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…意識が深く沈むような感覚があった。
まるで深い眠りに入るかのような。
だが、今は眠っている場合では無いのだと自分に言い聞かせ、目を覚まそうと…。
…瞼を持ち上げる。
視界には…火に包まれた家屋。倒れている人々。
地面は所々、赤が飛び散っていた。
…この光景には覚えがある。
ナイ「僕が住んでいた、村…」
目に映る光景を見て、ナイは呟く。
地面を染める赤、家を焼く炎の赤。
ナイは帝国に襲撃され、滅んだ村の中に立っていた。
あの日の自分をナイは思い出そうとする。アイスと裏山へ行ったのは覚えている。
暫く経った後に山の麓から村から火が上がっているのを見て、アイスと共に急いで村に帰った。
…帰った時、ナイはそこからの記憶が曖昧なものだった。
ロザリアが封印したのは解っている。
でも、本当は…。
ナイ「…自分の見たものが嘘であって欲しいと願ったのは、僕自身…」
ナイはゆっくりとした足取りで前に進む。
…そのナイの横を小さなナイが通り過ぎた。
視界の端に映るあの日の自分を見てもナイの心は落ち着いていた。
この後に幼い自分は致命傷を負う事も思い出している。
だが、ナイは思う。
あの時、自分は何から逃げていたのか。
…何となく、帝国兵では無かったような気がするのだ。
ナイ「…あの時、僕は帰ってから、誰に会いに行ったんだ?」
そこの記憶が全く思い出せない。
…お母さん?
そうかも知れない。自分は母の死を知っているのだ。
思い出そうとし、ナイは気がつく。
何故、父に会いに行った記憶が無いのか。
ナイ「どうして、お母さんの事は思い出せたのに?」
父の死に様が思い出せない?
ナイは自分に問うように呟く。
…その時、走って行く幼いナイの声が聴こえた。
「何で、…ママを助けてくれなかったの?お腹の子も、助けてよ…!」
幼いナイの声を聞いて、すぐにナイは頭に痛みを感じた。
思い出してはいけないという警告のように痛みがナイを襲う。ナイはその場に頭を抑えて蹲った。
のたうち回りたくなるほどの激痛にナイの目から涙が零れ落ちる。
ナイ「痛い、助けて…!」
誰か、とナイは助けを求める。
だが、周囲にあるのは物言わぬ人々と今まさに兵士によって致命傷を負わされる幼い自分。
ナイは残酷な過去の記憶の中で心を保とうと、仲間達の顔と姿を思い出そうとした。
●●
のーたんの視界を見ていたエルトレスは目を大きく開く。
咄嗟にのーたんとの視界の接続を切ったが、反応が遅かったらしい。
だが、エルトレスに伸ばされた魔界の欠片の腕は切り落とされていた。雪の積もった地面に魔界の欠片の腕が落ちている。
液体が固まったような腕は凄まじい瘴気の量を発して雪を溶かす。
しかし、周囲は魔界の欠片よりもエルトレスを助けた人物に驚いていた。
金の長い髪と真紅の瞳。この世の全てを魅了してしまいそうな程に美しく整った顔立ち。
ヴィルシーナ学園の制服に身を包んだ青年、キリヤが魔界の欠片とエルトレスの間に立っている。
コウ「マジかよ…、全然見えなかった」
コウが地面に積もった雪の上に尻餅をついて唖然と呟く。
タキの補助魔法で身体能力を上げていても、コウにはキリヤの速さを目で捉える事ができなかった。
しかも、キリヤはコウを押しのけたのだ。
コウが瞬きを繰り返しているとタキが後方を確認して呑気な口ぶりで言った。
タキ「まあ、ヴィルシーナ学園の最高戦力なだけはあるってことだねえ」
タキはキリヤの戦闘力を見ても予想外では無いといった様子だ。
驚いてはいない。
タキの落ち着いた姿勢を視界に入れたコウは盛大なため息を吐いた。
コウ「悔しいな」
コウ自身もそれなりに死地をくぐり抜けて来たのだが。
…世の中にはそれよりも上がいるという事だ。
分かってはいるがやはり悔しいのだと項垂れる。
銀の狼の耳をへたりと垂れさせ、頭を下げて落ち込むコウの姿を見てタキは笑う。
タキ「君にもプライドあるし、下手な慰めはしたくないけど。あの戦場をくぐってきたんだからコウも強いと僕は思うけどね」
