第35話 終局へと向かう

北の大陸。エルヴァンス邸にて、当主は妻二人と息子達を呼び会食していた。

当主は吸血鬼(ブラッディロード)の中でも名の通っている吸血鬼(ブラッディロード)だ。

銀の髪に毛先に金が混じった髪を後ろに撫でつけたオールバックの髪型。

容姿はとても妻二人がいて、五人の子供がいる父親とは思えない程に童顔である。

会食の席についている妻と子供達を見て当主は優しい笑みを浮かべた。


当主「皆、忙しい時によく集まってくれたね」


当主は執事が引いた椅子に腰をおろし、満足そうに言った。

身内の会食用に造られたこの部屋に集まった妻二人の内、先に妻になった美女が薔薇色の唇の端を引き、綺麗な笑みを浮かべる。


シェリアピアス「あなた、お兄様が運営する学園のV・リリイとのヴィルシーナの合同任務の日程についての書類を幾つか預かってますわ」


当主の最初の妻、シェリアピアス。

彼女は華々しい美貌とエルヴァンスには及ばないが、名家出身である。

エルヴァンス当主との間に三人の子を産んだ。

シェリアピアスもまた、吸血鬼(ブラッディロード)である。

妻シェリアピアスの話しに当主は「ああ、うん」と半笑い気味に言って、話しを切り出す。


当主「それなんだけど、合同任務の内容がごろっと変わるんだ」


当主の言葉にキリヤ以外の全員が何らかの反応をした。

キリヤはエルトレスの言葉が引っかかり、合同任務については何も聞いていなかった。

当主はシェリアピアスよりも、後妻のヒスイとその子達への愛情が強く激アマなので多少キリヤが場に相応しくない事をしようとも、自分の話しを聞かずとも注意はしない。

キリヤは賢いので、大きかれ小さかれ気になる話はちゃんと聞いている。

逆に興味の無い話や、こういう合同任務関係の話しは全く聞かない。


当主「…西の大陸で最大といわれる国から、依頼が来たんだ。それにヴィルシーナのSクラスとV・リリイを派遣する事になったよ」


当主は一度話しを区切り、話しを続けた。


当主「任務内容は西大陸の異常気象の調査なんだけど…。ある一点から強いマイナスエネルギーが出ているらしい。かなり、危険な任務になる可能性がある」


当主の言葉に先ほどまで興味なさそうだったキリヤも反応した。

キリヤは当主席についている父親を見る。

…つい最近まで、西の大陸の異常は聞いたこともなかった。

キリヤは目を細める。

エルトレスと再会してから、キリヤの胸中に何か違和感めいたものが居座っていた。


キリヤ「……西の大陸」


北の大陸。

宿泊施設に泊まっていた一行。

先ほど、集まっていた委員長達はコウの部屋に更にメンバーを呼び出した。

呼び出されたのはロザリアとリーリエ、タキとナイ。

アサギとアレクス、ソウマも来ていた。

コウは集まった面々に話しを切り出す。 


コウ「一応、確認しておくが俺達の目的はヴェルヴェリアの論文の抹消。そして、今ヴェルヴェリアの論文を持ってると思われるのがマツ博士だ」


コウは今この場にいる全員に自分たちの目的の確認する。

ヴェルヴェリアの論文の抹消。それが目的だった。

コウの話しにアレクスが口を開く。


アレクス「どうしてもマツ博士の確保が必要だな…」


アレクスの言葉にコウも頷く。

その横でロザリアが手を挙げる。


ロザリア「ごめん、私は現場に行けるけどほとんど戦いには出られないわ」


