第24話 目覚め

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幼い頃の話しだった。

よく、遊びに行っていた。貴族が住むような大きくて豪華な屋敷の住人のもとへと。

彼はよく自分の知らぬ偉人の話しを詩って聞かせてくれた。

その詩の中で、一番好きだった詩は…。


…退位の直前まで、己の理想を追い求めた王の詩。


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マルグを倒したアレクスは、貧血によって引き起こされる目眩におぼつかない足取りで厨房の方へと向かう。

自分が空けた厨房の壁の穴から出て来たナイの姿を見て、アレクスは力無く薄く笑って床に崩れ落ちた。


ナイ「アレクスっ!!」


ナイは涙を零しながら、アレクスが倒れた食堂の中心へと走った。

あちらこちらに散乱するテーブルや椅子を跳び越えて、ナイはアレクスの傍に駆け寄って上体を抱き起こす。


アレクス「…大丈夫か?ナイ」


ナイの腕の中で、アレクスは笑う。

どう考えてもアレクスの方が重傷なのに、アレクスはナイの心配をした。

ナイは頬を伝う涙を拭うのもせずにアレクスに向かって小声で呟く。


ナイ「…約束、破ったら許さないんだから」


アレクスの上体をナイは抱き締める。

ナイの言葉をしっかり聞いたアレクスは穏やかな笑みを浮かべて、ナイの頭を撫でた。

食堂の中心でアレクスを抱き締めるナイを見たイーグルは食堂と厨房の境の壁、アレクスが空けた穴の前でため息を吐いた。

イーグルのため息を聞いたレオは隣で苦笑し、フリージアはその後ろで目を細める。

…フリージアの記憶の中の穏やかに笑う創造主であり父である博士の顔が脳裏に浮かんだ。

厨房の中でソウマはレモンイエローの髪の少女を見た。

少女はニコニコと笑みの表情の浮かべている。


ソウマ「…そういえば、君の名前を聞いてなかった」


ソウマは少女に名前を聞く。

少女はソウマに名前を聞かれた時、迷いなく純粋な眼差しですぐに答えた。


エルトレス「エルトレスです」


少女、エルトレスの瞳には真実しかない。

ソウマは思うも、どこか彼女に違和感を持った。


学園の最上階。見晴らしの良い場所で青年はハープを奏でていた。

指で弦を弾いて鳴らす。

青年は目を閉じて、音を奏でていた。

…やはり、そういう運命だったのか。

青年は音色を作り出しながら、思った。

…アステルナ。

懐かしい名前を心の中で呟き、目を開けた。

音を奏でる指を止め、青年はハープを手にしそに場所から立ち去る。

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ロザリアは自分に向かって繰り出される剣撃をかわす。

繰り出される攻撃は速く正確で迷いが無い。

だが、ロザリアは全て読み切ってかわし続ける。


