第40話 揺れ動く

ロザリアは地面に膝をつき、肩を激しく上下させ荒い呼吸を繰り返す。

目を強く瞑り、身体の内側からの苦しみと痛みを堪えようとした。額から汗が流れる。


ソウマ「ロザリア」


ロザリアの傍で同じく地面に膝をついていたソウマはロザリアの肩を抱き、ロザリアの額から流れる汗を自分の制服の袖で拭う。

ソウマは眉を下げ、不安そうな表情を浮かべる。

吸血鬼(ブラッディロード)の力がここまでロザリアを苦しめるのかと。

…出来れば、これから使って欲しくないとソウマは思う。

けれど、今自分達が置かれている状況はそうも言ってはいられない。

ロザリアの疲労を回復させている魔法を使っているエルトレスがソウマの前に立った。

一応、二人を守れる力を持っているが事情があって発揮出来ないエルトレスは深々とため息をつく。


エルトレス(本名さえバレなければいいかな)


このまま隠したままで仲間と大切な人達を守れるとは思えない。

エルトレスはそろそろ覚悟決めた方がいいなあ、と自分の中で結論を出した。


ソウマ「…エルトレス、ロザリアの状態が…」


エルトレスのすぐ背後にいたソウマがロザリアの体調の悪さに不安を感じ、エルトレスの背に向かって声をかけた。

エルトレスは振り返り、ストロベリーの色を宿した瞳をソウマに向ける。

彼女の瞳の中、僅かにあった金色をソウマは見逃さなかった。

ロザリアと同じ、金色。

ソウマはエルトレスの瞳を覗き込むようにじっと見つめる。


エルトレス「?どうかしたの、ソウマ君」


エルトレスは首を傾けた。

ソウマの視線が自分の目に向いている…。

不思議そうなエルトレスに、体調が少し落ち着いたロザリアが小声で言った。


ロザリア「…エル、色素変換解けてきてるよ」


ロザリアの言葉にエルトレスは大きく肩を跳ね上げた。

エルトレスの顔はまさに「まずい!」という文字が書かれているような表情だ、とソウマは思う。

…よく見れば、髪の毛先の色も違う色だ。

ロザリアと同じ、銀色がちらっと見えソウマは横にいるロザリアの髪を見た。


ソウマ「色素変換って身体内の魔力で元の髪と目の色素を変える…だっけ?」


ソウマがうろ覚えの知識を思い出しながら復唱する。

生憎、戦いとは無縁だった為ソウマは戦術的知識は無いに等しい。

護身に魔法知識を初歩的な講習を受けただけだ。

ロザリアとソウマが口にした色素変換とは体内の魔力を常時消費し、髪と目の元の色をそっくり変えるものだ。

…常時魔力消費が伴う為、実用的なものでは無い。

常識外れの馬鹿みたいな魔力量を体内に保有していれば話しは別だが…。


ロザリア「エル、私への魔法は解いてくれて構わないわ」


先ほどからロザリアへの疲労回復の魔法をエルトレスはかけていた。

流石に常時魔力消費の魔法を二つも使えば、片方の集中が疎かになって結果、片方が薄まる。

エルトレスの体内の魔力には余裕がある。だが、とエルトレスは考える。

沈黙の儀式を終着させるには…。

目を閉じ、数秒思考したエルトレスは目を開けてロザリアにかけていた魔法を解いた。


ロザリア「皆のおかげで、かなり回復したわ…」


魔法を解かれたロザリアが言って、ゆっくり立ち上がる。

…終着の時は迫っている。

黒い繭から放たれた衝撃波が対象にぶつかる。ぶつかって起きた衝撃は空間を這う肉塊が衝撃が吸収する。

煙が上がるも、それは僅かな時間のみ。