タキの言うあの戦場とは千年戦争の事だろう。
文字通り千年続いた大戦は生き残る事すら難しい。ヴィオラがかつて率いていた人狼達はあの戦争で死んだのだ。
何故、千年も戦争が続いたのか。
それを考えるとキリが無い、とコウは頭を振って立ち上がる。
後方へと向き、コウはエルトレス達を見る。
後方にいたエルトレスは言葉を発しなかった。
自分を助けたキリヤの背中を見て、驚いたがすぐにエルトレスは眉を下げ哀しそうな表情を浮かべる。
エルトレスの横にいたロザリアは彼女の横顔を見て目を閉じる。
ロザリアの肩に手を添えて支えるソウマも複雑な感情を心中に得る。
ロザリア「…優しさって時に残酷なものよね」
ロザリアはしみじみと小声で呟いた。
キリヤには届いていなかったがエルトレスには聞こえていたらしく、笑っているんだか泣きそうなのか微妙な表情をエルトレスは浮かべていた。
いっそ自分の存在など放っておいてくれればいいのに。
キリヤはぶっきらぼうな態度と口調で解りにくいが優しい人なのだ。
敵対している学園側にいるエルトレスの事ですら、助けてくれた。
どうでもいい存在だと振る舞われていた方がエルトレスの中の恋慕も諦めがついた気がする。
…エルトレスはため息を吐きたい気分だったが、そうもいかなかった。
エルトレス「…キリヤ様」
エルトレスは声を振り絞ってキリヤを呼んだ。
呼ばれたキリヤはエルトレスに背を向けていたが、僅かに振り返り。
エルトレスに言う。
キリヤ「元使用人が目の前で死んだら流石に気分が悪いからな。それだけだ」
キリヤのぶっきらぼうな言葉を聞いていた周囲は「だからってお前自ら来ることはないだろ」とツッコミを入れたかったが、これ以上ややこしくしたくなかったので口を噤む。
エルトレスはキリヤの言葉に少女らしい花が綻んだ笑顔を浮かべ、頷く。
エルトレス「ありがとうございます」
呑気だがどこか掴めない何時ものエルトレスの笑顔では無く、外見相応の少女らしい笑顔だ。
エルトレスはキリヤに礼を言った後、視界を切り替えた。
視界に映るのはキリヤの背中では無く、ナイを抱えたアサギの姿が映る。
…ナイはここではない場所を見ているようだ。
そこがどこなのか。エルトレスはのーたんを通して視るナイの姿から考える。
エルトレスはナイの胸元がうっすら光っているのを視た。
…光っているのは月の石だとすぐに気づく。
月の石は持ち主を守り、時として持ち主の強い想いを叶える。
あれは扱いに気をつけねば時として破壊に転じてしまう事もある恐ろしい石なのだ。
…ナイ達のいる場所はエルトレス達がいる場所よりも冥界という空間に呑まれつつある。
エルトレス(…何が起きても不思議じゃない)
エルトレスは深呼吸した。
…月の石をかつて手にしていた王として出来る事はある。
否、まだ月の石と繋がりはあるのだ。
エルトレスは深呼吸の後、声には出さず言葉を発した。
●
激しい頭痛に蹲るナイの肩に誰かが手を置いて、ナイの耳元に囁く。
???「…こんなに世界は残酷なのに、貴方はどうして足掻くの?」
耳元で囁かれた声は複数の女性の声だった。
蹲り、涙を流して顔を俯かせるナイにまたも誰かが囁く。
…顔を上げて。
囁く声に何かの力があるのか。ナイは抵抗できずに顔を上げた。
視界に映ったのは、あの日に滅んだ村。言葉で言うにはあまりにも残酷な光景。
頭痛で揺らぐ意識の中で視界に映る確かな記憶。
ナイはか細い声で呟く。
ナイ「でも、…僕はこの現実を乗り越えて進まなきゃいけないんだ」
…一緒に背負うと決めたのだ。
ナイは誰かの声を振りほどき、頭痛が続く中で立ち上がって先ほど自分がいた場所から走り距離を取った。
…辛く、哀しい記憶を全部思い出して、皆と共に歩む。
ナイは激しい頭痛に頭を抑える。だが、決死の思いで目を開き先程自分がいた蹲っていた場所を見る。
自分に言葉を囁いてきた者を見てナイは驚き、目を大きく開く。
ナイ「フリージア…?」
唖然と、ナイは呼ぶ。
地面に膝をつき、ナイを真っ直ぐ見上げているのはフリージア。
