第27話 動き出す

相変わらず、学園の敷地内で一同は今後について話し合っていた。

…何も解決策は出ない。

学園の所有する敷地内の建物は支えである基礎と支柱が破損し、修復しなければ立ち入るのも危険だ。

だが、活動するにはやはり拠点は必要不可欠なものだ。


ニクス「どうする?業者入れて修復工事が終わるまでホテル住まいってのも一つの選択肢としては有りだと思うんだけどさ」


クラウン「出費を増やしてどうするのじゃ。学園を運営する身としては断固反対じゃ!」


クラス委員長のニクスと委員長でもあり、学園を運営する身でもあるクラウンがあーだこーだと議論する。

…こりゃ、決まらんな。

コウは画面を見つつも、聞きながら遠い目をする。

ホテル住まいするにしても人数が人数だ。

修復工事だけでも学園的には結構、痛いのだが。


イーグル「…確かに、この少数生徒しかいない学園では経営面からすれば余計な出費は出来る限り避けたいな」


ニクスとクラウンの議論を聞き、イーグルは顎に指をあてて呟いた。

コウは「ほんと、壊したヴィルシーナ学園と帝国に責任取ってもらいたい」と胸中でため息を吐き、顔を上げて空を見た。

…空は青く、澄んでいる。

委員長連中が胃を痛めつつも話し合う最中、みかんが一通の手紙をエルトレスに差し出した。


エルトレス「…?どうしたの、手紙……」


みかんに差し出された手紙を受け取って、エルトレスは差出人の名前を確認する。

手紙の裏側、封の面を見た瞬間にエルトレスは苦い食べ物を食べさせられたかのような険しい表情をした。

エルトレスは中身を確認するために封を開けて、手紙の中から一枚の紙を取り出す。

一枚の紙、それは上等な紙質を使われており。エルトレスの横で見ていたみかんが「うわー」と小声で言った。


みかん「小切手だねえ…」


それもえらい額の高い…。

何てドンピシャタイミング、とみかんが言えばエルトレスは複雑な胸中から眉間に皺を寄せた。


エルトレス「…見てるんでしょーね。あの人」


エルトレスはそれだけ言うと、小切手をみかんに渡した。

渡されたみかんは「いいの?」と聞けば、エルトレスは怒りを押し殺した目で頷く。


エルトレス「それだけ積めば工事業者も早々に動くでしょ。修復工事が終わるまではホテル住まいでも全然いけちゃう額だね」


エルトレスは深々とため息をついた。

…生きているのか。

いや、死ぬような人じゃないけど…。

それでも自分が眠ってから何千年という月日が経っているというのに…。

エルトレスは数年単位でしか一緒に暮らせなかった母親と、母を連れ去った実の父親の存命を知り複雑な胸中だった。

…何とも言い難い。

エルトレスの心中を察しながらも、みかんは受け取った小切手を手に小声でエルトレスに言う。


みかん「有り難く使わせてもらうよ。…君が生きているのを知っていたなら、あの人は誰の墓参りに来てたんだろうね」


みかんの言葉にエルトレスは苦笑した。


エルトレス「…アルテと姉さんの、かな」


●●

