第34話 叶わぬ願いを持つ

吸血鬼(ブラッディロード)との戦いの翌日。

朝には動けるようになっていたロザリアは眠りから目を覚まし、上体を起こした。

不意に隣を見て、びっくりした。


ロザリア(あれ、何で隣に…ソウマが)


ロザリアは額から冷や汗を流し、前日を思い出す。

…確か、ブラッディブレイドを使用しヴェレッドロードの結界を壊した後、倒れた。

その後、ソウマに運んでもらって、会話して…。

そこまで思い出してロザリアは顔を真っ赤にした。

色恋に関しては千年以上ご無沙汰なロザリアはキス一回を思い出しただけで、破壊力があった。

ソウマが隣で寝て無ければ、変な叫び声を上げていただろう。


ロザリア(…というか、何で私の隣に寝てるの?)


ロザリアは顔を真っ赤に染めたまま、寝ていたベッドから飛び出た。

幸い、ソウマは熟睡しているらしく起きる気配はなかった。

穏やかな寝顔で眠るソウマを見て、ロザリアは床にへたり込んだ。

ロザリアは床に座った体勢を少し、動かしてベッドの縁に手を置く。

…寝顔も綺麗ね。

ソウマの寝顔を見て、出た感想はそれだった。


ロザリア「…ありがとう、ソウマ」


ロザリアは小さな声で呟いて、ソウマの顔にかかる彼の前髪に触れる。

…こんな私で、ごめんね。

口に出した礼とは別にロザリアは心の中でソウマに謝った。

それでもロザリアと一緒にいたいのだと、ソウマは言ってくれたのだ。

ロザリアは数分間、ソウマの寝顔を見た後にソウマの借りている部屋から出た。


宿泊施設の廊下をロザリアは歩く。

相変わらず、女王様の我儘に弱いコウは借りる宿泊施設はランクが高い。

部屋も施設の内部も、質が高いのだ。

ロザリアはコウに呆れつつも廊下を歩いていると、宿泊客専用の休憩室が目に入った。

休憩室は決まった時間にしか解放されていないが、飲み物が飲み放題だった気がする。

ロザリアは通信画面を開き、時刻を確認し休憩室に立ち寄る事にした。


ロザリア「ん?」


休憩室の自動ドアを開けて入り、中を見れば白金の髪の青年が目に映った。

他の宿泊客が目を輝かせて彼を見ているが、そんなものは全く気にしないらしく。青年は独り客席で飲み物を飲みつつ書籍を読んでいる。

…そういえば、名前も聞いてなかったわね。

ロザリアは彼の名前も知らなかった、と思い出して青年に近寄った。

青年もアレクスとニクスと同じ、エーデルシュタインなのは解っている。


アイオ「…何か用か?」


書籍を手に、視線もそちらに向けたまま青年は近寄ってきたロザリアに向けて言った。

ロザリアはにこっと笑い、彼に声をかける。


ロザリア「まだ、名前も聞いてなかったと思ってね」


ロザリアの言葉に青年は息を吐いて、目を閉じた。

数十秒の間をあけて彼は名乗る。


アイオ「名はアイオライト。…種族は気づいてるだろう?」


青年の種族はエーデルシュタイン。

美しい容姿と高い魔力をその身に秘めている種族。

ロザリアはアイオの質問に肯定の返事をした。


ロザリア「知ってる。よく今まで無事だったわね」


…エーデルシュタインは裏では今でも高値で取引されている。

力が欲しい者は彼らの目と心臓に埋め込まれた核を欲しがり。美しい者は自由を奪い、拘束して彼らを愛でたがる。

かつて、アステルナが彼らの人権を確立させるまでは非道な実験の被検体にもされていたらしい。

何かの保護が無ければ、エーデルシュタインが生きるには酷な世界ではある。

ロザリアはアイオに質問すれば、アイオは目を開けた。

澄んだ美しい、アイオの青の瞳。

アイオは何を思ったのか手にし、読んでいた書籍から視線を外しロザリアの方を見た。


アイオ「アイツが俺を守っているらしい」


彼はロザリアを真っ直ぐ、見てきた。

だが、その視線はロザリアに向けられたものでは無いとロザリアは気づく。

…アイツ。

言われた時、ロザリアの内に宿る娘が反応した。

いつもは特に何も言わないのに。

成程、娘は何らかの力を使って彼を守っていたのかとロザリアの中で自然と答えが出た。

…どうやら娘は酷な宿命を自ら背負っている様だ。

ロザリアは目を細める。

アイオはロザリアから視線を逸らし、再び書籍を開く。


ロザリア(…いいのね、ロザリス)


