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レモンイエローの髪の少女はどうやらここ一週間ほど、まともな食事を取っていなかったらしい。
ソウマが持っていたクッキーを衰弱して気を失っていた少女の口に突っ込む。
少女は目をかっぴらぎ、ソウマのクッキーを一瞬で食べた。
糖分を体内に入れたことで少女は気を取り戻した。
ロザリアに膝枕された状態の少女は緊張感の無い声で言う。
???「はう~、何て気持ちの良い枕でしょうか」
その発言にソウマはすぐに「退いてくれ」と言いたくなった。
自分だってまだ、膝枕された事ないのに…!と焼きもちをやいて。
少女とソウマの様子にロザリアは苦笑した。
随分と穏やかな空気だったが、突然ロザリアの通信画面が強制起動した。
通信画面にはクラウンが映し出された。
画面の向こうではかすかに爆発音と思わしき大きな音が聞こえ、ロザリアとソウマ。そして少女も通信画面を見た。
クラウン「ロザリア!学園が帝国とヴィルシーナに襲撃を受けておる!」
クラウンの珍しく焦った様子と言葉。
ロザリアも襲撃という言葉を聞き、真っ先にナイの姿を思った。
帝国とヴィルシーナが組んで来たか、とロザリアは眉を寄せて険しい表情を浮かべる。
ヴィルシーナは世界最高峰の学園。戦闘系生徒も一流の使い手と聞く。
ロザリアは画面の向こうのクラウンに指示を出した。
ロザリア「すぐに学園に戻る!クラウン、タキと連携して上手くしのいでくれ。私は移動魔法を使って五分で戻…」
クラウンへの指示の途中でロザリアの身体に異変が起きた。
…ナイが泣いている。
ロザリアの心臓が大きく脈打つ。
ナイの哀しみと憎しみが流れてきたのを感じ取ってロザリアは唇を噛み締めた。
ロザリアは気を取り直してクラウンに言った。
ロザリア「三分で戻る!」
ロザリアは言った後、立ち上がって移動魔法の詠唱を口にする。
先ほどの様子をただ事では無いと理解した少女はロザリアから退いて、ソウマを見た。
???「あの、私も連れて行ってください。少しは支援魔法が使えますので」
少女は胸の前で手を組み、ソウマに申し出た。
急に現れ、正体もよく解らない少女を連れて行くのは危険だとソウマは思う。
ソウマはロザリアを見た。ロザリアは口を動かし、詠唱しているが視線をソウマへと向けていた。
ロザリアの目は少女の同行を許していた。
ソウマ「…解った。危険が伴うけどいいの?」
ソウマは少女を見る。
少女は真剣な顔つきで頷く。
???「助けて頂いたお礼はちゃんと返します!」
先ほどのクッキーの事だろうか…。
別に恩に感じてもらう程のことはしてないのだが、とソウマは思った。
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学園の敷地内。学園の建物と入り口の門までの道、そこそこ距離があるのだが…。道は石畳でオーナーとクラウンの趣味でなかなか綺麗に樹が植えられているのだが、残念なことに樹々は次々と倒されてしまった。
ヴィオラは先ほど、コウを学園の校舎へと行かせた。
そしてそれを追わせまいとヴィオラは独りで敵に立ちはだかったのだ。
拳を握り締めて、ヴィオラは唸る。
甲冑に身を包んだ兵士は正直、ヴィオラの眼中にも入らなかったがヴィルシーナ学園の制服を着た男は手強いなんてものではなかった。
ヴィオラ「全く、レディーに対して礼儀というものがなってなくてよ」
ヴィオラは鼻で笑い、自分の紫の髪を指で梳いて靡かせる。
先ほど、男から受けた一撃で右の肩が痛むが構ってはいられない。
この男相手に隙と油断は命取りだ。
???「ならば、そこ退いてもらおうか」
