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額から流れる血を乱暴に手の甲で拭う。
ヴィオラは構えを崩さず、対峙する敵と向かい合った。
ヴィオラ「…ふう、」
随分と強い、とヴィオラは笑う。
…見た目以上の修練を積み上げられた強さね。
外見は二十代前半に見えるが実年齢はもっと上だろう。
自分と対峙している黒い髪の青年を数秒、視界に入れたヴィオラはすぐに足を動かす。
地面を蹴り、駆け、跳躍する。
その間、一瞬。
だが、黒い髪の青年は反応しヴィオラが頭部めがけて宙で放った蹴りを腕で防ぐ。
イシュ「…」
表情を特に変えず、青年はヴィオラをを射抜くように見る。
ヴィオラと青年の視線が混じり合い、ぶつかる。
ヴィオラは唇を噛み締めて、宙で体勢を変えた。回転し、後方の地面に着地し、黒い髪の青年を睨む。
…何をしても、こちらの動きを読んでくる。
ヴィオラは険しい表情とともに攻めあぐねる現在の戦況をどう打破するか考える。
だが、長く思考は出来ない。
戦場にそんな猶予など無いのを、ヴィオラは今まで嫌という程思い知らされてきた。
…しかし、黒い髪の青年は先ほどから表情を変えず冷静にヴィオラの攻撃に対処してくる。
ヴィオラ「…実力の差ってやつかしらねえ」
明らかに青年は本気では無い。
ヴィオラは傷を負わせられるも青年は無傷。
…舐められた戦い方をされている。
ヴィオラは腹が立つ、腹が立つも目の前の青年の強さは本物で。彼と自分の実力の差は明らかなのだ。
イシュ「…、」
青年がため息をつく。
手に持っていたソレール・アームズの刀を前に構えた。
…来る!
ヴィオラが青年の攻撃を予測し、防御の構えをとるが青年の動きを目で捉える事が出来なかった。
刹那の瞬間、ヴィオラの視界から青年の姿は消え。ヴィオラが焦りを感じても既に遅い。
刀の刃の光の一筋がヴィオラの目の前に現れる。
それが斬撃だと理解しても避けることは出来ない。
…斬られる!
ヴィオラは死を感じた。
だが、ヴィオラは痛みを感じなかった。
代わりに、武器と武器のぶつかり合う金属音がした。
ヴィオラは目を見開く。
視界に映ったのは揺れるアイスブルーの髪。
アイス「大丈夫?ヴィオラ」
アイスは両手それぞれに剣を持ち、ヴィオラのすぐ前に立ち。右手に握った剣でアイスは青年の剣撃を受け止めていた。
身体の向きも視線も青年へと向けているが、アイスはヴィオラに声をかけた。
ヴィオラ「大丈夫。それよりも …、いいの?」
アイスの問いにヴィオラは綺麗に微笑む。
東大陸からアイスの様子がおかしいといことはヴィオラも気づいていた。
ナイの村の事件があるまでアイスを見守る立ち位置にいたヴィオラは知っている。アイスの過去に何があったのかも。
だから、様子がおかしいと気づいてもヴィオラはアイスを見守っていた。
…かつてのアイスの気持ちはアイスにしかどうにもできない。
ヴィオラの言葉の意味を察してアイスも珍しく笑みを浮かべた。
アイス
「解らない、ナハトのことも自分の事も。でも、」
アイスは剣を握る手に力を込める。
青年の刀とアイスの剣は未だにぶつかったままだった。だが、アイスは押しのけた。
刀を押しのけられた青年が目を見開き、アイスを見た。
アイスは真剣な表情をし、左手に握った剣を振り上げる。
アイス「今の私はナイを守る!」
アイスは声を上げ、振り上げた左手の剣を青年へと振り下ろした。
剣の刃の光が一閃を描く。
咄嗟に刀で防御した青年はアイスの攻撃を防ぐも、刀の刃に亀裂が入っていることにすぐに気がつく。
イシュ「…まさか、」
亀裂の入った刀の刀身を見て青年は信じられない、と息を吐いた。