ロザリアは内に宿る娘に問いかけた。

酷な運命の生を歩むことになる。それでも、この子は再び世に生まれる事を望むのか。

内に宿る、娘の声が先ほどのロザリアの問いに心の奥で返事が聞こえた。

その時、アイオが書籍から目を離してロザリアを見た。アイオは目を大きく開いて、驚愕の表情を浮かべている。


一方。

ナイはフリージアとのーたんを連れてアレクスとアサギの部屋に見舞いに来ていた。

疲労で寝込んでいたアサギも目覚めており、ナイは安堵したのだが…。


アサギ「ナイ様!ご無事で本当に良かった…!」


絨毯が敷かれた床に膝つき、アサギはナイに向かって頭を下げた。

ナイは膝をつくアサギの正面に座り、焦る。

…あの時、エルトレスがいなければノービリスとの戦いは確かに危うかった。

けれど、半分以上は自分のせいだとナイは自覚していたのだ。

アサギが思いつめる事は無い。


ナイ「アサギさん、気にしないで下さい。僕は無事ですから」


アサギ「…ですが、アッタカーなしでの吸血鬼(ブラッディロード)との戦闘は大変危険です!」


…ナイは後方担当の魔法使い。

アサギの言う通り、魔法使い単独での吸血鬼(ブラッディロード)との戦闘は危険である。

そればかりはナイも反省した。

ノービリスとの戦闘は、エルトレスがいたからこそナイも生還できたのだ。


ナイ「…アサギさん」


ナイはアサギに申し訳なく思った。

アサギは本気でナイを心配しているのだ。きっと、アレクスや他の皆も。

…そうだ、いつも誰かがナイを助け、守ってくれる。心配してくれる。

改めてナイは感じ、反省した。

ナイはアサギの右手を取り、自分の手で包んだ。


ナイ「…アサギさん、ただいまです」


眉を下げ、頬を緩めてナイは微笑んだ。

…帰ってこれて本当に良かった。

ナイの言葉にアサギも微笑みを浮かべて答える。


アサギ「お帰りなさいませ、ナイ様」


アサギは安堵した。

目の前にナイがいて、ナイの声が聞けて。アサギはやっと安心できた。


床に座り込み、頬を緩めながら手を握り合うアサギとナイをすぐ傍で見ていたアレクスは、何だか面白くないと自分も床に膝をつき。

ナイの肩を抱いてアサギから引き離した。


アレクス「俺も心配した、ナイ」


言って、明らかに機嫌が斜め下になってるアレクスにナイは笑う。


ナイ「うん、ただいま。アレクス」


ナイは目を閉じ、穏やかな表情でアレクスに言った。

心配し、帰りを待っていてくれる二人に感謝の気持ちを抱くナイとは裏腹にアレクスとアサギは互いに視線を交わし、火花を散らしていたのだった。

ナイがいなければ揃って皮肉の言い合いでもしていただろうが、ナイがいる前では言い合いしたくないらしく。

…お互い、睨み合っていた。

ナイは気づいていなかったが。


フリージア(大人)(…ナイ、気づいてないのね)


