第37話 止めに来たんだ

タキが地形から出てるエネルギーを解析し、随時アレクスとイーグルの通信画面に送信してくれたおかげでマイナスエネルギーの根源地点の割り出しは難しくない。

マイナスエネルギーによって本来の気候から一転し、凍土と化してしまった付近。

吹雪の中を歩いて進んできたイーグル達はぽっかりと空いた穴の前に来ていた。


アサギ「…何でしょうか…?身体が重いです…」


積みあがった土と岩、ぽっかりと空いた空洞の前に到着した途端に、アサギは身体が重いと感じた。

耳鳴りと目眩がし、アサギは体の突然の不調に戸惑う。

アサギの言葉を受けて、イーグルが周囲を見回す。


イーグル「空間そのもが歪み始めているようだな…。タキからの通信に乱れが出始めている」


…それだけ大きな存在をマツ博士は呼び起こそうとしているという事でもある。イーグルは改めて実感する。

空間が冥界という異質なものに変わろうとしているのかも知れない。

イーグルは空間に起動した通信画面を見る。

タキから送られてきた周囲のデータを映していた画面は乱れ、通信画面そのものが消えかかっている。

吸血鬼固有能力、独自の結界という異空間を創り出す能力で通信が通りづらいのと同じなのだろう。


ナイ「冥界の空間は地上に生きる者には異質。…バリアで少しは空間の干渉を防げるかと思います」


地上に生きる者達の身体の作りでは冥界という空間には耐えられない。

魔力防御で冥界という空間が与える影響を少しは温和できる筈だ。

ナイはマギア・アルマ(魔力武器)の杖を現出させ、手の内に納めた。

細い銀の柄、先についた透明な宝石の中の月の形の石がナイの魔力と呼応して白い光を発する。

柄の先に付いた宝石から光が広がり、それは皆を守るように覆う。

ナイの防御魔法が冥界の異質な空間干渉から皆を守る。

先ほどまでの不調が軽くなったアサギはナイの肩を抱く手に少し、力を入れた。


アレクス「マツ博士のところに辿り着くまでは出来るだけナイの魔法展開を狭めよう。広げれば、それだけナイの消耗を多くする」


ナイの肩を抱いてくっついてるアサギを睨みながら、アレクスが言えばナイ以外の皆が頷く。

空間干渉を防ぐには魔法を常に使用しなければならない。

それだけでも魔力を消費するのに、防御魔法の展開を広げれば更に魔力を消耗する。

一行はなるべく固まって動く事にした。

先頭はアレクス、その後ろにナイとアサギ。二人の後ろにレオ、後方の警戒にイーグルが一番後ろとなった。

右手に杖を握り、左手でノービリスを抱えるナイを見てノービリスが小声で呟くように言った。


のーたん「…僕はエルトレスと直接繋がってるから僕を媒介にすればエルトレスと空間関係無く、個人通信できるよ」


ノービリスの言葉にナイは「そうなの?」と驚く。

すぐ前を歩いていたアレクスにもノービリスの言葉は聞こえたらしくアレクスは振り向いて。


アレクス「お前、ただのデブ蝙蝠じゃなかったんだな」


…凄く失礼な事を言った。

ノービリスはぷんすかと怒って、「デブじゃない!」と否定する。

レオとナイはぷんすか怒るノービリスを見て可愛いとか微笑ましいとか思っているが、アレクスは「デブ蝙蝠」と更に煽る。


のーたん「むがー!」


ナイの腕の中でノービリスは頭から蒸気が出そうなほどに怒った。