ヴェレッドロードとの戦闘にロザリアは自分のブラッディブレイドを使用した。

持つ本人ですら扱った後の消耗が大きい、ロザリアのブラッディブレイド。

西の大陸で戦いがあったとしても、今のロザリアではまともな戦力にはならない。

けれど、万が一を考え回復が間に合えばすぐにでも参戦する。

ロザリアの話しを受けてアレクスは委員長達に聞く。


アレクス「…西の大陸に着けば部隊を分けて編成する必要も出てくる。その編成はもう考えているのか?」


アレクスの質問にイーグルとニクスは揃ってコウを見た。

二人の視線を受けて、コウは「え、俺?」と自分を指で示す。

その反応を見たアレクスは決まっていないのかと悟った。


二クス「…結構、急な事だったしな」


アレクスの呆れ顔に気づいたニクスがフォローを入れるが、アレクスに睨まれる。


アレクス「お前、仕事してんのか」


突き放すようなアレクスの物言いに、慣れていない者からすれば厳しすぎやしないかと思われるが、二クスはアレクスの鋭いツッコミにもへらりと笑う。


二クス「してるさ!」


二クスの返答にアレクスは「ほんとかよ」とため息を吐いた。

二クスとアレクスのやりとりを苦笑しながら見ていた一同の中でイーグルが声を発した。


イーグル「ロザリア、動けるようになるまでどれぐらいかかりそうだ?」


イーグルの問いにロザリアは己の手の平を見つめた。

未だ、手は震えているのだとロザリアは目を細める。

…本当に動けるようになるには二日はかかりそう。

ロザリアはそう感じるも、今の状況を考えれば多少の無茶は必要だろう。


ロザリア「…一日、それで動けるようにする」


ロザリアの決断にイーグルは「そうか」とだけ呟いた。

長く付き合っている者達はロザリアの言葉に無茶をしようとしているのに気づいているが止めようと思わない。

止めたって聞きやしない。

何かあれば自分を犠牲にするのを厭わないのだ。

ヴィオラはロザリアの顔を見て微笑み。

…仕方ないわね。


ヴィオラ「西の大陸に着いたら私はロザリアの護衛につくわ」


恐らく、何かしらの襲撃はあるだろう。

ヴィオラは予測し、申し出たところリーリエがにっこりと笑う。



リーリエ「なら、あたしとタキは皆の補佐かな。でっかい魔法使うとなると範囲計算いるし、状況分析がいるかな? 」


あたしは空から皆をサポートしなきゃねえ。

リーリエの提案にタキは頷き、そして発言する。


タキ「時間も無いし、後は現地に行ってからにしよう。ヴィルシーナと帝国の後手に回るわけにはいかないからね」


そうだ、ヴィルシーナと帝国が関われば事態はややこしい方向に向かう。

だが、この両者は絶対に関わってくると見て良い筈。

禁忌の存在が再び呼ばれれば、地上の危機だ。

タキの考えに皆は同じだ。


●●

ナイが借りている宿泊部屋に戻っていたフリージアはソファーに座っていた。

隣にはナイの連れてきた蝙蝠が丸くなって目を閉じている。

フリージアは自分の記憶を思い返していた。

目覚めて、一番始めに見たのは生みの親であるマツ博士。マツ博士曰く、数々の実験で娘に一番近かったのは自分だったとのこと。

娘と同じ名前を与えてもらい、フリージアはそれで嬉しかった。満足だった。

…フリージアの世界はマツ博士が全て。


フリージア(大人)(できる事ならお父様の望みを叶えたかった)


