第36話 王の石

私の全ては創造主たるお父様。

生まれた時、私は唯お父様の願いを叶えたかった。

そう、お父様の亡くした娘になる。

それが私の進化の根源。

でも、結局はまがいもの。

オリジナルにはなれない。


フリージア(大人)「娘になれない私がせめてお父様にできること…」


過去、誰かが遺した遺跡。

西の大陸の辺境地の山の奥深くに眠っていた遺跡をマツ博士は新たな拠点としていた。

フリージアは遺跡内部を迷いの無い足取りで歩く。

内部は崩れた壁など瓦礫が散乱している。

昔、何に使われていた場所かは知らないが、広いところに出れば祭壇が置かれている。

フリージアは遺跡内部の奥へと進む。

奥は大広間。壁は既に朽ちており、山の土と岩が外の光も一切通さずに大広間の壁代わりをしている。

床はかろうじて残ってはいるが、亀裂が入っている。

大広間の中央に祭壇が置かれていた。

祭壇には少女が横たわっている。


マツ博士「おかえり、フリージア」


祭壇の上で横たわり眠る少女の傍に中年の男が立っていた。

彼が、マツ博士だ。

フリージアは目を伏せ、マツ博士を見ないように下を見た。

…マツ博士に連れてこられたであろう祭壇の上の少女をフリージアは気の毒に思う。

少女の耳は長く、先が尖っているのを見る限りエルフ族なのだろう。

まだ幼く若い。

親元から引き離され、無理矢理連れてこられた彼女は眠りの中で何を想っているのか…。

以前のフリージアはきっとマツ博士のする事に疑問を感じる事もなかった。

けれど、今のフリージアは違う。


フリージア(大人)(…お父様、これはきっとダメな事だわ)


フリージアの脳裏にナイの笑顔が浮かぶ。

ロザリアの言葉で解った本物のフリージアの想いを、今フリージアは理解できた。

…違う。

これでは唯の連鎖だ。

終わりの無い、憎しみと哀しみの、闇の連鎖だ。


マツ博士「どうした?フリージア」


先ほどから黙ったままのフリージアにマツ博士は不思議そうに首を傾げる。

祭壇の上に横たわり眠る少女の腕と足に何かの文字が書かれていた。

フリージアは離れた距離では文字が正確に読めなかった。

だから、フリージアは震える心を抑えて少女とマツ博士の方へと進み、傍に行く。


フリージア(大人)(ナイ、私の勝手な想いに巻き込んでごめんなさい)


フリージアはナイへの謝罪を心奥深くにし、足を進めた。

…でも、あなたがこれから気負う必要は無い。

届くだろうか。フリージアは想い、信じる。

きっと、ナイに届くと。

フリージアは祭壇のすぐ前に立ち止まる。

少女からマイナスのエネルギーが溢れ出て、魔界の欠片であるフリージアも寒気のような感覚がした。

彼女と融合する事がマツ博士の願い。


フリージア(大人)(…友達に、なりたかった)


