第2話 闇の鼓動(前編)

●●

ローゼの村の長の家を見つけたコウとタキは玄関の前に立ち、ドアを叩こうとコウが手の甲をドアに向けた時、


「や、やめてくれえ!!」


長の家の中から、悲鳴が聞こえた。

コウとタキは顔を見合わせる。コウが首根っこを掴んでる男が「お、お義父さん!」と暴れ出し、コウは慌てて玄関のドアを蹴り破った。

ドアを固定していた留め具と鍵は壊れ、ドア本体は前に倒れる。

すかさずタキが雷撃の魔法を唱えて放つ。


タキ「サンダーブレイブ!!」


タキの手から紋章が放たれ、紋章から雷が繰り出される。

雷は村長を襲う黒の外套を纏った人物と村長の家の家具に当たって、小さな爆発が起きる。

爆発から黒く焦げた煙が室内に立ち込め、コウは男を放り出して村長の方へと駆け出す。


「サタナス・アンフェール・フルメン」


煙の中、低い声の詠唱が響く。

その詠唱の言葉は地上界の言語では無い。

怯え、身体を震わす村長のもとへと駆け付けたコウは村長の背中に手を回して抱え。

すぐにタキのもとへと床を蹴って、狭い室内のなかを跳ぶ。

手の中に杖を出現させたタキは杖を振り、


タキ「バリア!!」


防御の魔法を唱える。


「ウズルイフ!!」


瞬間、眩い光と共に爆発が起きた。

鼓膜を破るほどに大きな爆発音とともに黒い爆発が起き、ローゼの村長の家は木っ端微塵に砕けた。

近くの民家に村長の家の破片がぶつかり、黒煙が上空に昇っていく。

瓦礫の中、黒衣の外套を纏った人物は特に外傷もなく立ち上がる。

そして、何も言わず辺りを見回す。

すぐ近くに白の光を放つ、壁に覆われた四人が見える。

杖を両手で持ち、眼前に。祈るように、バリア維持に力を注ぐタキと村長と男を脇に抱えたコウ。四人はバリアに守られ爆発を逃れ、無傷である。


タキ「コウ、僕は維持に集中する」


タキは小声でコウに言う。

杖の先の宝石が光の粒子、タキの魔力を放ちバリアの維持をしている。

コウはその様を見て、頷き。黒衣の外套の人物を真っ直ぐに見て、村長と男を下ろしてバリアから抜ける。

防御に関してはタキに任せて入ればいい。

自分は奴を捕まえる、とコウは構える。


コウ(奴が使う魔法は、魔界のものか)


だが、黒衣の者から瘴気など感じられない。

魔界の魔法となると厄介だ。それを扱える者は地上界には少なく、データが無い。

けれど、魔法使いの相手は初めてではない。

コウはゆっくり深呼吸をし、脳裏に主の姿を思い浮かべる。

紫の髪の、我儘な女王様は力ずくで魔法すら破壊する。無茶苦茶な人物だ。

彼女の心強く、頼もしい後ろ姿を思い出しコウは笑うとそのまま黒衣の者に向かって駆け出す。人狼の脚力は他の種族よりも発達している。

黒衣の者は特に焦る様子も見せず、眼前に迫るコウを見ている。


タキ「 コウ!!


