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南大陸最大の国。
古来より太陽属性を持つ者達によって創られたその国はいまや強大な帝国へと成った。
太陽帝国の王城は空に浮かんでいる。その下に城下町が広がっている。
王城は古来より建設された城の形を保ちつつ、補強を繰り返している。
王城の奥、一番警護の数が多い王族の各部屋。
第二皇子イオの部屋にイオの学友であり、北の名家エルヴァンスの当主の息子キリヤは訪れていた。
訪問の手続きはそれなりに大変だが、名家の一員であるキリヤにはその類の手続きは日常のようなものだ。
イオ皇子の部屋は流石、皇子といったところか大きく広い部屋に豪華な装飾品と家具が置かれている。
イオは部屋の奥、人の身長を優に超す大きな窓の前に置かれた天蓋付きのベッドの上にいた。
上体を起こし、キリヤに向かってイオは苦笑する。
イオ「…悪い。見舞いに来てくれたのか」
キリヤ「実家に戻る前に様子を見ておこうと思ってな」
イオはキリヤの返答に「お前も忙しいな」と力無く、呟く。
キリヤはイオのベッドの隣に立ち、溜息をついた。
キリヤ「父上のお気に入りの使用人が行方不明でな。ヴィルシーナの今後も兼ねて実家に召集がかかったが、俺は父上に使用人の件で正妻の末息子と一緒に説教だろうな…」
名家当主でヴィルシーナの学園長のお気に入りの使用人。
イオも数回だがキリヤの実家で見たことがあった。
レモンイエローの髪と赤い果実のような色の大きな瞳。童顔の少女だった。
確かキリヤと、キリヤの双子の弟とは幼馴染のようなものだと学園長が嬉しそうに語っていた。それを思い出した。
イオは首を傾げる。
イオ「何故、行方知れずになった?あの使用人、お前の事好きだったみたいだが…」
イオは悪気なく、不思議そうにキリヤに聞いた。
だが、キリヤはイオから顔をそらして眉を寄せる。
キリヤの反応にイオは聞いてはまずい話題だったかと今更に気づき、口だけ笑みの形をつくった。
イオの質問にキリヤは嫌そうな表情を隠しもせず、答えた。
キリヤ「俺と口論した翌日にロイに引っ張られて南大陸に行ったらしい。その後にロイに南大陸に置き去りにされたようだ。だが、俺との口論を気にして半分以上は自分で消えたみたいだが…」
思い出す。
キリヤは乾いた音と、僅かな痛みを発する頬。目の前で涙を零す少女。
泣きながら、彼女は声を上げていた。
キリヤはため息を吐く。
イオはキリヤの様子を見て、気にしてるなと思ったが口には出さずにいた。
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イオの部屋の扉の前に待機していたヴィルシーナ学園の制服を着た青年が二人。
一人は黒い髪の青年、もう一人はキリヤによく似ている青年だった。
二人は北の大陸の屋敷に戻る前にイオの見舞いに行くというキリヤについてきた。
アーシェル「…」
キリヤによく似た青年。彼はキリヤの双子の弟である。
名前はアーシェル。
アーシェルは隣に立つ黒い髪の青年を視界の端で見た。
黒い髪の青年の名前はイシュ。
危険な生物兵器を有している学園をキリヤと共に襲撃した男だ。
イシュは幼い頃からエルヴァンス家に仕えていた。
幼いキリヤの護衛として当主に雇われていたらしいが、経歴が謎だ。
キリヤはイシュを慕っている。
だが、アーシェルはずっとこの男に警戒心を抱いている。
イシュ「…」
腕を組み、アーシェルの隣に立つ男は目を閉じている。
沈黙が二人の間を支配し、二人は互いに言葉を交わさずキリヤの帰りを待つ。
その二人に男が近づいてきた。
足音が聞こえる。
だが、イシュもアーシェルも特に何というわけでは無いのだが…。
マルグ「久しぶりだな、イシュ」
