第4話 bloody lord

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上位の吸血鬼に狙われてるというアーティストを護衛する任務とアサギの愛刀を直す、その二つの目的を果たすべく。3-4のクラス総出で東の大陸に来た。

大陸間の移動は海路を船で渡るか、大掛かりな移動魔法のどちらかである。移動魔法の場合は予め決められた場所に行き、指定された専用の場所に移動するのが規則だ。

破れば国際条約のもと厳罰である。

移動魔法は魔法使いであれば誰でも出来る、というのが基本だ。

一行は学園の教室から指定された東大陸の申請局の建物、移動魔法を受け入れる専用の部屋へと魔法で移動。

移動が完了し、専用の部屋に渡った一行を申請局の局員がにこやかな笑顔とともに出迎えてくれた。

クラスの代表であるコウと局員が握手をし、コウが申請局の一階で申請の最後の手続きを行いにいった後、待機室に通された残りのメンバーは会議室のように大きな机と囲うように並べられた二十以上の椅子にそれぞれ腰をおろし、今回の任務について話をし始めた。

先ず、宙に指をスライドし公共用の電子側画面を表示させたリーリエが任務内容が書かれた画面を見て微笑む。


リーリエ「三人グループ桜華だっけ?国際活動もしてる超有名歌手でしょ」


凄いわねー、とのほほんと柔らかな笑みとともに言うリーリエにロザリア、ナイ、アイスは目を点にしてリーリエを見た。

三人揃って「有名なの?」と間抜けな質問をし、ヴィオラが呆れてため息をつく。


ヴィオラ「超が三個以上付く程に有名なトップアーティストよ!莫大な護衛費用突っ込んでもツアー成功させたいぐらいにはね!」


ヴィオラは顔を真っ赤にさせて怒る。

回答を受けた三人の反応はへえ~という力の抜けたものだったが。

その三人にアサギが優しい笑みを向けて丁寧な説明を付け加えてくれた。


アサギ「東大陸の代表歌手で、彼らのスポンサーは企業はおろか東大陸の国々もあるんです。東大陸の様々なものに彼らの影響力は高く、経済も良い方向へと導いてくれるので莫大な護衛費用を投じてもツアーは成功させなければならないのです」


アサギの説明にナイは縦に何回も振って頷いている。

アイスは画面を表示させてアサギの話を聞きつつ依頼内容確認。ロザリアは首を傾げてアサギを見る。


ロザリア「そんなに価値のある歌手なら軍の投入とかはしないの?」


ロザリアの問いに「残念ながら」とアサギが首を横に振る。


アサギ「軍の投入は彼が狙われてすぐに東大陸のコハル国が行いましたが、吸血鬼には敵わなかったようです」


そんなに強い吸血鬼なのか、とタキとヴィオラがロザリアを見れば彼女はアサギに次の質問を投げた。


ロザリア「吸血鬼の名前は?」


上位ともなればかなり有名だろう。

吸血鬼は美しい者を自分の愛人…寵姫にしようとする。

そして寵姫の美しさと数は吸血鬼のステータス。闇の業界でそれなりの名声があっていい。

…超有名歌手知らないロザリアが名前を聞いて知っているか疑問だが、とタキは心配になる。何せこのロザリアという吸血鬼は寵姫にも興味が無ければ他の吸血鬼にも興味が無い人物だ。

タキは首を傾けて、


タキ「名前聞いて解る?」


素直にロザリアに聞く。

当の本人ははっきりと「興味ないから解らないわね」と言い放つ。

胸をはるロザリアにアサギが間の抜けた声をだす。

…ええ?

と我が耳を疑い聞き返すアサギにロザリアは顔を赤く染めて申し訳なさそうにし、頬を指で掻いて。


ロザリア「だ、大丈夫!その線の知り合いに聞けば解るから!」


そ、その線?

