロザリオの血液を飲んだようで喉が上下した。
それを確認したロザリオと青年は安堵の息を吐く。
???「この子も吸血鬼か…」
ロザリオ「そうだな。辿る運命によっては今ここで死なせた方が楽になるだろうな」
青年はロザリオとの会話でロザリオを数十秒見て「自虐にしか聞こえない」と呟けば、青年の言葉を拾ったロザリオは苦笑した。
???「アレクスはあなたに命を拾われて、不幸になったようには見えない」
ロザリオ「…だといいけどな」
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ロザリオと青年の会話を聞いていたアサギとナイ。
ナイはアサギの腕の中でロザリオを見ていた。
ナイ「…僕、今不幸じゃない。不幸じゃないよ、ロザリ…」
震える声でナイは言った。
届かないのは解っているがどうしても言いたかったのだろう。
ナイの言葉を聞いていたアサギは目を閉じて思う。
…ナイ様、大丈夫です。想いはきっと届きますよ
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ロザリオは子供を抱きかかえると立ち上がる。
先ほどまで青白い顔をしていた子供の顔色に暖かさが戻りつつあった。
青年は先ほど地面に投げ捨てた短剣の鞘を拾ってロザリオを見る。
???「帝国の兵士はどうする?」
ロザリオ「転がしておけ。暫くすれば目を覚ますだろう」
ロザリオの言葉にアサギは先ほどロザリオに蹴られた甲冑姿の男を見る。
白目向いているが意識を失ってるだけか…。
???「…ここにいる兵士は全員、生かしておくのか?」
青年は言葉と共に辺りを見回す。
燃える家屋は瓦礫と化し、辺りの惨状は酷な光景で。
押し殺しているがロザリオの怒りは相当だろう、と青年は言いたいがロザリオは表情を変えなかった。
ロザリオ「出来るだけ無血で事を進めたかったがな」
ロザリオの言葉に青年もナイもアサギも目を大きく開いた。
ナイ「ロザリ…」
未だ、終わりの見えない戦い。長いこと、ずっと生きて戦い続けてるロザリオ達が何故、あの国を倒さなかったのか。
ナイは疑問だった。倒そうと思えば倒せた筈だ。
ロザリオ達にはそれだけの力がある。
そうしなかったのは、血を流したくなかったから。
だが、アサギは思うところがあった。
終わりの見えない戦いの連鎖を果たして無血で終わらせる事ができるのか…。
否、犠牲は既に出てしまっている。
ロザリオ「それがこの結果なら、全ての責は俺にある」
瞼は閉じられ、意識はまだ戻らぬ子供を見てロザリオは言った。
…俺だけでいい。全ての咎は、独りが背負えばいい。
ナイにはそう聞こえた。
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ナイはアサギの腕の中で震えた。
目も喉も、顔も熱い。
ナイは声を振り絞って叫ぶ。
ナイ「…僕も一緒に背負うよ!!ロザリオ!!」
ロザリオの背中に向かって叫ぶ。届かなくてもいいから、と。
ナイ「最期の王としてどこまでも、背負うよ…ロザリ!」
ナイが叫んだ後、ナイの胸元から光が放たれる。
それは意識を失いここに来る時と同じ光だった。
光りがナイの胸元から溢れ、ナイとアサギを呑み込む。
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意識が再び、白に呑み込まれる前。ナイとアサギはロザリオがこちらに振り返ったのを確かに見た。
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ナイとアサギは同時に目を開けた。
視界は鮮明だったが頭がぼんやりとしていて、ロザリアとコウにそれぞれ覗きこまれていると理解するのに数十秒かかった。
二人が起き上がれば、二人揃ってベッドの上にいた。
それぞれ違うベッドに寝かされていたらしい。
一体、どれぐらいの時間が経っていたのか…。
コウ「驚いたぞー。アカツバキチェックアウトしたのに二人共、通信には出ないし」
全然ロビーに来ないから見に行けば倒れてるし
コウは言って、アサギとナイを交互に見た。
リーリエ「普通、全員に連絡取れてからチェックアウトしない?」
リーリエがコウにツッコミ入れればコウは顔を真っ赤にして「わ、忘れてたんだよ!」と声を上げた。
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ロザリアはナイの顔を覗き込み、「大丈夫?」と笑う。
ナイは先ほど見たロザリオを思い出し、勢いよくロザリアに抱きついた。
ロザリア「怖い夢でも見た?」
ロザリアは苦笑し、すぐに暖かな眼差しをナイに向けてナイの頭をゆっくり撫でた。
頭を横に振ってナイはロザリアの胸に顔を埋めて涙を流す。
ナイの行動を理解したアサギは柔らかな笑みを浮かべる。
ナイ「…ありがとう。あの時、助けてくれて」
ナイの言葉にロザリアは察したのか、ナイの頭を撫でてナイの身体を抱き締めた。
ロザリア「うん、ちゃんと受け取ったわ」
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その後、ナイとアサギの健康面は異常ないと判断した3-4一行は東大陸の渡航申請局に行き帰還の申請を行い、専用の部屋へ行って学園へと移動魔法で転移した。
学園に戻ったあと、ナイはペンダントの石を触っても特に反応は無かった。
何故、石があの記憶をナイとアサギに見せたのか。
今まで、石がナイに記憶を見せた事など無かったのに…。
ナイ「…最期の王、か」
学園の庭園の奥に建てられた石碑の前に立ってナイは独り呟く。
…王とは何か。
その疑問に正しい答えなどあるとは思えないが少なくともナイはこう答えを出していた。
…僕は逃げない、最期としての責任を。
石碑に彫られた名前にナイは誓い、頭を下げた。
この石碑に彫られた名前を知る人は自分達だけだろう。彼らが何を思い、千年戦争を戦ったのか。
ナイにはきっと解らない。
けれど、受け継いだこの月の石が教えてくれる筈だ。
ずっと、彼らの傍に寄り添い見守ってきた石なのだから。
第十三話に続きます