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深い闇の中、一人の吸血鬼(ブラッディロード)が妖しく笑う。
彼は殺意の籠った瞳でとある人物を射抜いていた。
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学園の建物修復に、無事業者が入るとの事で一行は北の大陸の宿泊施設を借りた。
何故、ヴィルシーナを運営するエルヴァンス家がある北の大陸にしたのか。
理由は単純だった。
…そこしか、無かったからだ。
北の大陸は東の大陸に比べて渡航申請と管理が緩い。
それにエルトレスの一言もあったからだ。
エルヴァンス家は基本、ヴィルシーナの運営で主だった人物はあっちこっち飛び回っている。むしろ、北にいることのほうが珍しい。
大丈夫なのか、と心配する者は多々いたが、先の騒動で疲労している者もいるので北の大陸に渡航し宿泊先へと一行は向かった。
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移動魔法を使用し、渡航申請局に移動した一行。
今回も申請の手続きはコウだ。
コウの「また俺かよ」という文句を、笑顔で見送った周囲は手続き完了まで広い待機室でそれぞれ過ごす。
エルトレス「ロザリア」
待機室の隅で画面を開いて見ているロザリアの目の前に立ち、エルトレスはロザリアの名前を呼ぶ。
ロザリアは画面から視線を外し、目の前に立つエルトレスを見た。
ロザリア「どうかした?」
にっこりと笑ってロザリアはエルトレスに聞く。
エルトレスはロザリアが開いている画面を指で示し、首を傾けた。
エルトレス「今の時代って端末や文書でのやりとりよりも空間に表示される電子系画面と魔力系画面が主流でしょ?私、方法が解らないの」
そう、現在は空間に表示される画面(パネル)と呼ばれるものでやりとりするのが主流である。
エルトレスが王だった時代は文書が主流で、そんなハイテクな技術はまだ開発されていなかった。
今の時代に目覚めてから一般的文明知識は得たが…。
ロザリア「エルヴァンスにいた時に誰かに教えてもらわなかった?」
言ってロザリアは「あ」と声を出した。
今世は企業との契約で使える電子系通信が主で魔力系は古い部類に入る。
電子系は法人契約で授業や各大陸や各国の情報収集に使っているだけで、ロザリアは魔力系通信をメインにしている。
魔力系は企業との契約はいらないのだが、体内の魔力を消費するので今世は使うものが少ない。
何故なら、そこまで体内に魔力を所有している者は年々少なくなっているからだ。
ロザリアの質問にエルトレスは少し間をあけて答える。
エルトレス「私、使用人の中でも階級が低いので使用人同士の連絡用端末しか渡されてないのですね~」
ロザリア「名家で富豪のくせにけっちいのね…」
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ロザリアはエルトレスの体内魔力量を一先ず、計測することにした。
魔力系通信では体内の魔力消費を消費する。
カスみたいな魔力量では通信すら出来ないだろう。
結果は解っているが、念のために計測をする。
ロザリアはエルトレスの額に手の平をかざし、目を閉じた。
ロザリア「…解ってはいたけど、凄い魔力量よね」
ロザリアは言って、苦笑する。
エルトレスの体内の魔力量はヒトの域を超えたものだ。
…そりゃそうよね。
月の一族の王族に伝わる話では、国防の要はアステルナ陛下自身だったと聞く。
侵略されても、一度も敗北せずに防衛していたと聞かされてきた。
過去の人々から伝わるのはアステルナ陛下は歴代でも最強といっていい王だったらしい。
本人の体内の魔力量を見て、ロザリアは納得した。
エルトレス「まあ、それなりにはあると思ってたよ」
アステルナ陛下ことご本人のエルトレスは頬を指先で掻いた。
ロザリアは閉じていた目を開けて、エルトレスを見る。
代々、王族のみに伝わっていた歴代の王の肖像画。
王族は特異体質の者が多く、肖像画は二枚描かれる。
アステルナ陛下の肖像画は二枚あった。
どこか食えない笑みを浮かべた男性と柔らかな微笑みを浮かべた少女。
千年戦争敗北後の国の滅亡とともに歴代の王の肖像画は当時の王が道連れにして燃やし、現在はロザリアの魔力の中で保管されているものとタキが別口で保管しているもののみだろう。
ここに、肖像画の中の彼女がいる。
…ロザリアは実のところ未だに実感が湧かない。
しかし、今こうして話をしていて体内の魔力量を計測して思う。
彼女はやはり、自分と同じ血脈を持つ者だと。
思考にふけり、沈黙したロザリアに察したエルトレスは笑う。
エルトレス「ロザリア、教えて。こういうのを身内にお教わってみたかったんだから」