ナイとアサギは揃って首を傾げる。どんな線?と疑問を抱くが、タキが代わって答えてくれた。

同族だろうね、と。

タキの言葉にヴィオラが頷きながら「ロザってば昔、いじめっ子やってたものねえ」と笑う。


ヴィオラ「サイレンスロードもボコボコにしたんだっけ?」


ヴィオラの言葉にロザリアはしどろもどろになって狼狽えた。

その姿にナイは不安を感じた。

…何やらかしたんだろ。

無茶苦茶な戦闘力の持ち主であるロザリアのことだ。ナイの知らないところで大物をボコボコにしてそうではある。

本人はあまり掘り返して欲しくないのか、椅子を背後に倒す勢いで立ち上がり、やや離れた位置に椅子に座っていたアサギの背後に乱暴に歩いて行き。

アサギの両肩を掴んで自分と向き合わせ、見下ろし顔を近づけ詰め寄った。


ロザリア「護衛対象を狙う吸血鬼の名前は!?」


ひっ、と短い悲鳴をアサギは声に出したが震えつつもロザリアに答えた。


アサギ「…ノービリスです」


ノービリス…。アサギの口から出たその名前にロザリアは首を傾げて「誰?」とやはり知らない吸血鬼らしい。

タキがほら見ろと言わんばかりに額に手をあてて肩を落とす。

で、誰に聞くつもりなんだ。タキは顔を上げてロザリアを見れば、ロザリアは首を傾げにっこりと笑い妙に可愛らしい声で。


ロザリア「シズカちゃんに聞こうかなっ、て」


てへへーと頑張って可愛く言うロザリアの「シズカちゃん」の単語にタキは室内に響くほどの声を上げた。

ナイもアサギも初めて聞く単語に、誰ですか?とリーリエを見れば彼女はいつも通りににっこりと微笑み。


リーリエ「ロザリアがボッコボコにした吸血鬼!」


どこか嬉しそうなリーリエにナイは天を仰ぎたい気持ちに駆られたが生憎、上は天井である。

アサギは新入り特有の置いてきぼりを感じながらも、この人達についていくのは大変そうだと思った。

明らかに全員、アサギ以上の訳アリだろう。

大騒ぎする周囲をよそに黙っていたアイスは近づいてくる、よく知ってる足音に「あーあ」と呆れ気味の息をついた。

独り手続きに行った委員長が寂しさからくるイライラを募らせて、待機室の引き戸式の扉を勢いよく開け。


コウ「うるさい!!」


涙目で怒りを爆発させた。

だから誰かついていけば良かったんだよー。

委員長、寂しがりやだからねえ。

と、怒られても説教されても大して反省しないメンツの口々の言いっぷりにアサギは苦笑する。

申請局の一階で必要な手続きを済ませたコウは一行を連れて申請局から出た。

外は既に南大陸ではなく見慣れぬ文化の東大陸。

東大陸、アオイ国の領地、海路からの渡航者も入港を受け付ける港街ツバキ。

着物と呼ばれる服を着た住民とコウ達のような異国の者達で活気溢れている。

申請局から出た一行はコウが手配した宿泊施設へ向かうことにした。

どこに泊まるのかとタキが聞けば、コウはまずまず無難なところだと笑う。

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宿泊施設はコウのいう通り、なかなか綺麗で広めな部屋を用意している施設だ。

ツバキの中でも宿泊施設が立ち並ぶ内の一つで施設の名前はアカツバキ。

人数が多く通常なら大部屋借りて、なところだが我儘な連中が多いので全員シングルだ。

まあ、十階建てで部屋数多いからいいか、とコウは特に気にせず一行を解散させ任務の連絡がくるまで待機、とした。

自分の部屋に入る前、コウはこの施設のオーナー直々に「会議室を優先してご使用頂けます」と言われ、やはり桜華は東大陸の国家をあげての護衛かと小さな頭痛を感じた。

上位の吸血鬼(ブラッディロード)、恐れるは吸血鬼特有の武器、ブラッディブレイド。吸血鬼が己の血液で形成するその武器の威力は階級によって増す。

上位ともなれば街はおろか国一つが消し飛ぶ破壊力があるだろう。

護衛対象を狙う吸血鬼の名前はノービリス。

いまいち疎いロザリアが知り合いに聞くといい先ほど出て行った。

知り合い…、コウはシングルルームに置かれたデスクチェアに腰をおろし、ロザリアの連絡を待つことにした。

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吸血鬼(ブラッディロード)は他の吸血鬼の事に関心ないようで有るものだ。

ロザリアは深夜の港街ツバキの、かなり端にあるチンピラも寄り付かないような廃墟の一つ、その中で知り合いが来るのを待っていた。

知り合いは勿論、シズカちゃんとロザリアが呼んだ人物だ。

ロザリアは壁に寄りかかり、目を閉じる。

気配を押し殺し、足音を消しても、ロザリアには解る。微かに変わる風の動き、それはとても微弱だ。

ロザリアは確信を持って声をかけた。


ロザリア「サイレンスロード」


呼べば相手は呼吸を乱す。

ロザリアは壁を挟んで後ろ側にいる人物の名前を呼んだあと、壁の後ろから低い声が聞こえて来た。

もともと薄い壁で静まり返った深夜だ。声はよく聞こえる。

シズカちゃんもといサイレンスロードは「頼みたいことがある」と言ってきた。

サイレンスロードからの頼みでは無いだろう。抱えてる問題があるようには見えない。

ロザリアは眉を寄せて、誰からだと返事を返せば。

 

