第8話 嵐の前夜

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額から伝わる心地良い熱。

自分の中でぐるぐると暴れ回っていた魔力ともう一つの力が、落ち着きを取り戻すのをルルは確かに感じた。

…あ、この熱は…。ロザリの、

瞼は閉じられ、視界は闇に包まれている。

しかし、ルルの心に不安は無かった。

何時だって自分を守ってくれた、温もりなのだとルルは顔の筋肉が緩むのが解った。

瞼を上げる。ぼやけた視界の中、輪郭だけだがルルには目の前に誰がいるのか解る。

 

「…ロザリ」


小さな声でルルは名前を呼ぶ。

そうすれば、ぼやけた視界の中で彼女は笑ってくれて、ルルも無意識に笑顔を浮かべた。


ロザリア「大丈夫?ルル」


ロザリアはルルの頭を撫でた。

コウの借りている部屋の客間のソファーに座るルル、ロザリアは床に膝をついている。

ルルの隣にはアサギが、その向かいのソファーにはコウが座っている。

ロザリアについてきたソウマはルルとアサギの座るソファーの後ろで、ロザリアの治療を見ていた。


ソウマ「……」


ルルは頭を横に振った。

 

「大丈夫、ロザリ。ありがとう」


ルルの視界が鮮明になった。

横を見れば、アサギが心配そうにこちらを見ており。前を見れば、ロザリアとコウがいて…。

…うん、大丈夫。

ルルは目を閉じる。

目の奥、脳裏に浮かぶ。もう一人の自分の姿。

…こちらへと振り向き、笑っていた。

安心したのか、いつもより表情が柔らかかった。


力が抜けて、倒れてくるルルの身体をアサギは抱きとめた。

静かで規則正しい寝息が聞こえてきて、アサギは目を瞬きさせればアイスが近づいて来た。

アイスはアサギの腕に支えられているルルの脇に腕を通して、静かに横抱きに抱える。


アイス「このまま、ルルを部屋に送る」


つい先ほどまでルルを支えていたアサギは腕をそのままに、再び瞬きを数回繰り返している。

そんなアサギを放置してコウはアイスに向かって手を振った。



コウ「おう、頼むわ」


アイスは頷き、ルルを抱えてとっととコウの部屋から退室した。

その後ろ姿を見送ったコウは「さて、」と書類のにらめっこを開始し、アサギは助けを求めるようにロザリアを見れば彼女は苦笑し。


ロザリア「今日はもう解散ってことよ。アサギ」


だから、あなたも部屋に戻りなさい。

ロザリアは立ち上がり、ソウマとアサギを見て次に部屋の玄関に視線をやって二人に退室を促す。

眉を下げ、困った表情を浮かべるアサギと素直についてくるソウマを連れてロザリアはコウの部屋から出た。

コウの部屋の扉の前でロザリアはアサギに注意した。


ロザリア「アサギ、あなたもソウマ同様にノービリスに狙われてる。吸血鬼(ブラッディロード)は状況なんてお構いなしに襲撃してくるから部屋だろうと油断しないように。何かあればすぐに私かコウに通信を、いいわね?」


ロザリアの言葉にアサギはしっかりと返事をして、頷く。


アサギ「解りました、ロザリア様」


そうしてアサギは自分の部屋に。ロザリアもソウマを連れて自分の部屋へと戻った。

ロザリアは自分の部屋の扉を開ける。

正直、眠る時か風呂に入る時にしか使わないので部屋のランクを下げてくれてもいいのだが…。

思いつつも、スイッチを押して室内の明かりを全て灯す。

玄関はそう広くも無い。すぐに客間が見え、客間から他の部屋への扉がある。

ロザリアは客間に入り、お茶の支度を始めた。ソウマは客間のソファーへ腰をおろして、ロザリアの後ろ姿を見つめる。


ソウマ(やっぱり、似ている)


銀の長い髪、金の瞳。

ノービリスが襲撃してきた時に見た、彼の後ろ姿。

仲間の一人から「ロザリオ」とあの時、呼ばれていたのを思い出して。

そういえば、視界の中の彼女の名前は何と言うのか。確か、あの耳の生えた男から「ロザリア」と呼ばれていた気がする。

しかし、彼女自身から名前が聞きたいとソウマはロザリアに声をかけた。


ソウマ「そういえば、君の名前聞いてなかった」


ロザリアはお茶の支度をする手を止め、ソウマの方へと振り返る。

綺麗な金の瞳がソウマを映す。

そうだっけか?と豪快に笑ったロザリアはソウマに改めて名乗った。


ロザリア「とある学園に通う、生徒の一人。一応、戦闘系生徒。名前はロザリアよ」


とある学園?

