第41話 禁断の紅い聖女

 

目を開けると、そこは何も無い闇だった。

感じるのは哀しみと憎しみ。…胸の奧から、創造主である父の涙が哀しみと憎しみを突き動かす。

…けれど、心の奧に希望の欠片がまだ残っていた。

手を繋いでもらった時の、本来自分が感じることの無い気持ち。

…指一本、何かの力で動かせない自分の手に別の温もりを感じた。

その温もりが誰のものなのか見ずとも分かる。

…皮肉なことに冥界の存在と融合したことで感覚は魔界の欠片という存在から超越したものとなり…。


フリージア(大人)「…姉さん」


自分の手を握る小さな手の温もり。

…姉さん、どうして。

ここに来る事がどういう事なのか。

自分と消滅する気なのか。

そう思い、小さな手の持ち主に「どうして」と掠れた声で問いかけた。

小さな姉は柔らかな微笑みを浮かべ、応える。


フリージア(子供)「ずっと、一緒だよ…」


小さな姉はやっと言えたと安堵した。

父が造り出した妹達にずっと言いたかった。

勇気が足りなくて、哀しみで泣いてばかりいた。

でも、彼らと本の少しいただけだが前を向くことが出来たような気がする。

父親に造り出された妹達も、父親も。家族だから、受け止めて連れていこう。


フリージア(大人)「姉さん…、」


これも冥界の存在と融合したからだろう。姉の真意が流れ込んでくる。

…姉が一緒にいてくれる。

涙が出ない筈なのに、自分の頬に熱いものが伝うのを確かに感じる。


フリージア(大人)「ありがとう」


…私はまだ自分を保っていられる。

フリージアは姉に握られていた手を一度ほどき、姉の小さな手と繋ぎ直す。

心の中の友人を思い描き、フリージアは戦うために拳を握りしめる。



黒い繭の外皮がぼろぼろと剥がれる、地面の肉塊に落ちていく。

繭の中から一人の女性が出てきた。

一糸纏わず、生まれたままの姿で女性は宙吊りの繭から降りる。

足首に届く長い紅の髪、瞼は閉じられ瞳は見えない。

髪の色が違うが、外見はフリージアに瓜二つだ。


ルナ「…黙示録の聖女」


外見は確かにフリージアだが、今その身体を支配しているのは冥界の大きな存在。

ルナは険しい表情を浮かべ、ブラッディブレイドである弓を再び構える。


レオ「…この力、」


離れた後方で皆の為に結界を展開していたレオがフリージアの姿をした女性を目にして、唖然と呟く。

強い数多の哀しみと憎しみが混ざりあっているのだとレオは感じ取った。

気を抜けば、自分の心も引き摺り込まれそうだと、レオは目の前に立つイーグルの腕を掴む。


イーグル「…兄上?」


イーグルは振り返り、背後にいるレオの不安げな表情を見てレオの身体を抱き締めた。

そして、イーグルは繭から出てきた女性と対峙するルナを見た。

外で魔界の欠片と戦っていた各々にも異変は起きていた。

ヴィオラは何かを感じ、動きを止めた。

心の奥底の強い哀しみを誰かに探られてうるようだとヴィオラは唇を噛み締め、後方にいるロザリアの方を見た。


ロザリア「…これは、」


ロザリアもまたヴィオラと同様に何かを感じ、眉を寄せた。


ソウマ「どうしたの?ロザリア」


険しい表情を浮かべるロザリアを案じ、ソウマは声をかけたがロザリアは無言だった。

近くにいたエルトレスも雪の上に膝をつく。


キリヤ「エルトレス?」


突然、雪の上に座り込んだエルトレスにキリヤは声をかけ、エルトレスはキリヤに力なく笑う。


エルトレス「大丈夫、です。キリヤ様、一緒にきた女性達のところにいってあげてください」


…誰かが過去に触れてくる。

エルトレスは思うも、内側を暴こうとする気配に耐える。

強大な気配が目覚め、その存在は同調し融合する女性を捜しているようだ。

エルトレスは自分の心に干渉する存在から自身を保つため、己の手首を強く噛む。手首から血が流れ、痛みがエルトレスを襲う。

その痛みがエルトレスの意思を守る。

だが、対処を知らない者は危険だと思い、エルトレスはキリヤに忠告した。

キリヤはエルトレスの言葉を受け、片耳につけていたピアスに触れた。


キリヤ「カノン、パールの様子はどうだ?」


キリヤの耳につけられているのはピアス式の小型通信機。

エルヴァンス家の私物で高額な通信機。電波強度が強く、多少の妨害でも通じる代物だ。

キリヤのピアスには赤い宝石がついている。そこからカノンの声が聴こえてきた。


カノン「キリヤ!パールの様子が…」


カノンは今、パールの護衛で後方に下がっている。

キリヤはカノンの声を聞き、告げる。


キリヤ「カノン、パールを抱えて師匠のところに行け」


キリヤの決断にエルトレスは目を丸くした。


過去の記憶が無理矢理誰かに思い出させられる。

それは思い出したくない、哀しい記憶。自分に刻まれた消えない傷痕。

白銀の龍の姿で空を飛んでいたリーリエは唐突に思い出させられる記憶に龍化の制御の気を抜き、人の姿に戻ってしまった。


みっちゃん「リーリエ!」


みっちゃんがリーリエの名前を呼ぶがリーリエは返事をしなかった。

リーリエは月の一族の王達が涙を流している場面が脳裏に再生され、記憶に囚われてしまう。


リーリエ(私…、守れなかった)


