第16話 赤い記憶と力

吸血鬼の固有武器ブラッディブレイド。

高い潜在能力を持つ吸血鬼なら強力な武器となる。

これを使用出来るようになればナイは今よりもっと戦える。

…そう思っていた。

ナイは記憶を取り戻すために、吸血鬼の力が欲しくて。

多少の無茶は仕方のない事なのだとナイは覚悟はしていた。

そんな事を続けていたナイをアレクスは心配し、ロザリオは見守っていた。

かつてのロザリオもそうだったのだとコウが言っていた。

吸血鬼になったばかりのロザリオは戦火の只中にいた。能力は減退し、身体能力も見るには辛いほど弱っていたという。

ロザリオは自身を戦火の只中に置き、荒治療ともいえるやり方で数百年の月日を経てようやく今のロザリオへと…。

ナイは考えた。

吸血鬼の力を制御出来るようになれば威力の高い魔法が使えるようになるのでは…と。

どうしても、戦う力が欲しい。

決着をつけることが自分が生き残った意味で。

そう考えなければ、ナイは生きることを諦めてしまいそうでもあった。

魔界の欠片は魔法によって未だ、地面に散り散りとなって落ちている。

小さく震え、動こうとしているのが見られるので油断は出来ない。

ナイは吸血鬼化して間もない。

ブラッディブレイドが使用できるまで数百年の月日の時が必要なのだが、どうしてもその力が必要なのだ。

今、この場においてもその力が必要。

高濃度の魔界の瘴気が魔界の物体を乗っ取ることで、魔界の欠片は誕生する。

だが、今相手にしている魔界の欠片は何等かの者の手が加えられた進化するもの。魔法や武器による攻撃を加えても進化し、傷はおろか強くなるのだ。

倒すには高威力の魔法などの手段が必要になる。

先のノービリスとの戦いで使用したナイの吸血鬼の力。吸血鬼の力と魔力を合わせて魔法の威力を限界を超えて上げる「ブラッドオーバードライブ」。

だが、あれの使用は身体への負荷が凄まじく、実際今でもナイはその時の負荷を引き摺っている。


アサギ「ナイ様、大丈夫ですか?」


ナイの両肩に手を置いたアサギの小さな問いかけが聞こえ、ナイは頷く。

魔界の欠片を放置すれば周辺に犠牲が出る。ナイは魔界の欠片をぼやけた視界で見た。

アサギと初めて組んだ任務で進化する魔界の欠片にあって、戦った。

あの時から少し、時間が経った。

…自分は少しでも強くなれたのだろうか?