バリアの維持をし、集中していたタキがコウを呼びとめる。


コウ「っ!!」


コウは黒衣の者の眼前で踏みとどまり、身体をひねる。

黒衣の者の胸部に紋章が浮かび、冷気を帯びた光線が紋章から放たれる。

寸前でかわしたコウの頬に光線が掠め、そのまま真っ直ぐにタキの方へと威力を落とすことなく光線は向かう。

轟音とともにタキのバリアにぶつかるも強固なタキのバリアに阻まれ、光線は消滅する。


コウ「今のはブリザード・レイ…。魔界の魔法の他に地上界の魔法も使えるのか」


しかも、詠唱破棄をしている。

コウは体勢を戻し、黒衣の者を見る。外套に包まれ、フードを目深に被り。かろうじて口は見えるが今一、性別の判断が出来ない。

しかしうかうかと攻めあぐねていればタキの疲弊が気になる。

仕方がない、とコウは口を動かす。


「……」


黒衣の者は無言のまま、空を薙ぐように手を振る。

紋章が現れ、中心から再びブリザード・レイが撃たれる。まっすぐとコウに向かっていく光線にコウは避けず、


コウ「浄化の一閃!ムーンライト・レイ!!」


月の魔法、ムーンライト・レイを放つ。

コウの前に現れた紋章から白い光の光線が放たれ、ブリザード・レイとぶつかり合う。

しかし、魔力量と質の違いからコウのムーンライト・レイはうち破られる。コウは拳を振りかぶり、勢いをつけてブリザード・レイを殴る。

ムーンライト・レイで威力を殺されたブリザード・レイはコウの拳の力に敗けて消え去る。直接殴りつけたことでコウの拳も凍傷で皮膚が向けたが構わず、コウは駆け。

黒衣の者の首を掴み、押し倒した。

地面に押し倒された衝撃でフードは脱げ、黒衣の者の顔が暴かれる。


コウ「え…、お、女の子?」

押し倒した黒衣の者に馬乗りになっているコウは唖然と戸惑いから間抜けな声を出した。


タキ「あれま」


バリアを解いたタキは口に手をあて、まずいものを見たと息をついた。

●●

ローゼの裏山で魔界の欠片と戦っていたアサギとナイは疲弊し、戦況的には悪い。

しかし、ナイは杖を握り締めて疲弊した身体に鞭を打って攻撃魔法を撃つつもりでいた。

進化する異界の欠片。その内部には有毒な高濃度の瘴気が溜められている。

地上界の生物には魔界の瘴気に耐えられる種族は少なく。

魔界の瘴気が物質に宿った欠片を放置するわけにはいかない。一回撃っただけで意識を失うナイには二回目のムーンライト・レイはどのような代償がつくか。

撃っても撃たなくても危険に変わりないのなら。ナイは戦士としての意地、立ち上がり杖を前に構える。


ナイ「つ…月の光よ、その白き光にて」


詠唱の開始と同時に身体の魔力が、外への放出のために杖へと吸い取られる。

魔法使用に魔力が足りなければ生命力で補うしかない。

足の爪先から頭部まで、冷えてく感覚と白く染まり始める視界。ナイは冷や汗とともに次の言葉を声にして出そうとした。

だが、それは現れた別の気配によって遮られた。


ロザリア「邪悪の一切を照らし包め、」


ナイの詠唱の代わりに次の言葉を少女が唱える。

白い光の粒子が少女の手に集まり、少女は両手を前に突き出す。開いた手の平から紋章が浮かぶ。

ナイとアサギは突然現れた少女の姿に驚く。

そんなことはお構いなしに少女は不敵な笑みとともに、


ロザリア「浄化の一閃、ムーンライト・レイ!」


魔法を発動させた。

少女のムーンライト・レイが人の形をした魔界の欠片を呑み込む。

強い白い光が周囲を覆う、収まった時には魔法によって倒れた木々と二人の前に立つ少女の姿。

長い銀髪と金の瞳、黒の女子制服を着た彼女の名前はロザリア。

ロザリアは二人に背を向けたまま、あっけらかんと言い放った。


ロザリア「まだ、進化しそうね」


ロザリアの一言にナイは顔から血の気が引いた。

吸血鬼と呼ばれる長命な種族のロザリアは進化する欠片を知っているのか。

随分と余裕な彼女にナイは進化する欠片を知っているのか、聞いた。


ナイ「ロザリアは進化する欠片を知ってる?」


ロザリア「一応、ね。結構しぶといから大変よ」


ロザリアは地面に散らばる魔界の欠片、アメーバの残骸を見つめて言葉を続けた。


ロザリア「彼らの進化には際限がない。けれど、いかな生物といえど急な進化に身体が耐えられない。そうね、個体差はあるけれど生物として耐えられないぐらに進化させて叩けば消えるわ。あともう一つの方法は街一つ消し飛ぶぐらいの攻撃魔法をぶつければ、消滅する」