リーリエとみっちゃんは空から地上へと投げ出された。

意識を記憶の中に放ったリーリエは抵抗することなく落ちる。

みっちゃんは落下する中で、リーリエの腕を掴む。

二人の異変にロザリアはすぐに気がついた。

ロザリアはコウとタキに向かって叫ぶ。


ロザリア「リーリエとみっちゃんが落ちてくる!」


ロザリアの叫びにコウは「何で?!」と驚き、声を上げていたがタキはすぐに計算を始めた。


タキ「リーリエとみっちゃんの魔力を感知して落下の位置を割り出す!頼んだよ、コウ、ニクス」


空間に画面を表示し、タキは計算しながらニクスとコウに言う。

ニクスは「俺も?!」と自分の顔を指差して言う。

その二人のもとにヴィオラが駆けつける。


ヴィオラ「魔界の欠片から守ってあげる」


額から汗を流し、ヴィオラは苦しみを押し殺して笑った。

かつて、群れを失った時の記憶を繰り返し脳裏で再生される。ヴィオラはそれに耐えつつも戦闘の体勢を崩さない。

コウはヴィオラの意思を受け取り、落下してくるリーリエ達を救出する為に頭の回転を早めて考える。

襲いかかってくる魔界の欠片を斬る。

先程、妙な気配が広範囲で広がったのをアイオは感じた。


アイオ「…何が起きている」


アイオは剣を手にし、ロザリアに向かって聞く。

状況から見るに女性達に異変が起きている。

アイオの疑問にロザリアはおぼつかない足取りで立ちながら、答える。


ロザリア「禁断の聖女は哀しい最期を遂げた女性達の魂の集合体。彼女達は冥界の中で癒えぬ心のまま、求めている」


ロザリアは瞼を下ろし、ゆっくりと瞼を上げる。

拳を強く握り、流れる血をロザリアは剣に変えた。

ロザリアは握った剣を持ち上げて、構える。


ロザリア「自分達と同じように哀しい記憶を持つ女性を」


同じように哀しい記憶を持って、融合したとしても彼女達の心は癒えぬままだろう。

ロザリアはナイ達が向かった、マイナスエネルギーの中心の方を見つめる。

ロザリアは傍に立っているソウマを僅かに見た。


ロザリア「ソウマ、お願い」


…歌って欲しい。

ロザリアの言葉なくとも、ソウマには伝わった。

ソウマは頷き、口を開いた。

美しい旋律がソウマの唇から紡がれ始める。


ソウマ「ーーーーー」


ソウマの澄んだ歌が辺りに通る。

ロザリアはソウマの歌声を聞き、ブラッディブレイドの制御に集中し始める。気を抜けば全てを壊してしまうその威力。

構えたブラッディブレイドが莫大な力を纏い始める。

ロザリアはブラッディブレイドの力が暴走しないように抑え込む。

制御に集中することになる。必然的にロザリアは他の事は疎かとなる。


タキ「…付近から攻撃魔力発動気配?!」


空間に数枠の画面表示をし、周辺の地形を表示させリーリエとみっちゃんの落下地点を計算していたタキが突然、声を上げる。

強い攻撃魔力の気配。

タキは周囲を見回すが既に遅かった。



パール「…だめ、哀しい世界を壊すの、」


少女は小さな声で呪いを呟く。

カノンに守られていたパールが詠唱無しに攻撃魔法を発動させた。

パールの行動に傍にいたカノンは驚く。


カノン「パール?!どうしたの?!」


パールの魔法の矛先は…。

カノンの声に気づいたキリヤが「パール!」と制止を含め、パールの名前を呼ぶ。


キリヤ「ソイツは現在、攻撃対象では無い!」


キリヤの声も耳に入らず…、パールは目尻から涙を零して火属性の紋章を手のひらから出す。

紋章は赤く輝き、すぐに魔法を発動させた。

火の矢が数発、紋章から発射される。その矢が向かう先はロザリアのもとだった。

禁忌の存在は薄ら笑いを浮かべる。


フリージア?「成程、我らを滅ぼす力の持ち主がいるのか」


一糸纏わぬ彼女は未だ瞼を閉じ、その代わりに自分に同調した者の目を使っている。

禁忌の存在と対峙しているルナは弓を構えたままだった。ルナは禁忌の存在の言葉を聞き、すぐにロザリアの事だと気づく。

…恐らく、禁忌の存在の精神攻撃を止める為なのだろう。


ルナ(ロザリア…!)