急に飛び込んで来た、目玉が飛び出す額の資金によってコウとクラウンは画面を使って建築関係の業者に連絡を入れるなど、慌ただしく動く。

ニクスは宿泊施設の検索と連絡に忙しくなり、「癒しが欲しい!!」とレオを凝視しながら声を上げた。

…すぐにイーグルに怒られていたが。

委員長連中に裏方を任せて、ロザリアは外の、なるべく平な場所を選んで地面に腰をおろした。

画面を開き、自身の魔力系回路を使用して保存していた肖像画を表示させる。


エルトレス「それ、私だねえ」


ロザリアの画面を後ろから覗き見してエルトレスが呑気に言った。

覗き見されたロザリアは頬を緩ませて、子供のように目を輝かせて。


ロザリア「私が一番好きな王様」


ロザリアの画面に表示されていたのは古い肖像画。

銀の髪と金の目の青年が描かれている物だ。

…一番好き。

そう言われてエルトレスは照れて、頬を朱に染めた。


エルトレス「…好き、だとは云われた事なかったから…、結構照れちゃうなあ」


王やってる時代は愚王と評価され、散々だった。

…好き、だと好意的に認められた事は無かったような…。

過去を思い出してエルトレスは頬を指先で掻く。


学園の敷地内で画面を開いていたタキと、タキの横に立つリーリエとみっちゃん。

リーリエはタキに話しかけた。



リーリエ「…どっかで見た事ある気配だと思ったら、アステルナだったのね。久々~」


リーリエは目を細めて笑う。

それを横目にタキは画面の操作パネルを指で叩きながら、返した。


タキ「…リーリエは初代からだっけ?」


…仕えていたの。

タキが皆まで言わずとも、リーリエは察したらしく頷く。

二人のやりとりを近くで聞いていたナイは首を傾ける。


ナイ「アステルナ陛下って僕のご先祖様…だっけ?僕、国だった時代の事よく解らないんだよね」


一応、これでも王族の血脈を持ってるけども。

ナイは肩を落とす。

そのナイの傍でアサギが優しい微笑みを浮かべて言う。


アサギ「…仕方ありません、この時勢ではナイ様の血脈はタブーですから。しかし、アステルナ陛下については上位の身分に立つ者なら誰でも教育で聞きます」


アサギの話しにリーリエとタキが興味深そうに目を輝かせた。


リーリエ「やっぱり、上位階級の身分だとアステルナの勉強はするのねえ~」


どこか誇らしげにリーリエは満足そうに言った。

…ナイは増々、膨れたが。

そしてナイは気づく、自分は身内の話しについては何も知らない。

月の一族がタブーでも教えてくれたっていいじゃないか、と拗ねた気持ちになる。

ナイの膨れ面に気づいたタキが苦笑した。


タキ「ナイ、面白い顔してるね」


ナイ「だって、何も知らないんだもん」


…何も、知らない。

ナイは仲間はずれになった子供の惨めな気分になる。

…自分は何一つ知らされていない。

王族なのに、国の過去についてほとんど知らないのだ。

ナイの思いにタキはあっけらかんと答えた。


タキ「うん、だって僕たちのナイを保護した当初の目的は、君を安全な暮らしに何れは戻す事だったからね」


…だったら王族の歴史なんて生きていく上で必要ないでしょ?