自分の前方のやり取りにイーグルはため息を吐く。


イーグル「…突入するぞ」


イーグルの命令を聞き、アサギは何故ロザリアがイーグルを一行のリーダーにしたのか分かった気がした。

最も、アレクスがのーたんをおちょくるのはアレクスがこの中で精神的支柱という意味もある。

…アレクスが冷静さを欠けば一気に崩れるだろう。


マイナスエネルギーの根源と、マツ博士がいると思われる地点へと向かった一行とは遠くない距離。

後方に留まり、待機しているメンバー。

この吹雪の中、リーリエは竜化してみっちゃんを背に乗せて空に昇った。


リーリエ「…あららー」


皆の様子と周囲を探るために空へと昇ったが、雲の上にはたどり着けない。

リーリエは解ってはいたが周囲の空間変化に遠い目をした。

まあ、皆の様子を見守るなら雲の上に行く必要は無いのだが。

リーリエの背中に乗っていたみっちゃんが何気なく言う。


みっちゃん「ねえ、リーリエ。雲の上には天上の民がいるの?」


みっちゃんの質問にリーリエは首を振った。

…雲の上、なのは確かだが。

リーリエは遠く、遥か昔の話しを混ぜてみっちゃんに話す。


リーリエ「昔、楽園時代の終焉に彼らを雲の上の異空間に封印したのが太陽一族の始まりの人、だったの。封印された天上の民は封印された別空間に独自の世界を創造し、今も雲の上の境界の向こうにいる筈よ」


今となっては知るものなどほとんどいないであろう昔話。

リーリエは遠い場所を見るように目を細めた。

先文明の終焉をリーリエとて全てを知っているわけでは無い。

…知っているのは終焉に抗った彼らの戦いだけ。

リーリエの背に乗っていたみっちゃんは話を聞き、首を傾げた。


みっちゃん「不思議。僕、今の話し聞いても何か驚けないや」


みっちゃんは呟き、リーリエの背中に抱き着いた。

…僕はその話、昔誰かに聞いたことがある。

目を閉じて記憶を思い出そうとしてみた。

みっちゃんの瞼の裏に金色の髪が過った。

…金色の髪、何時も仮面を付けてた。

誰だっけ?

みっちゃんは思い出そうとするが、ぼんやりとした後ろ姿しか思い出せなかった。

吹雪の中、飛んでいたリーリエは何かの気配に気づき下を見た。


リーリエ「…!」


●●

雪は降りやまない。

時が経てば経つほど、マイナスエネルギーが大きくなり。空間の歪みも広範囲になっていく。

周囲を警戒しながらもアイスはロザリアの方を見た。

雪の上に膝をつき、ロザリアは苦しそうに呼吸をしている。ロザリアの両肩に手を添えてソウマがロザリアの身体を支えていた。

…ナイ達の前では堪えていたが、本当は意識を無理やり保っている状態だ。


ヴィオラ「ほんと、昔からそういうとこあるのよねえ」


辛そうなロザリアにヴィオラは呆れながら言った。

ヴィオラの言葉を聞き、コウは苦笑する。

当のロザリアは「ヴィオラ、うっさい」と額から流れる冷や汗を拭わず、力なく笑う。

…ナイがロザリアの状態を知れば、フリージアのもとには行かなかっただろう。それはこの場にいる者達は皆、気づいていた。




ロザリア「…どんな結末を迎えるにしても、ナイとフリージアを会わせてあげたかった…。マツ博士の望みは冥界の黙示録の聖女を呼び出す事。魔界の欠片であるフリージアを通して聖杯であるエルフの少女、二人を融合させれば… 」