だが、フリージアの様子はナイの知っているフリージアとは違った。
…今のフリージアの瞳は憎悪に満ちている。
ナイは違うと頭を振った。
…アレはフリージアでは無い。
ナイ「君は誰なの?」
頭痛に揺らぐ意識をどうにか耐えてナイはフリージアの姿をしている者に問う。
問われた方は口の端を吊り上げて、三日月の形のように不気味な笑みを浮かべる。
そして、ナイの疑問に答えた。
フリージア?「我は冥界の一部。この憎悪で世界を呑み込む、黙示録の聖女だ。今は聖杯に注がれた血の姿を借りているが…」
彼女の答えにナイはリーリエのかつての言葉を思い出す。
「聖杯は血に満たされ、禁忌の存在が呼び出される」
リーリエの言葉を脳裏に繰り返し、ナイは間に合わなかったのだと気づく。
儀式は完成し、禁忌の存在が呼び出されてしまったのだ。
重い何かがナイの身体にのしかかる。
…それはきっと絶望だ。
そんなナイには構わず、フリージアの姿を借りた者が尚も言葉を続ける。
フリージア?「血はお前に何やら希望を持っていたが…、そんなものは有りはしない。全てに等しくあるものは絶望」
彼女が笑う。希望など存在しないと。
言葉を聞いたナイは未だ激しい頭痛が続いていた。
…目の前に広がる、あの日の村の記憶。
そうだ、とナイは認める。…この世界は残酷だ。
ナイは拳を握り締める。
脳裏に過ぎるのは大切な仲間達の姿。
ナイは声を上げた。
ナイ「僕はまだ負けないよ…! 」
ナイの姿が変化する。
銀の長い髪、金の瞳。学園の女子制服に身を包んだ少女の姿へと。
少女は己の血で生成した弓を手にしていた。
先ほど、握り締めた手から血が落ちる。
ルナ「私は貴女の一部にはならない!!」
ルナは弓を構えた。
弦を引く指に魔力と己の血を混ぜた矢を生成し、ルナは照準をフリージアの姿を借りた者へと向ける。
ルナの眼差しから本気で自分を撃とうとしているのだと察した禁忌の存在は笑う。
金の瞳には希望の光がある。
…救われない我々とは違うのだと見せつけられているような気がした。
哀しい記憶、憎しみの感情を知っているだろうにそれらを知らない小娘のようだ、と感じる。
フリージア?(知って、乗り越えたからこその強さでもあるのかも知れない)
…憎しみしか残されていない我々とは違うのだろう。
フリージアの姿を借りた者は目を閉じる。
まるでルナの矢を受け入れようとしているかのように。
ルナ「…フリージア?」
彼女の様子にルナは何かに気づき、名前を呼ぶ。
けれど、ルナの脳裏にアレクスとアサギ、仲間達の姿が過ぎる。
時間は無い、一刻も早くここから出なければいけない。
…否、目覚めなければいけないのだ。
ルナは意を決して弓から矢を放った。
矢は真っ直ぐに彼女へと飛び、彼女に当たった。瞬間、眩い白の光が爆発して辺りを呑み込んでいく。
硝子が砕けたような綺麗な音がルナの耳に届き、ルナは白い光りに呑まれて意識を手放した。
…意識を手放す前にルナの胸元が熱くなったのを感じた。
ルナの頭の中に直接、無機質な声が聴こえる。声はとてもよく知る人のものだったが、意識を手放す直前だったので思い出せなかった。
だが、声がルナに言った言葉ははっきりと分かった。
「ムーンライト・プログラムの防御システム強制起動します」
確かに、そう聞こえたのだ。
●
異質な力で周囲が呑み込まれていく。
岩と土で出来た洞窟内部は冥界に浸食され、その姿を変えた。
壁も地面も肉塊に変化し、何かの体内か肉塊は脈打ち気味の悪い動きをしている。
ナイを横抱きにしてアサギはアレクス達と共に奥を目指して進む。
立ち止まっているわけにはいかない。
レオの防御魔法を周囲に展開しているおかげでこの内部でも平気だ。
イーグル「大丈夫か?兄上」
ナイが倒れてから周囲に防御魔法を展開しているレオの身を案じてイーグルはレオの額から流れる汗を指で拭う。
レオは疲労を滲ませながらも「平気だよ」と笑みを浮かべて答えた。
レオ「イーグルこそ、大丈夫?僕に魔力分けてくれてるし…」
レオは隣に並ぶイーグルの顔を見つめる。
イーグルの顔色も疲労からかいつもより白い。
