第42話 月の涙

遠い、あの頃の記憶がエルトレスの脳裏に蘇る。

愛しい者があの頃のエルトレス…、否アステルナに向かって微笑んでいた。

彼の、キリヤと同じ色の金の長い髪が風に吹かれて靡く。

「行ってこい」とエルトレスに言ってるかのように、記憶の中の彼はアステルナに向かって微笑んでいた。


エルトレス(私…、行ってくるね)


記憶の中の彼に、エルトレスは笑って応える。

今度こそ守り抜く為に。

エルトレスは積もった雪の上に立ち、拳を握り締めた。


エルトレス「イシュテルナ」


記憶の中の彼の名前を小さな声で呼び、エルトレスは前を見た。



彼女達の叫びと、彼女達の力がルナ達を呑み込んだ。

だが、それはルナの前で羽ばたく小さな蝙蝠の防御壁に阻まれた。

彼女達が小さな驚嘆の声を溢す。

ルナものーたんの行動に驚いた。


ルナ「のーたん…」


傷つき、傷つけた。のーたんはノービリスで、ルナは何度も彼と戦った。

そんなノービリスが自ら、防御壁を張ってルナ達を助けてくれた。

のーたんは大袈裟なため息を吐く。


のーたん「はあー。僕、君のこと嫌いだったのに…」


なのに、身体が勝手に動いてルナ達を助けた。

これは主のエルトレスの意思では無い。確かに、エルトレスはのーたんに幾つかの防御魔法を仕込んだ。

でも、発動はのーたんの意思次第。

…エルトレスはノービリスの意思など初めから見抜いていたのだろう。


のーたん「でも、これは僕の意志だから!」


恥ずかしさで顔が熱いと思いながら、のーたんはルナに背を向けて言い放った。

のーたんの告白にルナは目を大きく開く。

傷つけ合った仲で、だけどとルナは顔が緩んで。笑ってしまった。


アサギ「ルナ様?」


ルナの肩に手を置き、支えているアサギが横で首を傾げ。

のーたんは顔を真っ赤に染めて、ルナに振り返った。


のーたん「むかー!」


何、笑ってんのさー!とぷんすか怒り出すのーたんにルナは嬉しそうに、目尻を下げて微笑んだ。


ルナ「ありがとう、のーたん」


花が咲き綻んだようなルナの微笑みにのーたんとアサギは顔を朱に染める。


ルナは心が暖かいと感じる。のーたんの気持ちがルナに力をくれたのだ。

…もう一度。ルナは彼女の名前を呼ぶ。


ルナ「フリージア…!」


希望は消えてない。ルナはそう確信して彼女達と融合したフリージアを呼ぶ。

ルナ達と離れた場所に立つ彼女はルナの声に沈黙した。

数秒の間。

彼女は声を出した。その声は幾つもの重なった声では無かった。


フリージア?「…ナイ?」


紛れもないフリージアの声。

希望はまだ、消えていないのだとフリージアの声を聴いたルナはフリージアのもとへと駆け寄ろうとした。

ルナが足を踏み出すよりも先にフリージアは制止の声を上げる。


フリージア?「来てはダメ!」


フリージアの言葉にルナは眉を下げ、フリージアを見つめた。



フリージア?「…私が表に出ていられる時間は無いに等しい。ナイ、お願い…」


フリージアは今も自分の意識が底へと押しやられそうなのを、必死に保つ。

ルナに伝えたい事がある。

フリージアは声を振り絞った。


ルナ「フリージア…」


ルナは不安そうな表情を浮かべる。

フリージアの言わんとしている事。ルナには嫌な予感がして…。


フリージア?「私を、私たちを…止めて」


消えかける意識の中で振り絞って出した望み。それは哀しい願いだった。

止める。それがどういう事なのか解らないルナ達では無い。

ルナは目を潤ませ、フリージアの願いに唇を噛み締める。


アレクス「ルナ…」


ルナのすぐ後ろに控えていたアレクスは拳を握り締め、手のひらの肉から流れるルナの細い血を見て眉を下げた。

拳を握り締め、ルナは目を強く瞑る。

…友をこの手に。


フリージア?「ごめんなさい、ナイ…。でも、頼めるのは貴女しかいないの」


フリージアの願いにルナは涙を溢れさせた。

ルナの脳裏に、フリージアと過ごした時間の記憶が再生される。

…こうするしかないの?