先程、繭から放たれた衝撃波にアレクスとマツ博士が巻き込まれた。

イーグルとレオはアレクスの魔力気配が消失していない事を感知して安堵した。

二人を覆っていた煙が晴れ、アレクスは銀色の防御魔法の障壁に守られ、無傷だった。

マツ博士も肉塊が盾になって庇ったらしく、傷を負っている様子は見られなかった。


アサギ「…貴女は」


アレクスとマツ博士の事よりもアサギは自分の腕の中にいた人物に驚く。

先程まで、自分が腕の中に抱いていたのはナイの筈だった。

アサギの言葉に腕の中の少女が微笑んだ。


ルナ「ごめんなさい、アサギさん」


輝く銀色の髪と煌めく金色の瞳。

ルル…、否ルナは眉を下げた。

何時かは知られるのだと、どこかで解っていた。

ルナは右腕に発動した銀色の紋章を消した。恐らく、アレクスを防御魔法で守ったのだろう。 

目を覚ました時、ナイの魔法発動時間ではアレクスの防御は間に合わないと瞬時に判断しルナに変わった。

判断は間違ってなかった。

ルナはアサギの腕から離れ、自らの足で立つ。


ルナ「…フリージア」


地面は肉塊で埋め尽くされ、不安定な足場。

ルナは前へと進む。

ブラッディブレイドの使用可能な回数は二発程だろう。

ルナの姿なら完全なブラッディブレイドを一人で撃てる。

友の名前を口にしてルナは手の内に血と魔力で構成した弓を握り締め。

黒い繭に向かってルナは弓を構えた。


アレクス「…ルナ?!」


ルナの姿と彼女のやろうとしていることにアレクスは驚く。

…望んだ対話を捨て、迎撃を選んだのか。

アレクスは信じられない心境を抱え、後方の離れた場所にいるルナの表情を見る。

凛とした強い眼差しをルナは真っ直ぐに黒い繭に向けていた。


ルナ(…フリージア、私はまだ)


己の血と魔力で構成された弓を構えたルナの手に、同じく血と魔力で構成された矢が収まる。

ルナは躊躇いなく、狙いを定めて矢を放った。

矢は赤い光りを纏って黒い繭に吸い込まれるように跳んでいく。

マツ博士は矢の弾速に情けない声を上げた。


マツ博士「フリージア…!私の娘が…!」


マツ博士は黒い繭へと手を伸ばす。だが、それは虚しいもので伸ばした手は空を切る。

ルナの放った矢は黒い繭にぶつかった。瞬間、僅かな衝撃があったが特に爆発があったわけでは無かった。

繭に刺さった矢じりが僅かに赤色に発光し、刺さった部分から亀裂が広がりそれが繭全体に及び始める。


ルナ(…私のブラッディブレイドの力では本体を貫く事は出来ない)


ルナは弓の構えを解き、真っ直ぐ黒い繭に視線を向け繭の行く末を見守った。

…慣れない弓の扱いに手が震えているが、構わない。

亀裂から繭の破片が崩れていく。

ゆっくりと、確実に繭の一部、一部と崩れていくのをルナは黙って見つめた。


アサギ「…ルル様」


ルルの名を呼び、アサギが肉塊の地面に足を取られながらも走ってルナの傍に来た。

レオの結界が広域展開している様で空間干渉を特に受けていない。

アサギもアレクスも平気で立っていられる。


ルナ「アサギさん、気をつけてください。あの繭から出てくるのは…」


傍に来たアサギにルナは声をかけた。

…彼女達は同じ存在を欲しがっている。強い憎しみと怒りと哀しみの記憶を引きずる者を。

同調出来る存在として自分の意識を沈めて、囁いて来たのだ。

だが、ルナは彼女達とは共に出来ない。


ルナ(フリージア、君もそうだと私は思うんだ)