だが、イーグルはレオと同じ答えだ。
イーグル「平気だ」
二人のやり取りを先頭で聞いていたアレクスは目を伏せた。
…ナイがまだ目覚めない。
のーたんと通信をしていたエルトレスからは「後はナイ次第かなあ」と言われた。
アレクスがどういうことだ、と問い詰めようとしたがエルトレスは強制的にのーたんとの接続を切ってのーたんはそういう人だから仕方ないと諦めていた。
どうしてナイが突然、意識を失ったのか。それすら解らず、アレクスはやり場のない苛立ちを抱えている。
問題が起きたが、それでも一行は進んだ。
そして、一行は広い場所へと出た。紛れもなく、洞窟内部だったがかなり広い場所だ。
だが、相変わらず肉塊で周囲は変化してしまっている。
中央には何かの祭壇と思わしき物とその上に黒い繭。
繭から糸のようなものが出ており、それが壁や天井に着いて繭を支えているのだろう。
そして、祭壇の傍には肉塊の下半身が埋もれている中年男性の姿があった。
男は引きつった笑い声を上げながら笑っている。
レオ「……、」
目の前の光景と繭の異質な気配にレオは顔を真っ青にした。
レオの様子に気づいたイーグルはすぐにレオの腕を掴み、引っ張る。
軽々とニクスを投げ飛ばせる腕力の持ち主なだけあってイーグルは軽々とレオを自分の背後に隠した。
イーグルの背後でレオは小刻みに身体を震わせる。
魔力を持ち、扱いに長けた者なら誰でも解るであろう繭から感じる禍々しい気配。
アレクス「あの繭が儀式の終着点か、でそこで肉塊に呑まれかけてるのがマツ博士か」
アレクスは制服のズボン、両脚の太ももに取り付けていたシリンダーから短銃を二丁引き抜く。
あの繭からひしひしと伝わる禍々しい気配。
アレクスは右手に持った短銃を繭へと向けた。引き金に指をかけ、発砲しようとかけた指に力を入れる。
だが、アレクスが引き金を引く前に地面の肉塊の一部が不規則な動きをし、アレクスの右腕へと蔦のような細長さを形成し突然伸びてきた。
アレクスは肉塊の攻撃を避けられず、右手に肉塊が当たり引き金は引けなかった。
アサギ「アレクス様!」
ナイの身体を抱えているアサギがアレクスの名前を呼ぶ。
アレクスは僅かに体勢を崩しただけだった。
レオの防御魔法はあくまで冥界の空間干渉を防ぐためのもので物理攻撃は避けられなければ当たる。
アレクスは舌打ちした。
アレクス「この肉塊、意志があんのか」
吐き捨てるように言ったアレクスの言葉に、祭壇近くに下半身が肉塊に呑まれているマツ博士が笑い声を上げた。
マツ博士はアレクスの言葉に答える。
マツ博士「娘の、邪魔はサセナイ…!」
既に心が壊れてしまっているのか、マツ博士は黒い繭の中にいる存在を娘フリージアと思い込んでいるようだ。
アレクスはマツ博士の言葉を聞き、小さく呟く。
アレクス「…それがフリージアの望みなのかよ 」
父親という創造主が世界を憎み、その憎しみの材料にフリージアはされた。
魔界の欠片から生まれたフリージアは生みの親に逆らえず、そして生みの親の願いを娘として叶えてやりたかったのだろう。
アレクスの脳裏にナイの姿が浮かぶ。
育ての親としてずっとナイの傍にいてアレクスは少しは親心というものがわかった。
…もし、ナイを失えば自分もマツ博士のようになるかも知れない。
アレクス(ナイのいない世界…、俺はきっと耐えられないだろうな)
…ナイはアレクスの選択を喜ばない。
解ってはいるが、アレクスにとってナイは大きな存在なのだ。ナイに万が一の事があれば、アレクスは後を追うつもりでいる。
アレクスは右手に持った銃を再び構えた。
銃口は繭では無く、マツ博士の額に向けて…。
レオ「アレクス?!」
イーグルの背後にいたレオが驚いて声を上げる。
イーグル「待て、アレクス!」
任務の内容はヴェルヴェリアの論文を入手することだ。
イーグルはアレクスの殺意を感じ取り、アレクスを止めようと彼の名前を呼ぶ。
…アレクスはマツ博士を殺そうとしている。
レオとイーグルの制止の声を聞いてもアレクスの思いは変わらなかった。
アレクス「娘を世界を壊す道具にするぐらいなら、…この男は死なせてやった方がいい」
