第7話 出逢い(後編)

刀を構えたアサギは、腰を低く、鞘と柄に手をかけ、すぐに抜刀できるように辺りを警戒する。

周囲の音に混ざって僅かに聞こえる誰かの音。

そして変わらず、こちらに殺気が飛んでくる。

…どこから来る?

アサギは周囲に気を巡らせ、探る。

自分の後ろにはルルがいる。


(変わらず、ピリピリとした誰かの視線を感じる…)


ルルは杖を握り締める。

…そして、急速にルルの背後に影が近づく。

冷たく光る銀の光、ルルの視界で僅かに見えた刀の刃。

だが、それはルルに届く前にアサギの刀に止められる。


アサギ「女性を狙うとは…!」


アサギは片手で握っている刀の柄に力を込め、ルルの目の前で受け止めた敵の刃を弾く。

だが、襲撃者は他にもいる。合図かのように一斉に建物の影から黒を纏った者達が現れ、アサギとルルに飛びかかる。

…早いですね!

襲撃者の戦い方、東大陸の者の戦い方だ。

側室達はアサギがこの国に足を踏み入れたのを知ったのだろう。相変わらず、情報を耳に入れるのが早い。

関心しながらもアサギは抜刀の構えを取る。

 

「式・幻刀舞」


襲撃者の一人が白い紙を投げる。紙は目の前で止まり、襲撃者は両手の指を複雑に組み、様々な形にする。

それが何を意味するのか、アサギは見て取れた。

複雑に指を絡ませ、形にする。ルルはそれが何かは解らずとも、何をしようとしているのかおおよそ検討がついた。

小さな頃にタキに教わった事がある。東大陸は南大陸とは違う文化の発展をしてきた。

東大陸にはそこに伝わる術がある。

…式、ですね。

魔法が口上での詠唱による、構築と発動ならば。式は指の組みによる、構築と発動。

恐らく、発動の速さは式のが上だ。

襲撃者の指の動きが早い。ルルはソレール・アームズの杖を地面に突き刺す。

杖の先端に付いた宝石の効果は【詠唱の短縮】。

持ち主の技量が試されるがルルならば大丈夫だろうとタキのお墨付きもある。

そもそも、このソレール・アームズはルル用に調整を受けている物だ。

詠唱の短縮の代償は魔法の威力半減と効果中は常に魔力消費が伴う。

それでもマギア・アルマの杖を使ってでの魔法発動も行える。

ルルはマギア・アルマの杖を己が手の内に出現させる。銀の柄と先端の宝石の中には月の形をした石。

杖を振り、紋章を出現させたルルと襲撃者の術の発動は同時だった。


「ブリザード・レイ!」


襲撃者の前、宙で止まり浮いている紙から文字が出てくる。それは襲撃者の目の前で円の形を作り、円の中心から無数の剣がルルとアサギめがけて飛ぶ。

ルルの前の現れた青に発光する紋章から氷の光線が放たれた。

無数の剣と氷の光線はぶつかり合う。

しかし、ルルの放ったブリザード・レイが剣を呑み込み、凍らせる。剣は凍り付き、勢いを失って地面に落ちて消滅する。

ルルはすぐにブリザード・レイを消滅させた。

一応ここは人気が無いだけで街中だ。


アサギ「ルル様…」


「アサギさん、退きましょう」


アサギはルルの言葉に頷く。



アサギ「ここでの大きな騒動は避けたいですね」


アサギは襲撃者達を見る。

こうまでして彼女達はアサギを葬ろうとしている。昔から。

故郷なのに気が休まった時はあまりなかったような気がする、とアサギは思い出し苦笑する。

刀の柄を握り、気を襲撃者へ向け退路を探る。うかうかしてればまた式を使われる。


アイス「……」


建物の上からアサギとルルを見下ろしていたアイスは小さな光の玉を持っていた。

それを二人の方へと放り投げる。

玉はアサギとルルの間に落ち、破裂した。玉から光が爆発のように一気に溢れ、辺りを包む。


アサギ「…!これは、」


初級光魔法。

主に目くらましに使われる魔法だ。

爆発的な光の中でルルは杖を握り、予め仕込んでおいた紋章を発動させる。

…移動魔法、発動!

●●

あの光の中、アサギとルルはとある部屋へと魔法で瞬間移動してきた。

移動魔法に入ってきたアイスも一緒だ。

アサギは光を目に浴びて、視界が霞んでしまっているがその状態でもここがどこか何となく解った。

…委員長の部屋、ですかね?