涙が頬を伝って落ちる。…フリージアを想うルナの涙。


アサギ「ルナ様…」


アサギは目を伏せた。

これが、結末。それならあまりにも、フリージアとルナは…。

エルトレスは洞窟のある方を見て、目を閉じた。

のーたんの視界を通してルナとフリージアの会話を聴いていた。エルトレスは瞼を上げて二人の結末を憂う。


エルトレス「解っていた、ことだけれど」


エルトレスの金色の瞳が哀しみに揺れる。

けれど、フリージアはルナ(ナイ)だから自分の願いを託したいのだろう。

…友達だから。

だから、とエルトレスは何の根拠も無い確信をした。

己の内に存在する魔力を放てる、最大の方法。王剣ムーンライト。

構成は吸血鬼のブラッディブレイドと似ている。

使えばそれ相応の負荷がかかる。

エルトレスは髪と目の色素変換を解いた。

ムーンライトの使用、とても色素変換の維持は出来ないだろう。

エルトレスは長い銀髪を靡かせ、煌めく金色の瞳で洞窟の方を見る。

その手に白銀の光の剣を握って。


コウ「…エルトレス?まさか…」


エルトレスのレモンイエローの髪がロザリアやナイと同じ色の銀に変化したのを見てコウは驚く。

あの銀色の髪は月の一族の王家の者に現れる色だ。

つまり、エルトレスは…。

コウは動揺し、ヴィオラを見たがヴィオラは口の端を吊り上げていた。


ヴィオラ「リーリエ達を受け止めることに専念なさいな」


ヴィオラに注意され、コウは情けない声を出した。


コウ「え、だって気になるだろ」


後ろ髪短かったエルトレスの髪は銀髪に変化したと同時に伸びた。

…一体、何者なんだというコウの疑問にクラウンが瞳を細めて応える。


クラウン「銀髪金目は月の一族の王族の、王権者の証とされている。それにあの剣は伝承に伝わる王剣…」


王剣は王の最大の魔法とも云えるし、武器とも云える。

だが、修得の方法は明らかにされず歴代の月の一族の王でも王剣を修得出来た者は極僅か…。

クラウンはエルトレスの魔力を扱う技術の高さに納得した。

王剣を扱える者だから、あんな芸当が出来たのか。


キリヤ「…エルトレス」


キリヤは唖然と、エルトレスの背中を見た。

何かが、変わってしまった。無知でお気楽な笑顔を浮かべていたエルトレスはいつの間にか、何かを背負っている顔つきをしている。

それに、王権者だと言っていた。

…あの頃のエルトレスはどこにもいない。

否、キリヤが知らないだけでエルトレスはそうだったのかも知れない。

哀しみを押し殺して、前を見て笑っていたのかも知れない。


エルトレス「ムーンライト、出力200%固定」


周囲の目など気にせずにエルトレスは手にした王剣を掲げた。

両手で柄を握り締め、エルトレスは機を見る。

ルナの決断を…。

フリージアの想い。託された願い。

ルナは唇を噛み締め、目から溢れる涙を拭わず。

…最良の選択をする。だが、それはフリージアを…。

ルナの迷いにのーたんが声を上げた。


のーたん「ルナ、それを選ぶしかないんだ。他の誰でもない君だから、フリージアも君に願いを託したんだ」


…他の誰でもない。フリージアはルナに…。

のーたんの言葉にルナは声を振り絞って叫んだ。


ルナ「うああああああぁぁっ!!」


ルナは己の血で構成したブラッディブレイド。弓を手に納めて構えた。

友の願いを叶える為に…。

ルナの赤い弓が白い光を纏う。まるで月の光のような…。

想いが溢れ、ルナは涙を流しながら矢を放った。


フリージア「ナイ、ありがとう」


真っ直ぐ、向かってくるルナの放った矢を見つめ、フリージアは口を緩めた。

ルナの放った矢は跳ぶ途中で光となって砕け散り、莫大な魔力を持った光線に変化してフリージアを呑み込んだ。