だが、青年はそれでも取り乱さずアイスとヴィオラを見る。
●
黒い髪の青年は後方へと跳躍し、アイスとヴィオラから距離を取った。
丁度いいタイミングで青年の通信画面が強制起動された。
画面に映し出されていたのは金の髪の青年、キリヤだ。
イシュ「……キリヤ、どうした?」
青年は画面に視線を移し、声をかけた。
通信画面からキリヤの深刻そうな声が聞こえてくる。
キリヤ「…師匠。イオが倒れ、帝国のマルグ将軍がやられました。両方とも命に別状はありませんが、マルグ将軍はかなり重傷のようです」
キリヤの言葉を聞いた青年は短く「そうか」と頷く。
画面の向こうのキリヤに青年は、言った。
イシュ「…解った。すぐにそちらに行く」
青年はキリヤに告げると通信を切った。
画面が消え、青年は数秒アイスとヴィオラを見て向きを変えて歩き出す。
●
無言のまま、自分達とは違う方向へと歩き出した青年を見てヴィオラは深々とため息を吐いた。
…一先ずはどうにかなったようだ。
何かが起き、青年が立ち去らなければならないなら追う気は無い。
というか、追う程の体力はヴィオラに残っていないかった。
ヴィオラ「はあ~あ…、よかった…」
立ち去る青年の姿が見えなくなって、ヴィオラは一気に力が抜けて地面にへたり込み、情けない声を上げた。
力を抜いた途端、身体のあちこちが痛み出す。
アイス「…治療しようか?」
ヴィオラの額と髪に血がついてるのを見たアイスは手を差し出しながら言った。
地面にへたり込んだヴィオラは差し出されたアイスの手を握り、そのままアイスに引っ張り上げてもらう。
震える足で立ってヴィオラは苦笑する。
ヴィオラ「我ながら情けないわねえ…」
アイス「…仕方ないよ。相手が悪かった」
アイスも感じた。
あの黒い髪の青年の実力。
恐らく、彼の刀の刀身に亀裂を入れたところでアイスの勝利とは言えなかった。
…青年は本気では無かった。
彼と互角に戦えるのだとしたらアレクスかロザリオだろう。
アイスはヴィオラの額に手の平をかざし、治療魔法をかけながら考えた。
…命拾いしたようね、私達。
●
アレクス「…悪い。イーグル」
貧血を起こし、立っている事も出来なくなったアレクスを支えて、イーグルはレオ達を連れて外へと向かう事にした。
学園の建物が壊され、崩壊の危険を考えると外に出る事を選択した。
他の者との合流もしなければならない。
食堂から出て、一階の玄関へと繋がる廊下を歩きつつ、イーグルに支えられているアレクスが小さく言った。
アレクス「…敵が来たら、お前に任せる」
アレクスの言葉にイーグルは呆れの意味を込めた息を吐いて、返した。
イーグル「当たり前だ。お前は休め」
背中をばっさり斬られて、失血死寸前だったアレクスを気遣うイーグルを察してアレクスは苦笑した。
口調はぶっきらぼうなところもあり、口数が少なく表情筋も硬いが優しい男なのだ。イーグルは。
隠れて、やり過ごす事も出来ただろうに。
こうしてレオと共に助けに来たのだから、イーグルもそれなりに自分達に情をかけてくれているということなのだろう。
貧血で回らない思考で考えてアレクスは目を閉じた。
…だからこそ、巻き込みたくなかったんだけどな。
アレクスは自分が身を投じた戦いを考え、複雑な心境を抱く。
●
廊下を歩くイーグル達。先頭を歩いていたナイが何かに気づいて「あ」と声を上げた。
ナイ「アサギさん!」
まるで花が咲いたようにナイの纏う空気が華やぎ、ナイは嬉しそうな声をでアサギの名を呼んだ。
その声にイーグルに支えれていたアレクスは目をかっぴらぎ、黒い気を纏った。
アレクスの様子を見ていたイーグルは美味くも無く、まずくもないものを食べたような微妙な表情を浮かべた。
…子離れ、全然出来てないな。