ロザリアの対処方法。後者は先ずナイには不可能な上に人道的に無理である。

つまり、前者の限界まで進化させる方法だろう。確かに生物として如何に進化し、こちらに有利に立とうとも短期間の進化に身体が耐えられない。

生物の進化というものは時間がかかるものなのだ。

だが、欠片の進化の限界までムーンライト・レイクラスの魔法を撃ち続けるのは相当な魔力量を持つ魔法使いでなければ難しい。

そうこう考えていると、地面に散らばっているアメーバの残骸が動きだす。

残骸の一つ一つから「オ父様、オ父様」と聞こえ、声が何重にもなっている。ナイは顔から血の気が引き、アサギは眉を寄せた。

ロザリアは大して興味なさそうに残骸を見ている。


ナイ「お父様…ってどういうこと?」


魔界の欠片は自然発生だ。親など存在しない。

だが、欠片は先ほどから求めている。父という存在を。

ナイはロザリアの背中を見る、彼女は相も変わらずこちらに背を向けて表情を見せない。


アサギ「創造主がいる、ということではないでしょうか…?」


ナイのすぐ隣にいて、身体を支えているアサギが発言した。

創造主。その単語をナイは声にして呟く。

つまり、魔界の欠片の進化に関わっているものがいる。

アサギの発言を聞いていたロザリアが「冴えてるわね、アサギ」と褒めた。


ロザリア「沈黙の儀式を知っている?」


沈黙の儀式。ロザリアは振り返り、アサギとナイに聞く。

初めて聞く、と二人揃って首を傾げればロザリアはそれを見て笑う。


ロザリア「帰ったら先生にそこ授業でやるように根回ししとくわね」


ただの生徒にそこまでの権限は普通は与えられないものだが。ナイとアサギの所属クラスは特殊だ。

二人以外のメンツは基本的に長命な種族で、いったい何時の時代から生きているのか…。

下手な教師よりも長く生き、様々な経験をしている。

一応、生徒として弁えてはいるらしいが。極稀に「年上」という権限を使って授業内容を変えたりしているのだ。


アサギ「…!ロザリアさん!」


アサギがロザリアの背後の異変に気付き声を上げる。

ロザリアは平然と焦ることもなく腰に手を当てて笑う。

彼女の背後で散らばったアメーバは一つとなる。

アメーバはつるんとした光沢のある身体をそのままに人の形を再び形成する。

だが、その身長は小さく。子供のようだ。

頭部の側面に突起のようなものが左右に生えている。その突起を髪と見立てているのだろう。

印象としては小さな女の子。

だが、変わらず顔には必要な部品は付いておらず。のっぺりとしている。


ロザリア「…ナイ、ムーンリフレクションは使えるわね」


ロザリアはアメーバの少女へと向く。

ナイはロザリアの意図を察して力強く頷く。


ロザリア「アサギ、ナイのサポートをお願い」

銀の髪を揺らし、ロザリアはすぐにアメーバの方へと駆け出す。

アメーバの少女は眼前に迫るロザリアの首を狙い腕を伸ばす。それをかわしてロザリアは唇を動かす。


ロザリア「天満月輝く時、」


詠唱。魔法発動の為の文句を彼女、ロザリアは口にする。

アサギは目を見開く。まさか、あのアメーバの攻撃をかわしながら詠唱するつもりか。

そんな芸当「普通」の魔法使いのやることでもないし、やろうとしても出来ることではない。

驚くアサギに支えられたナイは杖を握り瞼を閉じて集中する。


ロザリア「良夜に祈りて願う」


ロザリアは続けて詠唱を口にし、アメーバの少女の腕をかわす。

構成、イメージ、祈り、構築、情報、処理。それを頭の中で組み立て、魔法を現実化させるために。

祈り、文句を唱えるだけでは魔法は発動できない。


ロザリア「月のイシュ・シェルよ、その御身に宿る力にて」


アメーバの少女の手を逃れ、ロザリアは地を蹴って後方に跳躍する。

ロザリアの足が地面に着くと同時にナイが声を上げて杖を振る。杖の先端に付けられた宝石から紋章が浮かぶ。


ナイ「ムーンリフレクション!」


紋章はナイの前に六個出現し、白い光を放つ。

そして、ロザリアも紋章を出現させ発動させる。


ロザリア「白月の洗礼を、ヴァイス・ムーンドライブ!」


ロザリアの手の平を前に紋章が浮かび、白く発光した中心から光の爆発が起き。白い光がアメーバの少女に向かい、呑み込む。

すかさずナイの魔法が発動し、透き通った白い壁が六枚出現して少女を囲む。

壁は立方体に組まれ、少女とロザリアの魔法を内に閉じ込める。

本来なら魔法という超常現象を反射させる魔法ムーンリフレクションだが、応用さえできれば多重発動し反射側の壁を内側にすることで対象に魔法を反射させ続けることも出来る。

