第26話 おかえりなさい

白金の髪の青年の話しを粗方聞いた後、一同は今後について学園の敷地内の外で話し合う事にした。

コウが通信画面を起動させ、画面に何かしらの設計図を表示させた。

設計図、では無くこの学園の基礎や柱の情報を建築段階で取り付けた小型電子部品から状態の情報を吸い取ったのだ。


コウ「あー、ダメだ。基礎部分と支柱が6割近く亀裂入ってる」


倒壊は免れたが、建物を使用することは危険。

基礎と支柱が6割程、亀裂が入ってるなら早急な修理が必要だ。

だが、太陽帝国とヴィルシーナに睨まれた現状、直してもまた襲撃されて壊される未来が簡単に予測できる。


ニクス「修理つっても今から業者入れても数か月はかかるな」


コウの画面を横から見て、ニクスは己の眉間を指でつまんで目を閉じた。

…あー、頭が痛いと呟きながらニクスはどうしたものかと考える。

考える一同の中(考えてないものもいるが)でレモンイエローの髪の少女が手を挙げた。

数分前に彼女の隣に来て立っていたソウマが首を傾げる。


ソウマ「どうかした?エルトレス」


ソウマがエルトレスを見る。

エルトレスは顔を俯かせ、表情は見えなかったがしっかりとした声で言う。


エルトレス「…私、このまま皆さんとご一緒してもいいですか?」


エルトレスは俯いていた顔を上げて、前を見た。

迷いは無い、けれども思う部分は色々とあるのか少々泣きそうな表情をしていた。

彼女の言葉に一番早く反応したのがロザリアだ。


ロザリア「貴女がいてくれたらこっちも心強いけど…、でもいいの?」


ロザリアはエルトレスの顔を真っ直ぐに見る。

その金の瞳がどこまでエルトレスの内側を見抜いているのか、ソウマは思った。

…ロザリアはエルトレスの何を知っているのか。


ソウマ(エルトレスの事、ロザリアは知っているとしか考えられないな)