●
校舎の、廊下の窓から見える外の様子をロザリオと白金の髪の青年は見た。
金の甲冑を身に着けた者達が慌てふためき外を走っている。
青年は現状を分析し、口にした。
???「帝国、第二皇子のイオが倒れたことで連中は退かねばならない状態になったな。…やはり、皇子の身が最優先か」
青年の口にした言葉にロザリオは外の様子には、もう興味が無いのか青年より先に歩く。
数歩進み、ロザリオは立ち止まって青年に答えた。
ロザリオ「…帝国側からしたら後々の事を考えれば第二皇子には生きていて貰わねば困るだろうな」
???「どういうことだ?」
ロザリオの言葉に青年はすぐに疑問を問う。
青年の問いにロザリオは数秒、沈黙した。
ロザリオ「…第二皇子イオは、生ける兵器だ」
ロザリオは深刻な表情を浮かべ、青年の問いに答える。
そして、ロザリオは目を細め思い出す。
フリージアが死ぬことになった原因の大規模の爆発事故。
帝国の軍事実験かと思っていた。
否、間違ってはいない。
あれを兵器だと言うのなら、間違いは無いだろうが。
ロザリオ「…まさか、第二皇子の方が皇帝の資格を持っているとはな」
ロザリオは小さな声で呟く。
そして声に出して、気づく。
…持っていて当たり前か。
帝国第二皇子イオ。実際に会って解った。
…あれは俺の対だ。
●
ロザリオの言葉の意味を青年は考えた。
第二皇子イオ。
皇帝の資格、生ける兵器。
…第二皇子イオ。ロザリオの言葉から察するに第二皇子が本来、太陽帝国の正当な王位継承者なのは確かだ。
???「…アイツが言っていた。太陽と月の王は本来、対となる王がお互いに同じ時代に存在している筈だと」
だからこそ、王室は唯一絶対だった。
両極であり、強大な力を持つ月と太陽の王。互いが同じ時代に存在しているからこそ、均衡は保たれていた。
太陽帝国にかつて君臨していたミトラス一世皇帝。
そして、その対となる筈だった月の王は王位にはつかなかった者。
継承権を持ちながら、王位につくことは一度も無く。けれども、確かに王と呼ばれるに値する人物だった。
ミトラスの対の、月の王は生涯を戦いに投じた者。
ごく普通の、当たり前な愛情の中で育った月の国の王女ディアナ。彼女がミトラスの対の王だった。
…そう、今目の前にいる。
???「…千年戦争を戦い抜いた、月の王女ディアナ。それが貴女の本当の名前」
…青年は断言した。
ロザリオを視線に捉えて。
そして、当のロザリオは薄く笑い青年の方へと振り返る。
ロザリオ「…そこまで知っているのか 」
…ここでその名前を呼ばれるのか。
ロザリオは昔は慣れ親しんだ名前に頬を緩めた。
国と民、周囲と家族に愛されていた王女の名前。けれど望まれなかった王女。
…懐かしい。
ロザリオは単純にそう思い、微笑む。
●
青年はロザリオを見る。
銀の長い髪は太陽帝国の王族の金の髪と対象を現しているのだと、あの人物は言っていた。
ロザリオは、…ロザリアは月の一族の現王位継承権を持つナイと唯一の血の繋がりがある。
???「それもまた星が示した運命なのか」
…太陽帝国が月の一族の末裔が住む村を襲った、惨劇の時にナイが生き残ったのも。
ある意味、必然だったのかもしれない。
暴走する太陽の一族を止めるのが月の一族の役目だと、そう言わんばかりの道筋だ。
青年はため息を吐く。
彼の様子を見ていたロザリオは警戒心を秘めた視線で青年を捉える。
ロザリオ「本当にどこまで知ってるんだ。お前、」
…星が示した運命。
その言葉を聞き、ロザリオは青年に問う。
まるで、内側からずっと見られていたかのようだ。
ロザリオが歩んできた今までの人生を。
ロザリオの警戒心が秘められた視線を、青年は動じず答えた。
???「それはお前の娘に聞くべきだ」