…沈黙の儀式は完成し、世界を滅びへと導く聖女が降臨する。

ロザリアは肩を落とす。

膨れ上がるマイナスエネルギーを感じれば感じる程、時間が無いのだと解る。

もう、マツ博士にとってこの世界は消してしまいたい程憎いのだろう。


フリージア(オリジナル)「…パパ、」


オリジナルである霊体のフリージアは大きな瞳から涙を零す。

…自分の父親が娘と妻を失った悲しみと憎しみから、世界を壊そうとしている。

待っている人がいる子を引き離し、その子を使って呼び出そうとしている者は世界を滅ぼす恐ろしい異質な存在。

フリージアはすぐ傍に立つタキに縋るように、彼の顔を見上げた。

…僅かに残った想いだけで存在しているフリージアには父親の暴走を止めることは出来ない。



タキ「…大丈夫だよ、フリージア」


不安そうに眉を下げ、瞳から涙を零すフリージアの額に指先で触れ、タキは眼鏡の奥で金の瞳を揺らす。

…哀しみを押し隠して。



空から降る雪がレモンイエローの髪に落ちていく。

ストロベリーの色をした目を瞬かせ、エルトレスは空を見上げた。

本当は薄い制服姿では耐えられない程にこの付近の気温は低下しているのだろうが、特殊な制服のおかげで寒さは感じない。

でも、吐く息は白い。

見上げた空はとても暗くて、夜のようだ。

じっ、と同じ空間を見つめていると数十秒に一度は空間が揺らぐ。


二クス「エルトレスちゃん、どうしたの?」


先ほどからずっと空を見上げているエルトレスに二クスが声をかけてきた。

二クスの声に気がついたエルトレスは空を見上げるのをやめて二クスの方へと向く。

表情はいつも通りのにこにこと笑って。


エルトレス「雪、勢いがどんどん増してるね」


二クス「…エルトレスちゃん、寒くはない?」


雪の勢い、空間の歪み。

この周囲もどんどん冥界の空間に近づきつつあるということ。恐らく、冥界の空間の干渉に制服の防御加工も無意味だろう。

二クスはエルトレスの体調を心配するが、エルトレスは「平気」だと言って笑う。


エルトレス「二クス君、心配してくれてありがとう。大丈夫」


エルトレスは二クスに心配されたのが単純に嬉しくてにこっと笑った。

その笑った顔が可愛らしくて二クスは頬を朱に染めて、拳を握りしめる。

レオも穏やかで、外見もかなり可愛らしいがエルトレスも中々、可愛い。外見はレオの方が整っているが、雰囲気というか。

何てやや失礼な事を考える二クスの頬を朱に染めたにやけ顔を見たコウ。

二クスの考えてる事など手に取るように解るコウは少し離れた場所で一言呟く。


コウ「今にまた痛い目見るぞ」


コウは懐かしい記憶を思い出す。

数年前、ルナに猛アタックしてモンペでセコムの養父がブチ切れて遠慮なく二クスをボコボコにした事があった。

しかし、当の二クスは懲りてない様子。

ロザリアの両肩に手を添え、彼女の身体を支えているソウマは雪の上に膝をつくロザリアを心配した。

雪の勢いが増す最中、ロザリアの通信画面が緊急起動した。

通信画面は音声のみで画面は真っ黒だ。

通信の相手はリーリエだが、音声に乱れがある。


リーリエ「……リア、…皆…移動魔法…気配、……感知」


通信画面から聞こえる、途切れ途切れのリーリエの言葉を周囲の皆はしっかりと拾う。

リーリエは移動魔法の気配を感知したのだろう。

何者かがこちらに向かってきている。

コウはすぐに声を上げた。


コウ「タキ、サポートを頼む!」


コウは戦闘の姿勢を取る。

それを合図に、ヴィオラはロザリアとソウマの前に立った。

タキもコウの後方に着き、自身のマギア・アルマである杖を現出させ手に納める。


タキ「コウの戦闘力じゃ僕がサポートしないとねー」


言い、笑うタキ。タキの肩に乗る紫の球体が同意しているのか小さく跳ねた。

後方のタキへと振り返ってコウは苦笑して「お前…」とタキに対して言いたいことがあったが、事実なのは確かなので言葉を呑み込む。

タキは画面を起動し、計算と分析を開始する。

移動魔法がこちらに着くまで十秒…。


アイス「…移動魔法使用してもマイナスエネルギーの根源までは飛べない」


コウの近くに双剣を手にしたアイスが立ち、タキに向かって話す。