ルナは手にしていた弓を握り締めた。


次から次へとヒトの形をした魔界の欠片が地面から出てくる。

ヴィルシーナ学園ととある学園が停戦し、魔界の欠片排除に当たっているがキリが無い。

刀を振るい、前線で戦うキリヤと共に太陽帝国第二皇子イオもその剣で魔界の欠片を相手にしていた。


イオ「キリヤ、疲れてきたら後方に下がれ」


剣を手にし、キリヤの隣に着地したイオが親切心からキリヤを気遣って言ったが、キリヤはイオに鋭い眼差しを向けて来た。


キリヤ「このくらいで息が上がっているように見えるか?」


キリヤはイオの気遣いに苛立ったようだが、イオは苦笑する。


イオ「すまない、先程から随分と動いているからな」


ヴィルシーナ学園がとある学園と交戦開始した時から、キリヤは休むことなく前線に出ている。

…余程の事があればイシュが動くので特に心配はしていない。

それに、世界最高峰の学園の戦闘系生徒の頂点であるSクラスならこのぐらいで息は上がらない。

イオは素直にキリヤに謝罪した後、魔界の欠片排除に動く。

イオは駆ける。

雪の積もった地面は足が沈みやすく、本来走る事は難しいのだがイオは魔力で自分の身体を地面に足がつくすれすれのところで浮かせている。

その時、イオは一人の少女を視界に入れ、止まった。

長い銀の髪と金色の瞳を持った少女。

彼女の傍には性別不明の美人がいたが、イオの視界には彼女の姿しか入っていなかった。

…とある学園を襲撃した時に初めて出会った筈なのに。

イオは彼女という存在が頭から離れない。


ロザリア「ん?」


少女はイオの視線が自分に向けられていることに気づいたらしく、イオの方へと向き。

イオと視線を交わす。


イオ「…君は何をしようとしているんだ?」


イオは吸い寄せられるかのように銀髪の少女…、ロザリアの傍に歩む。

ロザリアはイオの顔を見つめ、首を傾ける。彼女の傍にいた見事な銀髪の美人がイオに向かって警戒心丸出しの眼差しを向けてきたがイオは気にもしなかった。

イオの質問にロザリアは微笑んで答えた。


ロザリア「…私達は止めに来たの」


イオ「それは彼らと、解り合えると確信しているからか」


イオはロザリアに聞く。

マツ博士とフリージアと、禁忌の存在と解り合えるかと…。

だが、ロザリアは首を横に振った。


ロザリア「…解らないわ。でも、言葉は届くと思うの」


この時、ロザリアの胸中にあったのは太陽の一族と月の一族の哀しい戦いの記憶。

…千年も長く続いた戦い。

ロザリアはあのときの哀しみを思い返しつつ、イオの顔を見つめた。

イオはやはり、彼にそっくりだ。

ミトラス…。ロザリアはかつて月の一族との和平を望み、声を上げ続けていた太陽の一族の皇帝。

無意識に表情を曇らせたロザリア間近で見たソウマはロザリアの頬を指で摘まんで引っ張った。

ロザリアは「ふえ?」と間抜けな声を吐いてソウマの顔を見上げた。


ソウマ「ロザリア」


ソウマは目尻を下げ、微笑む。

ロザリアの持つ銀とは違う、ソウマの銀髪がロザリアの頬にかかる。

鈍感なロザリアはソウマの胸中は計れず、首を傾げる。

ソウマはロザリアの頬を引っ張っていた指を離す。

イオから自分にロザリアの意識が向いた事にソウマは満足した。

ロザリアとソウマのやり取りを間近で見ていたイオは咳払いをした。

ロザリアはともかくソウマがロザリアに向ける感情はこの短時間でも、イオには解った。

…愛しい。ソウマがロザリアに向けるその感情をイオは知らない。

だが、解るのだ。

ソウマのロザリアへの感情を…。


イオ(何故…)