「ヴェルヴェリアがお前たちに頼みがあるらしい」


サイレンスロードが出した名前に嫌な予感しかしない。

ロザリアは大きなため息を吐いて、壁の後ろにいる彼にタキに頼んだらどうだと言ってやる。

だが、サイレンスロードがそういう頼みでは無い、と呟く。


ロザリア「…何の頼みだ」


ロザリアは声を低くする。

サイレンスロードが戸惑いと迷いに、あー、とかうー、とか唸る。

言いづらい頼みか、とロザリアは苦笑する。

あのマッドサイエンティストの頼み…となると。面倒で厄介な事だ。

仲間と通信していいかと後ろの彼に聞けば、すぐに了承が出た。画面を表示させ、魔力での通信を入れればタキとコウに繋がる。


コウ『どうした、ロザリア』


タキ『どうしたの』


画面から二人の声が聞こえてきた。

ロザリアは要件を話す。


ロザリア「ヴェルヴェリアが頼みたいことがあるそうだ」


画面に向かって言えば、タキから「はあ?!」と嫌そうな声が聞こえ、コウはあからさまに大きなため息を吐いた。

後ろでサイレンスロードの小さな笑い声が聞こえる。

ロザリアはサイレンスロードに「で、頼みって何」と聞けば、サイレンスロードから、


「フェルデールに隠され、奪われた沈黙の儀式の論文の抹消だ」


それを聞いたロザリアは面倒だと眉を寄せ、画面からはタキの「むりむり」とコウの「胃が…」という声が聞こえてきた。


ロザリア「あの論文が誰に奪われたのか検討はついてるの?」


フェルデール国の国立図書館に隠されているかのように保管されていた論文の束。

襲い奪い取ったものの手がかりを国連は掴めず、今日に至るわけだが…。

ロザリアの問いにサイレンスロードは少々、間をあけて口にする。


「…黒いローブを纏った男らしい」


サイレンスロードの言葉にコウが反応した。

ローゼの村で進化する魔界の欠片の出現と同時に村長を襲撃したのは少女だった。

あの件は国連任せにし、特に調べていなかったが、ローゼの一件はまだ解決への糸口を国連は見つけずにいる。

サイレンスロードは顎に指をあて。


「論文の行方に関してはまだ俺も調べている途中だが、あの図書館に仕掛けられた観測データによれば性別は男、年齢は40ぐらいらしい」


そんな観測とれるなら身元が判りそうな装置でもつけておけばいいのに、とタキは呟きそれを拾ったサイレンスロードが「身元証明に繋がるデータは取れなかったようだ」と答えた。