衝撃がフリージアを襲う。白い光の中でフリージアの眼帯が消滅し、フリージアはルナと同じく涙を溢しながら微笑んだ。


フリージア「ありがとう…」


優しい光がフリージアを包み込み、フリージアと彼女達の融合は解かれた。

冥界の大きな存在と融合が解かれ、その衝撃は大きく。大規模な爆発が起き、洞窟も吹き飛んだ。

爆発の光に呑まれるルナ達をレオの防御魔法が皆を守った。

高威力の爆発が起き、後方の皆もそれぞれ防御魔法で対応した。

衝撃が止んだ時、洞窟のあった場所に空に届くほどの巨大な黒い影が佇んでいた。

黒い影は人のような形をしていた。


エルトレス「あれが、禁断の聖女…」


大きな存在を見上げてエルトレスは呟く。

王剣を掲げ、それを振り下ろす対象が現れた。エルトレスは鋭い眼差しを巨大な影に向ける。

エルトレスの横にロザリアが並んだ。


ロザリア「その、ようね」


パールの治療でどうにか動けるまでに回復したロザリアは手の内にブラッディブレイドの柄を握っていた。

エルトレスは横に並んだロザリアを見て苦笑した。


エルトレス「無茶をするね…」


ロザリア「お互い様、というやつだろうな」


二人は互いを見て笑った。



レオの防御魔法に守られたルナ達は洞窟から移動魔法で転移し、ロザリア達の近くにいた。

ルナは腕にフリージアの身体を抱いていた。

魔界の欠片に触れれば、その瘴気に溶かされる。だが、フリージアの身体に触れてもルナは溶かされない。

フリージアは消滅寸前なのだろう。

ルナは涙を流しながら、後方を見た。エルトレスとロザリアの力を感じる。


ルナ「レオ、防御魔法をお願い」


レオ「う、うん…」


レオの返答を聞いたルナはフリージアの身体を傍にいたアサギに預けた。

ルナは立ち、再び弓を構える。

弓の狙いの先にあるのは巨大な存在。


禁断の聖女「全て、滅ビテ」


巨大な黒い影から複数の女性の声が重なって辺りに響き渡る。

そして、前触れも無く巨大な黒い影から高エネルギーの光線が幾つも、エルトレス達に向かって放たれた。


タキ「高出力の魔力?!いや、魔力とも違うのか?」


解析しながらタキは焦りの声を出す。

ニクスが「解析してる場合かー!!」とタキに向かって悲鳴を上げた。


アーシェル「…防御魔法で防げるのか?!」


自分達に向かって来る高エネルギーの光線を見てアーシェルは額から汗を流し、どうにかキリヤだけでもとキリヤの姿を探した。


巨大な黒い影が放った光線は空から放たれた魔法に全て撃たれて、爆発した。

白銀の龍が翼を広げて、物凄いスピードで空を飛び。龍は自身の周囲に複数の紋章を展開させてた。


ヴィオラ「あら、リーリエ」


見覚えのある白銀の龍にヴィオラは小さく笑った。

リーリエは背中にみっちゃんを乗せ、巨大な黒い影の周りを一周した後にエルトレスとロザリアの傍に降り立った。


リーリエ「流石にあれだけの力を撃つのは相当な魔力を消費するわねえ」


落下の途中、ロザリアが禁断の聖女の思念を斬ってくれたおかげでリーリエは意識を取り戻し、龍化し落下から脱した。

リーリエは龍化を解かず、大きなため息を吐いた。


エルトレス「悪いがもう一仕事して貰うぞ」


リーリエが来た事で、エルトレスは地上から撃つつもりだった王剣を下げた。

龍化したリーリエの背中に乗っていたみっちゃんはリーリエの背中から降りて地面に立つ。

みっちゃんと入れ替わってエルトレスが王剣を手にしたままリーリエの背に乗った。


リーリエ「龍使い荒いわねえ」


エルトレスを背に乗せたリーリエはあっという間に空へと昇った。

ロザリアはブラッディブレイドの柄を両手で握る。