黒い髪とアッシュグレーの瞳。長身で、顔立ちもかなり美形の部類に入る。
だが、戦っている最中も睨み合っている今も表情の変化は無い。
白のコートを羽織った水色と白の制服。片手には刀。
ヴィオラは男を見た時からの感想は「ストイックでつまらなさそうな男」である。
ヴィオラは深呼吸した。
…いやーよ、…退くわけないでしょ。
自分の後ろで何が起きてるかは分からない。先ほど、何かの力の胎動を感じた。
誰かに何かあったのかもしれない。
ヴィオラ
(だけど、それは私の役目じゃない)
今の自分の役目は一つでも多くの可能性を残すことだ。
コウがニクスと合流すれば何か打開策が開けるかも知れない。
昔から、変わらない。
あくまで自分は可能性を残すための駒だ。
ヴィオラは地面を踏み、蹴って駆ける。
人狼の脚力は常人には捉えられない。けれど、目の前の男は捉えるだろう。
ヴィオラはその脚力で男の懐に入った。拳を男の顔面を狙って、突き出す。
だが、男はそれを刀を持っていない手でヴィオラの拳を掴んで受け止めた。
ヴィオラ「くっ…!」
その脚力もさながら、人狼は腕力も強い。
その辺に生えてる木など軽々と引き抜ける。
しかし、人狼のヴィオラの腕力を持っても男は表情を変えずに受け止めているのだ。
…一体、何者なのよ!?
ヴィオラは押し勝とうと拳に力を込めた。
しかし、びくともしない、
それどころか男がヴィオラの拳を掴む手に力を込めて来た。
ヴィオラの手に激痛が起こる。
男は最初からヴィオラを大した敵では無いと思っていたようだ。ヴィオラが苦痛に一瞬顔を歪めた時、ヴィオラの掴んでいる拳を放した。
ヴィオラは後方へ跳び、男と距離を取る。
どうやら、掴まれた手。指の骨にひびが入ったようだ。
…人狼を上回る腕力。
ヴィオラ「…笑えないわね、」
相手は本気でないことはヴィオラも解ってはいたが…。
ここまで実力に差があるとは、笑えない。
コウを行かせて本当に良かった、とヴィオラは自分の判断は間違いではないと安堵した。
●
体中が熱い。
瞳から涙が溢れて、零れ落ちる。
記憶の奥底にあった、全てを失った哀しみがまた蘇る。
真っ赤に染まった自分の世界。
心に残ったのはやり場のない哀しみと憎しみ。
ナイは震える声で呟いた。
ナイ「壊して、あの男を…!」
それはナイらしくない呪いの言葉。
…僕から大切なものを奪う、目の前の男を。
ナイの願いに制服の下のペンダントの石が一際、強い光りを放つ。
●
背中に受けた傷が激痛を起こし、アレクスの意識が霞む。
出血が多く、身体が冷えていくのが自分でも解る。
だが、それよりも。
アレクス「ナ…イ、」
遠く、ぼんやりとした意識の中で泣いているのが聞こえる。
アレクスは口から血を吐く。
傷は深く、放っておけば命は無いだろう。
しかし、その状況でもアレクスはナイへと手を伸ばそうとする。
だが、身体は一ミリも動かない。
●
ナイの胸元を中心に、強い光りがナイを包む。
その光りをマルグは嘲笑う。
何をしようとしているかは知らないが、ここで目の前のナイを斬ればそれで終わり、だと。
マルグは片手に握った大剣の柄を再び振ろうと、腕を動かす。
下から上への一閃。
ナイを正面から、斬る。
だが、マルグの剣は一つの剣に止められた。
イーグル「…間にあったか」
マルグの剣を止めたのはイーグルだ。
イーグルは剣の柄を握る手に力を込め、マルグの大剣を止めながら背後を気にした。
未だナイはアレクスの身体を支えているが、その瞳は光を宿さず。遠くを見ている。
アレクスは意識があるかどうかも確認できない。
イーグルは一先ず、マルグをこの場から引き離そうとマルグの剣を押し返した。
マルグ「なっ…!?」