キリヤ「くっ…!」


キリヤは眉を寄せた。

何度、攻撃してもかわされることで焦ったのか、キリヤの刀の動きが僅かに鈍る。

それを見逃さず、ロザリアはキリヤに回し蹴りをした。

ロザリアの蹴りをキリヤはかわそうと、すぐに後方へと跳ぶ。

だが、一歩遅くロザリアの蹴りはキリヤの刀の柄を握る腕に当たった。

すかさず、次の攻撃をしようとしたがキリヤの背後から火の魔法が放たれ、魔法はキリヤを避けてロザリアへと飛んでいった。


ロザリア「っ!凍てつく終焉の刃、業炎を貫け!ブリザード・ランス!」


自分に向かって飛んでくる複数の火の玉に向かってロザリアは手を突き出す。

ロザリアの手のひらから紋章が浮かび、紋章から氷塊の槍が発射される。

氷塊は火の玉にぶつかって相殺され、ロザリアの魔法もキリヤの背後で放たれた魔法も消滅した。

魔法を放ったことでロザリアに隙が大きく出る。

魔法を使った状態からの接近戦への移行には時間がかかる。

かかるといっても数秒の話なのだが、それだけあればキリヤの速さなら届く。

キリヤは刀を持ち直して、一瞬で懐に入った。


ロザリア「…!」


ロザリアも流石に焦りの表情を浮かべた。

…男性の姿に転換してしまえば窮地を切り抜けられるが。それを今出すのはまずい。

ロザリアは魔法で防御しようと頭をフル回転させて魔法の構築をしようとした。

だが、キリヤの刀の一閃の方が速い。

諦めて男性化してしまおうかと思ったが自分とキリヤの間に割り込んで来た、誰かの背中を視界に入れてロザリアは魔法を使う事もロザリオになることも止めた。

味方かどうかは解らない。しかも、目の前の背中で何がどうなったのか解らなかったが金属のぶつかる音がロザリアの耳に届く。

キリヤの刀を目の前の彼が武器か何かで止めたのだろう。


???「……」


ロザリアを背にしている人物は一言も発せず、キリヤの刀を剣で止めている。

突然の乱入者にキリヤとその背後のイオも大して驚きはしなかった。

だが、乱入者がこの学園でもヴィルシーナの学園でもない制服を身に着けている事にキリヤは目を細めた。



キリヤ「…どこの学園の者だ?」


眉を寄せ、キリヤは目の前の乱入者を睨みつける。

どこの学園かとキリヤに聞かれた乱入者は剣を持つ手に力を込めて、キリヤの刀を弾くように押し返した。




???「……名乗れる程の学園では無い」


低い声で乱入者はキリヤの問いに答える。


…味方、と思っていいのかな?

乱入者の背中を見ながらロザリアは思った。

ロザリアの戸惑いを察したのか、乱入者はロザリアに背をむけたまま言った。


???「安心してくれ。敵ではない」


乱入者の言葉にロザリアは首を傾げた。

…敵ではない。ということは味方でもない、ということなのか。

それに、ヴィルシーナとエルヴァンスを今回の件で完全に敵に回したこちらに助けに入れば…。


ロザリア(それも解らないような人ではなさそうだけど…)