ミトラスと出会った時から宿っていた魂。
ずっと、ロザリアと寄り添っていたのだ。
●
昔の話しだ。
タキは自分の主である王女に予言を託した。
…星が描いた道筋を。
タキ「…空に昇る二つの光は何れ、天を貫くだろう」
タキはロザリアに託した言葉を思い出し、声に出す。
そして、それこそが最大の役目。
月と、…太陽の。
タキは幼いフリージアの手を引き、校舎の廊下を歩く。
霊体のフリージアに触れる事は出来ない。
だから、手を繋いでるふりだが。
それでもフリージアは嬉しそうだった。
●
学園の主要メンバーは外へと集合した。
フリージアを保護した段階で教師や管理の人達にはみかんが予め、休暇を出してある。
帝国の兵士達やヴィルシーナの者達も完全に撤退した。
…先ずはこれからの事だ。
それもあるが、あるのだが…。
コウ「誰っ?!」
ニクス「だれっ!?」
見慣れぬ顔二人にコウとニクスは戸惑いに、声を上げた。
白金の長い髪の青年とレモンイエローの髪の少女。
当の二人を拾った張本人は、
ロザリア「いやー、何でかねえ?えへっ」
と、声を高くして茶目っ気たっぷりに言った。
●
美しい銀の長い髪が揺れる。
ついでに怒りから身体も震えていた。
ソウマはロザリアの腕を掴み、近くに立つ青年を指さした。
ソウマ「ロザリア!誰なの、彼は」
ロザリアに詰め寄る勢いでソウマは突然現れた青年に敵対心をむき出しにする。
しかし、正直なところ猫の威嚇のようだと周囲は思った。
…怒っても怖くねえ。
それが周囲の感想だった。
指を指された青年はきょとんとした顔で首を傾げた。
誰なの、って銀の髪の男(ソウマ)に言われて…。
…で、当然のように言った。
???「…ああ、何れ子供を産んでもらう者だ」
平然と言った青年に周囲は石のように動きを止めた。
…え?
皆の疑問は同じだ。
タキ「…こ、子供っ?!」
子供と青年が言ったのを聞いてタキは驚く。
…ロザリアが子供を授かることは不可能に近い。
何を言ってるんだとタキは青年を見るが青年は真剣な面持ちで冗談を言っているという様子は見られなかった。
ソウマ「こど、こども…」
ソウマは顔色を青くし、ふらりとよろめいた。
地面に仰向けで倒れそうなソウマをロザリアが慌てて抱きとめた。
ロザリア「ソウマ、大丈夫よ。あの子は娘の恋人候補みたいなもんだから」
ソウマを抱き留めてロザリアは良い笑顔を浮かべた。
…婿?!
周囲は今度、ロザリアの言葉に凍り付いた。
???「…?!恋人って… 」
そんな事は言っていないと青年はロザリアを見るがロザリアは拳を握って親指を立てた。
それを青年に向けて、やっぱりいい笑顔を浮かべた。
ロザリア「そうじゃないの?だって、娘の誕生を待ってるみたいだし」
けろっとロザリアは言い切った。
タキ「…う、産むの?」
タキはロザリアに震え声で聞く。
可能性は無くは無いが、正直無理といった方が近い。
それは同じ状態であるナイも顔を青くして呟く。
ナイ「…ロザリア、無理ありすぎるよ。それ…」
二人の言葉を拾ってロザリアは悪い笑顔を浮かべた。
ロザリア「産まないわよ。産めないし。でも、邪道だけど方法はある」
…邪道。
そう言ったロザリアの言葉を聞き逃さず、タキは目を伏せた。
つまり、それは…。
タキ「ロザリア。そんな危険を君が選ぶのなら、何故そうするのか教えて欲しい」
タキはロザリアに向かって言う。
…そう、僕は君の軍師だ。
ロザリアは昔、タキと交わした言葉を思い出し「そうよね」と頷く。
ロザリア「私も詳しくは聞いてないけど、彼は生贄らしいのよ」
ロザリアは青年を見た。
青年は顔を俯かせて地面を見る。
すぐに顔を上げて青年は口を開いた。