目の前の細身の男のどこにそんな力があるのかとマルグは驚愕した。
その油断が隙を作り、マルグの顔にイーグルの蹴りが叩き込まれる。
マルグは蹴られた衝撃で厨房から飛ばされ、テーブル席の方へと叩きつけられた。
イーグルがマルグを蹴り飛ばした後、レオが金の髪を揺らしてナイとアレクスの傍にしゃがみこんだ。
アレクスを支えるナイの手は赤に染まり、床は赤が広がってレオは一刻の猶予も無いとアレクスの背中を手の平で触れた。
レオの手から治療魔法の光が零れ、手のひらから紋章と強い光りが輝く。
レオ「…ナイ!アレクスの治療をするから、ナイ! 」
レオは声を上げた。
ナイの魔力は暴走状態なのはレオの目から見てもよく分かった。
強い魔力がナイの胸元に集中している。
そんなものをここで爆発させればこの辺り一帯が壊滅するほどだと、レオはナイの正気を取り戻そうと声をかけるもナイは反応しない。
ナイ「…壊して、壊して」
ナイは涙を流しながら、しきりに小さな声で「壊して」と言っている。
レオはどうすればナイの正気を取り戻せるのか、と思案したいが気を散らせばアレクスの治療が止まってしまう。
レオは焦りから額に汗を滲ませた。
イーグル「兄上、大丈夫か?」
レオの焦りに気がついたイーグルが厨房の入り口でマルグの様子を窺いながら、レオに向かって声をかけた。
正直、危険な状態だが、イーグルにはマルグとの戦いに集中してもらわなければならない。レオは息を呑み、イーグルに返事した。
レオ「だいじょうぶ、イーグル」
とても大丈夫だとは言えない状況だが、レオは精一杯笑った。
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レモンイエローの髪がふわふわと揺れて動く。
レッドベリーの大きな瞳が壁に空いた大きな穴を映す。
???「ソウマさん、あっちです」
メイド服を身に着けた少女が寮の廊下の途中で立ち止まって、壁に空いた大きな穴を指で示した。
そこは確か、食堂だとソウマが穴に近づいた時。
大きな魔力の胎動を感じた。
ソウマ「…危険な魔力の胎動だ」
中で何が起きているのか、とソウマが考えている内にレモンイエローの髪の少女は壁の穴を通って行く。
気がついたソウマは少女に説教したい気分になったが、その後を追って食堂内部に入った。
イーグル「…!ソウマ?」
食堂の中では剣と剣の打ち合う音が響く。
大柄な男とイーグルが互いの剣を持って打ち合う光景がソウマの視界に入った。
その間にも少女は迷うことなく食堂内部を走って行く。
少女はまっすぐ、厨房へと走って行くのを見たソウマはイーグルへと視線を移す。
ソウマ「遅くなって済まない、…ロザリオは別で行動している」
ソウマはイーグルに声をかけた。
イーグルはソウマの言葉に柔らかい表情を浮かべる。
イーグル「俺は問題ない。それよりも兄上の方を手助けしてくれ」
言ってイーグルはマルグの大剣と打ち合う。
ソウマは厨房の方へと視線を向けて走る。
机と椅子が散乱し、壁の破片も床に転がっているのを見てソウマは胸が締め付けられる苦しみを感じた。
最近、ここに来たばかりとはいえ、ここでソウマはロザリアや皆と食事を取ったのだ。
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レオはアレクスへの治療とナイへの声かけを続けていた。
だが、アレクスの傷が深すぎてレオの声は震え、掠れる。
呼吸が薄くなりレオは咳き込む。
レオ「…けほっ、んん、魔法が途切れる…」
魔法が途切れればアレクスの命は危うい。
まだ、出血箇所の全てを治しきっていないのだ。
ナイの魔力は徐々に膨れ上がって、レオは叫んだ。