…娘の、想いなど知らずに暴走するぐらいなら。
アレクスは鋭い眼差しをマツ博士に向けた。
しかし、黒い繭が突然脈打ち繭から黒い衝撃波がアレクスに向かって飛ばされた。
まるでマツ博士を守るように。
アレクス「…っ!」
黒い繭から飛ばされた複数の黒い衝撃波は真っ直ぐ、アレクスへと向かって飛んでくる。
アレクスは息を吐いて、衝撃波の一つを避ける。一つ目はアレクスの後ろの肉塊の壁にぶつかり小さな爆発を起こして消滅した。
二つ目がすぐに飛んでくる。アレクスは右手の短銃を向け、引き金を引いた。
魔力弾が銃口から発射され、魔力弾は衝撃波にぶつかり消滅した。
三つ目、四つ目も魔力弾で相殺する。
アレクスが一回目に飛ばされた衝撃波の対応をしている間に繭は再び、衝撃波を複数飛ばした。
三日月の形をした衝撃波がアレクスに再び向かう。
二回目の衝撃波を視認したアレクスはキリが無いと考えるも、応戦するべく銃を構える。
マツ博士「アハハハハハハハ!! 」
歓喜に満ちたマツ博士の笑い声がアレクスのすぐ傍で聞こえた。
アレクスは自分の横を見れば、地面の肉塊からマツ博士が飛び出してきた。
変わらず、下半身は肉塊に呑まれたままのマツ博士はアレクスの両腕を掴んだ。
アレクスが驚き、目を見開く。
このまま、アレクスを拘束していればマツ博士も衝撃波を食らう。
だが、マツ博士は非力な学者とは思えない力でアレクスの両腕を掴んでいる。
アレクス「あんたも巻き込まれるぞ!」
アレクスはマツ博士に怒鳴った。
衝撃波はもう迫ってきている。
だが、マツ博士は不気味な笑みをアレクスに向けた。
イーグル「アレクス!!」
衝撃波をまともに食らうとイーグルはアレクスの名前を叫ぶ。
だが、この空間でレオを放ってはおけない。
イーグルは動けず、アレクスの名前を叫ぶことしかできなかった。
繭から飛ばされた複数の衝撃波は軌道を変えず、アレクスとマツ博士にぶつかり小さな爆発を起こした。
●
外では魔界の欠片が続々と、雪の積もった地面から出てきていた。
先程まで交戦していたコウ達とヴィルシーナ学園の生徒達は一時中断し、魔界の欠片の排除に動く事となった。
立ち上がったコウが魔界の欠片を相手にしながら吠える。
コウ「なんつー数だよ、アホか…」
ヴィルシーナ学園の生徒とこちらの人数を合わせても上回る魔界の欠片の数だ。
コウはタキに両拳と両脚に防御魔法を張ってもらい、魔界の欠片と応戦する。
素手で触れればたちまち溶かされる。
タキはコウの背後に控え、本の形をしたソレール・アームズを片手に魔法を唱えてコウの補佐をする。
二クス「コウーーー!タキーーー!」
細長い、ロッドを持ったニクスがコウが相手をしている魔界の欠片の頭部に武器を叩き入れる。
ニクスは目を輝かせてコウと向き合う。
二クス「ちょー寂しかったんだけど!金髪美人怖いし!魔界の欠片出てくるし!」
大きな声で親友との再会に喜ぶニクスに親友のコウは口をへの字に曲げた。
金髪美人とはキリヤの双子の弟アーシェルの事だろう。
そこそこ離れた距離にいたアーシェルにニクスの言葉が聞こえていたらしく、アーシェルが鋭い目つきでニクスを睨んでいたがニクスは全く気付いていなかった。
コウ(怖え…)
アーシェルの視線に気づいたコウは顔を青くした。
少し離れた場所で一方的にサルビアをのしたヴィオラはため息を吐く。
まだ、サルビアは雪に埋もれているのだ。
魔界の欠片に襲われる前に、と。
ヴィオラはサルビアの足首を掴んで、雪から引きずり出した。
気を失っているサルビアの顔を一瞥したヴィオラは「やれやれ」とサルビアの身体を軽々と放り投げた。
勿論、サルビアの落ちる場所に誰がいるのか把握済みだ。
リーデルハイン「…っ!」
金髪くせ毛、ヴィルシーナ学園の制服を着た青年が放り投げられたサルビアを受け止めた。
それを特に確認せず、ヴィオラは魔界の欠片を排除すべく、足を進める。
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第四十話に続きます