睨み合う二人をよそに嬉しそうににこにこと笑うナイ。

フリージアはナイの鈍さに呆れながらも、ナイの無事にフリージア自身も暖かい気持ちになる。

ずっと、こんな日が続けばいいのに…。

フリージアは心奥底で願った。

けれど、解っている。崩壊の亀裂は徐々に広がり、破壊の胎動が大きくなっていることを。

胸中に消えない不安を抱え、フリージアは己の拳を握りしめる。


●●

クラウンは宿泊施設の一階の受付ロビーにいた。

受付ロビーの隅には向かい合わせでソファーが置かれ、ちょっとした休憩スペースがある。

クラウンはその休憩スペースのソファーに腰をおろしていた。

空間に表示された通信画面を見て、クラウンは眉を寄せ険しい表情を浮かべる。


クラウン「…西の大陸、」


通信画面に表示されていたのは調査を頼んだ龍族の者達からの報告だ。

西の大陸。

大陸の端。雪とは無縁の穏やかな気候の土地が今、猛吹雪で周辺の住人は避難している事態だという事。

クラウンは頭の中で、根拠は無いが確信していた。

西の大陸の端。そこの気候の変化はマツ博士が関わっていると。

…だが、そうだとするなら太陽帝国に居所が知れてしまうということでもある。

マツ博士は太陽帝国に居所が知られてもいいといことなのか。 


クラウン(そうだとするならば)