三回目のブラッディブレイドの使用、タダでは済まないことは理解している。ロザリアは空に上がらず地上を選んだ。


ソウマ「ロザリア!」


ソウマがロザリアの名前を呼び駆け寄ってきた。


ロザリア「ソウマ、ごめん。支えてもらっていい?」


ロザリアはソウマに謝り、ソウマに身体を預けた。

荒い呼吸をしてロザリアは目眩が頻繁に起こる視界に耐えながら、上を見た。

白銀の龍が空を飛び、その背中に乗っているのはロザリアが憧れた王。

ロザリアは力無く笑う。


ソウマ「哀しい声が聴こえてくる…」


ロザリアの身体を支えるソウマは巨大な黒い影を見上げ、呟く。

フリージアとエルフの少女と融合していた彼女達はルナの力で剥がされ、本来の姿で現れた。

それがあの巨大な黒い影。

空に届くほどの巨大な存在。

ロザリアは目を伏せる。


ロザリア「彼女達も終わらせて欲しいでしょうね…」


生きていた頃の強い想いを長い時間抱えて、誰にも止めて貰えずに…。世界を呪って、自分達と同じ存在を欲しても。

終わりは見えないだろう。

龍化したリーリエの背中に乗っていたエルトレスは立ち、王剣を構えた。

王剣を構えたエルトレスの姿が瞬時に変化し、アステルナへと変わった。


アステルナ「…見えた。あそこが心臓か」


アステルナの目は巨大な黒い影の心臓部を捉えていた。

冥界の存在だろうが、何であろうが弱点は必ずある。不可視の存在であろうとも。魔力を集中させたアステルナの目には映るのだ。

禁断の聖女の弱点は、融合した彼女達の魂。それが黒い影の胸部の中で佇んでいる。


アステルナ「リーリエ、禁断の聖女の胸部の前だ」


リーリエ「はいよー!」


アステルナの指示に返事をし、リーリエは飛ぶ。巨大な存在の胸部の位置よりも低い位置にいたリーリエはアステルナを乗せたまま上に加速して上昇する。

リーリエの背に乗ったアステルナは巨大な黒い影、禁断の聖女を見る。

禁断の聖女の胸部の前に光の粒子が集まっているのをリーリエとアステルナは確認した。

彼女達から強大な力の気配を二人は感じる。

その力は下にいる皆に向けているというよりは西の大陸を吹き飛ばすつもりの力だろう。


アステルナ「行くぞ、リーリエ」


うかうかしていたら、この辺りが吹き飛ばされる。

空間が震え始め、寒気が身体に走る。

リーリエは更なる加速をして飛んだ。

アステルナは王剣に自身の魔力を集める。

リーリエはあっという間に禁断の聖女の胸部の前に飛び、翼を羽ばたかせた。

巨大な存在の胸部の前に力を感じる。リーリエはそれよりも離れた位置にいたが、躊躇わず力と巨大な存在の胸部に向かって突っ込んだ。

アステルナの王剣が強く輝き、アステルナとリーリエの金色の瞳も輝く。

二人は巨大な黒い影が溜めている力へと突っ込んだ。

彼女達も驚き、困惑の声を吐く。


禁断の聖女「我々に届くというのか…」


禁断の聖女「バカな…」


禁断の聖女「デモ、コレデ終ワレルかも…」


禁断の聖女の胸部の中に佇む、彼女達の集合体が呟く。

彼女達の力とアステルナとリーリエの力がぶつかり合う。まるで、力と力のつばぜり合いの様に…。

光の粒子が飛び散る。

アステルナは真っ直ぐに前を捉え、王剣に力を込めた。


アステルナ「俺に応えろ、ムーンライト!!」


アステルナの声に、王剣ムーンライトが更なる光を放った。

禁断の聖女の溜めていた力をアステルナは破り、突破した勢いのままリーリエはアステルナを乗せたまま禁断の聖女の胸部に王剣ムーンライトを突き刺した。

ムーンライトは光を纏って、刀身を伸ばし彼女達の集合体を貫く。

その瞬間を下で弓を構えていたルナは逃さなかった。


ルナ(貴女達と一緒になれない。私にはやらなきゃいけない事があるの)