ナイの魔力の持ち次第で持続時間は変わるが。


アサギ「ナイ様…!」


アサギは額から汗を流し、顔色が悪いナイを支えて悲鳴じみた声でナイを呼ぶ。

二人を見てロザリアは涼しい顔をしていけしゃあしゃと言い放った。


ロザリア「ほら、頑張らないとリフレクション切れるわよ」


楽しそうに、余裕の笑みを浮かべるロザリアにナイは反抗の声を上げる。


ナイ「鬼!!」


ムーンライト・レイの上級魔法ヴァイス・ムーンドライブ。コントロールを誤れば余裕で街と山を吹き飛ばす危険魔法の威力をコントロールした挙句、魔力消費がムーンライト・レイよりも多いのを放ってこの余裕。

…ば、化け物。

と、ナイは相も変わらずロザリアに恐怖した。

まあ、右も左も解らないナイをここまで育ててくれたのはロザリア達なのだ。

…昔から知ってる。

戦いに関して、彼らは化け物の域にあるのだ。

けれどもその化け物達がとても優しい人達なのもナイは知っている。

ロザリアの無茶な要求もこれから戦う自分には必要なことなのもナイは承知している。

だから、ここで諦めない。


アサギ「ナイ様、私の魔力も使って下さい」


杖を握るナイの手にアサギが自分の手を重ねる。

重なった手からアサギの魔力がナイへ流れ込む。アサギらしい穏やかで優しい魔力を感じ取りナイは目を細める。

すんなりと、まるで水のように体内に馴染み沁み込む。

心地よいアサギの魔力にナイはうっとりと呆けてしまった。


ロザリア「あ、」


ロザリアが声を出したと同時に立方体が爆発した。

辺りの自然を巻き込み、轟音とともに爆炎が空に向かって放たれ消滅する。

三人がいたところは地面が抉られたかのように大穴が空き、木々が根っこから掘り起こされ倒れている。

穴の中心には白く発光する壁に包まれたナイ達。


ロザリア「ありがと、アイス」


ロザリアは自分の前に立ち、魔法を発動させたアイスブルーの髪と瞳の少女に礼を言う。

少女、アイスは息をつき手を空を切るように振り紋章を消すとロザリアとアサギ、ナイの方へと振り返り向き合った。


アイス「無事で何より。ところで、ナイどうしたの?」


アイスは地に膝をつきナイを腕に抱えるアサギを見下ろして、首を傾げロザリアを見る。

ロザリアはアイスから視線を外し、頬を指で掻き。


ロザリア「想定以上にアサギの魔力と相性良くて気持ち良くなったみたい」


で、うっかり魔力コントロールが狂って爆発を起こした。

魔界の欠片は爆発がとどめとなり消滅したのでロザリア的には結果オーライなのだが。

ナイ本人は顔を赤くして気絶している。


アイス「そう。で、ナイは快楽を感じて気絶してるの?」


悪気のない、純粋なアイスの質問をぶつけられロザリアは「深く突っ込まないであげて」とうなだれた。

当然、アイスの言葉を聞いたアサギは林檎の如く顔を赤く染めた。


アサギ「かっ…、アイス様?!」


ナイが気絶してて良かった、とロザリアは慌てふためくアサギと「アサギはどうしたんだ」と不思議そうにこちらを見てくるアイスを見て思った。

●●

ナイを背中に背負ったアサギ、無表情のアイスを連れたロザリアは山を下りてローゼ村を訪れた。

ローゼ村の民家の二件ほど黒焦げで挟まれていたと思われる一軒は吹き飛んだのが無残な瓦礫と化していた。

瓦礫と化している一軒は確か村長の家だったと記憶していたアサギは「何があったのでしょうか」と不安に眉根を下げる。


タキ「あ、ロザ!」


瓦礫と化した村長の家の傍でパネルを開いていたタキがロザリア達に気づいて手を振っている。

ロザリア達はタキに状況を聞こうとして近づくと、すぐ傍で黒い外套を纏い気を失っている黒い髪の少女を腕に抱いたコウを見た。

真っ先にロザリアは口を開き、


ロザリア「え、何があったの?」


とタキを見ればタキは意地の悪い笑みを浮かべた。


タキ「コウったら女王様だけじゃ物足りないみたいよ?」


タキの発言にコウは「はあ?!」と驚愕に声を上げてタキを見たが、素知らぬ顔してタキは通信パネルとキーパネルを操作している。