そう言ったエルトレスの言葉の意味を受けて、ロザリアは珍しく頬を赤らめた。
ロザリア「う、うん」
ロザリアは何故、自分が照れているのか解らなかったが、エルトレスに返事をして通信の方法を教えた。
流石、というかエルトレスは話しを聞くだけで理解したのだが。
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太陽帝国の城の内部。
地下に備えられた一室。何かの設備が取り付けられた寝台の上にイオは横たわっていた。
彼の体には多数の管が通され、体内のあらゆる情報が別室に取り付けられていたモニターに表示される。
薄いが頑丈なガラス越しに、意識を失ったまま寝台の上に横たわるイオを別室のモニターと見比べながら、兄ソアレは何事かを考える。
ソアレの傍には初老を白衣を着た研究員がカルテを手にして立っていた。
初老の研究員「数値を見る限り脳以外、特に異常は見られません」
初老の研究員の報告にソアレは眼だけ、隣に立つ研究員に向けた。
ソアレ「脳以外?」
ソアレの問いに研究員は頷く。
初老の研究員「脳波が以前のイオ様の観測数値と変わり不規則で安定してません」
あの学園へ行ってから…。
研究員の言葉を聞き、ソアレはガラスの向こうの別室で寝かされている弟のイオへと視線を戻す。
ソアレ「石との同調率は?」
初老の研究員「これもまた、以前の観測数値と比べて随分と不規則な数値ですが、時折高い数値を出してます」
研究員との話しでソアレは考えた。
…何があったのかは解らない。
だが、石との繋がりに高い数値が出せたのなら、計画は順調といってもいいだろう。
ソアレは口の端を吊り上げた。
…あとは現陛下を亡き者にし、ソル・ヘリオスをどうにかしてしまえばいい。
自身が所有するものとイオがいれば世界を手にすることも視野に入る。
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渡航申請は無事に完了し、予約していた宿泊施設に着いた一行の中で部屋が決まっていた者達は各自に割り当てられた部屋に移動した。
コウの主である女王様とブラコンの銀髪野郎が安い部屋は承諾しなかったため、各部屋それなりに広く部屋数もあるものとなった。
中にはツインでもいい、という者もいたのでコウは遠慮なくツインにした。
しかし、中にはまだ部屋が決まっていない者もいたので空き部屋でどうするかと施設の一階のロビーで話し合っていた。
ソウマはロザリアと同室を強く希望してたため、希望通りにロザリアとツインにした。だが、ロザリアから待ったがかかった。
ロザリア「ちょい、男女を同室にするってどういうことなの?デリカシーってものを考えなさいよね」
…お前、半分男だろ。
そうツッコミを入れたがったが、ロザリアに目で黙らせられコウはソウマに「無理そう」と視線を送ったが諦めきれないソウマがロザリアに抱きついた。
ソウマ「俺は君の寵姫なのに…!」
縋るように言い、ソウマはロザリアの肩に顔を埋めた。
当のロザリアは遠い目をした。
ロザリア(ソウマが私の寵姫だってことすっかり忘れてた)
言ったら、ソウマ怒るだろうなあ…。
しかし、ロザリアはソウマの保護者感覚なため主と寵姫という関係は所詮は上辺。
ソウマの出自を考えれば、彼の考え方は致しかなし。
けれど、普通の考え方を持ってもいいとロザリアはソウマの頭を撫でた。
自分の銀とは色の違う銀の綺麗な髪だと思いつつ、ロザリアはソウマに言う。
ロザリア「ソウマ、この間から色々あって疲れてるでしょ?私、結構慌ただしいからソウマの休みを邪魔しちゃうだろうから、ね?」
親が小さな子供に言い聞かせるように、ロザリアは優しい声音と微笑みでソウマに言えばソウマの機嫌は勿論、急降下した。
今まで見たことも無いような鋭い眼差しをロザリアに向け。
向けられたロザリアも流石に「あ、怒らせた」と思ったが退くわけにはいかなかった。
ソウマとロザリアは暫く、沈黙し。
だが、ソウマはロザリアから離れ、低い声で言葉を吐き捨ててコウから部屋の鍵を貰って廊下の奥へと消えていった。
…もういい。
ソウマの言葉にロザリアは眼を閉じて、唇をへの字にした。
…やってもうた。
少なからず、ショックを受けたロザリアは珍しく肩を落とした。
今までの流れを見ていたコウは頭部の狼耳を指先で触りながら、ロザリアに声をかけた。
コウ「ロザリア、部屋どうする?」
コウに聞かれたロザリアは施設の出入り口へと向かっていた。
ロザリアはコウに背中を向け、手を振った。
ロザリア「事が片付くまで暫くは外で寝る。終わったら適当に空き部屋借りるよ」
ロザリアは振り返らず、それだけ言って歩いて行った。
彼女の背中を見送り、コウはロザリアの言葉に首を傾げる。
コウ(事…?)