ナイは目を閉じ、脳裏に描く。

救いたいと幼いあの日に決めた人達の姿を。

両肩に置かれた手、そこを通してアサギの魔力がナイの身体へと流れる。

乾いた身体に流れ込んできた水のような感覚。

ナイは口を開き、震えた小さな声を出す。

幸い、誰の耳にも拾われていなかったが。

優しく穏やかなアサギの性格と同じ、彼の魔力もまたナイの身体に優しく穏やかに馴染む。

体内のナイの魔力と吸血鬼の力がアサギの魔力によって穏やかに融合する。

ナイの目尻から涙が零れる。

そしてナイは左腕を突き出し、右腕で何かを引くように右手を胸の前に構える。

弓を引く構えと同じだ。

だが、弓は無い。

ナイの右目から赤い涙が零れ落ちる。

その様を見たレオは「ナイ!」と声を上げたがナイには届かなかった。

赤い涙は胸の前に構えた右手に落ちた。

そしてその涙から赤い光りが現れる。光はナイの右腕と左腕に通り、すぐに消えてしまいそうだが光は形を作った。

赤い光りの弓がナイの手の内に収まる。

だが、まだ未完成だ。

ナイは瞼を上げる。青の瞳は光を宿さず、遠くを見ていた。


ナイ「……うあああああああぁぁっ!!」


悲鳴のような叫びを上げて、ナイは右目から赤い涙を零し。

弓の弦を離し、矢を放った。

赤い光の矢は飛び地面へと打ち込まれる。

すぐに大きな音と赤く白い光りの爆発が起きた。

アサギの魔力を体内に入れた時からナイの意識は白く染まっていった。

ナイは白い世界の中にいた。

自分が弓を使い、矢を放ったなど知らず。

真っ白でナイ以外は誰もいない世界でナイは立っていた。

ナイは真っ直ぐ前を向いていた。ナイの視線の先には白いワンピースを着た少女が座っている。

長い銀の髪と金の瞳の少女。


そう、彼女はナイだ。

だから彼女の言いたい言葉は解る。


ルル?「…本当にいいの?」


銀の髪を揺らして、少女はナイを見上げて問う。

ナイは顔を俯かせる。


ナイ「…だって、力はずっと僕と君が欲しかったものだ」


ナイがそう言えば少女は顔をナイから逸らす。

少女の銀の長い髪が揺れて、煌めく。

まるで月の光のように。


ルル?「何が正しくて、何が違うのか。きっと解らないだろうね…」 


ナイ「うん、でも僕は手に入れた力で皆を守りたい」


もう、あんな想いはしたくない。

そう思うと真っ白な世界はあの日へと書き換えられていく。

…一度、ナイが全てを失ったあの日の村の光景へと。

ナイと少女の距離の間に横たわった女性が現れる。

女性は赤を流し、ピクリとも動かない。

女性は記憶の中では優しくて、怒ると怖い。でも笑顔が明るくて大好きな母親だった。

お腹を押さえて横たわる母親を見てナイも少女も瞳から赤い涙を流した。


ナイ「お母さん、お腹に赤ちゃんいたんだよね」


赤い涙はまだ、ナイの頬を伝って下へと落ち。

ナイは床に跪き、横たわる女性を抱き締めた。

自分の作り出した幻なのは解っているがどうしても抱き締めたかった。

…あの日の自分は母親とお腹の中の子を看取れなかった。

傍にもいられなかった。


ルル?「…まだ、覚えてるものね。大事な人達との記憶」


彼女の、ルルの言葉とともにナイの意識の中に映像(イメージ)が流れる。

ロザリアがかつて言っていた学園の庭で聞こえた声を「かつてここで暮らしていた人達の声」と言っていた言葉。

その時、ロザリアはとても哀しそうだった。

…ああ、そうだったのか。

ナイは赤い涙とともに顔を上げる。

ルルはいつの間にかナイの傍へと膝をつき、その手を握っていた。

ナイの視界にルルの顔が映る。

ナイが赤い涙を流せば、彼女も流す。彼女が赤い涙を流せば、ナイも流す。


ルル?「…忘れられないから、あの人達はずっと戦ってるんだね」


自分の作り出した母の身体が光の粒子となって消え、ナイはルルの身体に抱きつく。

…皆もまだ、覚えてるんだね。

かつて失った人達との記憶を。

ナイと同じように、彼らもまた忘れられない。

込み上げる沢山の想いがナイとルルの瞳から溢れた。

二人は声を上げて泣く。

そして世界は弾けて散った。