魔界の欠片は泣けない。

けれど、締め付けられる苦しみをフリージアは感じていた。

…ナイと友達になりたかった。それがフリージアの、最後の想い。

フリージアは目を閉じる。

…せめて、この子だけでも。

目を閉じ、本心を隠してフリージアは少女へと手を伸ばした。

少女とフリージアの間で光の爆発が起こった。


西への渡航申請が通った事で、北の大陸の宿泊施設をチェックアウトした一行は北の大陸の渡航管理局の転送室に来ていた。

流石に大人数の移動魔法はナイ一人では無理だ。

タキとレオも手伝ってくれる。

ナイはマギア・アルマの杖を握り、移動魔法の準備をしている時だった。


ナイ「…フリージア?」


不意にフリージアの気配を感じ、辺りを見回す。

当然、フリージアはいない。

タキが本当のフリージアと手を繋いでいるが、彼女では無い。

…気のせいか。

ナイはため息を吐き、移動魔法に集中することにした。


イーグル「…今回の件、そろそろ全部話してくれないか?ロザリア」


ナイとレオ、タキが移動魔法を西の大陸に接続している時。

イーグルは近くに立っていたロザリアを見て、質問する。

ニクスが「全部?」と首を傾げるがイーグルは無視した。

ロザリアは全てを話していない。大方、この件の全容を知っている筈だ。

イーグルの質問にロザリアは苦笑する。


ロザリア「鋭いイーグル君の事だから、知りたいのは実験の事かな?」


フリージアとマツ博士に襲い掛かった悲劇の根っこ。

今回の件の始まり。

小国マーガレットの統治下にあった小さな村。

そこに住んでいたマツ博士一家。

太陽帝国の実験がマツ博士と、彼の家族の人生を狂わせた。

実験の全容。

それがイーグルの中で引っかかっていたのだ。


イーグル「ああ、…帝国は何の実験をしていた」


イーグルの問いにロザリアは目を閉じる。

…帝国の実験。

それは今後に深く関わってくる事だ。


ロザリア「西の大陸に着いたら、言うよ」


ロザリアはイーグルに返事をした。

その後、すぐに移動魔法の準備が完了した。

西の大陸、マイナスエネルギーの根源に近い場所への接続が成功した。

タキとレオがいるから途中で放り出されることは無いだろう。

…転送室の床に書かれた紋章が輝き、一行は西の大陸へと瞬間移動をする。



移動魔法の光に呑まれ、光が消えた後視界の景色は殺風景な転送室から凍土へと変わっていた。

視界には猛吹雪と大地に降り積もった雪。

空は暗く、視界も悪い。

学園制服に施された魔法で体感温度は調整され、寒さは特に感じない。


ヴィオラ「…凄い吹雪ね~」


ヴィオラは苦笑した。

学園制服着て無かったら数十分と持たないだろう。

ヴィオラの横で通信画面を開いていたコウはロザリアを見た。


コウ「ロザリア、こっからどうする?」


コウの視線と声に気づいたロザリアはコウとヴィオラよりも前方に立ち、腕を組んで何事か考えていた。


ロザリア「ぶっちゃけ、まだアレの気配が微弱だから今の内にマツ博士の確保したいところね…。例の話しは魔力通信でも出来るし」


ロザリアは続けて「問題は編成よね」と呟く。


ナイ「…僕はフリージアとマツ博士のとこにいきたい」


言ったのはナイだった。

ナイの決意にロザリアは「そうよね」と頷き。


ロザリア「じゃあ、イーグルとレオ、アレクス、アサギはナイと一緒にマツ博士とフリージアのとこに。 あとは居残り!」


ロザリアは言って満足そうに笑った。

その提案に誰として否は唱えない。

恐らく、ヴィルシーナと魔界の欠片との戦闘の可能性は大いにあり得る。

居残り組はその対処だ。

ロザリアの言葉の後、エルトレスはナイにノービリスを渡す。


エルトレス「ナイちゃん、ノーちゃん持ってて。僕の防御魔法とかいざとなればノーちゃんを中継して僕がそちらにすぐ行く事も出来る」


エルトレスはナイにのみ聞こえるほどの小さな声でナイに告げる。

ノービリスを受け取ったナイはしっかりと力強く頷いた。

もしも、禁断の存在が目覚めればナイ達の…、ナイのブラッディブレイドでは太刀打ちできないだろう。そして、ロザリアの回復が間に合わなければ…。

最悪の状態、エルトレスの力しか残されてはいない。


ナイ「行ってきます」


ナイはノービリスを腕に抱いて、エルトレスに向かって礼をした。

エルトレスはいつものにこやかな笑顔で手を振り、アレクスとアサギのもとに駆けていくナイの背中を見送った。

…エルトレスの胸中は複雑だった。

ナイはフリージアを救えると信じているのかも知れない。

だが、魔界の欠片のフリージアはこのままというわけにはいかないだろう。

彼女は地上では生きる事は出来ない。


エルトレス(…残酷な世界、ね)