広い王城の廊下。大理石の床の上に赤い絨毯が敷き詰められ。
その上を歩くのは大柄な男と端整な顔立ちの男だった。
大柄な男は太陽帝国の四天王の一人マルグ。そのマルグの背後にいる端整な顔立ちの男は帝国の第一皇子ソアレ。
マルグはイシュとアーシェルに近づき、イシュに声をかけた。
イシュは瞼を上げて、瞳を開きマルグを見る。
イシュ「傷は癒えたか、マルグ」
先の、学園の襲撃でマルグは白銀の髪の男子生徒に重傷を負わされ、治療中だった。
マルグは「もう平気だ」と笑い、イシュに話した。
マルグ「あの学園、月への信仰をする者がいるらしい。近々やり合う事を考えたら、寝てばかりはいられないぜ」
イシュ「…そうか」
マルグと話をするイシュを隣で気にしていたアーシェルはマルグの言った、「月への信仰をする者」という言葉を聞き、眉を寄せた。
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吸血鬼の結界に閉じ込められたナイとエルトレス。
エルトレスは己の力の使い方を思い出し、その姿を変えた。
銀の長い髪、金の瞳の青年アステルナに。
かつて、南大陸に存在していた月の国。アステルナは三代目国王。
ナイの遠い祖先。
アステルナに呼応するようにナイの瞳も澄んだ青から金へと変わっていた。
…戦いはまだ、続く。
ナイは現出させたマギア・アルマの杖を両手で握りしめる。
瞼を閉じて祈る。
ナイ「…僕、もっと知りたいです。自分の事、皆の事、一族の事」
ナイの瞼の裏に焼き付いて離れない記憶。
燃え盛る火に包まれた村。
あの時、自分は何かを見たのをナイは思い出した。
…真実が知りたい。
ナイの強い思いを秘めた言葉にアステルナは笑みを浮かべた。
アステルナ「なら、生きてここから出ないとな」
アステルナの言葉にナイは力強く頷く。
ナイは瞼を閉じたまま、顔を上げる。
自分の内側から魔力が胎動し、身体を駆け巡っていく。
…感覚が変わっていく。
両手で握りしめた、杖の先についた宝石から暖かい光が零れた。
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瞼を上げ、視界に自分の髪が映る。
長い銀の髪はアステルナと同じ色。
ルナ「行きましょう、アステルナ様」
腰よりも下まで流れる長い銀の髪。
美しい金の目。
女子生徒用の制服に身を包んだ少女が先ほどまでナイの立っていた場所に立っていた。
少女の姿を見たアステルナ頷き、手の内に握りしめた剣の柄を握り締めて真っ直ぐ前を見た。
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握り締めた杖の先に付いた宝石に祈りを込めて、少女は魔法を発動させる。
少女は杖を振り上げる。
杖の先端に付いた宝石から白の紋章が浮かぶ。
少女が杖を振り下ろした時、白の紋章は強い光りを纏う。
ルナ「ムーンライト・レイ」
少女が魔法の名を声に出す。
少女の握った杖の先端の紋章から、白い光りが発射された。
光りは真っ直ぐに向かい、少し離れた場所に立っているアステルナへと向かっていく。
高身長の男性すら易々と呑み込む大きさの光。
アステルナは握った剣を振る。
薙ぐような一閃をアステルナは向かってきたルナの魔法に放った。
アステルナの剣とルナの魔法がぶつかった瞬間、強く光った。
ルナ「…私の魔法が剣に、」
ルナは唖然と言葉を吐く。
先ほど発動させたムーンライト・レイはアステルナのマギア・アルマの剣に吸い込まれた。
…武器に魔法を宿すのは決して簡単な事では無い。
自分の魔力で発動させた魔法を自分の武器に宿す事よりも他人の魔力を扱うのはずっと、難しい。
アステルナはそれをぶっつけ本番で成功させた。
アステルナ「…やはり、血の繋がりを感じるな」