ロザリアに「いいの?」と問われたエルトレスは今までの事を思い出した。

…涙を堪えて、エルトレスは震える声で言う。 


エルトレス「私、もう元の場所にはいれないんです」


目元を乱暴に手で拭ってエルトレスは訴える。

エルトレスの涙に、可愛い子大好きなニクスが慌てふためく。


ニクス「ちょっ…、状況がよく掴めないんだけどさ」


レモンイエローの髪の、小柄な女の子が泣いてるとなると黙ってはいられないニクスは、瞬間移動かと思う程の早さでエルトレスの隣に移動した。

ニクスはエルトレスの手を取り、白く柔らかな手の甲に口付けする。 


ニクス「可愛いお嬢さん、貴女の愛らしさに囚われた俺に名前を教えてくれませんか?」


かっこいい男を演出する為に、敢えて低めの甘い声を出しニクスは微笑む。

顔は整っている方だが、性格が性格なだけにニクスのイケメン演技は薄ら寒いものがる。

…おかげでエルトレスを除いた周囲が凍り付いた。

エルトレスとはいうと…。


エルトレス「え、あの、…エ、エルトレスです…」


戸惑いながらも、安心したのか柔らかな微笑みを浮かべつつ名前を答えた。

エルトレスの微笑みを間近で見たニクスは、その可愛らしさがドストライクだったのか顔を真っ赤にした。

…このままでは喜びのあまり、アホが叫び出しそうだと画面を見つつコウは思ったが意外にもエルトレスからニクスを離したのはイーグルだった。

おや、珍しいとコウは思ったが口には出さない。

普段、レオ以外の事には極力関わらない様にしているイーグルだが、エルトレスを見下ろして本人的には優しく、エルトレスに質問した。


イーグル「見たところ、身なりはどこかの家のメイドのようだが…お前はどこかの家の者なのか?」


だが、言い方はぶっきらぼうである。

レオは苦笑しながら「イーグル、もうちょっと優しく言ってあげてよ」と呟き、それを拾ったイーグルは気まずそうに唇を噛んだ。

イーグルの質問にエルトレスは少し、沈黙した。

ほんの僅か、数秒間だった。

だが、彼女は何か覚悟を決めたのか、自分の正体を明かす。


エルトレス「私は北の大陸の名家、エルヴァンス家のメイドとしてお仕えしてました」


エルトレスの言葉に周囲は「え?!」と驚いた。

だって、それは先ほどやり合っていたヴィルシーナ学園の運営元で、戦闘までしていたキリヤの生家だ。

北では知らない者はいない、超大家。

今後の敵、でもある。

何せ向こうは太陽帝国と繋がってる上に、第二皇子イオとエルヴァンスのキリヤは学友同士だ。


コウ「……か、帰った方がいいんじゃない?」


驚きから固まった周囲を代表して、コウが声を振り絞ってエルトレスに言う。

エルトレスはコウの言葉に、瞳に涙を溜めた。

周囲から「あ、委員長が泣かしたー」と非難されるが、コウは「え、俺なの?!」と自身を指さして慌てた。

エルトレスはとういえば顔を両手で覆って、首を横に振り帰る事を拒絶した。


ナイ「エルちゃん、どうして帰りたくないの?い、イジメられたりとかしてたの?」


エルヴァンスに帰る、それを拒否するエルトレスにナイは首を傾げて聞いた。

…エルトレスと出会った時から妙なものをナイはずっと感じていたのだ。

懐かしい。

この少女には初めて会った筈なのに、ずっと前から知っているような錯覚をナイは感じていた。

ナイの質問にエルトレスは肩を震わせる。


エルトレス「…私、メイドとしてあるまじき行為と持ってはいけない感情を…ご子息に、」


エルトレスは唇を噛み締めた。

彼女の様子に周囲は、身分の違いの片恋かと気の毒に思ったがあるまじき行為とは何だ。

皆はエルトレスを見つめる。

周囲の視線を一点に集めたエルトレスは言いづらそうに唇を噛んでいたが、ゆっくりと口を動かした。


エルトレス「…ご子息、お二人に手をあげました」


童顔の、中々可愛らしい顔立ちのエルトレスの見た目からは想像もつかないような言葉が飛び出してニクスは硬直した。

周囲も戸惑い、一同「え」と呟く。

しかも、二人。

それは…、その家次第では処刑も大げさでは無い。

身分違いの片恋、仕える立場でありながら主人への平手…。


ロザリア「…また、凄い事したわね」


流石のロザリアも苦笑し、エルトレスから顔を背けた。

エルトレスの隣にいたソウマも信じられないものを見るような目でエルトレスを見る。


ソウマ「君、見かけによらず気が強いね…」


ロザリアとソウマの言葉を拾い、エルトレスは肩を落とした。


エルトレス「はうう~…」


エルトレスには小さな頃から好きだった人がいた。

初めて会った時、凄く綺麗な女の子だと勘違いして、お姫様だと勝手に思い込んで。

…私はずっとこの人をお守りしたい。

それが始まりの感情だった。

いつの日からか、別の感情に変わってしまっていたが…。

だから、拒絶された時傷ついて、怒りがこみ上げて来た。

今考えれば、自分は幼稚で身勝手だったのだ。

…そりゃ、勝手に興味も無い相手に想われてたら迷惑でしかない。

当時のエルトレスはそれが解らなかった。


…自分はどうすればいいのか、正直なところ解らない。

ただ、自分はもうエルヴァンスには戻れない。

…戻れないい。

エルトレスの言葉を聞き、何となく色々と察したロザリアはエルトレスの前に立った。

そして、エルトレスのレモンイエローの頭に手を置いた。


ロザリア「エル、始めに言っておくけど私達、ヴィルシーナ学園ともめてる状態なの」


ロザリアは真剣な眼差しをエルトレスに向けた。

…ロザリアの本心は、このままエルトレスがいてくれたらと思う。

けれども彼女は、とロザリアは自分の考えを振り切る。

ロザリアの言葉を聞き、エルトレスは目を大きく開いた。

ヴィルシーナ学園と戦っている。

…その意味が解らないほどエルトレスは間抜けでは無かった。

エルトレスは俯く。

そして答えに詰まった。

だが、ロザリアは尚もエルトレスに言う。


ロザリア「…エル、私達といれば貴女は今のままではいられないの」


ロザリアは断言した。

…今のままではいられない。


ロザリア「よく、考えて」


…ロザリアは言った後、眉を下げて微笑んだ。

その表情の裏に隠された真意をエルトレスは解らなかった。

だが、ロザリアは自分を巻き込まないように無理矢理、気持ちを押し殺しているようなのだとエルトレスは直感する。

…何故かは解らないが。

●●

あの後、今後について一同は話し合わねばならないということらしく。

エルトレスは自分の身の振り方を考えるようにと、ロザリアから「散歩でもしてきたらどうだ」と言われた。

なるべく建物には近づかないように、とコウから注意されエルトレスは周辺を歩いてみる事にした。

歩いて十数分ぐらい経ったか。

エルトレスは一つの石碑の前に立っていた。


エルトレス(この、石碑…)


エルトレスは木々と白い花に囲まれて鎮座する石碑を見下ろす。

石碑には「王の魂ここに眠る」という言葉と、名前が彫られていた。

エルトレスは地面に膝をついて、石碑の文字を手のひらで撫でる。

つるりとした冷たい石の感触。

石碑を触る、エルトレスの背後から誰かが声をかけてきた。


???「…懐かしい名前でもありましたか?」


振り返った視線の先で金髪の美しい人が立っている。

エルトレスは迷うことなく、綺麗な人だと思った。

金の長い髪、エメラルドグリーンの瞳。大理石のような白い肌。

だが、身長はエルトレスよりもかなり高い。

エルトレスは戸惑った。

…ど、どっちだろう?