…ブラッディブレイドの撃てる数は二発。

ルナは後方の仲間達を信じ、弓の構えを解く。ブラッディブレイドの弓を消し、マギアアルマの杖を現出させて手に握る。

ロザリアはルナ達の防御魔法が壊れないように手加減して撃ってくる。ならば、自分のすべきことは…。

ルナは杖に祈る。

パールの放った攻撃魔法はロザリアに向かったが、ロザリアに被弾しなかった。

ロザリアに向かう途中、イオが割って入り火の矢を残す事なく剣で切り落とす。イオに切られた火の矢は地面に落ちる前に消滅した。


イオ「カバーは俺がする。撃て」


イオは僅かにロザリアへと振り返り言った。

彼の言葉を受けたロザリアはしっかりと頷き、ソウマの歌の力もあって制御に成功したブラッディブレイドを空に掲げる。

赤く透き通った刀身がロザリアの魔力と血の力で赤く発光する。

ロザリアは声を上げ、ブラッディブレイドを振り下ろした。

振り下ろされた刀身から赤い力解き放たれる。

その力はルナ達のいる洞窟へとまっすぐに駆けた。だが、洞窟の前には結界が張られていた。

それは彼女らが目覚めた瞬間に張ったもの。

彼女らの結界とロザリアのブラッディブレイドの力がぶつかる。

ロザリアのブラッディブレイドの力は地上の生物を超越した彼女の結界を壊し、進んだ。

ルナは洞窟の最深部でロザリアの力を感知した。

こちらへと真っ直ぐに進むロザリアのブラッディブレイドの力。

ルナはすぐに防御魔法の詠唱をし、仲間を守る。


フリージア?「…広範囲に飛ばした我らの思念すら斬ったか」


迫るロザリアの力に狼狽える様子も無く、彼女らは淡々と呟く。

洞窟の岩壁をぶち抜きながら、ロザリアのブラッディブレイドは迷うことなく最深部に到達した。

大きな音共に赤い光りがルナ達と彼女らを襲う。

ルナ達は防御魔法に守られ、ロザリアのブラッディブレイドの攻撃を受けずに済む。


アレクス「相変わらずのバカ威力…」


それでもかなり手加減しているのだろう事はアレクスにも解った。

レオを抱えてルナの防御魔法範囲内に入ったイーグルはため息を吐く。


イーグル「おかげで兄上の顔色は良くなったが…」


赤い光りの奔流の中、防御魔法に守られ。ルナは彼女らを見た。

…この程度では倒れないのは解っている。

だが、目的の思念は斬れたようでルナとレオの精神に触れていた彼女らの思念は無くなっていた。

ロザリアのブラッディブレイドの力を真っ向に受け、その赤い光りが止んだ時…。

フリージアの姿をした彼女らは赤いドレスを身に纏っていた。


フリージア?「成程、素晴らしい力だな」


一つの身体から複数の女性の声が聴こえる。

ロザリアのブラッディブレイドの力を受けて、彼女らも力を出さずにはいられないと判断したのだろう。

両目を覆う黒い、眼帯赤いドレス。フリージアの黒い髪は変化し、紅い髪。

ルナは彼女の傍で倒れているマツ博士を見た。

ロザリアのブラッディブレイドの力からマツ博士も守ったが、力の衝撃にマツ博士は気絶したようだ。

学者だがマツ博士は素人だ。仕方ない。

ルナは防御魔法を解き、再び彼女らと対峙する。


ルナ「レオ、マツ博士の保護をお願いしたい」


ルナの願いにレオはすぐに頷く。

レオの応えにルナはブラッディブレイドの弓を現出させ、再び構えた。

無駄撃ちは出来ない。

だが、このままマツ博士を放置しておくわけにはいかない。