白い光りを纏い、発光する剣の柄を握り締めてアステルナは笑う。
…暖かい光りだとアステルナは感じる。
誰かを癒す、それがナイでありルナの力の本質といって良い。
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ルナの魔法を宿して白い光りを纏う剣の刃。
アステルナは柄を両手で握り締めて、振り上げた。
ルナのムーンライト・レイと自分の魔力を混ぜる。
同じ血、同じ属性。
アステルナが制御をほとんどせずとも、二人の力は混じり合う。
剣は更に強い力を宿し、刃が空に向かって伸びる。
ルナ「この、力は…」
ルナの大きな金の瞳が揺らぐ。
…とてつもない大きな力。
二つの月の力が合わさって…。
空に向かって剣を構えたアステルナは剣の柄を握り締めた手に力を込めた。
そして、振り下ろした。
アステルナが剣を振り下ろせば、白い光りが剣から放たれた。
光りは幾つかに別れ、空間を攻撃した。
空に亀裂が入り、建物にも亀裂が入る。
空間に入った亀裂が音をたてて広がっていく。
アステルナ「…完全には破壊出来なかったか」
ルナ「ですが、徐々に亀裂が広がっていってます」
もう一度ぶつければ完全に破壊できるだろう。
だが、結界の主はそれを良しとはしない。
ルナはマギア・アルマの杖を握る。
アステルナと、彼の近くに立つルナに向かって赤い力の奔流が放たれる。
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南大陸の太陽帝国の王城で学友のイオを見舞っていたキリヤはそろそろ、北大陸に向かわなければとイオの部屋から出た。
扉を開ければ、双子の弟アーシェルが「キリヤ」と嬉しそうに顔を綻ばせた。
キリヤ「師匠は?」
扉を開けて、出て来たキリヤの第一声にアーシェルは不満そうに眉を寄せる。
アーシェル「…さっき、第一皇子と将軍だかに連れて行かれた」
不満そうなアーシェルを放置してキリヤは扉を閉めて絨毯が敷き詰められた廊下を歩く。
まるでタイミングを見計らっていたかのように、キリヤの通信画面がキリヤの前の空間で起動した。
通信画面にはイシュの姿が映っていた。
イシュ「済んだのか?」
通信画面に表示されたイシュの姿を見た時、キリヤの雰囲気が柔らかなものに変化した。
アーシェルは端から見たら解らないキリヤの変化に気づき、唇を噛む。
…どう足掻いても、アーシェルはイシュという存在に勝てたことが無い。
キリヤ「はい。今から北の大陸に戻ります」
イシュ「解った。俺もそちらに戻ろう」
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通信画面を切った後、イシュはすぐにキリヤの前に歩いてきた。
太陽帝国と何の繋がりがこの男にあるのか知らないが、とキリヤと会話するイシュを見てアーシェルは考える。
アーシェル(この人の過去…やはりもう一度調べる必要がある…)
キリヤが無条件にイシュを慕い、信用しても。
アーシェルには今一、イシュに対して信頼出来ない部分があった。
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ルナは咄嗟に唱えた防御魔法で自分とアステルナを包んだ。
どうしても、全方向を防御するには集中力が欠かれ、隙が出てしまう。
だが、それをアステルナが防御魔法を唱えてカバーしてくれた。
おかげで敵の攻撃を防御魔法で防ぐ事が出来、赤い力の奔流はルナの防御魔法に阻まれ、消滅。
今の攻撃に傷一つ無く二人は自分達とそう遠く無い距離。離れた場所に赤い剣を持って立つ吸血鬼を見る。
紅い髪の吸血鬼は震える手で己のブラッディブレイドの柄を握り、唇を震わせていた。
ノービリス「…半端な存在が、この私を…!」