イオは己の胸に手をあてて考える。

ロザリアを視界に入れる度に意識の奧深い場所でざわつく。

その原因が知りたくてイオは目を閉じて、自分の意識の奧を探ろうとした。

だが、強烈な頭痛がイオを襲った。


イオ「…っ!」


イオの視界が頭痛に揺らぐ。

雪の上でイオは蹲った。

頭痛がイオの意識を奪おうとしている。

痛みは引かず、イオは空いた手で頭を押さえ、歯を食いしばる。

頭痛で戦意を失ったイオを魔界の欠片は見逃さない。


アーシェル「イオっ!」


離れた場所で魔界の欠片と交戦していたアーシェルがイオの危機に声を荒げた。

アーシェルの声にキリヤも反応するが一歩遅かった。

イオのすぐ背後で無感情な魔界の欠片がイオに向かって手を伸ばす。


ロザリア「纏うは白の意志、我は切に願う。どうか、我に月の加護があらんことを!」


魔法発動の為の祈りの文句を唱え、誰よりも早い反応でロザリアは魔界の欠片とイオの間に割って入った。

魔界の欠片がイオを掴もうと伸ばした手はイオではなくロザリアの腕を掴んだ。

魔界の欠片に掴まれた腕から蒸気が昇る。魔界の欠片の瘴気がロザリアの腕を溶かさんと蝕む。


ロザリア「防御魔法を使っていても、多少の痛みはあるわね…」


片目を強く瞑ってロザリアは痛みに耐えて苦笑する。それなりに痛みに慣れているつもりだが…。

魔界の欠片は尚もロザリアの腕を掴み、更に力を込めてきた。

ロザリアの腕の骨が軋む音がし、ロザリアは迎撃しようと空いてる方の腕を動かす。

しかし、ロザリアが魔界の欠片を攻撃する前に魔界の欠片の腕は本体から離された。


ロザリア「…え、」


きょとんとした表情でロザリアは瞬きを繰り返す。

ロザリアを掴んでいた魔界の欠片の腕は本体から切り離されたため、維持出来なくなり分解され消滅した。

そして本体の方は金色の一閃に真っ二つに斬られ腕と同じように消滅。

ロザリアは唖然と魔界の欠片を斬ったイオを見つめた。


イオ「……」


剣を手にしてイオは無言でロザリアを見ていた。

…赤と金の神秘的なオッドアイがロザリアを映す。

ロザリアの金の目もイオを映していた。

互いを映し、見つめ合う二人。

ロザリアは唇を震わせた。つい、喉から名前を振り絞りそうになった。

…ミトラス、なの?

ロザリアは戸惑う。

でも、解るのだ。


ロザリア(貴方と私は対…)


ロザリアとミトラスは対となる王。ロザリアは王位に就くことは無かったが。

イオは他の者は視界に入れず、ただじっとロザリアを見ていた。

二人のただならぬ空気にロザリアの横にいたソウマは抗議の声を上げようと口を開く。

だが、ソウマの口はいつの間にか傍に来ていたクラウンが手の平で塞いだ。


ソウマ「むぐ!」


ソウマは自分の背後にいるクラウンを睨み付けた。

クラウンは楽しげに目を細め、唇を三日月に歪めて笑っている。

ロザリアはソウマのくぐもった声に横にいるソウマの方を見た。


ロザリア「ちょ、クラウン?」


ロザリアがソウマに気をとられ、イオから視線を外す。イオは何も喋らず、手にしていた剣の刃を、空いている腕にあてた。

何も迷うことなくイオは自分の腕を切りつけた。

腕に一本の線が入れられ、そこから赤い血が出てくる。

それなりに痛みがあるはずだがイオは眉すら動かさず、無表情で自分の腕から流れる血を見た。

そして、イオは自分の腕を唇に近づけ、血を口に流す。

…イオはソウマに気をとられているロザリアの目前に歩み立ち、ロザリアの頬を両手で包んだ。

ロザリアはイオに反応する前にイオはロザリアの顔を自分に向けさせ、ロザリアの唇に自分の唇を重ねた。


ソウマ「むぐぐーーーー!!」


クラウンに口を塞がれているソウマが目の前の光景に悲鳴を上げたが、それは悲鳴として成り立たなかった。


エルトレス「…うわー、だ…大胆だねえ?」


少し離れた場所でキリヤに守られていたエルトレスが顔を真っ赤にして言った。

キリヤはイオの行動に「何をやってる」と呆れていたが…。


アーシェル「は、破廉恥だ!」


エルトレス同様に顔を真っ赤にしたアーシェルがロザリアとイオの接吻現場に初なリアクションをし、それを見たエルトレスが真顔になった。


エルトレス「あれ、アーシェル様って…」


エルヴァンス家でメイドやっていた頃を思い返して首を傾げる。

…いや、これ以上は考えないようにしよう。エルトレスは首を横に振ってイオとロザリアを見た。


エルトレス(…ロザリアの回復には彼の血は効果が大きいのだろうね)