何かあったのか、と聞くべきだったのだが既にロザリアの姿は見えなくなっていた。
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手配された一室に移動したナイとフリージア。
子供のフリージアはタキが連れていった。
ナイはマギア・アルマの杖を現出させ、杖を握って祈るように目を閉じた。
身体から魔力の光が零れる。その光は室内の至る場所、配置された家具へと向かって行った。
ナイ「うん。魔力かけたから、フリージアも家具使えるよ」
言って、ナイは微笑んだ。
フリージアは申し訳なさそうに眉を下げ、ナイに謝る。
フリージア(大人)「ごめんなさい。私のせいで…」
フリージアの謝罪にナイは笑った。
ナイ「フリージア、何てことないよ。ヴィルシーナと帝国の襲撃で疲れたでしょ?」
ナイは杖を消し、フリージアにソファーに座るように促した。
先の件で自分よりもナイの方が疲労してるだろうに、とフリージアは思うがナイはそんな様子を見せなかった。
フリージアはナイの好意に甘え、ソファーに腰をおろす。
…顔を下に向け、フリージアは俯く。
フリージア(大人)「…ナイ、ごめんなさい。私が来たばかりに貴方と貴方の大切な人達が…」
マルグに傷つけられたナイ、そのナイを庇って瀕死の重傷を負ったアレクス。
全ての原因は自分がナイ達と一緒にいるせいなのだ。
フリージアはあの時のナイを思い出す。
アレクスが倒れた時のナイ。平静を失い、破壊を望んでいた。
虚ろな瞳には何も映さず。その瞳が自分の創造主たる彼と重なり、フリージアは胸が締めつられるような感じがした。
フリージアの言葉を聞いてナイはあの時の自分を思い出し、顔が引き攣った。
…ナイは自分の力を自覚していなかった。
過去にロザリアから散々言われてきた事だったのだが…。
ナイ「…あの時、僕は心を乱して危うくその場を消滅させかけた。そこには大事な人達が沢山いたのに、ね」
…ナイは反省しかなかった。
そして気づく。あの時、何故自分の暴走が止まったのか。
暴走から我を取り戻した時、視界にいたのはエルトレスだった。
彼女はナイが持つ石に触れていた。
あれはそう容易く触れられる物では無いのに…。
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当のエルトレスは施設の中のカフェエリアにみかんと共にお茶をしていた。
エルトレス「濃い血の臭いがするね」
エルトレスは言い、紅茶を飲んだ。
紅茶は甘めの物を作ってもらい、エルトレスは丁度いい味に満足した。
みかんはエルトレスの言葉を聞いて首を傾げる。
みかん「血?」
先ほど、部屋に行った時にみかんは一度、被り物を外したが血の臭いは感じなかった。
しかし、目の前にいる彼女は華奢で一見するとそうは見えないが吸血鬼だ。
吸血鬼にしか解らない臭いがあるのだろう。
エルトレス「僕、行ってくる」
エルトレスは何か感じたのか、少し焦った様子で椅子から立ち上がる。
みかんの向かいに座っていたが、立ち上がり「ご馳走様です」とみかんに礼を言った。
…みかんはエルトレスに何も聞かなかった。
何も言わず、カフェエリアから出て行くエルトレスを見送る。
リーリエ「相変わらず、疑わないのね」
エルトレスと入れ替わるようにみかんの座る席にリーリエが来た。
みかんはリーリエの方を見ず、リーリエの言葉に返した。
みかん「陛下は真っ直ぐな人だからね」
…疑う必要なんて無いのだとみかんは被り物の奥で笑う。
どこまでも己の理想を追い求めた人。
みかんは信じている。
…あの方がヒトの道を間違う事は無い、と。
リーリエ「…そうねえ。でも、何時までも同じ気持ちでいられるものかしらね?」
長く生きれば生きるほど、変わらないでいることは難しい。
強大な力を持てば持つほど価値観は変わりやすいのだ。
リーリエは薄い笑みを浮かべる。
みかんは数秒、沈黙した。