ロザリアの疑問を他所に、キリヤは動き出す。

常人では捉えられない速度で、キリヤは乱入者の間合いに入って刀を振る。

ロザリアは「わあ」と大して驚いていないが声を上げた。

彼は冷静を失わず、ロザリアの腹部に右手を回す。そのまま、ロザリアを脇に抱えて左手に持った剣でキリヤの刀を防ぎ、後方へと跳び退る。


キリヤ「…ちっ」


攻撃を防がれたキリヤは舌打ちをした。

左手に剣、右腕にロザリアを抱えて乱入者は表情を崩さず立っている。

埒が明かないとキリヤは刀を構えなおすが、背後の友人の動きが先ほどから鈍い事に気づく。

どうかしたのか、と声をかけようとキリヤは構えは崩さず背後にいるイオを上体を捻って見た。


イオ「…っ、」


キリヤの背後にいたイオは青白い顔色で、何かを懸命に耐えるかのように顔を歪めていた。



???「…、」


イオの気配に気づいた乱入者は無言でキリヤとイオを見る。

乱入者の脇に未だ抱えられたままのロザリアもイオを見て首を傾げた。


ロザリア「何だか、調子が悪そうね…」

…それにしても、彼は似ている。ロザリアは心奥深く思った。

太陽帝国の第二皇子イオ。子孫だから似てるのも頷けるが、それにしても…。

…よく似ている。ミトラスに。

だが、ロザリアは内に留めておくことにし、イオから目を背けた。


イオ「…っ、……ナ…」


未だ、青白い顔色のイオが何かを小さな声で呟く。

その何かを耳に拾ったロザリアは目を大きく開き、驚愕だといわんばかりの表情を浮かべてイオを見た。


ロザリア「…どういうこと。ううん、それならアイツの言った言葉の意味が解ったわ」


ソル・ヘリオスとの会話を思い出し、ロザリアは唇を噛み締めた。

ロザリアの独り言を乱入者の彼は聞いていたが、特に何も言わずにロザリアに聞く。


???「どうする?」


乱入者の彼はロザリアにこの場の判断を委ねたようだ。

ロザリアは床を見つめ、切なげな表情を浮かべて顔を上げた。

キリヤの背後にいるイオを見て、ロザリアは自分を脇に抱えている彼に言った。


ロザリア「…行こう。彼があの状態ならこの均衡は崩れる」


ロザリアが言った後、乱入者の彼はロザリアを脇に抱えたまま、キリヤとイオのいる場所とは反対を向く。

キリヤに背中を見せたが、イオの状態を見ていればこちらに構ってはいられないだろう。

エルヴァンスの一員といえど、学友であり一国の皇子を蔑ろにした判断は下せない。

乱入者の彼もそう判断し、ロザリアを連れて歩みを進めた。

頭が割れるのでは無いかというほどの激痛がイオを襲う。

キリヤの声が徐々に遠くなっていく。


イオ「…っ」


イオの視界はぼやけてしまい、頭の中は白で染まり始めていく。

視界には自分を心配しているキリヤの顔が間近に映るが、キリヤの顔が他の誰かの顔へと歪んで変わっていった。

歪みがおさまり、イオの目には自分と同じ顔の男が映る。

男は貴族と思わしき礼装を纏っていた。

だが、男の全身は赤に染まっている。男は赤に染まった剣を手に、イオと同じ金と赤のオッドアイでイオをじっ、と見ていた。


イオ「…お前は、誰だ?!」


イオは気が動転し、声を上げる。

持っていた剣の柄を握り締めて目の前の男に向けた。


キリヤ「…!どうした、イオ」


突然、友人に剣を向けられたキリヤは困惑した。

どうしたのか、とイオに声をかけたが言葉を拒絶するようにイオは頭を振る。


イオ「…来るな、来るな」


イオはうわ言のように繰り返した。

今、イオの目にはキリヤでは無く、自分と同じ顔をした男が真っ赤に染まった剣をイオに向け、振り上げた。

冷たい光りを宿した瞳がイオに向けられている。

男は唇を動かす。声はイオには聞こえなかったが、何と言っているかは何故か分かった。

…呪われた、我が一族よ。今、解放してやる

振り上げられた、赤く染まった剣がイオに向かって振り下ろされた。

その瞬間、イオの視界は白く弾けた。

視界いっぱいの白の中で一人の少女の姿が脳裏に映しだされる。

月の光のように控えめで、優しい銀の長い髪の少女がこちらに向かって手を振っている。

その後、イオの意識は糸が切れたように底へと沈んだ。

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ロザリアは乱入者の彼に抱えられて校舎の廊下を連れられていた。

…あの、おろしてくれませんかね?

ロザリアは思い、声をかけた。


ロザリア「あの、もう大丈夫だと思うんだけど…」


だが、ロザリアの言葉に対して彼は無言だった。

無言のまま歩みを止めない。

ロザリアは項垂れ、どうしようかと頭の中で考えた。

そもそも、彼は何者で何故、こちらの助けに入ったのか。

聞きたい事はあるのだが、素直に答えてくれるかはまた別である。


ロザリア「…おろしてくれない?私、行かなきゃならないところがあるんだけど」


聞く前におろしてもらおう。

ロザリアは再度、彼に話しかけた。

乱入者の彼は歩みを止め、ため息を吐いた後にロザリアに言う。


???「どこだ?」


彼の言葉にロザリアは笑みを浮かべたまま、固まった。

…まさか、そこまでこのまま?!

それは困る。冗談じゃない。

こんな正体不明の男に抱えられてる姿を皆に見られたら笑いものだ。

しかし、ロザリアはそれはまだいい方かも知れないと考えを改めた。

…ソウマに見られたら? 