エルトレスは唇に指をあて考える。

…やはり、とエルトレスは思うところがあった。

ロザリアは自分の口内に流された血の味に目を大きく開く。

…懐かしい。甘い香り。

ロザリアは血を飲み込む。体内にイオの血を感じ、身体が軽くなったのが解った。

イオはゆっくり重なった唇を離し、ロザリアの横にいるソウマに視線をやった。


イオ「…多少強引にでも血を飲ませろ」


イオはソウマに向かって言った。

ソウマは目を大きく開き、きょとん顔をした。

イオはロザリアから離れ、背を見せ歩き出した。

怒りと困惑で頭が混乱しているソウマはそれでも横にいるロザリアを見た。

ロザリアは先程、イオを庇って受けた傷を見ていた。

魔界の欠片に掴まれた箇所が火傷のように赤黒く変色していたのだが、イオの血を飲まされたあと再生を始めていた。

ロザリアは小さな笑みを浮かべた。


ロザリア「相変わらず、私に傷をつけるのね」


やれやれ、とロザリアはため息を吐いてソウマの方を向く。

先程まで口を塞がれていたがいつの間にかクラウンは離れた場所に立っており、ソウマはクラウンを見たあとロザリアを見つめた。

…突き刺す痛みがソウマの心を襲う。それが嫉妬からくるものだとソウマはすぐに気がついた。

いつかタキに言われた言葉を思い出す。

…ロザリアの傍にいたいのならこの痛みと付き合い続けなければいけない。

ソウマはロザリアの口元についたイオの血を指で拭った。


ソウマ「ロザリア、ごめん。俺が血を飲ませなかったから」


…ヴぇレッドロードとの戦いの後、エルトレスからも言われていたのに…。ソウマは肩を落とした。

ロザリアに血を飲ませていたら、ロザリアとイオのキスを見ずに済んだのだ。

…自業自得。後の祭り。そんな言葉がソウマの頭の中でぐるぐる巡っている。

ソウマの心中を知ってか知らずか、ロザリアはソウマの手を取り、握った。


ロザリア「ソウマ、大丈夫だよ」


ソウマ「うん…」


ロザリアは微笑んでいた。

ソウマは先程の二人のキスを思いだし、胸がむかむかと苛立っているのに。ロザリアは特に気にしていないのか…。


ソウマの複雑そうな表情を遠目に見てコウは苦笑する。

ロザリアのおおよその過去を把握しているコウは己の記憶の引き出しを引っ張り出す。

かつて、ミトラスと恋仲だった時も鈍い反応をミトラスにしていたのだとタキから聞いた事もあった。

昔、ミトラスから月光花(ムーンライト・フルール)を贈られた時も鈍い反応をしていたとか。

南大陸で月の一族の者に月光花を贈るのは求婚の意味合いがある。今世ならまだしもあの頃はそんな風習も生きていたというのに…。


コウ「頑張れ、ソウマ」


コウは小声でソウマにエールを送った。コウの近くに立っていたタキはため息を吐く。


タキ「ロザリアもあれ、血筋だよなあ」


ナイもかなり鈍いし、エルトレスも鈍そうだとタキは心中に留めつつ思った。

タキはちらっとエルトレスを見る。

後方でロザリア達の傍に立っているエルトレスは真剣な表情を浮かべて何かを考えているようだった。

かつて、多大な功績を世に遺したとされるアステルナ陛下。彼は真に何を思っていたのだろう。

愚王と国民から非難され、臣下から暗殺されかけてもアステルナ陛下は甥に継承させるまで王位を降りなかった。

アステルナ陛下の功績は実のところ正確なものでは無い。…明かされていない事が多すぎるのだ。

恐らくエルトレスは明かす気は無いのだろう。タキが見る限り、エルトレスはかつての自分が現に評価されていても興味は無さそうだ。

それどころか権力にも無頓着な印象がある。


タキ(アステルナ・ムーンライト…)


眼鏡の奧の金目を細めてタキはエルトレスを見ていたが、タキの視線に気づいたのだろう。エルトレスはタキの立つ方へと向く。

エルトレスは鋭い眼差しでタキを見つめ、唇を三日月に歪めて笑みを浮かべていた。

その表情にタキは背中に寒気が走った。



タキ(食えない人だ)


タキは苦笑する。


第四十一話に続きます