タキは笑い、リーリエは珍しく遠い目をした。

ナイと、その横に立つアサギは目を大きく開いて驚く。

タキの言葉にナイは思い出した。

…そうだ。この人達は…。

とても優しい人達なのだ。



ナイ「ごめん、タキ。僕、忘れてた」


ナイが背負わなければならないものを、彼らは代わりに全てを背負うつもりだった。

ナイは反省し、タキとリーリエに頭を下げた。


タキ「いいよ。でも、そうだね…アステルナ陛下の事は知っていてもいいかもね。君の義理パパにも関係してるし」


義理パパ、タキが言ってるのはアレクスの事だ。

ナイとアサギは二人揃ってきょとんとした表情を浮かべ、そんな二人に向かってリーリエが「アサギは教育の時聞いてる筈よ」と笑う。


タキ「アレクスはエーデルシュタインなんだよ。ナイは知ってるよね?」


タキは、ナイとアサギと向き合って言った。

…エーデルシュタイン。

それはエルフ同様に希少種で、多くの実験の被検体として歴史にも語られる種族。

エーデルシュタイン。オルビスウェルトでは《宝石の人》という意味の言葉だ。

呼び名通り、彼らは宝石のようで宝石以上の煌めきと力を持つ。

心臓である核と瞳には高値がつき、闇の競売で高額な売買をされているのだ。

エーデルシュタインは生まれながらに美しい容姿を持つことから、生きていても高値の価値がある。


ナイ「うん…」


タキの言葉にナイは頷く。

アレクスから渡された、お守りの涙石を何があっても使わずナイは大事に持っている。

エーデルシュタインの流す涙は石になる事がある。その石を涙石と世界では呼ばれ、涙石には強力な魔力が宿り。

魔法補助アイテムとして涙石は絶大な効果を発揮する。

とてつもない魔力を消費する魔法を使う時に涙石を使用すれば、本来の術者の能力以上の魔法を放つことも出来る。

ただし、エーデルシュタインにも個々の力は様々でロザリアの全属性魔法の補助が出来るエーデルシュタインはそうはいない。


アサギ「アレクス様がエーデルシュタイン…。ということは、アステルナ陛下の恩恵を受けているのですね」


アサギは過去の教育を思い出し、タキとリーリエに言った。

タキは頷き、リーリエはナイに説明した。


リーリエ「ナイ。アステルナはオルビスウェルトで初めて、エーデルシュタインの人権を確立させ彼らを保護した人なの」


大昔、エーデルシュタインには人権など無かった。

彼らは搾取され、狩られ、過酷な実験の犠牲となっていった。

エーデルシュタインの売買は多額の金が動く。

それこそ国が豊かになることも、滅亡することも。彼らの命で容易く動いていた。

それは月の一族とて例外では無かった。

当時、国防と財政にエーデルシュタインの犠牲は必要不可欠だったらしい。

ひっくり返したのが月の一族、三代目王アステルナ陛下だった。

アサギはナイに言う。


アサギ「当時、アステルナ陛下は自国の民から猛烈な批判をされていたと歴史の遺物や長命な一族には語られていました。民から愚王と呼ばれ、それでも彼はエーデルシュタインの犠牲を良しとはしなかった」


しかし、アステルナは僅か数年でエーデルシュタイン無しで国防と財政を立て直した。

…凄い方なのです。

アサギは言い、ナイは聞きアステルナに感謝した。

もし、彼がエーデルシュタインを保護していなければアレクスはこの世に存在していなかったかもしれない。

五人の会話の途中、白銀の髪の青年が横から言葉を放った。


アレクス「…アステルナ陛下の功績がなければエーデルシュタインはとうに絶滅していたと云われている 」


アレクスだ。

アレクスはナイの背後に立って、ナイの頭を撫でる。


アサギ「…それにしても、どうしてアステルナ陛下の話を?」


アサギの何気ない疑問にリーリエとタキは顔を見合わせて、言葉に詰まった。

アレクスとナイも不思議そうにリーリエとタキを見た。

ロザリアは平な地面に腰をおろし、その横にエルトレスも座った。

エルトレスは澄んだ青の空を見上げて呟く。


エルトレス「…これからどうするの?大体の流れはミカエリスから聞いたけど」


ロザリアは画面を開き、エルトレスの呟きに返事した。


ロザリア「今の問題はマツ博士の捜索ね…。ヴィルシーナと太陽帝国のおかげでごたごたしちゃったけど」


ほんと、あの襲撃でペースが乱れたのだとロザリアはため息を吐いた。

マツ博士と、恐らくエルフの攫われた子供の中の残り一人は一緒にいる筈だ。

マツ博士は彼女を生贄にしようとしているのだろう。

しかし、彼の行方に結び付くような手がかりらしい動きが無い。


エルトレス「掴めそう?博士の行方」


エルトレスはマツ博士の行方を掴めそうかロザリアに聞けば、ロザリアは首を横に振った。


ロザリア「難しいわね…。これといった動きも無いし、静かよ」


ロザリアの返事にエルトレスは「うーん」と困った様子で声を上げた。

…手がかり、か。

博士の最終的な目的は何か…。

ロザリアは考える。

彼にとって愛しい娘のいない世界は必要なものだろうか?