みかん「…それでも私は陛下を信じてる」
遠い昔の、アステルナの微笑みと今のエルトレスの微笑みは変わっていない。
みかんの脳裏に思い出される昔と今。
みかん「君だって信じてるだろ?ロザリの事」
みかんは静かに、語り掛けるようにリーリエに言った。
彼の言葉を受け、リーリエは笑う。
目を細め、口の端を吊り上げて。
リーリエ「…ロザリが間違った道に進んでも、私はきっとそれを間違いだとは言わない」
…リーリエははっきりと言った。
みかんはそれを聞いて溜息を吐く。
みかん「それ、駄目じゃないか…」
と、みかんは言いつつも解っていた。
それだけロザリアを信じているという事なのだろう。
彼女は間違わない。リーリエは信じている。
…被り物の奥でみかんは笑う。
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ロザリアは街中を歩いていた。
自分たちは北の大陸の端の方にある港街の宿泊施設を借りた。中々、賑わいのある商業区画が特徴らしい。
だが、今は人の気配がしない。
ロザリア「仕掛けてくるのが早くて助かるわ」
独り呟いて、ロザリアはそのまま人一人いない街中を歩く。
商業区画なだけあって様々な店の建物が建ち並んでいるが、静寂に支配され何とも寂しい空間である。
ロザリアは軽い足取りで整備された街中の石畳の道を歩く。
その無防備な背中を狙って、建物の上で誰かが嗤う。
そして、ロザリアのちょうど頭上の建物、その屋上から紋章の光が発せられた。
赤い光が一瞬。その次には十の数を超える火球がロザリアを狙って遅いかかってきた。
ロザリア(来たわね)
ロザリアは火球に対処すべく、自分の上から降り注がんと飛んでくる火球を振り返って見上げた。
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借りた部屋のソファーに座っていたソウマは何かの気配を感じ取って、顔を上げた。
ソウマ「ロザリア?」
声を出し、呼んでも当然誰からの応答も無い。
この部屋にいるのはソウマ一人だ。
ソウマはすぐに通信画面を開く。
空間に表示された画面を操作し、ロザリアへの通信を試みる。
表示されたのは電波障害による相手側の受信不可というエラー表示だった。
ソウマは体の頭から足の爪先まで冷えたような感覚がし、ソファーから立ち上がって駆け出して、部屋を飛び出す。
部屋と廊下を繋ぐ扉を開け、飛び出したときに誰かとぶつかった。
???「大丈夫か?」
ぶつかったのは、あの白金の髪の青年だった。
ソウマ「…ロザリアが…」
震える声音を絞り出して、ソウマはロザリアの名前を口にする。
表示されたエラーにソウマは完全に取り乱していた。
青年はソウマの様子を見ても、特に何かの感情も出さずに淡々と告げる。
???「ああ、吸血鬼(ブラッディロード)と戦闘になるとロザリアが言っていた」
青年に告げられ、ソウマは目を大きく開いた。
ロザリアと戦闘になる吸血鬼は、ヴェレッドロードが一番確率が高い。
ソウマは自分の愚かさに怒りがこみ上げてきた。
だが、ソウマの感情などお構いなしに青年は喋る。
???「手伝う、と言ったんだが美人は目をつけられるから来るなと言われた」
実にロザリアらしい断り方だ。
…といっても実際のとこ、容姿が整ってる者は吸血鬼に目を付けられやすい。
吸血鬼は大概、戦闘力が高い。
それに付け狙われるとなると非常に厄介なのだ。
しかも相手は高位の吸血鬼(ブラッディロード)だ。
ソウマは既にロザリアの寵姫だが、主が死ねば契約は解消される。
目の前の青年は完全にフリーだ。
万が一を考えれば、戦闘力の高い誰かがいるこの宿泊施設が一番安全なのだろう。
ソウマは考え、やはり自分の愚かさを憎んだ。
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あの後、気分が落ち込んでいるフリージアにナイは何かないかと思い、商業区画で珍しい物を探しに独りで出かけることにした。