手に持っていた扇を開き、クラウンは口元にやる。

…ならば、太陽帝国よりも早く西の大陸に向かう必要がある。

強国の権力を使われ、渡航禁止になるまえに。

クラウンはソファーから立ち上がり、受付ロビーを通って赤い絨毯が敷かれた通路を歩く。

ロビーの奥は各宿泊部屋がある。

クラウンは先ず、委員長連中と合流することにした。

●●

クラウンはコウが泊まっている部屋を訪ねた。

書類作業を進めていたコウはクラウンの話しを少し聞いて、すぐに二クスとイーグルを呼んだ。

数十分と経たずに、二クスの首根っこを掴みイーグルがコウの宿泊部屋のリビングに来た。


イーグル「重要な話らしいな」


相変わらず、無愛想なイーグルは落ち着いている。

しかし、二クスの扱いは雑だった。

イーグルは二クスの首根っこを掴んだまま、二クスを持ち上げる。


二クス「おまっ…!しまる!首が!」


首根っこを掴まれ、服が自身の体重で首に力がかかり二クスは声を上げたが、イーグルは乱暴に二クスをソファーの上にぶん投げた。

しかし、着地地点のソファーには既に先客がいた。


二クス「おああーーーーーーー」


イーグルに投げられた二クスが悲鳴を上げ。


コウ「おい!まっ…!」


二クスの着地地点のソファーに座っていたコウが焦った。

コウは逃げるタイミングを逃し、二クスと激突する。

光景を見ていたクラウンは「何をしておるのじゃ」と呆れ。

イーグルは表情を変えず、謝罪の言葉も無く…。

コウと二クスがぶつかった音の後に、リビングのドアが開く。

ドアは寝室に繋がっていたらしく寝起きな上に薄着のヴィオラが出てきた。

薄い生地のパールヴァイオレットの色のネグリジェを着たヴィオラは首を傾げる。

ヴィオラのセクシーな姿を見たクラウンとイーグルは口を半開きにして固まる。

数十秒、固まった二人は二クスとソファーに倒れているコウを見た。


クラウン「…何かすまぬな。訪ねてしまって」


半笑いで申し訳なさそうにクラウンはコウに謝った。

謝られたコウはクラウンの言葉の真意を察し、顔を真っ赤に染める。


コウ「ち、違っ!」


コウは首を横に振って、クラウンの言ってる事を否定した。

クラウンとコウの会話を寝起きの頭で特に興味なさそうに見ていたヴィオラはコウの上に乗ったままの二クスを見て。


ヴィオラ「あら、コウ。男もいけたのね?」


コウが幼少の頃から傍にいるヴィオラは「それは知らなかったわ」と小さく笑う。

…そうね。そんなところも理解しないとね。

ヴィオラは口には出さず、しんみりと思ったがコウは何かを感じて二クスを蹴ってどかした。

情けない声を上げて二クスは床に落ちる。

先程からの流れにクラウンは二クスを哀れみの目で見た。

周囲の事なんてお構いなしのイーグルは薄着のヴィオラを睨み、言う。


イーグル「服を着てこい」


イーグルに睨まれても動じないヴィオラは華という表現がぴったりくるような微笑みを浮かべた。


ヴィオラ「うふふ、刺激が強すぎた?」


男を挑発する、甘い声でヴィオラはイーグルに言った。

だが、イーグルはヴィオラの薄着によってよく見えるセクシーな我儘ボディのラインを見ても眉一つ動かさず。

ヴィオラの質問にイーグルは素っ気ない回答をした。


イーグル「視界の暴力」


はっきりと言ったイーグルにヴィオラは憤慨する。


ヴィオラ「何でうちの生徒はセクシーな女性に興味ないのばっかりなの?!ホ●なの?!」


ヴィオラの誰かへの訴えに、クラウンは思わず目を床に向ける。

イーグルはしれっとしており、二クスはヴィオラは範囲外なので無言を貫いた。

コウは苦笑する。


コウ「ま、まあ、今時は同性でも特に問題なく婚姻交わせる世の中だからな…」


苦笑しつつ、何のフォローしてるのか。

コウは自分でもよく解らないフォローをヴィオラに言った。

だが、ヴィオラは機嫌を損ね、ぷんすかと怒っている。



クラウン「…本題に入ろうかの」


話が脱線したがクラウンはまずいと軌道修正をするために言った。

クラウンは空間に表示した通信画面を拡大し、リビングの向かい合わせのソファーの面々に見えるように移動させた。

拡大した通信画面に書かれた、先ほどの龍族の報告表示させる。

数十秒、面々は表示された情報を読み。

ニクスが口を開く。


二クス「…成程な、西大陸の異常気象か」


ニクスは己の顎に指をかけ、何事か考える。

…そう、異常気象なだけでそこにマツ博士がいるとは限らない。

だが、タイミング的な事で言うのならマツ博士の仕業だろう。

ニクスは「うーん」と唸る。

ニクスが座っているソファーに、ニクスの隣に腰を下ろしているイーグルがクラウンに聞く。


イーグル「他にそういう場所は無かったのか?」


イーグルの質問にクラウンは答える。


クラウン「それこそ未開の地ぐらいじゃ。ちょこちょこしたマイナスエネルギーはあちらこちらにあるが一際目立っているのが未開の地と西の大陸じゃ」


しかし、未開の地のマイナスエネルギーは楽園時代から続くもの。

…だが、西の大陸はつい最近まで何の異常も無かった。

この場にいる面々は同じことを考える。

根拠は無い。だが、西の大陸に行く価値はあるはず。


ヴィオラ「…よりにもよってロザリが動けない時に」


不運だわ。

ヴィオラがため息をつく。

冥界の存在は強力で未知なもの。封印はできるかもしれないが、存在を滅する力を持つ者はそういない。

ナイはまだ未熟だ。

だが、だからといってこのままでいいわけがない。


コウ「行くしかないだろうな」


コウの決断に皆の意志は同じだった。

マツ博士が冥界の存在を呼び出そうとしているなら止めねばならない。

…仮にヴィルシーナが出て来たとしても、前回の時と同じく封印はできても滅する事は出来ない筈だ。


コウが借りてくれた宿泊部屋のバルコニーに出て、アイオは空を見た。

心地のいい風が吹き、澄んだ空がどこまでも。

先程ロザリアに宿り、アイオのよく知る魂の声が聴こえた。


アイオ「…お前は、どうして」


どれほど、時が経とうとも。幾つもの巡りをしても変わらず。

あの魂は呆れるほどに明るく、強くあろうとしている。

変わらずに奇跡を信じて疑わない。


アイオ「俺の運命は変わらないのに」


アイオは目を閉じる。

澄んだ空。それは過去から未来にも繋がっている。

過去のアイオが命と引き換えに繋いできたこの空の下。

…運命は繰り返す。

アイオは知っている。

運命は変わらず、アイオに未来など無い。

願っても、願いは何一つ叶わない。



第三十五話に続きます