レオ「ダメ!正気に戻って、ナイ!」
ナイは光を宿さない瞳を揺らし、涙を零す。
虚ろな心にはレオの言葉は届かなかった。今のナイにはあの日の記憶と今の記憶が重なって、憎しみしかない。
そのナイの状態を見て大人の姿をしたフリージアは思った。
マツ博士もそうだったのだろうか、と。
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誰かの光がナイへと零れる。
白い光りの粒子がナイへと降り注ぎ、誰かの腕がナイの肩を抱いた。
ナイの視界に光の粒子が映る。
懐かしい、温もりをナイは感じた。
???「…大丈夫、大丈夫だよ!」
少女の優しい温もりがナイを包んだ。
レモンイエローの髪の少女は左腕でナイの肩を抱き、右手をナイの胸元へと触れた。
ナイの制服の下にあるペンダントに制服越しに彼女は触れた。
ペンダントには危険な力が集まっている。
少女は構わず、触れた。
ナイへ「大丈夫」だと繰り返し言って。
ナイ「…僕、は…」
ナイは涙を零し、震えている声音で呟く。
自分という存在を確認するかのように、ナイは瞬きを繰り返す。
ナイは下を向く。腕の中、自分を庇って傷ついたアレクスの身体を抱いていたナイはその姿を見て嗚咽を零した。
ナイ「アレクス…!」
名前を呼び、ナイは唇を噛み締めて嗚咽を殺した。
…もう、泣いてばかりいられる子供では無いのだ。
そう思ってナイは泣くのを堪える。
ナイの様子を間近で見ていた少女は左腕はナイの肩を抱いたまま、ナイの胸元に触れていた右手を外し、ナイの頬を撫でた。
???「大丈夫ですよ。きっと、大丈夫。僕が守ります 」
少女はナイを安心させるように笑った。
…君は誰なの?とナイとレオが疑問を口にする前に少女はナイから離れる。
今、アレクスは横向きの状態でナイの腕の中にいた。
アレクスの傍に座り、斬られた背中に手をあてて治療しているレオとは反対側に膝をつき少女はレオの手に自分の手を重ねた。
レオ「貴女は…?」
重ねられた手から治療魔法の光が零れる。
レオは間近の少女の顔を見て、誰なのかと聞くが少女は控えめに笑っただけで疑問に対する答えは言わなかった。
???「お手伝いします。ちょっとだけなら魔法の知識あるんで…」
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ソウマは厨房に足を踏み入れ、ナイ達の様子を見ていた。
レモンイエローの髪の少女が先ほどナイの胸元に触れた時、少女の身体から白い光りの粒子が零れていたのをソウマは見た。
あの光は、月の力。
少女がナイとペンダントの暴走を止めた、と取っていいのだろうとソウマは確信した。
…ソウマはここに来る前のロザリアの言葉を思い出す。
『あの子の望む方向について行ってくれ』
ロザリアはそう言ってソウマに少女の護衛を頼んで来た。
戦闘を避け、レモンイエローの髪の少女の進む方向にソウマはついていけば、彼女は食堂に入り厨房へと進んだ。
そして、ナイの暴走を止めた。
ロザリアは知っていたのか。
…否、知っていなければ言わなかっただろう。
そういえば、とソウマは思い返す。
彼女が飛び込んで来た時、ロザリアは信じられないといった驚愕の表情で少女を見ていた。
…ロザリアは言っていた。「どうして」と。
それはロザリアにとって彼女の存在は予想外という事なのか。
ソウマ(…だが、どう考えても)
ロザリアは少女の事を知っているのは確かなのだろう、とソウマは結論出した。
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二人の治療魔法の甲斐もあってアレクスの傷はすぐに塞がった。