アオイ国の港街ツバキ。街中の宿泊施設が建ち並ぶ中の一つ、アカツバキという宿泊施設にアサギ達はそれぞれ、部屋を借りていた。

全員シングルルームを借りており、部屋のデザインは基本大差ない。

部屋の壁紙は白と水色。寝室とバスルーム、客間に小さな書斎まである。

委員長のコウ曰く「ヴィオラが我儘なんだよな」と語っていた。顔はにやけていたが。

それを思い出しつつも、アサギは部屋を見回しルルの姿を探す。

スメラギ国とアオイ国は当然ながら距離がある。それを移動してきたのだ、魔法を使ったルルの様子が気になったアサギだったが。 

 

「ふええ、きもちわるいれす…」


ルルは床に両手をつき、うずくまっていた。情けない悲鳴を上げながら、アイスに背中をさすってもらっている。


アイス「私の放った光魔法の中で魔法使った上に瞬間移動したからね」


アサギ「だ、大丈夫ですか?ルル様」


アサギはルルの傍でかがみ、心配する。

顔色がいつもより白く、「目がぐるぐるします~」と悲鳴を上げているルルと心配しているアサギとアイスのいる客間に部屋を借りてる当の本人が来た。


コウ「おかえり…って大丈夫か?」


コウの部屋は寝室と書斎、客間のテーブルに書類らしきものがおいてある。

今時、画面(パネル)での通信が主流で大体の書面も通信でのやりとりなのだが、時に極秘事項を扱う場合などは紙でっていう事もあるらしい。

一体、何時寝てるのかとアサギは気になるほど仕事抱えているコウだがいつも通り、元気そうである。

バスルームから出て来たコウはバスローブ姿でタオルで頭を拭きながら、三人のすぐ傍まで歩いて来た。


アイス「光魔法の中でルルが移動魔法使った」


アイスが簡単に説明する。

…つ、伝わりますかね?と不安に思うアサギだが、コウは大体把握したらしい。

ルルのすぐ近くに膝をついたコウはルルの額に手をあてる。

白く、小さな光の粒子がコウの手の平から零れ落ち、ルルの顔色が元の肌色に戻っていく。


コウ「簡単な治癒魔法だが、まあマシにはなっただろ。あとはロザリに乱れた魔力を調整してもらえば治る」


コウはそう言うと立ち上がり、客間のソファーに座る。

タオルを首にかけ、ソファーの前に置かれたコーヒーテーブルの上に置かれた書類を見始める。


アサギ「あの、委員長。ルルさんの魔力調整はロザリさんに…って、」


…どういうことなのですか?

アサギが聞けばコウは「あー、そっか」と書類をコーヒーテーブルに置き、ソファーには座ったまま、身体をひねり後ろのアサギ達を見た。


コウ「ちょっとルルの魔力構造が特殊でな、調整できるのがロザリアかロザリオのどっちかなんだ」


…まあ、ナイもそうなんだけど。

コウはそこは黙っておくことにした。

今までうずくまっていたルルは体内でぐるぐると回り乱れている魔力ともう一つの力が、コウの月魔法ムーンライトヒールの簡単版のおかげで多少は治まったのを感じ。

視界も鮮明にみえるようになって、大きく息を吐く。

未熟な自分では自分の体内の力を調整出来ない。

ルルは顔を上げ、アサギを見た。アサギもルルを見ている。 


「アサギさん、すみません。ご迷惑おかけしました」


アサギ「いえ、こちらこそ無理をさせてしまい…」


見つめ合い、しかし二人揃ってお互いに頭を下げているのを見たコウは何とも言えない心境になった。

アイスはルルの傍で画面を開き、誰かと通信のやり取りをしていたらしい。

通信の相手はロザリアだったらしく、ぺこぺこと頭を下げる若い二人の流れを無視して。


アイス「ロザリア、もう帰って来るって」


…お前、ほんとマイペースだな。

コウは苦笑した。

ロザリアが戻ってくるまで、コウの部屋で暇つぶしをすると言い出したアイス。


アイス「ロザリにここにいるって言っておいたから」


勝手知ったる何とやら。アイスは慣れた手つきでお茶を用意しだした。

この宿泊施設、内装のデザインは他も似たようなもので、ルームサービス以外にも自分で好きな時にお茶など飲めるように電気ポッドとコーヒーカップ、コンパクトな食器洗浄機が完備されている。