既にあちらの空間は80%以上、冥界の空間に侵食されている。

地上の移動魔法では接続出来ない。

アイスの言葉にタキは縦に頷いて肯定した。


タキ「何が来ようがここが対処場所になる」


ならば、待機メンバーは付き合いの長い者達が組むのがいいだろう。

ほとんど、自分達の手の内を晒しているしよく知っている。知っているからこそ出来る連携もあるし、咄嗟の判断も容易い。

ナイがフリージアに会いに行く。

では、ナイの方にはナイの事をよく知りナイと任務組んでいる回数が多い者がいいに決まっている。

そうなれば、ナイ側も待機メンバーもメンツはこうなるのは必然だろうな。

ロザリアの判断は皆、同意だった。

バランスも相性も崩れやすい博打みたいな事が組み合わせが出来るような状態では無い。


コウ「さて、踏ん張りどころだな」


前方を警戒しつつ言ってコウは笑う。

こんな状況は慣れている。

伊達に千年戦争を経験していない、と…。


近づく移動魔法の気配にロザリアは立ち上がろうと足に力を入れる。

…だが、身体は言う事を利かない。

たった一回、振り下ろしたブラッディブレイド。こうも体が不調なのは制御による負荷だ。

あれは何も考えずに振り下ろせば世界そのものを消し飛ばす。

ロザリアは悔しさに唇を噛み締める。

何年、何百年経ってもブラッディブレイドの制御負荷を温和出来ない己の未熟さ。

そんなロザリアの感情を読み取ったのか。いつの間にかロザリアの傍に膝をついていたエルトレスがロザリアの頭を撫でた。


エルトレス「ロザリア、大丈夫だよ」


エルトレスが大丈夫だと言ってくれてる。

彼女の正体を知っているロザリアは体の不調に苦しみながらもエルトレスに言う。


ロザリア「…何よりも心強い言葉ね」


ロザリアの言葉を受け取ったエルトレスは相変わらず、のほほんとした雰囲気と笑顔で「あは、買いかぶりすぎだよ~」と返す。

実際、エルトレスが月の石を持てば大抵の戦いはどうにか出来るだろう。

エルトレスはロザリアの頭を撫でた後、通信画面を起動する。

使い魔となったノービリスの大半の魔力を自分の魔力と繋いでいるのだろう。

エルトレスはノービリスとのみ、この状況下でも通信出来る。


エルトレス「…ナイちゃん達の様子は僕がのーちゃんを通して見てるから安心して」


エルトレスの言葉にロザリアは青白い顔色のまま、苦笑した。

…やっぱり、頼りになる。

ロザリアはせめて、もう一回ブラッディブレイドが撃てるぐらいには回復しようと暫し、戦場は皆に任せる事にした。

自分たちを守る為に前方に立つコウや皆に向かってロザリアは力ない声で言う。


ロザリア「皆、暫くお願い」


ロザリアの頼みに、コウは笑う。

皆の気持ちを代弁するかのようにコウは応える。


コウ「任せとけ!」


西大陸の渡航管理局の建物からパールの移動魔法でマイナスエネルギーの根源の地点に限りなく近い場所に飛んできたキリヤ達は移動魔法を解いた。

目標の場所は空間への接続が出来ず、移動魔法では飛んでいけない。

パールは移動魔法の維持の集中で目を閉じていたが、解いた事でそれが必要なくなり目を開けた。

パールの視界には凍土と化した大地と、猛吹雪。


パール「凄い吹雪ですね」


制服の防御加工で寒さは感じない。

だが、パールの胸中には悪い予感と寒気みたいなものがあった。

不安そうに大きな瞳を揺らし、パールはソレール・アームズの杖を握りしめる。

パールの隣に立っていたキリヤは何かに気づき。パールよりも数歩前に出て帯刀している刀の柄に手をかけた。


キリヤ「…!カノンはパールを守れ」


キリヤの指示にカノンと呼ばれた青年が頷く。


カノン「解った。気をつけて、キリヤ」


カノンはパールの隣に立って、彼女を守る役目を引き受ける。

パールは治療担当で支援魔法もかなり持っている。

後方の彼女は先ず、守らねばならない。

キリヤとカノンのやり取りを聞いていたパールは控えめに、キリヤに向かって言った。


パール「キリヤ様、私は支援に務めますのでお気をつけて下さい」


パールの言葉にキリヤは微笑み、頷く。


キリヤ「大丈夫だ」