整った顔立ち、細身の身体。低すぎず、高すぎずな澄んだ声音。

視界の中に綺麗な人の外見があまりにも綺麗で、エルトレスは性別が解らないと戸惑う。

そして、その綺麗な人はこれまた美しい微笑みを浮かべて、石碑の前に両膝をつくエルトレスの傍で片膝をついた。


エルトレス「…あの、」


…どう声をかければいいのか。

正直、綺麗すぎて近寄りがたい。

エルトレスは困惑を隠しもせず、表情に出す。

目の前の綺麗な人もそれに気づいているが、やっぱり綺麗に笑うのだ。


???「私の事、覚えて無いんだね」


…覚えて無いんだね。

綺麗な人は眉を下げて、哀し気に言った。

言われたエルトレスは、混乱した。

こんなに綺麗な人、一度会ったら忘れないだろう。

エルトレスは混乱しながらも記憶を手繰り寄せた。

だが、幾度思い返しても思い出せない。

エルトレスは増々、困惑した。

そんなエルトレスの事など、お構いなしに綺麗な人は目を細め、哀しそうな声音で言った。


???「酷い人、愛人の事を忘れてしまうなんて…」


綺麗な人は深々とため息を吐いた。

●●

ロザリアはため息をついた。

彼女の隣に立っていたソウマはロザリアのため息にどうしたのか、と上からロザリアの顔を覗き込む。


ソウマ「どうかした?」


ソウマは心配そうにロザリアに聞く。

聞かれた方は「ああ、うん…」と歯切れの悪い返事をした。


ロザリア「このまま、巻き込むのはやっぱり嫌なのよねえ 」


歯切れの悪い返事の後にロザリアは言った。

彼女の話しが示しているのがエルトレスの事であるのは、ソウマも何となくだが理解できた。

しかし、ロザリアの話しを聞いてソウマは引っかかりを感じた。


ソウマ「ロザリ、君の言葉。エルトレスを巻き込む前提のように聞こえるんだけど」


ソウマが言えば、ロザリアはソウマと視線を合わせて笑った。


ロザリア「そうね、だから自分の意志で選んで貰いたいのよ」


…こちらの道を選ぶ事を。

ソウマはロザリアの言葉を聞き、首を傾げた。

ロザリアは「すぐに解るわ」とソウマの疑問を察しながら、答えになっていない答えを言った。


ロザリア「でも、アイツちゃんと上手くやれるのかしら…」


言って、ロザリアはまたため息をついた。

●●

エルトレスは叫び声を上げそうになった。

喉から出る前に堪え、息を呑んで次に深呼吸をする。

…愛人?!

そう脳内で繰り返してエルトレスは頭を抱えた。

生きていたこれまでで、自分はこの綺麗な人を愛人にした覚えは無い。


エルトレス「あの…、何かの間違いじゃ」


それともからかわれているのか。

エルトレスは自分の傍から離れない美人に恐る恐る言ってみた。

…何かの間違いか、からかわれているのか。

そうでなきゃ、おかしい。

エルトレスはこれまでの自分の記憶を信じた。

だが、金髪の美しい人はエメラルドグリーンの瞳を細めて、綺麗な微笑みを浮かべる。


???「何も間違いでは無いよ。私は君が自分を失う前、」


…綺麗な人は一度言葉を切った。

そしてすぐに言葉を続ける。


???「君が眠りにつく寸前まで、私は君の愛人だったんだよ」


エルトレスは美人に言われて、再び困惑した。

だが、綺麗な人の言った言葉はすんなりとエルトレスの心に落ちて、エルトレスはそれを事実だと受け入れてしまった。

だから、困惑してしまった。

何故、と。

何故、自分は事実を受け入れているのかと、これまでの記憶が否定してくる。


エルトレス「…私、は」


エルトレスはこれまでの記憶を思い出す。

幼い頃、気がつけば森の中にいて、右も左も解らず…。

そこを運良く通りかかった夫婦に保護され。夫婦は子供を失ったばかりで、すぐにエルトレスを引き取ろうとしてくれていた。

だが、夫婦は仕事中に事故に遭って帰らぬ人になって、幼いエルトレスを不憫に思った夫婦の雇い主のエルヴァンス当主が給仕の仕事と共に住処をくれて…。

そこまでがエルトレスの記憶だった。

エルトレスは目を大きく開いて、顔を俯かせ地面を見る。

そして自分に問う。

…私は誰?