弓を振り絞り、ルナは思う。

…知らなければ、思い出さなければいけない。あの時に何があったのか。

そして、最期の王として決着を着けなければいけない。


ルナ(どうか、私にやり遂げる力を貸して…フリージア)


瞳から零れた涙が頬を伝う。

涙で滲んだ視界の中でルナは矢を放った。矢はルナの道を違わぬようにと真っ直ぐ、軌道を行く。

矢は白い光を纏って、巨大な黒い影の胸部に命中し爆発した。

アステルナを乗せたリーリエが爆発の中から防御壁を纏いながら脱出し。巨大な聖女は叫ぶ。

その叫びはどこか歓喜を含んでいた。


ロザリア「これで、終わりよ」


ソウマに支えられたロザリアが己のブラッディブレイドを振り上げた。

美しく優しいソウマの歌声がロザリアに力をくれる。

ロザリアはイオを見た。数十歩離れた場所に立っていたイオはロザリアを見ていた。

二人の視線が一瞬、交わる。

ロザリアはすぐにイオから視線を外して真っ直ぐに前を見た。

そして、ブラッディブレイドを振り下ろした。

赤い光の爆発が起き、空間が大きく歪む。赤の光はやがて白い光と変化して辺りに広がる。

光の中でロザリアは幾つもの声を聴いた。

「ありがとう」と。

冥界で長い時間、ずっと世界を呪い続けた彼女達はやっと解放されたのだろう。

彼女達は生前、他者の非道の犠牲となったのだろう。哀しみと怒りの感情を抱いて…。

ロザリアは安堵の表情を浮かべ、ブラッディブレイドの力の収束を確認し意識を手放した。

エルトレスの王剣ムーンライトの力とルナとロザリアのブラッディブレイドの力で禁断の聖女は滅びた。

ロザリアのブラッディブレイドの力が消えたあと、空間の歪みは消え。あれだけ降っていた雪は跡形もなく消滅していた。

周囲には美しい色とりどりの花が咲き、緑が風に揺れていた。


フリージア「…綺麗ね」


地面に膝をついたアサギに上半身を支えられたフリージアが微笑む。

霞む視界の中で見える光景はフリージアが今まで見たこともない程に美しかった。

花びらが風に吹かれて踊る。

ルナはフリージアの傍に歩みより、膝をつく。ルナの唇の端から血が零れていたのを見たアサギは不安に眉を下げた。


ルナ「フリージアがくれた勇気のおかげだよ」


ルナは涙を瞳から流して、フリージアに言った。

この景色を取り戻せたのも、大切な人達も守れたのも、彼女達を解放出来たのも…。

…フリージアが守ろうと足掻いたからだ。

ルナはフリージアの手を取り、握った。フリージアの手から光の粒子が零れている。



フリージア「私の我が儘に応えてくれてありがとう…、ルナ」


ルナ「…っ、友達、だもの」


泣くべきでは無い。ルナはそう思っていたが、涙は止まらず溢れる。

せめて、とルナは笑う。

心のどこかでまだ、フリージアとの未来を信じている。

フリージアは力無く笑った。


フリージア「パパ」


ルナの後ろを見て、フリージアは呼んだ。

背後を振り返ったルナは佇むマツ博士を見た。それに、フリージアはマツ博士を「パパ」と呼んだ。


マツ博士「フリージア…?」


佇むマツ博士も違和感を感じたのだろう。

ルナはまさか、とフリージアを見た。

二人の疑問にフリージアは力無く笑って答えた。


フリージア「私は…私達は融合したの」


創られたフリージアはようやくマツ博士の娘になれた。死んだフリージアはようやく、もう一度父に会えた。

マツ博士はずっと捜していた娘に出会え、漸く狂気から解放されたように正気を取り戻し。目から涙を流した。