吹雪で視界が悪い中でも、コウ達はその気配を察知した。


コウ「…行くぞ!みんな」


人狼の脚力を持って、コウは先陣をきる。

コウの補佐についているタキはコウの姿を見失わないようにコウの後ろを追って走った。

二人の姿を見送り、ヴィオラは腕を組んで笑みを浮かべた。

…ヴィオラの記憶には幼いコウがいる。

ぼろぼろで泣いてばかりの小さなコウ。


ヴィオラ「ふふ、いつ見ても鼻水垂れ流してぐしゃぐしゃに泣いてばかりいた頃との成長に涙がでてくるわねえ…」


ロザリアとソウマ、エルトレスを守る配置についているヴィオラが遠い日を思い出しながら言う。

ヴィオラの言葉に近くに立っているクラウンが表情を引き攣らせた。


クラウン「…コウが聞いたら真っ赤じゃな」


クラウンは呟き、ロザリアの傍に膝をつく。

ロザリアの額に手をかざす。かざす手の平から光が零れる。

それはロザリアの疲労を癒す光だ。


ソウマ「…ロザリ、」


ロザリアの身体が倒れないように支えているソウマはクラウンの治療を受けているロザリアを見て、その美しいエメラルドグリーンの瞳を涙に揺らす。

…愛しい、と思う人が苦しみに耐えている時何も出来ない歯がゆさ。

ソウマはロザリアの頭部に顔を寄せる。


クラウン(い、いたたまれぬのう…)


ソウマは無意識なのか。

クラウンはロザリアに身体を寄せるソウマを間近で見る羽目になり、目を逸らしたくなったが、ロザリアの何とも言えない複雑そうな表情を見て思い直した。

…化石系に色事の免疫を求めてはいけない。

今にも驚きで気絶しそうなロザリアの様子にクラウンはそれを思い出して微笑ましくなった。



先陣をきったコウは彼らと接触した。

ヴィルシーナ学園の制服を着た彼ら…。


コウ「悪いな、先に進ませる気は無い」


コウは拳を握り、戦闘の姿勢を構える。

今、彼らが進めば事態は混乱するのは目に見えている。

…ここで止める。

戦う。その敵対意志を放つコウに対峙するキリヤは鋭い眼差しをコウに向け。

帯刀している刀の柄を握り、鞘から引き抜いた。

鞘から引き抜かれた刀は様々な音をたて、刀の本来の形を形成する。

柄に埋め込まれたメインシステムの起動とともに、デバイスが刀身を形成していく。

刀身は鞘よりも長く、とても収まりそうなものでは無い。

ソレール・アームズは現代主流の武器で、持ち手とともに成長していく武器。

機械製の武器。

そして、高ランク武器には政府や学園連盟によって制限がかけられ、解除には許可がいる。

コウは眉間に皺を寄せた。

キリヤはソレール・アームズの刀の柄を手にして、刀身を向き合うコウに向けた。

表情を変えず、キリヤはコウに忠告する。


キリヤ「…俺たちはマイナスエネルギーの根源を絶つ任務を受けている。退け」


キリヤの言葉を受け、コウも返す。


コウ「俺達は止めに来た。退くわけにはいかない!」


絶つのでは無い。止めに来たのだ。

コウは声を上げ、キリヤに向かって走る。

後方のタキが補助魔法でコウの脚力を強化してくれた。

コウの拳はキリヤに向かって放たれる。だが、キリヤはコウの拳の衝撃と風圧を刀身で受け止めた。 

少し離れた場所でロザリアの傍に立っていたエルトレスはキリヤの姿を見つけるなり、哀しみに表情を曇らせた。

エルトレスの表情に気がついたヴィオラは声をかけた。


ヴィオラ「…好きなの?」


直球な質問だ。

ヴィオラの質問にエルトレスは頷く。

けれど、とエルトレスは笑った。


エルトレス「この気持ちはキリヤ様には拒絶されて、捨てきれない気持ち。でも私は自分で選んでここにいる」


アステルナとしての記憶を思い出した時、エルトレスの気持ちも記憶も捨ててしまえれば良かった。

皆まで言われずともヴィオラはエルトレスの抱えているキリヤへの気持ちに、眉を下げた。


ヴィオラ「私、嫌いじゃないわ。エルトレスの気持ち」


諦めきれない。捨てきれない。

そんな強い想いをヴィオラは素敵だと素直に感じる。

ヴィオラの言葉にエルトレスは少女らしい笑顔を浮かべた。


エルトレス「ありがとう、ヴィオラ」


ヴィオラの元気づけの言葉にエルトレスは嬉しそうに、ヴィオラに礼を言った。


第三十八話に続きます