ルナはフリージアの姿をした彼女らに狙いを定める。

…フリージア。

ルナは彼女を想う。

だが、それでも大切な仲間達を守りたいのだ。

ルナは魔力を込めた矢を放った。


フリージア?「先ほどの力とは比べるに値しないな」


ルナのブラッディブレイドの力を彼女らは嘲笑う。

向かってくるルナの放った矢を真っ向から受けようと笑う。

だが…。


フリージア?「…な」


…フリージアの姿をした彼女らの動きが一瞬止まる。

まるで、ルナの攻撃を望んでいるかのように。

忌々しい、と彼女らは思った。

…融合は完全だった筈。なのに、希望を求めて抗っているようだ。

防御無しでルナの矢は彼女らに当たり、小さな爆発が起きた。

その間を逃さず、イーグルとレオがマツ博士のもとへと駆ける。

イーグルは爆発の煙の中、マツ博士を肩に抱えた。空いてる腕の手に剣を握ってイーグルはすぐにレオと共に後方に下がる。

マツ博士は自分の下半身と肉塊を接続し、ある程度範囲の肉塊を操作していたようだが。マツ博士が気を失った時に肉塊との接続は遮断されたようだ。

イーグルは気を失ったマツ博士を肉塊の上におろした。

レオはマツ博士の額に手を当てる。


イーグル「兄上」


レオ「完全には無理だろうけど。ある程度、マツ博士の内側を中和できると思う」


あのままでは話しも出来ないだろう。

…彼には聞かなければならない事もあるのだ。


地面に降り積もった雪が一部、赤に染まる。

ロザリアは口元を抑える。だが、指を閉じていても隙間から血が零れる。

耐えきれなくなり、ロザリアは咳こむ。


ロザリア「げほっ…、ごふっ…」


咳とともに多量の血が口から吐き出され、雪の上に落ちる。

回復しきってない身体にブラッディブレイドの力の制御は…。

負荷に身体の内部が悲鳴を上げ、ロザリアは倒れた。


ソウマ「ロザリア!ロザリア!」


雪の上にうつ伏せで倒れたロザリアの身体をソウマは雪に膝をつき、抱き起す。

口から下が血まみれのロザリアは目を閉じ、意識を失っていた。ソウマは片腕でロザリアの上半身を支え、空いた腕の制服の袖でロザリアの口元を拭ってやる。


アイオ「診せろ」


二人の傍に来たアイオが膝をつき、ロザリアの顔に手を翳し数秒後にロザリアの首に手をかける。

…呼吸が無い。

アイオは目を細め、ロザリアの呼吸を確保すべく首から手を離し。ロザリアの胸元に手を当てた。

心臓の鼓動も不規則、肺は両とも損傷している。


パール「私に治療させて下さい!」


少し離れた場所にいたパールが杖を握って走ってきた。

先程、ロザリアに向けて彼女は攻撃魔法を放った。ソウマはパールに警戒心を見せたが、アイオがソウマに言った。


アイオ「俺よりも彼女の方が腕はある」


アイオの一言にソウマは警戒を解き、アイオは離れた。

うかうかしていればロザリアの命に関わる。

パールはすぐにソウマとロザリアのもとに来て、膝をつく。一呼吸もせずパールはロザリアの治療を始める。


パール「…力の大半を、自分の身体に引き受けているのでしょうか?内臓のほとんどが損傷してます」


パールはロザリアの胸元に手をあて、治癒の魔力を流し込む。

治療しながら呟いたパールの言葉にソウマは目を大きく開く。ロザリアはそこまで負荷のかかる力をほとんど間を空けずに二回も使ったのか。