エルトレスは目を閉じた。

ロザリアから「指揮はイーグルね!」と言い渡されたイーグルは通信画面を開き、タキが常時提供してくれるマップを見てマイナスエネルギーの根源の場所を目指す。

他の皆と別れ、一行を連れ数十分と猛吹雪で視界が不安定な中を歩く。

通信画面はもう一つ起動し、ロザリアが例の話しを通信で言う。


ロザリア「帝国の実験の話ね。先ず、月の一族と太陽の一族にはそれぞれ強大な力を宿す石が代々の王に引き継がれていくの」


ロザリアの言葉にナイは自分の胸元に視線をやる。

ナイの父が持っていた形見の石。

…それが月の石だ。

扱いには気を付けろと幼い頃から皆に口酸っぱく言われてきた。

この石と同じ力を持った石が太陽の一族にも伝わっているのか…。

ナイは俯く。

ロザリアは話しを続けた。


ロザリア「石を扱えるのは王族。そして王族の中でも王位継承権を持つ者のみなの」


イーグルの通信画面から聞こえるロザリアの話しを聞きつつ、吹雪の中足を進める。

ロザリアの話しを聞き、俯くナイの肩をアサギは抱いて支える。

アレクスが二人を後ろから見て「あ」と声を発さず、口を開けて反応した。


イーグル「ロザリア、石の力はどれほどのものなんだ」


ロザリアの話しを聞いていたイーグルが質問した。

イーグルの質問にロザリアは「うーん」と唸る。


ロザリア「どっちの石も100%の出力で国一つは吹っ飛ばせるらしい。ただ、歴代の王の中では100%を超えて石の力を引き出せる人もいたみたい」


小さな石に秘められた膨大な力。

一度使ってしまえば、あらゆるものを呑み込む。

…ヴィルシーナに襲撃された時、暴走しかけたナイ。あの時にイーグルが感じた大きな力の胎動。

大元は月の石だったのだとイーグルは気づく。

…ロザリアの話しを聞いたナイは表情を曇らせる。

100%の力でも国を…。

ナイの肩を抱くアサギはイーグルの通信画面に映るロザリアに向かって聞く。


アサギ「ロザリア様、つまり王族に代々伝わる石が事の発端と考えてよろしいのですね」


アサギの問いに画面のロザリアは頷く。


ロザリア「…そう。今回の始まりは太陽の石の実験よ」



荒れ狂う吹雪の勢いが増す。

地面は雪が降り積もり、空は暗い。

ロザリアの話しを聞きながら、足を進める中でアレクスは通信画面を起動し画面を見る。

タキが周辺のデータを観察し、常時データを送ってくれている。


アレクス「…マイナスエネルギーが強くなっている」


画面に映るマップ。ある一点からどんどん異質で強い力が溢れてきている。

しかも、周囲の空間にまで影響を及ぼしているのか視界に映る全てが歪み出しているのだ。

それは皆、同じだった。

…このままでは最悪の方向へと進んでしまう。

イーグルはロザリアとの通信を切り、マイナスエネルギーが強く溢れている場所へと急ぐ。

周辺の空間が胎動し、歪む。

ロザリアと、残った皆も何かの気配を感じ取る。


コウ「まずいな」


コウが呟く。

通信画面を起動し、先ほどから情報を解析しているタキがため息を吐く。


タキ「冥界の異質な力が地上に及ぼす影響は決して良いものでは無いんだよね…、」


この吹雪の中では自分達の位置すら掴むに難しい。

だが、大元の場所との距離はそう遠くない。

ロザリアが動けない今、冥界の存在の覚醒はまずい。

タキは少し離れた場所に、ソウマに支えられているロザリアを見た。

今のロザリアは余裕の無い表情だ。

またため息を吐きたくなったタキにクラウンが声をかけてきた。


クラウン「結局、色々とぼかしおったのう」


先ほどのロザリアがイーグル達に告げた事の話しだろう。

…嘘は無いが、全容を話ししたわけではない。

クラウンの指摘にタキは眼鏡の奥の、ロザリアと同じ金の目を細める。


タキ「全てを話せば、それだけ彼らを巻き込むからねえ 」


ロザリアの真意を理解しているタキはその意を汲み、従うだけだ。