マツ博士「…すまない、すまないっ!フリージア…!!」


私は何て事を、とマツ博士は涙を流しながらフリージアに詫びた。

自分の狂気に娘達を傷つけ…。

マツ博士は崩れ落ちた。

壊れた心のまま、多くの人を傷つけ。会いたかった娘も…。


アレクス「…マツ博士、あんたの娘はこの子を守り抜いたよ」


冥界から、禁断の聖女を呼び出す為に生け贄にされたエルフの少女を横抱きにしたアレクスが言った。

マツ博士はアレクスの腕の中で眠るエルフの少女を見た後、フリージアを見つめた。

アサギに支えられたフリージアは安堵の表情を浮かべて目を閉じた。

ルナの握っていたフリージアの手は光の粒子となって消えていく。


ルナ「フリージア!」


唇を笑みの形にしたまま、フリージアの身体は光となっていく。

一つ間違えれば世界を壊す力を持つ存在を呼び出した代償…。


フリージア「ルナ、生まれ変わったら今度こそ…」


フリージアはその言葉を最期に、光の粒子となった。

虹色に輝く光の粒子はルナの周囲を一周した後に花びらと共に風に吹かれて彼方へと旅立った。


ルナ「フリージアアアアァァ!!!」


ルナは堪えきれず、悲痛な声を上げた。

龍化したリーリエの背中で横たわっていたエルトレスを乗せて、リーリエは地上に降りた。

エルトレスは血を吐いた後、気を失って倒れピクリとも動かない。


コウ「リーリエ!大丈夫なのか?!」


地上に降りてきたリーリエのもとに駆け寄ってきたコウとみっちゃん。

二人を見たリーリエは辛そうに目を閉じ、長い首を動かし後ろを示して言う。


リーリエ「あたしよりもエルトレスを診てあげて」


リーリエに言われ、コウは軽々と龍化しているリーリエの巨体に乗る。

リーリエの背中で倒れているエルトレスを発見したコウはエルトレスを抱えると、リーリエの身体から降りた。

それを確認したリーリエは龍化を解いて少女の姿に戻った。


みっちゃん「リーリエ!大丈夫?」


みっちゃんが人の姿に戻ったリーリエの傍に駆け寄って、リーリエを気遣う。リーリエは荒い呼吸をして、地面座り込む。


リーリエ「ちょっと休めば平気…」


エルトレスを抱えたコウはクラウンの姿を捜した。

治療魔法に長けているレオはルナの治療をしている。ロザリアは意識を失って、パールの治療を受けている。

コウ自身、治療魔法が使えないわけでは無いのだが…。外傷は治せるが、内部となるとそれなりに知識と器用さが必要だ。

クラウンなら、とコウは彼の姿を捜したが見つからず。どうしようかと考えていた。

だが、コウの前にキリヤが現れた。


キリヤ「俺が診る」


キリヤはコウの返事を待たずにエルトレスを奪うように抱えた。

コウは「え?え?」とエルトレスを奪われ、困惑するがキリヤはすたすたと歩いて行った。


花びらが風に吹かれて踊る。

白い花びらが一人の少女の手の平の上に乗る。少女は「綺麗」だと笑った。

「お姉ちゃん、見て」

少女は明るい笑顔と共に手のひらの上の花びらを優しく握り、姉のもとへと花畑の中駆けた。

もうすぐ、パパが仕事から帰ってくるから姉と家の外で出迎えるのが日課だ。

「プリム、どうしたの?」

姉が優しい笑顔で、駆け寄ってくる妹を抱き締めた。

「白い花びらがね、プリムの手のひらに乗ってきたの!」

妹は嬉しそうに、手のひらに乗った白い花びらを姉に見せた。

それは月の王の為に民が育てている月の花。

白く、優しい光を纏う綺麗な花。

「きっと、ハルエリス様の贈り物よ」

姉は妹に微笑んだ。



第四十三話に続きます