先の件でアレクスはクラウンの監視を付けられ安静中だ。
アサギもヴィルシーナの生徒との戦闘で怪我を負っていた。
精神的不安定なアイスに無理させたくない。
色々と考えて、迂闊だとは思ったが独りで行こうと思い、ロビーを歩いていたのだが…。
エルトレス「ナイちゃーん!」
明るい声の少女がナイのもとへと駆け寄ってきた。
レモンイエローの髪の少女…、つい最近仲間になったエルトレスだった。
ナイはきょとんとした表情でエルトレスを見つめる。
エルトレスとナイの身長は大して差は無かった。
小柄で華奢に見えるのだが、実際目の前にエルトレスがいれば彼女は小柄ではなかった。
ナイが男にしては線が細すぎるのだが、ナイ本人は気づいていない。
ナイ「エ、エルちゃん…どうしたの?」
ナイはエルトレスに緊張していた。
会ったばかりで、こんなに気安く呼んだりして嫌われないかとナイは内心怯えていたのだが、そんなことはどこ吹く風なエルトレスは明るい笑顔を浮かべた。
エルトレス「どっか行くんでしょ?私、使用人生活だったからあんまり観光とかしたことなくて…」
…あれ、でも観光とか不謹慎だったかなあ?
エルトレスは呑気に言って、ナイの手を握って引っ張る。
ナイはエルトレスに腕を引かれ慌てたが、快活なエルトレスに流されるまま商業区画に行く事になった。
この時のナイはまだ、気づいていなかった。
…忍び寄る、血の臭いに。
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クラウンとイーグルの監視とレオに看病されていたアレクスはうんざり、といった表情をしていた。
アレクスの隣の部屋ではアサギがいるのだが、アサギは先の襲撃での疲労から熟睡している。
怪我人はまとめて同じ部屋でレオに看病してもらえというコウの適当な割り当てにアレクスの頭の血管がきれそうだった。
外出禁止、うるさい監視付き。
アレクス「軟禁じゃないか、これ」
思わず出た本音に、アレクスはイーグルとクラウンに睨まれる。
レオは溜息を吐いた。
レオ「無茶したの、アレクスでしょ」
背中をばっさり切られ、失血死寸前でしかも応急手当の後に無茶して動いたのだ。
レオは心底心配してアレクスに強く注意した。
アレクスはベッドの上で拗ねた様子で、退屈なベッド生活に拘束されている。
ベッドの横の椅子に腰かけたレオは画面を開き、ナイのアドレスを選択した。
その様子を見ていたアレクスは拗ねた態度から一変、嬉しそうに表情を明るくさせた。
今のアレクスは魔力が使えない。
一時的にとはいっても、瀕死になったのだ。
体内の様々な力が不安定になり、外傷もそうだが体内の力の安定に安静が必要なのだ。
レオ「え…、あれ?」
ナイの声を聴けば、アレクスも満足するだろう。
レオはそう思って魔力系通信でナイへの通信を試みたが…。
受信側の電波障害のエラー表示が出てきた。
アレクス「…!!ナイっ…!」
アレクスは声を上げ、ベッドから出ようとした。
反射的にレオはそれを止めたが、ナイの状態が危険なものになっていることに動揺を隠せなかった。
部屋の端でレオを見守っていたイーグルとアレクスの監視でいたクラウンも慌てた様子を見せた。
電波障害。
それはつまりナイは別の次元、空間にいることを意味する。
繋がらない事もないのだが、ある空間は全く繋がらないのだ。
ナイは今、地上では無い異質の力の干渉を受けた場所にいる。
そして、それは吸血鬼(ブラッディロード)の所有する魔界に近い結界の中だ。
アレクス(気づかなかった…!吸血鬼(ブラッディロード)の気配に…!)
普段のアレクスなら気づけた。
だが、不安定な力ではナイへと近づく血の臭いにすら察知できなかったのだ。
アレクスは己の不甲斐なさに憤り、拳を握りしめた。
第二十九話に続きます