ソウマ「ロザリア…!」


泣きそうになるのを堪えてソウマはロザリアの名を呼ぶ。

ロザリアは応えなかった。

フリージアの姿をした彼女らは周囲に小さな穴を呼び出す。

穴はこちらと違う次元空間を形成しているのか、穴の中は闇と幾つもの白い小さな光が煌めいていた。

穴から奇妙な生物が出てくる。

黒い塊が穴から這い出て来て肉塊の上に落ちる。


フリージア?「我らを受け入れよ」


黒い塊はゆるゆると動き、縦に伸びる。数は大体三十ほどだろう。

黒い塊は側面から触手を何本も生やし、気味の悪い動きをしルナ達に向かってきた。

…あれは冥界の生き物なのか。

ルナ、アレクス、アサギは迎撃の構えをとった。


ルナ「月の光よ、その白き光にて。邪悪の一切を照らし包め、」


ルナは手にしていた杖を前に突き出す。杖の先から白銀の紋章が浮かぶ。

ムーンライト・レイ。

ルナは更に詠唱を追加する。


ルナ「浄化の光は満ちて我らに祝福を!」


始めに出した白銀の紋章の周囲に更に紋章が複数展開される。

ルナは魔法の名前を呼ぶ。


ルナ「ムーンライト・レイ!!」


展開された紋章から白の大きな光が放たれる。

それはルナの中のフリージアへの想いも重なって大きな力となった。

眩いばかりの光が黒い塊を呑み込む。

その中にあっても彼女らは笑うだけだった。


フリージア?「…フフ、月の属性か」


…彼女らの中で誰かが揺らめく。

それは何故かは、もう解らない。

光りが止んだ時、黒い塊はほぼルナの魔法で消滅していた。

残った黒い塊はアレクスとアサギに斬られて消滅する。

エルトレスは洞窟の方を見た。

冥界の次元が大きく開き始めたのをエルトレスは感じ取る。

このままでは禁忌の存在とは他の災厄がこの地上に降りてしまう。


エルトレス(…次元を閉じるにはムーンライトの使用は不可欠。でもあれはブラッディブレイドの力と同様に使用者の身体に相当な負荷がかかる)


…だが、躊躇っている余裕は無い。

地上を守れるなら、使用は安いものだ。

エルトレスはパールの治療を受けているロザリアの顔を見た。

未だ、ロザリアの容体は安定していない。


 

ルナは肉塊の上に膝をついた。

流石にムーンライト・レイの追装魔法は体力を使う。

ルナは額から流れる汗を乱暴に拭って立ち上がる。


アサギ「ルナ様!」


アサギはルナの腰に手を回し、支えた。

ルナは肩を上下させ、呼吸を繰り返す。


ルナ「…フリージア」


…望んでいない。

ルナも心の中では解っていた。フリージアの望みを。

だが、このままは嫌だ。

ルナは声を振り絞って叫んだ。


ルナ「フリージア!!私は、話しがしたいよ!!」


…ルナの瞳から涙が流れて頬を伝う。

フリージアはルナに止めて欲しいからここへ呼んだ。

それは解っている。

ルナはそれでも、と。


アサギ「ルナ様…」


アサギはルナの想いを聞き、瞼を閉じる。

…この方はやはりナイなのだ。

アサギは改めて感じた。

そして、思う。ルナの想いがフリージアに届け、と。


フリージア?「…っ、血の意識など、ありはしない!!」


何かに耐えるようにフリージアの姿をした彼女らも叫ぶ。

フリージアへと呼びかけるルナを煩わしいと、彼女らはルナに向かって大きな力を放った。

赤黒い大きな力の奔流がルナへと進む。



第四十二話に続きます