実際のとこ宿泊料金は結構、お高いのだが。

日頃の任務の報酬金が良い上に、普段は学園直で任務に行ってるのでこれくらいの宿泊はたまの贅沢程度である。

まだ調子がよろしくないルルと、アサギを自分と向かい合わせのソファーに座るよう促したコウは委員長の仕事に取り掛かる。


アサギ「凄い量の書類ですね…」


書類の束を持ち、画面とにらめっこしながらタッチパネルで文字をうつコウの姿にアサギは興味を持ったらしく。

コウが「書類、見ても大丈夫だぞ」と声をかければアサギはコーヒーテーブルに乗っている書類の一枚を手に取って目を通した。


アサギ「…合同学園祭企画、提案書?」


コウ「二年に一回のペースでやってる大規模合同学園祭。あれの話が出てきてな」


各大陸の学園という施設が一斉に合同学園祭を開く。二年に一度の世界的特大イベントだ。

運営は全て各学園の生徒会が取り締まり、警備なども学園の生徒が行う。

勿論、それなりの店も出しイベント企画もある。

全てが基本的に生徒で回される。

各大陸の王族も訪れ、一般客は抽選から選ばれる。


コウ「それでうちの学園は各3年生クラス委員長がどこの担当につくかオーナーと話し合うんだが…」


コウはそこまで言い、アサギに今自分の開いてる通信画面を見せる。

画面には「警備一択」「警備」「警備じゃな」と書かれており、コウとアサギは苦笑した。


アサギ「でも、警備って大変だと伺ってますが…」


色々と事情のあるアサギは学校という場所に通ったことが無い。

一応、スメラギ国の国立学校に籍はあったが完全個人授業で学校生活を送るのはここに編入してきてからだ。

しかし、合同学園祭は有名だ。アサギの両親が招待を受けて行っていたのは知っている。

合同学園祭は世界中の国のトップが招かれ訪れる。

となると、やはり警備の責任は重い。それに、合同学園祭は毎回余興の一つとして戦闘系のトーナメントイベントを開催する。

それに感化され暴れ出す者も少なくない。 


コウ「まあなー、でもうちの学園はロザリオとアレクスがいるから戦闘関係の警備はあの二人に任せておけばいいからな」


…アレクスさん?

初めて聞く名前にアサギが首を傾げれば、隣で座っていたルルが。


「3-2クラス接近戦担当(アッタカー)の人。凄く強いですよ」


アイスが持ってきたお茶が淹れられたティーカップを受け取って、アサギに説明した。

アサギはルルの顔を見つめ、数秒ほど沈黙し、


アサギ「そういえば、他のクラスの方々とはまだお会いしてませんでした」


小さく笑った。


コウ「え、会ったことないのか。おう、学園に帰ったら紹介する」


コウは「会っておいた方がいいぞー」とアサギに言う。それにアイスとルルも頷く。

ルルは柔らかな笑みをアサギに向けた。


「アレクスさんには会った方がいいですよ。アサギさんと同じで刀を使って戦うスタイルの人なので」


アレクス。先ほども話題に出ていた、3-2の接近戦担当(アタッカー)。

アサギは「アレクス様、ですか」と呟けば、ルルは頷く。


アイス「確かに、アサギの戦闘スタイルならロザリオよりも近い」


ルルとアイスに言われ、アサギはアレクスとはどんな人物なのか気になった。

…アレクス様、という方ですね。

アサギは学園に戻ったら会ってみたいと思った。 

●●

アサギ達がコウの部屋で話をしてる頃。

アイスからルルの魔力が乱れ、本人の体調に影響が出ているとの連絡が通信に入ったロザリアはアカツバキへの歩を進めた。

会場からなるべく人を避けた道を。

…ちょっと、暗くなってきたわねえ

空の夕日が沈み、辺りは徐々に暗くなってくる。

路地裏や人気のない場所を選んで通っているが、さすがに夜の女性の出歩きは危険だ。

 

「よお、姉ちゃん」


歩を進めるロザリアに男が声をかけてきた。

にやにやと口の端をつり上げた男達が数名。人気のない空き地でロザリアを囲むように立っている。

ロザリアは首を傾げる。


ロザリア「あの、退いてくれないかな」


…っていうか、制服なの解らないのかしら。

この世界において制服を着てるものは何らかの学校の生徒か軍人だ。

ロザリアの通う学園も制服だと解りやすいデザインをしていると思われるのだが。

それに学園の生徒となれば戦闘系に通じてる者が多い。下手な話、そこらの軍隊よりも戦闘能力が高い生徒もいるのだが。

…まさか、数人がかりでならとか甘い事考えているのか。

ロザリアは呆れる。

しかし、男達の一人がロザリアの腕を掴んできた。


「ちょっと付き合ってくれねえ?」


ロザリア「急いでるの、退いて。制服着てるの解らない? 」


自分の腕を掴む男を睨みつけて、ロザリアは厳しい口調でいうも男達はにやにやと不愉快な笑みを浮かべている。

…随分と余裕があるわね。

何か持ってるのか。それとも、多少は戦えるのか。

ロザリアはため息を吐いて、再度男に警告する。


ロザリア「放して、退いて。暇じゃないの」


面倒だわ、とロザリアが心底うんざりする中で先ほどから腕を掴んでいる男がロザリアに向かって何かのスプレーを吹きかけて来た。

思いっきりスプレーから噴射された霧を吸い込んだロザリアは鼻と口の内に拡がる奇妙な匂いにむせて咳き込む。

匂いからすると人体に麻痺の効果がある花から作られたものだろう。


ロザリア「うえ…、気持ち悪っ!」


咳き込むロザリアに別の男が手を伸ばしてくる。

…まさか、これが効くとでも思ってるのか。

エロ本の読みすぎ、とロザリアはすぐに対処しようと拳を握り締めた。


ソウマ「離れろ!」


意外な声が飛んできて、しかもロザリアの腕を掴んでいた男が吹っ飛んで。

ロザリアは目を丸くした。

…え?