ナイの放った矢は魔界の欠片はおろか結界すら砕いて消滅させた。

さすがはロザリオから派生した吸血鬼だとイーグルは思い、アサギの腕の中で気を失っているナイの顔を見た。


アサギ「レオ様、ナイ様は…?」


地面に膝をつき、意識を失ったナイの身体を抱えているアサギは眉を下げてレオに聞く。

アサギ同様に地面に膝をついて、レオはナイの頭に手をかざして。


レオ「…大丈夫。深刻な負荷は身体にはかかってないみたいだけど、封印した記憶が意識障害を起こしたみたい」


レオの答えにアサギは不安が抜けない、と息を吐いた。

イーグルは三人をその場に残し、画面を開く。

今いる場所を調べればローゼ村の近くの山であることが解った。

目的の場所もそう遠くない。

否、むしろこの山が目的の洞窟がある山だ。

洞窟の前に帝国の兵士が見張りでいるらしいが証明書がソル・ヘリオスから発行されており、それを見せれば通れるとコウから聞いている。

正直、イーグルはあまりロザリア達の過去を知らない。

けれど、彼らがソル・ヘリオスと幾度か戦ったというのはコウから聞いたことがあった。

ニクスは「あんまり当時を思い出したくないんだよなー」と片耳のピアスを触りながら、何かを思い出して言うのが気になってコウに聞けばコウからニクスの過去を少し聞けた。

ニクスのピアスは形見だと。

コウは当時を知っているらしく、「恋人の遺品だ。結婚も約束してた程、想い合ってた」とニクスと彼の想い人を思い出しているようだった。

これ以上は踏み込まない方がいいな、とイーグルは思う。

彼らの事は信用している。だが、自分とレオは何時か彼らとは違う道を選ぶ。

ロザリオととも一時の協力関係だと互いに納得している。


イーグル「けれど、な」


イーグルは顔を上げて空を見る。

空は綺麗な青で澄んでいた。

ナイは重い瞼を上げれば、視界いっぱいにアサギの綺麗な顔が映って驚いた。


ナイ「ア、アサギさん!?」


顔を赤に染めてナイは声を上げる。

その姿にレオとアサギは微笑ましく思う。

レオは慌てふためくナイに聞く。


レオ「調子どう?ナイ」


レオはそう言ってナイの目の前に手の平を見せればナイは目を大きく開いた。

先はぼやけていた視界が鮮明に映っている、と。

アサギの魔力が相当、相性良いのか。


ナイ「…うん、良い!身体が軽いよ」


ナイ本人も驚きながら言えばレオとアサギは嬉しそうだった。

本当にナイの身体は軽かった。

先ほどのブラッディブレイドの使用を試みようとした時のぼやけた視界も怠い身体も。

そこまで考えてナイははたと気がついた。


ナイ「僕、ブラッディブレイド使えませんでしたか?」


先ほどと変わらぬ森林の光景にナイは首を傾げた。

魔界の欠片は見当たらないが…。

疑問の思うナイをアサギが微笑み、答えた。


アサギ「…恐らく、まだ未完成と思われますが。ナイ様の使った弓がブラッディブレイドかと」


アサギの答えにナイは息を深く吐き、安堵した。

ナイは目を閉じる。

深層意識の中で現れた銀髪の少女がナイの脳裏に過ぎる。

あれは吸血鬼の自分が少女の姿を借りて手を貸してくれたに違いないのだとナイは思った。


白い空間、吸血鬼の結界の中でロザリオはソル・ヘリオスが用意した椅子に、彼から離れた距離で座っていた。

ソル・ヘリオスはロザリオに紅茶を勧めたが、拒否され肩を落とす。

ロザリオは通信画面を開く、アレクスからメッセージが届いていた。どうやら心配性な彼はナイ達を遠方から見守っているらしい。

その連絡にロザリオが苦笑すれば、ソル・ヘリオスが声をかけてきた。


ソル・ヘリオス「そうだ、まだ言ってない事があったな。こちらの重要機密…というよりはお前達にとってだろうな」


ソル・ヘリオスは呑気に紅茶を飲みつつ話す。

画面から目を離したロザリオはソル・ヘリオスを見れば、彼は受け皿にティーカップを置いて息を吐いた。


ソル・ヘリオス「…月の末裔が住む村の襲撃を知った俺は正規軍を動かし、現場に行った。そこで見たのはお前達によって気絶させられた兵士と、住人の遺体。阿呆な研究者が遺体を利用と目論んだが俺の手の届く範囲で追放処分にした」