込み上げる怒り、殺意。
吸血鬼ノービリスは目を大きく見開き、叫ぶ。
ノービリス「半端な貴様らが私の攻撃を防ぐなどあってはならない!!」
ノービリスの脳裏に記憶が再生される。
ソウマを手に入れようとした時に現れたロザリオ。
そして、弱いと決めつけていたナイ。
純血であるノービリスの攻撃を超えて、半端な存在の彼らはノービリスのブラッディブレイド以上の力を見せる。
ノービリスの純血としてのプライドは折られたのだ。
ノービリスは正気を完全に失っていた。
彼の標的はナイであるルナ。
ブラッディブレイドを手にし、ノービリスはすぐにルナに襲い掛かった。
剣をルナに振り下ろさんと飛びかかるが、動きはアステルナの方が速い。
ルナに向かって振り下ろした剣はアステルナの剣に阻まれ、ノービリスは気高い純血としての威厳も振る舞いも忘れて声を荒げた。
ノービリス「どけッ!!」
完全な純潔が不完全な者より劣り、負けることなどあってはならない。
ノービリスはプライドを折られた怒りの感情のままにルナを標的にしている。
その様を見て、アステルナは思う。
…ここで仮にルナを倒しても何も意味など生まない。
一度折られたそれが元に戻るかというとそうでもないのだ。
ルナ「……」
アステルナの後ろでルナは考えた。
…自分はノービリスの心を傷つけた。
けれど、ルナはここでやられるわけにはいかない。
この結界を出て、先へ進む。
なら、とルナはこの空間に入った亀裂を見る。
先ほどのアステルナとルナの攻撃で亀裂が入り、もうひと押しで崩壊するだろう。
ルナは強く拳を握りしめる。
爪が手のひらに食い込み、血が出る。
ナイでは出来ないこともルナの姿ならできる事がある。
ルナは己の血と吸血鬼の力が混じって現出した弓を構えた。
…それはブラッディブレイドと呼ばれる吸血鬼の武器。
ルナ(私は、どうしたいのだろう)
ルナは弓を構えたまま、目を閉じて考える。
…幼い頃に決めたじゃないか、と己の心で誰かが言っている。
皆を支えたい、この戦いを終わらせたい。
でも、自分が生きることで傷つく誰かがいる。
理由はどうであれ、経緯がどうであれ。これからもルナが、ナイが傷つける人はいるだろう。
ルナ(何が正しくて、何が間違いなのか解らない)
けれど、心の中で誰かが言うのだ。
…どうか、心のままに生きて。
懐かしい声。
…懐かしくて暖かな気持ちになる。
あの日からずっと、ナイは故郷の村のあった場所にいけなかった。
だが、戦いが終わったら会いに行こう。
ルナ(私、話したいこと沢山ある)
ルナは心の奥で、おかあさんと呼ぶ。
だから、今は迷ってる場合では無いのだ。
ルナは矢を引いた。
魔力と吸血鬼の力で出来た矢。
ロザリオがあの日、ナイにくれた力。
瞼を上げて、ルナは上へと向く。
ノービリス「僕の結界を壊させないッ!!」
ルナのやろうとしてることを感じ取ったノービリスが叫ぶ。
ここでお前を倒す。
ノービリスは自分の持つ力全てをブラッディブレイドに込めた。
アステルナが「あ」と焦りを含んだ声を発した。
アステルナ(ノービリスの結界はルナとノービリスのブラッディブレイドに耐えられない)
結界は崩壊する。
だが、今のノービリスの目的はルナを倒すこと。
現実の世界も自分の事も視野に入っていないのだろう。
ノービリスから感じ取れる大きな力。
それは風船のように大きく膨れ上がって爆発しそうだ。
下手をすれば現実にも影響が出そうだ。
ルナ「…!だめ!」
アステルナと同じ事を感じ取ったのだろうルナもノービリスを止めよう声を上げる。
だが、もうノービリスは止まらない。
ノービリスは自分のブラッディブレイドに込めた力を一気に解放した。
鼓膜が破れそうな大きな音と共に、アステルナの剣に止められた態勢のままノービリスのブラッディブレイドから力が爆発した。