ロザリア「どうする、受ける?」


ロザリアがコウとタキに聞けば、画面の向こうの二人は悩み、うーんと唸っている。

正直、目立つ行動は控えたい。

タキは、ノービリスの情報と引き換えにこの頼みだっていうなら勘弁願いたい。

沈黙の儀式と同じで最終的に禁忌の存在と戦うことも視野に入れなければいけないなら。

…見合わない。

それがロザリア達の結論だ。


タキ『ノービリスの情報と引き換えっていうなら割に合わないからお断り』


別に正義の味方でも、底なしのお人好しでもない。

…三人の結論をタキが代表して告げれば、サイレンスロードも「いや、違う」と否定した。



ロザリア「へえ、見合う何かがあるのか」


ロザリアが笑う。

サイレンスロードは「ああ」と頷き、一つの話を出してきた。

それは他の者達なら意味なくともこの三人…否、アサギを除いた3-4のメンバーには絶大な効果のあるものだ。


「…太陽帝国にクーデターの兆しがある」


サイレンスロードと壁を挟んでいるロザリアと、彼女が表示した画面で通信しているタキとコウも、息を飲んで反応した。

やはり、かとサイレンスロードが廃墟の亀裂の入った天井を見上げて目を閉じ、言葉を続けた。


「お前達があの国に立ち入れないなら私があの国に行き、内部を探ってくる。これが論文抹消との取引だ」


出された取引内容ロザリアは苦笑いし。

…上出来よ。認めざるをえない、あの国の内部情報は喉から手が出るほど欲しい。

自分たちを動かすにはうってつけの内容。

しかし、サイレンスロードは前払い、だと言い更に情報を寄越してきた。


「これはまだ調査中で確証は得られていないが、あの国は古代兵器を二つ所持してる気配がある」


今の出された情報に三人は目を見開く。

…古代兵器、それは国家間で所持を暗黙の了解で見逃されるが使用すれば大戦のきっかけになる過去の遺物だ。

70パーセントのエネルギー出力で国一つを滅ぼし、100パーセントでは大陸を破壊する禁忌の力。

それを二つも所持してるのが公に公表されれば国際問題に発展しかねない。下手すれば戦争の原因になる。

国家間で所持を見逃されるのは一つまでだ。


コウ『成程、これは受けねばならなさそうな情報だな』


先ほどのロザリアと同じように、画面の向こうでコウも苦笑いしているようだ。

仕方ないね、とタキも諦めを含んで頷いている。

三人の意見は一致し、ヴェルヴェリアの論文の抹消を受けることとなった。

サイレンスロードは情報を更に仕入れてくるといい、廃墟から去っていく。その気配が消えるのを完全に確認したロザリアはコウとタキとの通信を切り、廃墟の床に膝をついた。

唇を噛み締め、眉を寄せて瞼を閉じ、俯く姿は泣くのを堪える一人の人間だった。

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一夜明けて、一行に通信の連絡が入ってきた。

それは護衛を依頼してきた団体から、任務に参加する全ての学校にあてたものだった。

宿泊施設で借りた一室で寝ていたコウは連絡が入ったことで勝手に起動した電子側画面に起こされ跳ね起き、すぐにクラスの連中に連絡を入れる。


コウ「内容はコンサートリハーサルの護衛だ、会場には午前十時までに着く。今、来れるやつは一階のロビーに集合!」


コウは施設の五階に部屋を借りている。廊下を大股で歩き、エレベータの前に着きボタンを押すも、エレベータが最上階にいるのを確認し、諦めて階段から下りて一階のロビーに向かう。