…もしかしたら、彼は既に世界を憎んでいるかも知れない。

憎しみの先にあるもの。

ロザリアとて身に覚えがある。

…大切なものを失った時、感じた。

マツ博士にはその手段があるのをロザリアは思い出す。

生贄の少女の悲痛な感情が冥界の存在を呼び出す。



ロザリア「…マツ博士は沈黙の儀式の完成を成そうとしてる」


かつてのヴェルヴェリアの研究は禁忌の存在を呼び出す儀式へと辿り着いた。

ロザリアの呟きにエルトレスは目を細めた。


エルトレス「沈黙の儀式…?」


聞いたことが無いとエルトレスはロザリアに問う。

エルトレスは遠い過去の人物。

ヴェルヴェリアの起こした数百年前の事件よりももっと前。

そして長らく、眠っていた彼女には沈黙の儀式は初めて聞く単語だった。


ロザリア「二百年前、一人の学者が事件を起こしたの。彼は魔界と冥界の繋がりを研究し、魔界の欠片を素体に冥界の魂を呼び出そうとした。けれど、研究は失敗し、呼び出されたのは冥界の負の集合体」

ロザリアは自分の知る事件の内容をエルトレスに話す。

話しを聞いたエルトレスは目を細め、鋭い眼差しをした。

…何てことだ。

自分の持つ知識を総動員してエルトレスは思った。

…魔界と冥界はある意味、天界よりも足を踏み入れるのが危険な場所だ。

足を踏み入れるどころか、手を出す事も、触れる事も…。

どんな災厄が眠っており、目を覚ますか解らないからだ。


エルトレス「ロザリア、一度起こされた災厄が地上に呼び起こされた時根付く事があるの。特に魔界と冥界にはどんな物が眠っているか…。最果ての地も根源は魔界か冥界でしょうね…」


そして、それを取り除く事は非常に難しいのだ。

地上の力とは違う異質で強大な力が魔界と冥界には眠っている。

エルトレスは己の頭の中をフル回転させて考えた。

マツ博士の居場所を突き止めなければ…。

冥界の存在を呼び出すのなら、地上に何らかの影響は必ずある筈だ。

儀式を始めているならば尚更。

エルトレスはロザリアに言う。


エルトレス「冥界の存在を呼び出すなら、それなりに世界に影響が出る筈…。その中心点を見つける事が出来れば…」


…マツ博士はその中心点にいるだろう。

エルトレスの言葉にロザリアはすぐにクラウンの事を思い浮かべた。

クラウンは龍族の中で、物凄く高い地位にいる。

彼は地上の、全ての龍族と繋がりがあるといってもいい程。


ロザリア「すぐにクラウンに探ってもらうわ」


ロザリアは通信画面を開き、クラウンにメッセージを送った。

●●

深い闇。

どこまでも、広がる闇。

暗く、光など一切無い。

男はそこでかつての暖かな記憶を繰り返し思い出してはその思い出が残酷なものへと変わる様を見ていた。

愛しい妻と出逢い、愛しい娘が誕生して、暖かな日常の中で誰かの為に、病気治療の研究をしていた。

それが崩壊し、男の心もまた壊れていった。

それでも世界は巡る。

男と、彼の愛した者達を置き去りにして…。

…フリージア。

男は愛しい娘の名前を繰り返し、呼ぶ。

返事はない。

それでもずっと、呼び続けていた。

脳裏には娘の笑顔がすぐに思い出されるのに…。

男が望んだのはごく普通の幸せだった。

愛しい家族と、平凡に暖かな日常を過ごせればそれで良かったのだ。

…フリージア。

男は娘を想う。

いつでも、想っていた大事な娘。

最期すら看取れず、散った小さな命。

…私はただ、お前に会いたいだけなのに。

男の願いは叶わない。

愛娘に会いたい、それだけの望みでも。

死した者と生ある者では違い過ぎるのだ。

男は目を閉じて、闇に身を委ねた。


第二十八話に続きます