クラウンはタキの言葉を聞きにこやかに笑う。


クラウン「タキは自分の意志は無いのかのう?」


棘のある言葉だ。

昔から忠誠心が高いというか、盲信とよく言われる。

タキとしては自分がどうしたいかなどというのは当の昔から答えを出しているのだ。

画面を操作する手を緩めずタキは隣に立つクラウンに言う。


タキ「僕の意志はロザリアの望みを叶える。それだけだよ」


●●

西の大陸の渡航管理局に制服を着た生徒たちが数名。

管理局の転送室で待機していた。

ヴィルシーナ学園とヴィルシーナと親交がある学園の生徒。

ヴィルシーナ学園Sクラス所属のキリヤ・エルヴァンスとその一行である。


キリヤ「今、イオが最終申請処理に行っている。イオが戻り次第、問題地点に移動する。問題地点までの距離が遠い、移動魔法を使って一気に飛ぶ。準備はいいか?パール」


キリヤは転送室でイオの帰りを待ちつつ、メンバーに今後の説明をする。

今回の任務は危険が高い。

普段は能力制限しているソレール・アームズの制限も解除許可が出る程に。

キリヤの説明にメンバーは真剣に聞き、キリヤにパールと呼ばれた少女はピンク色の髪を揺らしてしっかりと頷く。


パール「はい!お任せ下さい」


ヴィルシーナ学園と親交のある学園の誇るV・リリイ。

女性のみで編成されたV・リリイの一員であるパールは補佐と治療系メインの魔法使いだが魔力量はヴィルシーナ学園でも評価が高い。

ピンクパールのエーデルシュタインであるパールはキリヤと同じく希少種族だ。

パールの返事にキリヤは小さく微笑む。

その様子を横から見ていたお嬢様系我儘ボディが悔しそうに唇を噛む。


サルビア(パールばっかり!悔しいですわ)


V・リリイのトップアタッカーの一人、サルビアはキリヤとパールの会話を悔しそうに見ていた。

本心はみっともなく騒いで二人を引き離したいのだが、そんな事は出来ない。

サルビアは燃え上がる自分の恋の嫉妬を抑え、キリヤとパールの会話を聞いていた。

その光景を遠くから見ていたアーシェルはため息を吐いた。


アーシェル(ほんと、キリヤは色々と引掛けるな)


ヴィルシーナ学園でも数多の生徒から尊敬を集め、時として色を含んだものも多い。

この場にいるサルビアや、つい最近までエルヴァンス家で働いていたエルトレスもキリヤに想いを寄せていた。

アーシェルは思い返す。

キリヤに必死に存在を認めて貰おうとしていたエルトレスの姿を。

そのエルトレスが危険な生物兵器を匿う学園の生徒になったということを考え、アーシェルは何か胸中が重たく感じた。

どこか憂鬱めいたアーシェルの胸中などお構いなしに、事態は進む。

キリヤの通信画面が空間に起動された。

通信画面に映っていたのはエルヴァンス家当主ことヴィルシーナ学園長だ。


シエル「皆、太陽帝国と近隣諸国によって事態は極めて深刻なものだと判断されたよ。君たちを最後に西大陸への渡航は禁止となった」


通信画面の中のヴィルシーナ学園長シエルは何時もの穏やかな表情とは違い、真剣な表情を浮かべていた。

問題地点から溢れるマイナスエネルギー。

それが付近を凍土に変え、やがては西の大陸全域が凍土になる可能性もある。

何が起きるかは解らない。

危険な任務だ。それもあるのだが、まだ他にも火種はあるのだ。

学園長は頭を抱えた。

キリヤは通信画面の中、頭を抱えている学園長に聞く。


キリヤ「何か他に問題が起きましたか?」


キリヤは首を傾げた。

その背後にいるパールも不思議そうに瞬きを繰り返す。

学園長シエルはデスクの上の書類を一枚手にした。


シエル「西大陸への渡航履歴を照会してもらったんだけどね。気になる学校の名前があったんだ」


学園長シエルの言葉にキリヤは反応した。

…まさか。

思い当たる学校がある。

通信画面の中の学園長は言葉を続ける。


シエル「渡航の日時を見ても今回の我々の任務と同じ目的だと思っていい」


第三十七話に続きます