瞬時に何かを感じ取ったロザリアは口の端をつり上げた。


ロザリア「現地調達なんてワイルドねえ、コウ」


こういう時に限ったことではないが中々、波長の合うタキとロザリアにコウは怒りたい、と肩を震わせるがこのコンビの質の悪さはよく知ってるので耐えるしかない。


●●●

一先ず合流した一行は学園に帰還することにした。

コウが連れていた黒髪の少女はローゼ村に発生した魔界の欠片について知っているものとして国連の調査部に渡し、ローゼ村の村長も聴取を受けているらしい。

タキはナイが保存していた進化する魔界の欠片の情報を分析。まとめた報告を国連に上げ、学園寮の休憩兼談話室でホットミルクを飲みながら休憩していた。

そこに現れたのは銀の長い髪の少女、ロザリア。

こじんまりとしていて、しかし良いセンスのテーブルと椅子の置かれた休憩兼談話室。学園のオーナーの趣味と言われている金の縁、エメラルドの針、縁に装飾された水晶の花。なかなかな一品の時計が壁に付けられている。針が示すのは午前二時。

ロザリアはテーブルを挟み、タキと向き合う形で椅子に腰を下ろす。


ロザリア「こんな時間までお疲れ」


タキと同じくホットミルクが入ったカップを手にし、ロザリアはタキをねぎらい声をかけた。



タキ「ありがと。何か調べたの?」


どうせロザリアもこの時間まで何か調べていたのだろう。

タキの言葉にロザリアは「これ」とだけ言って、とあるニュースが表示されたパネルを開いてタキの前に弾く。

表示されたパネルには「フェルデール国立図書館荒らされる」と書かれ、現場の写真が数枚。タキは「フェルデール…」と呟く。

そして、記憶からある事を引っ張り出す。


タキ「ヴェルヴェリアの論文…」


タキの呟きからロザリアは「覚えてたのね」と笑んだ。


タキ「なるほど、まだあったんだ。あのマッドサイエンティストの研究論文」


…そうか、縋りたいほどの執念があるのか。

タキは妙に納得し、ロザリアを見た。

かつてのあの日に縋りたい、と傷つき泣いていた彼女はどう思っているのか。

だがロザリアは金の瞳を細め。


ロザリア「気に入らないわね」


言って美しく笑った。

●●

夜が明けて、太陽が空に昇り。午前九時を過ぎた頃。

ナイは朝礼前に教室に入り、自分の席に着こうと教室の中を歩けば端の方の席に座るアサギを見つけ声をかけた。


ナイ「おはよう、アサギさん!」


声をかければアサギはナイを見るや顔を赤くした。

「あれ?」とナイは疑問に思うもアサギは嚙みながらも返してくれる。


アサギ「お、おお…おはようございます!ナイ様!」


どうしたんだろ、と思いつつもナイは穏やかに笑う。

魔界の欠片との戦闘は魔法、ムーンリフレクションを発動させロザリアに煽られて反抗したのは覚えてる。その後、気を失ったらしい。

魔力消費で倒れたのかと納得したナイはアサギの魔力が気持ち良かったというのは綺麗に忘れている。

そして、改めてアサギを見る。夕日を閉じ込めたような金と赤を混ぜた色の、癖が多いが綺麗な長い髪。瞳も髪と同じ色。肌は白く滑らか。

胸が平らなのが惜しい。けれど、その大きさなど些細な問題だと言える。

細い腰、美しい顔立ち、優しく穏やかな人柄。

ナイはアサギの姿をまじまじと上から下を見て頷く。

アサギは困惑気味に「ナイ様?」と首を傾げる。その仕草も美しく、愛らしい。

だが一つ気になる点があった。


ナイ「アサギさん、男子制服着てるよね」


どっからどうみてもナイの付けてる男子制服用のリボンを付けている。

この学園、一応男女の区別化してるので男子制服は男子用のリボンとズボンは義務化されている。女子は女子用のリボンとスカート類を義務としている。

アサギが着用してるのはどうみても、男子制服だ。

ナイのぶしつけな質問にもアサギは特に気を悪くせず、


アサギ「はい、これでも男性なので」


と、控えめな微笑みとともに答えてくれた。

…ナイは数分間動けないほどの衝撃を受けたが。


ナイ「え、」


お、男?!