しかし、どうしたって自分はマツ博士の本当の娘にはなれない。

身体はまがい物で、魔界の欠片を使われているから触れることも出来ないのだ。

…そうだ。思い出した。

フリージアの最初の願いはマツ博士の娘に近くなること。

その為の進化。

フリージアは目を伏せ、顔を俯かせる。


「…名前、何ていうの」

「ナイ、っていうんだよ」


あの日、繋がれた手の温もりを思い出してフリージアは決意する。

フリージアはソファーから立ち上がる。

本当はマツ博士の居場所を知っていた。そして、マツ博士の目的も。

フリージアはナイの連れていた蝙蝠に言った。


フリージア(大人)「…ナイに、伝えてほしいの」


蝙蝠からは返事が無い。

だが、聞いてはいるのだろう。猫のような耳が動いている。

フリージアはそれを確認すると、満足そうに言葉を続けた。


フリージア(大人)「…西の大陸で待ってる」


…ナイは来てくれるだろうか。

フリージアは移動魔法を発動させる。

地上で扱える者はそうはいない魔界に伝わる移動魔法。

足元に発動した黒い紋章から紫の光の粒子がフリージアの周囲を浮かぶ。

フリージアは目を閉じる。


何らかの魔力の気配を感じ取り、ナイは目を開く。

そして消失したフリージアの魔力をナイは察知した。


ナイ「フリージア?」


先ほどまで感じ取れていたフリージアの気配はあの場から消失し、どんどん遠くへと遠ざかっていくのがナイには解る。

ナイの様子にその場にいた面々がざわつく。

アサギはナイの様子見て心配する。


アサギ「ナイ様…」

ナイの不安に揺れる瞳。

アサギの胸中にも言いようのない不安感が生まれる。


フリージアの魔力が発動したのを感じたエルトレスはナイ達の泊まっていた部屋に駆けつけた。

彼女、フリージアの気配はこの場には無く。気配は既に遠くへと…。

部屋に残ったのは僅かな魔力の粒子のみ。

エルトレスはソファーで丸くなっているノービリスを見た。

ノービリスはまん丸の目を片目開けてエルトレスを見返していた。


のーたん「フリージアからナイへの伝言を預かってるよ」


ノービリスは言い、自分の身体を起こす。

羽を動かし、エルトレスの肩にめがけて飛び、ノービリスはエルトレスの肩に乗る。

フリージアの伝言、それを聞いたエルトレスは「そう…」と悲しそうに声を落とした。


エルトレス「じゃあ、伝えにいこうか」


エルトレスは肩に乗るノービリスの頭を撫でる。

ノービリスは目を閉じ、黙って撫でられていた。


エルトレスはノービリスを肩に乗せたまま、ナイがいるコウの宿泊部屋へと向かった。

コウの宿泊部屋のドアの前に立ったエルトレスは「あ」と声を上げる。

自分はまだそこまで彼らと知り合いでは無いから開けてもらえるか、エルトレスは不安になったが。

そういう時こそ通信だと気づいた。


エルトレス「ナイちゃん、出るかなあ?」


自分の前の空間に通信画面を開き、エルトレスはナイの通信アドレスを探す。

そこでエルトレスは気づく。

ナイと通信アドレスを交換していなかった事に。

…エルトレスは肩を落とした。

肩に乗っていたノービリスも落ちた。


のーたん「…何で?!」


ノービリスはツッコミ入れる。

言われたエルトレスは「えへへ」と苦笑し、ノービリスは呆れる。

仕方ないのでエルトレスはロザリアに通信を入れた。


コウ部屋にいたロザリアは通信画面を起動させた。

通信はエルトレスからで、ロザリアは出ようかどうしようか迷う。

何か重要な話でアステルナとしての話しなら周囲に聞かれるのはまずい。


ロザリア(だからといって出ないわけにはいかないわよねえ)


ロザリアは通信を受ける事にした。

通信画面にはエルトレスの姿が映し出される。

エルトレスはいつものにこにこ顔では無く、真剣な表情を浮かべていた。


エルトレス「ロザリア、急にごめんね」


通信画面に表示されたエルトレスは眉を下げ、ロザリアに謝った。

ロザリアは首を横に振り、「気にしないで」と答える。

エルトレスはロザリアの返答に「ありがとう」と礼を言い、両手に抱えた蝙蝠を画面に寄せて来た。


エルトレス「…この子、のーたんがフリージアからナイ宛の伝言を預かってるみたいで」


画面に顔を押しつけられるように寄せられた蝙蝠がエルトレスに怒る。

しかし、エルトレスはさらりと無視して「ほら、のーちゃん!」と早く言えと蝙蝠に催促した。

蝙蝠はため息を吐く。


のーたん「ナイ、フリージアが西の大陸で待ってるって」


画面に映った蝙蝠の言葉にナイは目を大きく開いて驚く。

フリージアは自ら西の大陸へと向かった。

…何の為に?