かなり出血していたが、安静にしていれば命に関わる事はないだろうとレオはナイの頭を撫でてやった。
ナイは顔をぐしゃぐしゃにして涙を流した。
…だが、
アレクス「…あの野郎、よくも… 」
ある程度の痛みと出血が治まったからか低い声で呟き、ゆっくりとアレクスは上体を起こした。
瞳には怒りの炎が宿っていたのをレオとナイは確かに見た。
レオが「まだ安静にしてなきゃダメだよ」という注意をアレクスに言う前にアレクスは動いていた。
レオ「あ…、」
レオが制止する前にアレクスは立ち上がり、厨房の外のテーブル席で未だイーグルと剣の打ち合いをしているマルグを、厨房と食堂を繋ぐ窓から視界に捉えていた。
流石、と感心するべきか呆れるべきか。
アレクスは魔法使いでは捉えられない速さで厨房の壁を蹴りでぶち抜いて、食堂のマルグの方へと突っ込んで行った。
レオ「…無茶できる傷じゃないんだけど」
レオは呆れから深いため息を吐いた。
下手をすれば失血死していたかも知れないというのに。
アレクスの行動にナイは心配そうにおろおろとレオとフリージアを交互に見ていた。
ナイ「アレクス…、大丈夫かなあ」
ナイのアレクスを心配する声を、アレクスの空けた穴から入ってきたイーグルが返した。
イーグル「大丈夫だろう。それよりも、脱出を考えねばならない」
剣を片手に持ったイーグルは厨房にいる人物を見た。
見慣れないレモンイエローの髪の少女を視界にいれたイーグルは少女に鋭い、殺気のこもった視線を向ける。
イーグル「…ソウマ、彼女は?」
視線は少女に、イーグルはソウマに名指しで問う。
だが、聞きたいのはこっちだとソウマはロザリアに聞いてくれと返事をした。
ソウマ「ロザリに聞いてくれ。彼女の望むままに進んでくれ、と言っていたのはロザリアだ。ナイの暴走を止めたのも、この子だ。今は殺気を抑えてくれ」
イーグルとソウマの会話に当の本人はニコニコと笑顔を浮かべていた。
その様子を見てレオは掴みどころの無い子だと、印象を抱く。
イーグルに殺気を向けられても平然と笑っているのだから。
イーグルとソウマの会話の後、ナイがおずおずと手を挙げた。
ナイ「…あの、脱出ってことはこの学園から?」
…ナイにとってここは第二の故郷だ。
ここで 皆と暮らしていたナイはその選択を出来る事なら選びたくは無かった。
●
ナイの質問にイーグルは目を閉じた。
イーグル「向こうが全軍を撤退させなければこちらが撤退するしかないだろうな。殲滅してしまえばいいのだろうが、ロザリがその選択を選ばないだろう」
ロザリはずっと無血を選んできた。
命を散らして勝利を望まず。だからこそ、ここまで手こずり時間もかかった。
それはナイも同意だった。
血で血を重ねた戦いに終わりは無い。
…本当の終わりを望むのなら。
ナイは俯く。
選択は撤退しか選べない。
住み慣れた場所、ここにいる皆を諦めて…。
俯き、哀しみを堪えるナイを目にしたフリージアは思う。
フリージア(大人)(ナイ…、私が来たばかりに…)
ごめんなさい。
フリージアは心の中で謝罪した。
●
食堂の窓が割れる。
窓の向こうは外。マルグの巨体が割れた窓の破片と一緒に外へと投げ飛ばされた。
投げ飛ばしたのは勿論、アレクスだ。
アレクス「ナイによくも酷なものを見せてくれたな、」
アレクスはそう言って、床に落ちていたマルグの大剣を拾い、柄を手に持った。
食堂の割れた窓から見える、外へと投げられたマルグは白目をむいて地面に倒れている。
アレクスは先ほど負った傷で多量の出血をし、目眩を起こしていたが構わなかった。
…ナイが負った心の傷は今、自分が負った傷よりも深い。
それは幼い頃のナイを見続けていたアレクスは解っていた。