ロザリアは目を丸くし、自分の腕を掴んでいた男を殴り飛ばし。ロザリアを背にやり立っている人物を見た。

あの長い髪を帽子にしまい込んで隠し、地味な服装をした青年がロザリアを庇うように立っている。

しかし、透き通るような…美しい声は隠しようもない。


ロザリア(ソウマ…?)


何でここに、と疑問に思うロザリア。

ロザリオのことでも聞きにきたのかな、と思いつつ。しかし、護衛対象のトップアーティストに守られたとなると流石に沽券が、と。

ロザリアは一先ず、ソウマの腕を掴みその場から逃げる事にした。


ロザリア「行くわよ!」


ソウマの腕を掴んで引っ張ってロザリアは駆けだした。

少々を驚いた様子を見せたソウマだがすぐに柔らかな笑みを浮かべる。


ソウマ「ふふ、中々楽しいな」


ロザリア「ちょっ、こんな時に何言ってるのよ!


走り、進む。男達は追ってきてないが、連れてるソウマののほほんとした雰囲気にロザリアはツッコミ入れないわけにはいかなかった。

路地裏を走り抜け、宿泊施設が建ち並ぶ区画の道に出たロザリアとソウマ。

ロザリアは立ち止まり、掴んでいたソウマの腕を離す。


ソウマ「久方ぶりに自由を感じた」


そう言って微笑むソウマにロザリアは何とも言えない気持ちになった。

今もひしひしと感じるソウマの魅了の力。

その魅了の力で数多の人間をソウマは知らずに虜にし、ソウマ本人の自由を奪って来たのだろう。

…容易に想像できる。

きっと魅了の力にかかったものは彼を手に入れようと、或いは彼を独占しようと。


ロザリア「もう、助けてくれなくても何とか出来たわよ」


ロザリアはソウマに言ってやる。

実際、あの花の匂いにロザリアは耐性がある。

ソウマの助けがなくとも蹴散らすことは可能だ。


ソウマ「解っていた。だが、女人が男に囲まれていたら黙っているわけにはいかなくてな」


ソウマはロザリアと向き合って、更に言葉を続ける。


ソウマ「それにまた君と会って話がしてみたいと思って」


そんな風に思われる程、自分は彼と話しをした覚えが無いが。

ロザリアは思うも、だがどうにも無下には出来ず。

…魅了の力が効いてるのか。


ロザリア「…まあ、うん、ありがとう。でも私急いでるから送っていけないけど…」


どうにも歯切れの悪い反応しかロザリアは返せなかった。

それに急いでいるので時間短縮で人だかりを避けてアカツバキに帰るつもりで。

ソウマを送り届けてやれそうにも無い。「他の学園生徒かうちの誰かにソウマの宿泊先まで送らせよう」と提案しようとしたが、ソウマは良い笑顔を浮かべた。


ソウマ「ああ、大丈夫」


●●

宿泊施設アカツバキ。委員長コウの部屋でソファーに座るルルの額に手を当てて目を閉じ、ロザリアはルルの精神と魔力の調整をかける。

その様子を見ていたコウが口を開き。


コウ「ソウマ、お前の部屋に泊まらせるから」


と、信じられない事を言うのでロザリアは「はい?」と聞き返す。

まるで、さも同然だと言わんばかり。


ロザリア「ちょっと、うら若き乙女を男と同じ部屋に一晩いろっていうの?!」


コウ「…実年齢500以上はうら若きと言えないだろーが」


…500歳?!

ロザリアの年齢にびっくりして辺りを見回せば、驚いたのはアサギだけだった。

コウは「それに」と前置きし、


コウ「ノービリスの件がある以上、ソウマが一番安全な場所はお前の傍だろう」


と断言にも近い発言をした。

ロザリアが吸血鬼だから、という理由だけではない。

3-4のクラスの中でロザリアの戦闘力の高さは皆が解っている。

コウの発言にロザリアは息を吐き、ルルの治療をしながらも。


ロザリア「ま、そうなるのは解っているわよ」


明るく、ロザリアらしく笑い飛ばした。

●●

第八話に続きます