当然、ナイの中で疑問が生まれるが、その答えはきっとフリージアに会わねば解らないだろう。


ナイ「西の大陸ってどれぐらいでいけるの?」


ナイはコウの方を向き、聞く。

コウはナイの質問を受けて直ぐに返事をする。


コウ「行こうと思えばすぐにいける。今なら、渡航申請ができる」


ヴィルシーナと帝国が絡めば、渡航は出来ない。

申請が出来るということはまだ、彼らの介入が無いという事でもある。

コウの返事を受けたナイは拳を握り締めた。


ナイ「行こう!」


ナイの決断にコウは「すぐに手続きする」と通信画面を開き、パネルをタッチしながら手続きを開始する。


コウとニクスが西の大陸への渡航準備をする慌ただしい中で、ロザリアは自分の通信画面に映るフォルムが丸い蝙蝠を見て、一言。


ロザリア「…この子、エルのペット?」


一体、どこで拾ってきたんだ?と首を傾げるロザリアに画面の向こうからエルトレスが凄く小さな声で…。


エルトレス「…ノービリスだよ」


と、答えて来た。

ロザリアは驚愕で大きな声を上げそうになったが堪えた。

ノービリスは仮にも上位の吸血鬼(ブラッディロード)だ。それをこんな丸いフォルムにした挙句、ペットにするとは…。

ロザリアはエルトレスに若干の恐怖を感じた。


●●

ロザリアはフリージアのもとへと行く決意をしたナイの名前を呼ぶ。

ナイはロザリアに呼ばれ、「どうしたの」とロザリアに向かって首を傾げる。

ロザリアは金の目を細め、ナイに問いかけた。


ロザリア「ナイ、フリージアに会ってどうする?」


ロザリアの表情は真剣なものだった。

彼女の真剣な表情と声にその場が静まる。

…どうする?

ナイはロザリアの言葉を頭の中で繰り返す。


ナイ「…僕、僕は…」


ナイは自分自身に問いかける。

…僕は、どうしたいの?

考えたのは魔界の欠片のフリージアの生い立ちと彼女の父親マツ博士の事だった。

マツ博士はナイと同じ。太陽帝国によって家族を失った人。

そして、フリージアはマツ博士が哀しみから生んでしまった地上には本来存在することのない命。

ナイは考える。

…マツ博士はきっと、何か大きな事をしようとしている。

抱えた哀しみが癒える事も無いまま、怒りを膨らませて。膨れ上がった憎しみの感情の矛先がどこに向かうのか、など大体想像はつく。

ナイとてその感情に覚えがないわけではない。

だから、猶更。


ナイ(僕は…)


ナイは目を閉じて考える。

そして、ノービリスとの戦いで自分の内側から聞こえた声を思い出す。

…どうか、心のままに。

その言葉はきっと、ナイの母親が最後に遺した言葉。

…戦いは嫌だ。誰かを傷つけるから。

でも、戦わねばならない時はどうしてもある。


ロザリア「……」


ロザリアも周囲にいる皆も無言でナイの答えを待った。

ナイの思いが聞きたくて。

…数分の時が流れた。

ナイは閉じていた目を開ける。

視界に映ったのはロザリアや皆。あの日のナイをここまで支えて、育ててきてくれた。

ナイは自分の思いを口にした。


ナイ 「僕、フリージアとマツ博士に会って話がしたい!」


それがナイの答えだった。

ナイの言葉を受け、ロザリアは微笑んだ。ずっと、ナイを見守り育んできた彼女はナイの答えに喜ぶ。

…優しい子に育ってくれたわね、ナイ。

ナイは他人の哀しみを分かろうとしている。

ロザリアはナイに言う。


ロザリア「きっと、二人と話が出来るのはナイだけだと思うわ」


マツ博士と同じように家族を失い、フリージアに歩み寄ろうとしていたのはナイだけだ。

だから、とロザリアがナイの身体を抱きしめる。


ナイ「話しだけじゃマツ博士は止められないかも知れない。でも、僕は止めたい」


ロザリアの腕の中でナイは自分の決意を告げた。

ナイの言葉を聞いていたアレクスは目を細め、愛しい者の決意を聞き笑む。


アレクス(…どこまでも一緒だ。ナイ)


お前の道は俺が開こう。

アレクスもまた、己が胸中に決意した。

ナイは思った。

家族を失い、自分の命すら消えかかったあの日。

ロザリオに救ってもらい。

それからアレクスと皆に育んでもらって、支えてきてもらった命。

マツ博士に伝えたい。

…僕は生きている、と。

それでも、生きていくのだ、と。

残酷な世界の記憶もあるけれど。それでも僕は大好きな人達のいるこの世界を守る為に、止めに来たのだと。


ナイを腕から離し、ロザリアはナイに言った。


ロザリア「ちゃんと、考えないとね。ナイが二人のところまで辿り着けるように」


私、そういうの苦手だなーとロザリアはどこかのレモンイエローと似たような呑気な口ぶりだった。

その顔と言い方にナイとリーリエは「やっぱり血筋かな」と妙な納得をした。



第三十六話に続きます