???「楽園時代よりも古代から、災厄の火種は取り除かれずに残っている。最果ての地に眠る災厄もその一つだ。俺は…」
青年は一度、言葉を切った。
過去の記憶を思い出し、目を閉じて数秒。そして、目を開けて続きの言葉を口にした。
???「俺の前世は災厄を命と引き換えに最果ての地へと封印した。そして、長い時間を経て封印は解かれ始めている。…もっと、後の話しだと思っていたんだがな」
最果ての地。
過去の自分が幾度も命と引き換えに封じて来た災い。
青年は断言した。
???「最果ての地の災いは俺を生贄にして封じ込めるか、それとも消し去るかの二択だ」
青年は言った後に思い出す。
…死ぬ、と決めた時の、アイツの涙。
いつも最期に泣いていた。
…情けないな、と不器用にアイツに言って止まらぬ涙を拭って。
アイツはずっと、きっと最初の次からアイツは記憶を持ち続けている。
何度も自分を救おうと足掻いているのだ。
…今度も、きっと。
●
青年の話しを聞き、ロザリアは周囲を見回した。
皆が皆、信じるとは思わない。
ロザリア自身も青年の言葉を完全に信じたわけではないのだが。
青年が嘘を言っているようにも感じ取れなかった。
合流した時からイーグルに支えられて立っていたアレクスが手を挙げた。
ロザリアは気づき、アレクスの方へと向いた。
しかし、アレクスはクラウンの方を見た。
アレクス「最果ての地に異変が起きているのは、俺はクラウンから聞いている」
アレクスの報告を受け、ロザリアは視線をクラウンに向ける。
クラウンは扇を広げて口元を隠し、小声で言った。
クラウン「あの地から良からぬエネルギーが流れているのは知っていたのじゃ。だが、あと100年は世界は持つかと思っていたのじゃが」
クラウンは視線を逸らし、何も無い方を見た。
あと、百年。
そう予測を立てていた。
???「…そう、100年。それがつい最近までの記録だった。だが、急激に変化した」
クラウンの言葉を引き継ぐ形で青年が告げる。
もっと、時間はあった。
ついこの間まで…。
アレクス「どういうことなんだ…?」
アレクスが青年に問う。
それは今、誰しもが胸の内にある当然の疑問。
…一体、何が起きているのか。
???「…最果ての地の封印は解放まで二十年は持たない。何者かが、無理矢理こじ開けようとしている」
●
青年の言葉を信じるなら、世界は知らぬ間に危機的状態にあるということ。
ロザリアはため息を大きく吐いた。
…世界なんて救えるわけがない。
ロザリア「世界は救えないわよ。そんな柄じゃないし。でも、」
英雄とか勇者とか、おとぎ話に出てくる凄い人物にはなれない。
ロザリアはそう思って笑う。
…でも、
ロザリア「やれるだけの事はやるわ」
希望を失わない。
その目には何時だって光が宿っている。
幼い頃の彼女を知る者達は苦笑した。
世間知らずの頃から変わらない、無謀で根拠の無い願いと希望。
コウ「また、始まったか」
コウは笑う。
それを隣で、横目で見たヴィオラも呆れを含みつつも笑みを浮かべた。
ヴィオラ「ロザリアのあれは凄く良いところなんだってずっと前に気づいたわ」
出会ったばかりの頃。小さな王女の、そういう世間知らずで甘くて。
しかし、ヴィオラは思う。
…長い間生きていく中で、昔と変わらぬ希望と願いを持ち続ける事はとても難しいのだ。
…月の国の王女ディアナ。
彼女は決して王位にはつかなかった。ディアナは生涯、武芸を禁じられ暖かな日常を過ごし、ごく普通の王女であれと周囲に願われていた。
しかし、ディアナは知っていた。
何故、皆が自分を戦いから遠ざけるのか。
…現在になってもロザリアは思う時がある。
ディアナは確かに愛されていた。けれど、望まれてはいなかったのだと。
第二十六話に続きます