ちょっとしたことで過去の記憶が甦る。
それはアレクスも同じだったからだ。
アレクス「ナイの想いを俺は裏切らない。だから、殺しはしないさ」
アレクスは言い、手にしたマルグの大剣を食堂に突き刺した。
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北の大陸の名家、エルヴァンス。
世界最高峰の学園ヴィルシーナを運営し、世界でも有名な一族。
かつて北の大陸の国を統べ、吸血鬼の血脈を繋いでいたとされる。
アサギは今、そのエルヴァンスの一員と対峙していた。
アサギ「…っ、」
刀を構え、アサギは体勢を崩さないように足に力を入れる。
肩、足、腕を斬られた。切り傷程度だが、箇所が多い。
だが、一番気にすべきは腹の傷か。
…強い。
目の前の、エルヴァンスの一員。キリヤ。
彼もアサギと同じく刀使い。だが、実力はアサギ以上だ。
アサギは脳裏に姿を思う。
…ナイの姿を。
アサギ「…参ります」
アサギは校舎の廊下を駆ける。
キリヤの懐に入り、両手に握った刀の柄を薙ぐように振るう。
しかし、キリヤは己の刀で受け止めた。
すぐにキリヤはアサギの刀を押し返し、反撃する。
刀同士の打ち合いの音が辺りに響く。
その場にいるイオとキリヤ、アサギの他に廊下を駆ける足音が一つ。
ロザリア「…そこ、退いてーーーー!!」
アサギの背後から銀の長い髪を揺らした少女が走ってきた。
聞きなれた声にアサギは振り返り、少女の名前を呼んだ。
アサギ「ロザリア様?!」
アサギは気がついた。
ロザリアは立ち止まる気が無い事に。
アサギはロザリアの方へと向く。
全力疾走のロザリアは見事にアサギの身体へと体当たりした。
アサギへとぶつかったロザリアと彼女を何とか受け止めたアサギは揃って廊下の床に倒れた。
キリヤ「…?」
床に倒れた二人を困惑した表情でキリヤは見つめた。
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ロザリアは仰向けのアサギの身体へとうつ伏せで倒れていた。
緊迫した戦いの最中であるのに、ロザリアはロザリアだ。
アサギの身体の感触に彼女は、
ロザリア「…お、硬い。意外に筋肉あんのねー、アサギ」
逆セクハラ発言をかましてロザリアは、下敷きにしているアサギの脇腹辺りに手をついて自分の上体を起こした。
ロザリアの発言と今の体勢に、変なおっさんに絡まれた女子のようにアサギは悲鳴を上げた。
アサギ「ロザリア様っ!!」
アサギは顔を真っ赤にして怒る。
しかし、イーグルに凄まれてもびくともしないロザリアは全く意にも甲斐せず。
立ち上がったロザリアはキリヤとイオを見た。
ロザリア「…ふう、お坊ちゃま二人がこの学園に何か用?」
ロザリアは前を歩く。
アサギを後ろにして彼女はイオとキリヤの二人と対峙した。
幾ら凄腕の魔法使いでもアッタカー二人の相手は無理だとアサギが立ち上がろうとした時、ロザリアは腰辺りで後ろで手を組んでいた。
手を解いたロザリアはイオとキリヤには見えないように手を振っていた。
…あっちいけ、と。
そして、ロザリアは僅かに振り返ってアサギに無言の視線を送った。
…ナイのところに向かえ。
視線の意味をそう取ったアサギは一瞬迷って視線を彷徨わせたが、ナイの涙を思い浮かべて立ち上がる。
アサギ「…すみません、ロザリア様!」
刀を片手に、アサギはロザリア達とは逆の方へと向き駆け出す。
キリヤがアサギを追おうと僅かに動いたが、察知したロザリアが立ちはだかった。
ロザリア「おっと、行かせないわよ」
不敵な笑みを浮かべたロザリアの目はロザリオを思わせるものだったが、この場でそれに気づくものはいない。
第二十四話に続きます