???「…その石碑に彫られた名前、君が知っている名前がある筈だ」


綺麗な、白い手がエルトレスの頬を包み、ゆっくりとエルトレスの顔を上げさせた。

エルトレスは言われるまま、振り返って石碑を視界に入れる。

彫られた数多の名前。

上から順に名前を読んだ。

ある名前を見た時、エルトレスの身体が大きく震えた。


エルトレス「アルテ…」


エルトレスの大きな瞳から涙が零れ落ちた。

…その名前を、よく知っている。

エルトレスの頭の中で思い出される、小さな子供の姿。

自分を理想とし、自分に憧れ。

王を目指した子供。


???「…思い出した?陛下」


こてん、と首を傾けて綺麗な人はエルトレスに問う。

エルトレスは…。


エルトレス「…思い出した?…じゃないだろう。全然、可愛くない。寒い」


そう言って美人の頭を軽くはたいた。

エルトレスは思い出した。

思い出せばすんなり、と記憶は馴染んだ。

目の前の美人が急激に美人でもなんでもなくなったが。

…ああ、そうだ。

確かに、自分はこの金髪を愛人にした。


???「うん、お帰り。アステルナ」


お帰り、アステルナ。

向けられた言葉にエルトレスは笑った。


エルトレス「ただいま、」


エルトレスは零れ落ちる涙を拭わず返事した。

…お帰り。

自分の帰還を喜んでくれる声は傍にいる美人だけでは無い。

この地に眠る、かつてこの地に住んでいた魂たちもエルトレス(王)の帰還を喜んでいる。


エルトレス「そうか、まだ私にもやらなければいけない事があったんだね」


エルトレスは目を閉じる。

ロザリアとナイの姿を思い浮かべた。

…随分と辛い目に合わせた。

目を開けて、美人を見る。

美人は頷き、言う。


???「…永遠の眠りには早すぎるよ、アステルナ」


君も、私も。

美人の言葉の真意を察して、エルトレスは笑みを浮かべた。

●●


エルトレス「ってなわけで、皆さまとご一緒します!改めて、エルトレスです!よろしくお願いしま~す」


コウ「…てなわけで?!何も説明されてないけど?!」


帰ってきたかと思えば、いきなり説明も無しに同行を申し出たエルトレスにコウはすかさず、ツッコミを入れた。


ヴィオラ「あら、よろしくね」


コウの隣で立っていたヴィオラは何も気にせず、エルトレスに挨拶した。

飼い主の反応にコウは「え?俺がおかしいの?」と自分の常識を疑い始めるが周囲は誰も「そんなことないよ。お前は普通だよ」なんてフォローはしなかった。

だが、これはいただけないとイーグルが発言した。


イーグル「いいのか?エルトレスが散歩行ってから帰って来るまで、結局今後について話し纏まってないんだが」


放っておけばまた、脱線する。

イーグルは頭痛を抑えるように片手で頭をおさえながら言えば、周囲から「あ」と現実にかえる声がした。

●●

エルトレスは皆から少し離れた場所に立った。

自分の前髪を指先でいじってみた。視界には己のレモンイエローの髪が映り。

ふと、自分の本当の色は銀だが、今はまだこのままでもいいかと思って苦笑する。

…存外、メイド生活も嫌いでは無かったしその頃の自分も昔の自分もすんなりと受け入れて、馴染んで混じり合った。

…解った事といえば、どこまでいっても己は己でしかない。

…それだけだ。


みかん「後悔してる?」


いつの間にか、学園のオーナーであるみかんがエルトレスの隣に立って小声で聞いてきた。

気配はほんの少しまえから掴んでいたからエルトレスは驚くこともなく、横目でみかんをみた。

…素顔、隠してるのね。

事情を知っているだけにエルトレスは唯、自分の中で納得した。

そして、エルトレスは視線の先にいるロザリとナイを見つめてみかんの質問に返事した。


エルトレス「ここに戻ってきたことは後悔してない。後悔、というなら過去の己の不甲斐なさかしらね」


…全ての元凶は私だから。

エルトレスは胸中で想い、目を閉じて言葉を続ける。


エルトレス「私の代で全てを終わりにすれば、ロザリとナイをこんな目に合わせずに済んだのに」


…エルトレスは言い、目を開けた。

彼女を隣で見ていたみかんは息を吐く。


第二十七話に続きます