その際も画面を表示させ、クラスメイトのメッセージを階段を駆け下りながら見ていればアサギとナイは既に一階の食事スペースにいたらしく、行けますの返事が来た。

…仲良いな!というツッコミを堪えたコウは他の連中はと気にする。

タキは無理の二文字。昨夜の件の事もある上に戦闘の補佐もあるから仕方ない。

ヴィオラはあの通り、女王様なので滅多に雑用には来ない。

リーリエと相方のウサギはマイペースで生活リズムは崩したくないとか寝言言い出すから無理なのは知ってる。

アイスは今、一階に向かってるとの返事が来たが現役吸血鬼のロザリアは昨夜の夜更かしが響いて返事すら寄越さない。

…他の学校では任務中は全員、返信義務があるというのに。

委員長を引き受けたことを今更、コウは後悔した。

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一行の泊まる、宿泊施設の一階のロビーは広い。

コウが着いた時にはアサギとナイ、アイスは既にロビーに集合していた。

コウが三人と合流すれば戸惑いながらもアサギは他のクラスメイトを気にしていたので、あいつらと上手く付き合うには諦めが大事だとコウは笑うしかなかった。

…コンサートリハーサルは会場で行うらしく、会場に入る通行証は報せとともに画面に届いている。

コウは三人と共に会場へと急いだ。

港街ツバキの中央に建つ、大きな建物。建物は筒のような形をしており、天井は一面ガラス張り。

内に三階席まであり、大体で一万人は入場できる巨大な会場だ。

アサギの話によれば桜華のコンサートチケットは完売し、転売が横行。開催までトラブルが絶えず、終わっても暫くは何らかのトラブルがあると。

…ほんと、人気なんだな。

コウとナイ、アサギとアイスの四人が会場につき、関係者に画面で通行証を見せればすぐに入ることが出来た。

会場の関係者用の通路を通り、コンサート会場につけば既にリハーサルが行われている。

コウ達は三階席でリハーサルの様子を見守ろうと下を見る。

一階の中央のステージに立つ、三人の青年。その中に護衛対象の青年はいた。

画面に表示された写真よりも実物はもっと綺麗だと、コウは素直に思う。

写真には無い、妖しく美しい魅力を実物は持っており、これは吸血鬼(ブラッディロード)でなくとも彼を欲しがる者はいるのだろう。

アサギが小声で三人に言った。


アサギ「彼の名はソウマ。桜華で一番、人気のメンバーです」


ソウマ。

銀髪の、あの美青年はソウマというのか。

コウとナイは会場でリハーサルの打ち合わせをスタッフと行う桜華を改めて見る。

真剣な面持ちで打ち合わせする姿はプロの歌手ということを改めて実感した。



アイス「ところで、ノービリスの情報はどうだった?」


声を潜めて、アイスはコウに聞けば渋い顔をしたコウが、…そういえばノービリスの事をサイレンスロードから聞くのを忘れていた。

アイスはコウの表情からそれを察知したのか、短く「そうか」と言っただけだった。

ナイとアサギは不安そうにコウを見ていたが。

コンサート会場にはコウ達の他にもこの任務を受けた学園の生徒達がいた。

皆、やはりソウマの方を見ており、コウはいらんトラブルが起きない事を祈るばかりだが、そういうわけには勿論いかないだろう。

ナイが不意に上を見上げた。

アサギがそれに気づき、ナイに声をかける。



アサギ「ナイ様?」


答えるようにナイがガラス張りの、天井から見える空を無表情に見つめながら呟く。

…魔力が、空で動いている。

それを聞き逃さず、コウは声を上げた。


コウ「アイス!対象を守れ!!」


言い、駆け出したコウとアイスは座席を飛び越え三階席から飛び降りて一階の中央を目指す。

アサギはナイの肩を抱き、一足遅く一階席へと飛び降りる。

すぐに獣の咆哮が空から聞こえ、天井のガラスが粉々に砕かれる。

スタッフたちの悲鳴が聞こえ、他の学園の生徒達も臨戦態勢に入り、桜華の三人も天井を見つめ。

空から、塊が降ってくる。最初は黒い塊かと思ったが、それは人の形をしていた。

上空から落ちて来たそれは多数で、華麗に着地する。数は…とコウが辺りの気配を探ってやめる。

まともに数えたら日が暮れそうだ。

人の形をしたそれは、肌色で全裸だ。性別などの器官は存在せず、手足の関節はボールのような形をしており、それが軸となっている。

顔はつるんとのっぺらとしており、何もない。

ただの人の形を真似た人形…魔力で動くマリオネットだ。

流石、吸血鬼(ブラッディロード)。この数のマリオネットを動かせるのだ。

相当な魔力量保有者…、ノービリスは上位で間違いないだろうとコウは考える。


コウ「タキ!戦闘に入る!補佐を、」


コウが画面を開けば、向こうで待機していたタキから「了解」の声が返ってきた。

アイスは桜華の前で立ち、マギア・アルマ(魔力構成型武器)の双剣を出現させ、柄を握って構えを取る。

アサギはナイを守るように前に立って、ナイはソレール・アームズの杖を取り出す。


ソウマ「……」


武器を取り出す、学園の生徒達を見てソウマは拳を握り締めて、何かに耐えるように唇を噛み締めた。

桜華の、ソウマと同じく所属する深い藍色の髪の青年がソウマを守るように前に立つ。

マリオネット達は無感情に与えられた命令、恐らく彼の確保であろう。ソウマの方へと動く。

コウは人狼の怪力を持って、ステージに近づくマリオネットの頭部を遠慮なく殴る。拳に粉砕された頭部のないマリオネットが床に転がり、その個体は動かなくなる。

他校の生徒も応戦し、マリオネットは破壊されていくが、数が数なだけあって厄介だ。

ナイは魔法ブリザードブレイブを唱え、マリオネットを凍らせる。凍ったマリオネットの頭部を掴み、アサギが床に叩きつけて破壊する。


ナイ「キリがない!」


ナイが声を上げれば同意するようにコウが頷く。

月の魔法ムーンライト・レイが撃てれば、話しは変わるがあれを人前で撃つわけにはいかない。

コウ達がマリオネットを破壊するなか、赤い光が空から雷のように落ちて来た。

…まさか、と思うコウが思う前にアイスが落ちて来た赤い光を双剣で交差に切り裂く。

しかし、切り裂かれても零れた光は威力を失わずに辺り飛び散って爆発する。

…ブラッディブレイド!

吸血鬼(ブラッディロード)特有の武器を察しコウが空を見れば、人影が降りてくる。

紅い髪と真紅の色を宿した瞳。その人物はゆっくりと空から降りてきた。

一階席の中央、ステージの上。ソウマの目の前に降り立ち。

吸血鬼(ブラッディロード)は鋭く尖った八重歯を見せて、妖しく笑み。ソウマに向かって手を差し伸べる。


「さあ、行こう。私の、ソウマ…」


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会場の外、入り口の前には逃げ出したスタッフやアオイ国の軍が到着していた。

入り口の少し離れたところで軍によって、規制された野次馬の人だかり。

それを別の建物の屋上から見下ろしていたロザリオは一振りの刀を手にしていた。

無言のまま彼は高く跳躍し、会場へと向かう。

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第五話に続きます