ロザリオ「その件についてはお前には礼を言う。手厚く葬ってくれたそうだな」


あの日、ナイを助けた後ロザリオは長居をしなかった。

本当なら一族の者を土にかえしてやるべきだったが、あの時の精神状況を考えると出来なかった。

一族の遺体を利用されるべきでは無いのに。

己の弱さを悔やむロザリオにオーナーからソルの指揮のもと、葬られたと聞きロザリオは安堵した。

ロザリオはソル・ヘリオスに向かって頭を下げれば、彼は顔を俯かせた。


ソル・ヘリオス「だが、ただ一人遺体が見つかっていない者がいた」


ソル・ヘリオスの言葉に下げていた頭を上げて、ロザリオは彼を見た。

…見つかっていない遺体。

その言葉にロザリオは目を大きく開く。

…まさか。

そうであって欲しくは無いが該当する人物はロザリオの頭の中にはいた。


ソル・ヘリオス「…ナハト。その男の遺体だけは未だ見つかっていない」


ナハト。ソル・ヘリオスが口にした名前はナイの父親の名前だった。


その後、ロザリオはソル・ヘリオスと一時解散とした。

ソルから再び、サイレンスロードを通じて連絡を入れると言われたがロザリオはそれどころではなかった。

…ナイの父親が生きている可能性。

ロザリオは結界を抜けて学園へと戻る帰路な中、考えた。

…ナイもアイスもナハトのもとに帰すべきだと。

終わるか終わらないのか解らない戦いに二人を巻き込むのは嫌なのだとロザリオは改めて思う。


一人で歩けるのだとナイはアサギの腕から離れ、立って歩く。

頗る悪かった調子が良くなり、アサギの横に並んで歩くナイとそのアサギ。

イーグルは先頭に立ち、後方のレオの気配を気にしながらも目的の洞窟前に辿り着いた。

森林の中、積まれた岩と土の一部に大きな穴がぽっかりと空いている。

穴は人が数人、横に並んでも通れそうなほど大きい。

その穴の前には数名の帝国の兵士がおり、イーグルは取り乱す事もなく兵士達に近づく。

画面を開き、ソル・ヘリオスから発行された証明書を見せれば兵士は敬礼した。


兵士その1「ソル・ヘリオス様から伺ってます!お通り下さい!!」


言われ、イーグルは後ろの三人に視線を交わして穴へと歩みを進めた。

穴を通って洞窟の内部に入ったイーグル達が歩みを進める中、穴の入り口にいる兵士達の話し声が聞こえて来た。


兵士その2「ソル・ヘリオス様と第一皇子殿下が対立してるって話マジなのかな?」


兵士その3「洞窟の調査も別々で行っているらしいからな」


ひんやりとした洞窟の内部。自然で出来たものなのか、人工物かは解らないが奥が深そうだとイーグルは息を吐く。


レオ「この先にある研究施設の調査が依頼だっけ?」


イーグルの背後にぴたりとくっついて歩くレオがイーグルの背中に声をかければ、イーグルは頷く。


イーグル「研究施設の調査をして一体何が解るのか。…もう帝国が調べ上げてると思うのだが」


イーグルの言葉にアサギは「それもそうだ」と納得した。

しかも、帝国が調べて重要な情報の物は押収している筈。

所謂、残りカスのような場所を調べて何が解るのか。

歩き続けて少し経った時、特に迷うことなく一行は内部で扉の前に立っていた。

洞窟の内部はかなり広い。

岩で組まれた内部の中で鉄の扉を少し、異質だ。

扉を前にイーグルは手をかざす。


イーグル「特に仕掛けはなさそうだな」


帝国も調べたのだ。

何もないのは当たり前か、とイーグルは扉の取っ手を掴み明けた。

扉の先は部屋だった。

研究施設、というよりも研究部屋というべきか。

質素で錆びた机と椅子。簡素な研究道具と機械が置かれており、イーグルの印象は外れ。

ここがそもそもの発端の場所なのかすら疑わしい。

部屋の中に一行は踏み込む。


レオ「特に何も無いね。書類とかは帝国が押収していったみたいだし…」


レオは錆びた机を見下ろす。

指先で机に触れても魔力関係の干渉等は特に見受けられない。

アサギは部屋の中の研究道具を見るもどれも年季の入っているものだ。


ナイ「…?」


ナイは部屋の中を見て回っていたが、誰かに呼ばれた気がして足を止めた。

辺りを見回すが皆以外いない。

だが、


「パパ、…パパ」


夢の中で聞こえたものと同じ、子供の声がナイの耳に届く。

泣いているようにも聞こえる子供の声にナイはかつての自分と重なり、その声を追う。


アサギ「…ナイ様?」


ナイが扉を開けて、部屋から出て行くのを見たアサギはナイを追った。

子供の声はまだ聞こえる。

ナイは無我夢中で走った。どこへ向かえばいいのか解らないが、足が勝手に動くのだ。


ナイ「だ、誰?君は誰…?」


誰も答えないと解っていてもナイは聞こえてくる声に問う。

洞窟の岩で組まれた内部を走る。

長く、どこを曲がってきたのかももう覚えて無い。

暗い洞窟の中を走っていたナイの視界が突然、光で満たされた。

ナイは立ち止まる。

視界には広い部屋と均等に並ぶ巨大な装置と部屋の中央で泣き崩れる子供の姿。

ナイは部屋の中央で泣き崩れる子供の傍にすぐに駆け寄った。


ナイ「君、どうしてこんなと…」


泣き崩れる子供に駆け寄り、床に膝をついて身体を支えてやろうと子供に触れようとしたが子供の身体はナイの手をすり抜けた。

ナイは目を大きく開く。

子供は肉体を持っていないのだ。


ナイ「…君がパパを呼んでいた子?」


ナイは自分の気を落ち着け、子供に声をかけた。

子供はナイの声に気づき、ナイの顔を見た。

ぐしゃぐしゃに泣きはらした顔がナイの視界に映る。


子供「おねがい、パパを止めて…」


子供は大粒の涙を流して泣き続けている。

ナイは泣く子供を抱き締めたいのに出来ないもどかしさに唇を噛み締めた。

そして、不意にナイの視界に巨大装置が目に入る。

上下に何かしらの装置が付けられた試験管。

大人の身体すらも入ってしまいそうなその試験管が均等に部屋の奥まで並んで配置されている。

巨大な試験管、そして透明な外観から見える試験管の中に…。


ナイ「子供…?」


ナイは試験管の、何かの液が満たすその中で眠る子供。

そう、今ナイの傍で泣き続ける子供と瓜二つの…。

装置に気を取られ、ナイは近づく気配に気づかなかった。


女性「…どうして、ここが?」


突然、背後から聞こえた女性の声にナイは振り返った。

立っていたのは陶器のような白い肌、バラ色の唇と漆黒の長い髪のとても美しい女性だった。

女性はナイを真っ直ぐに見ている。


ナイ「…ここで何の研究を? 」


ナイは女性を見上げて震えた声音で問う。

懐の杖をすぐに抜けるよう、手をかけて。

ナイに問われた質問を女性は美しくも冷たい笑みで答えた。


女性「ここはお父様の望みの為の場所」


直感か、ナイには魔界の欠片と目の前の女性が重なって見え。

女性が唇を動かした瞬間、ナイは懐から杖を取り出して自分の前で構えた。


女性「ウズルイフ!!」


ナイ「バリア!!」


女性の声とともに部屋に黒い爆発が起きた。


第十七話に続きます