こんな、淑やかな美人が…。ナイは口を開けて、暫く閉じることが出来なかった。

そういった女性に誤解されるのは慣れているのかアサギは「すみません…」と小さく謝った。

ここでアサギに謝らせるのはどう考えても違う。ナイはもの凄い勢いで首を横に振る。

…傷つけてしまったなら、誠心誠意謝らねば。

ナイはアサギの手を取り、握りしめて頭を下げる。


ナイ「ごめんなさい!アサギさん!ぼ、僕が勝手に勘違いして…」


そう、人は生まれついて抱えるものがある。それは触れられたくない部分。

解決したくても容易には解決できないことを誰もが一つは抱えている。そこに触れるのは繊細な問題なのだ。

容易く触れて、傷つけてしまう。

浅はかで子供、未熟な自分は触れてしまったのかも知れない。

アサギにとって触れて欲しくない部分に。

考えたら怖くなった。

…嫌われたくない。

だが、アサギは優しい声で「顔をあげて下さい」とナイの肩に手で触れる。


アサギ「慣れてます。それに間違えられても仕方ありません」


アサギは人差し指を唇に当て、話しを続けた。


アサギ「数年前まで家のしきたりで女装させられて、女性の生活させられてましたから」


確か、東の大陸の古い家柄に生まれた者には厳しいしきたりがついて回るのだとナイは小さな頃にタキから聞いたことがあった。

しきたりは家によって違うが。産まれた男児に、決められた歳になるまで女性として生活させる家があるそうだ。

礼儀作法、裁縫、料理、舞踊、楽器。良家の娘が覚えさせられる事を厳しく教育されるそうだ。

古い家となるとついてくる曰くは様々で、男児が成人せず不幸が立て続けに起これば男児を守るために女装させる。

ナイは苦労してるんだなあ、とアサギの出自を考え思う。



ヴィオラ「二人とも、何いちゃついてんの」


紫の長い髪と金の瞳。銀狼の耳を頭部に生やした少女がアサギの前の席に腰を下ろす。

彼女はヴィオラ。コウの主で女王様らしい。

ヴィオラは長い自分の髪を指で靡かせ、金の瞳を細めて笑みを浮かべる。


ナイ「ヴィオラ、おはよう」


豊満なバスト、白く魅力的な太ももからの脚のライン。

なかなか、刺激的で誘惑的なヴィオラを前にアサギは顔を赤くし視線を逸らすがナイは平然としている。

ヴィオラはナイの後頭部を鷲掴みにし、自分の胸にナイの顔を埋めるように押し付けた。

「んぶ」と間抜けな声を上げるナイ。 


ヴィオラ「もう!ナイったらアサギみたいな反応が正解なのよ?!こんなボインな胸と魅惑な足見せたら顔赤くするものよ!」


華やかで可愛らしく怒りながらもヴィオラは更にナイの顔を胸に埋める。

息苦しい、とナイが手をバタつかせ。それに気づいたアサギが焦るも露出の多いヴィオラの姿に顔を赤くし。


ロザリオ「ヴィオラ」


ロザリオがナイとヴィオラを引きはがし、顔を真っ赤にして荒い呼吸を繰り返すナイの背中を支えてやる。

ヴィオラはロザリオに名を呼ばれ、「はいはい」と適当に手を振った。

銀の長い髪、金の瞳。ロザリアによく似た青年。

このクラスに編入する前に委員長のコウが剣士という共通点から「接近戦担当(アタッカー)で一番強いのはロザリオっていう奴。滅多に授業でないけど、同じクラスだしよろしくな」と説明をアサギは受けていた。

ナイとヴィオラの間に割って入った彼がロザリオでいいのだろう。

独特な静かな雰囲気と隙の無さ。アサギは同じ剣士として思った。

…手合わせしてみたい。



アサギ「あの、ロザリオ様。初めましてアサギと申します」

アサギは丁寧な礼とともに自己紹介をした。

「ああ」とロザリオは頷く。


アサギ「すみません、急な上に失礼を承知でお願いしたいのですが…」


手合わせを、とアサギが言葉を声にする前にロザリオがアサギの唇に一指し指を当てる。


ロザリオ「それは構わない。だが先に愛刀を直したらどうだ」


ロザリオがそう言うとナイとアサギは先の魔界の欠片との戦闘を思い出す。

そう、アサギの刀は瘴気に溶かされ、刃が使い物にならないのだ。

ナイは「あ」と声を出し、アサギは腰に差していた鞘から柄を掴んで引き抜く。


ヴィオラ「うわ、ボロボロじゃない」


思わずヴィオラが声に出すほど、アサギの愛刀は酷い有様だった。

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第三話に続きます