そう考えた時、ロザリアは額から変な汗が出た。

…何か、奥さんに浮気バレた旦那のような心境に近いものをロザリアは感じた。


ロザリア「お、おろしてえええ」


ロザリアは情けない声を上げた。

変な汗が額に滲み、顔色は青くなっている。

この時、ロザリアはソウマの怒りに満ちた表情を思い浮かべていたが謎の彼はロザリアの様子などお構いなしに。


???「おろしてお前に何かあったら困る。お前には子供を産んでもらわなければならないからな」


とか、言い出した。


ロザリア「……は?」


数秒、ロザリアは彼の言葉を頭の中で繰り返しやっと出たのが、彼の言葉をもう一度確認するための一言だけだった。

…子供。

他種族から変異した吸血鬼(ブラッディロード)は子供を内に授かる確率は極めて低い。しかも、ロザリアは半分男だ。

産まれ持ったその能力もあり、吸血鬼に変異する前から子供を授かる確率は低く。吸血鬼の変異後は恐らく、もっと確率は下がっているはずだ。

今の問題は授かる確率云々では無いが。


ロザリア「ちょっ、え、どういう意味よ?!てか、おろして!ほんと、おろして!!」


困惑と懇願の言葉を言いながらロザリアは顔を青くした。

…やべえ!

こんな危機感は久しぶりだと、先ほどの戦闘以上の危機感にロザリアは腕を振って暴れた。


???「…?何を勘違いしている」


謎の彼は暴れるロザリアなどお構いなしに首を傾げた。

彼の言葉にロザリアは声を荒げる。


ロザリア「何が、どこが勘違いっていうの!?私はあなたの子供なんて産まないし、どうせ産めないわよ?!」


…何なの、一体。

彼の言葉の意味が全く理解できないロザリアが意見を主張すれば、彼は「ああ」と短く納得したという返事をした。


???「俺の子供では困る。俺はお前の腹に宿っている、本来はお前とミトラスの子として生まれる筈の魂に用がある」


謎に満ちた彼はロザリアにそう答えた。

その答えにロザリアは暴れるのを止め、顔を見上げて彼を見る。


ロザリア「何を、言って…」


ロザリアは彼の言葉に混乱した。

だが、それよりも…。

ロザリアは謎の彼の腕から、信じられない速度で脱出した。

彼が視認した時、離れた距離にいたのはロザリアでは無かった。

銀の長い髪の男。剣を手にし、彼と距離を取って鋭い眼差しを向けている。


ロザリオ「…貴様、何故知っている」


それは男の姿に変わったロザリアだった。

ロザリオは謎の彼を敵意を込めた視線で捉える。

紺色の生地に黒のラインが入ったどこかの学園の制服を身に着け、プラチナブロンドの長い髪。髪は頭部の高い位置で一つに纏めているがそれでも、腰よりも下まで長い。

青の澄んだ瞳は宝石を埋め込んでいるかのようだ。

体躯は筋肉質ではなく、細身だ。

だが、剣の腕はロザリオになっても気が抜けない。


???「…聞こえていた筈だ。お前には、子供の声が」


彼は真摯の眼差しをロザリオに向け、問いかけた。

…子供の声。

ロザリオは彼に対し、警戒しながらも記憶を手繰り寄せる。

東大陸、全属性魔法を使った後。ツバキの借りた部屋で。


ロザリオ「助けたい、人が…」


手繰り寄せた記憶の中で幼い声が確かに言っていた言葉。

自分を母と呼び、そして「助けたい人がいる」と…。

ロザリオはあの時、聞こえた幼い声の言葉を口にすれば彼は目を閉じた。


???「話せば長くなるが、その助けたい人が俺だ」


彼は目を開け、ロザリオを見て続けた。


???「今、この時代はあらゆる過去の時代の災厄の終着点となっている。遠く無い未来に起きる滅びの災厄の一つ。俺はその生贄だ」


彼の語った言葉を聞き、ロザリオはどう反応したらいいのか迷った。

…嘘をついてる目ではない。

それにオルビスウェルトは幾度も滅び、創造を繰り返してきた世界だ。

過去の文明が何故、滅んだかは定かでは無い。


彼の言葉を聞き、ロザリオは彼への敵意と手に持っている剣を消した。

そして彼の言葉にロザリオは…。


ロザリオ「…この騒動が終わったら話しを改めて聞きたい」


ロザリオの結論に彼ははんの僅かだが表情を緩めたような気がすると、ロザリオは感じた。


第二十五話に続きます