ソウマの疑問にロザリアは明るい調子で。


ロザリア「いやー、ほんとは名称あるんだけどオーナーがうっかりでねえ」


学園の連盟に登録する時に、うっかりやらかしてねえ…とロザリアは笑う。

オルビスウェルトでは数多の学校が存在する。しかし、戦闘系の生徒がいる学校は政府により連盟への登録が必須。

合同学祭に参加するには連盟への登録が条件になるなど…。

だが、連盟へ登録をすればそれだけ政府に監視される。

学校の中には連盟への登録をしない裏の学校なるものも存在するし、その手の学校は大抵は暗殺者など闇に生きる生徒の育成学校なのだが。


ソウマ「学園の本当の名前は何ていうんだ?」


ソウマの疑問にロザリアは頬を指で掻く。

あまり部外者に学園の情報を漏らすのもなあ…と内心では思いつつも。

しかし、自分の言葉一つに興味を持って目を輝かせるソウマを見ると、まあいいかなと思ってしまう。



ロザリア 「ルミナスっていう学園なのよ、ほんとはね」


学園創立時、ロザリアはオーナーのみかんに聞いたことがあった。学園の名前の由来を。オーナーは「意味は色々とあるんだけどね」と、珍しく子供のように笑っていた。

煌めき、交差。そういう意味が込められており、言葉遊びをすればもう一つ意味があると言っていたのを思い出し、ロザリアはソウマの顔を見れば彼は自分の手を叩く。


ソウマ「ああ、ルミナスのミとスを抜かせばルナだな」


…その時のソウマの顔は隠された小さな宝を見つけた子供のように。幼くて、可愛らしい笑みをロザリアに向けていた。

頬の筋肉を引きつらせたロザリアは口だけ笑っておいた。ソウマはロザリアの表情を見て首を傾げる。 


ソウマ「…まさか、秘密だったのか?」


ロザリア「決まってんでしょー…」


現在のこの世界における月への信仰は厳罰の対象である。

月を連想させるような名前も、国の場所によっては処罰の対象。

それはここ数百年間は常識でソウマも勿論、知っているのだが。


ソウマ「そうか、月への信仰か…」


ソウマの言葉にロザリアは頭を抱え始めた。


ロザリア「誰にも言わないでよ?」


ロザリアはソウマに視線をやる。

先ほどの幼い笑顔はどこへやら、ソウマはとても良い笑顔で頷く。


ソウマ「大丈夫、言ったりしない」


ロザリア「約束よ…!」


…まずい。やらかした。

これ他の連中に知られたら、怒られる。コウどころか他のクラスの委員長共に…!

コウは優しい上に、甘い。

しかし、他の委員長は…。あ、でも3-2の委員長はコウと性格似てるしアレクスがいるから。

などとロザリアはぐるぐる考えた。


ソウマ「ロザリア」


ソウマに呼ばれ、考えるのをやめた。


ロザリア「ん?」


ソウマはソファーから立ち上がり、数歩進む。

ソファーのすぐ近くでお茶の支度をしていたロザリアと距離を縮めて、彼女を見下ろす。

ロザリアは急に距離を詰めて来たソウマに目を大きくし少し、驚いた様子を見せた。

ソウマはロザリアの右手を握る。


ロザリア「ソウマ?」


懇願するように、ソウマは目を閉じてロザリアの額に自分に額をくっつける。

ロザリアは頬を赤くしたがソウマの様子に何かを感じ取った。



ソウマ「俺は、君と色々なものがみたい」


そう言った時、ソウマの声はとても悲しそうで泣いているのではないかとロザリアは錯覚した。

まるで叶わないと解っていて、諦めているのに捨てきれない想いを言葉にしているようだ、と。

…出来る事ならどうにかしてやりたい。

臆病な自分は吸血鬼(ブラッディロード)で、彼の一生に影響を及ぼすような存在になる勇気は無い。

せめて、とロザリアはソウマの背中に左腕を回して抱き寄せた。

彼はきっと誰にも助けて貰えず、誰かの欲望に縛られ続けて来たのだろう。



ロザリア(ソウマが欲しい自由を私はあげられない)


ロザリアは心の中で、ごめんねと謝った。

夢の中でロザリアは昔の記憶を見た。

金色の髪、赤と金のオッドアイを持った青年の夢。

初めて会った時も無表情で、次に会った時もその次に会った時も。

笑っているのを見たことはなかった、だけど彼はよく自分に会いに来ていた。

いつも無表情で何を考えてるのか解らない人だったが、逢えば嬉しいと感じ。

きっと自分は彼が好きだったのだろう。

でも、彼が自分をどう思っていたかは最後の日まで解らなかった。

最後の日に「俺以外の全てを捨ててくれ」と言われ、ロザリアは彼の想いを知った。

けれど、頷くことが出来なかったのだ。

戦火が家族や仲間を襲う。そこに自分はいなくて、皆を守れないのなら…。

ロザリアは剣を握り締めて、振り下ろす。


目を開ければ闇だった。

上体を起こし、辺りを見回す。暗がりの中でうっすらと室内の家具が見えて、客間のソファーの上で寝たんだっけと思い出す。

あの後、ソウマに寝るように言って寝室に案内した。「女人をソファーの上で…」と渋るソウマに「客をソファーで寝かせるわけにはいかないでしょー」と。半ば無理矢理に寝室に押し込んで、念のために魔法を張って。

ロザリアはそこまで思い出し、夢見のせいでか身体が重く感じ。ソファーをおりて、室内を移動して客間の灯りをつける。

寝室には人の気配があるのを感じ、念のためにソウマがいるのを確認しようと寝室への扉を静かに開けた。

ベッドの上で眠るソウマの顔を確認だけしてロザリアは客間に引っ込んだ。

画面(パネル)を開いてコウかタキと通信でもしようかとアドレスリストから二人を探す。


ロザリア(お、珍しいわね)


アドレスリストに友人のオンライン表示が出ており、ロザリアは小さく笑う。

通信画面に表示された時間は深夜だった。

こんな時間に通信画面を開いているとは珍しい。

ロザリアはメッセージを送る事にした。

『珍しいねえ。起きてたの?』

文字を入力し、送信する。返事はすぐに来た。

『ああ、依頼が来ててな』

返事に書かれたメッセージを呼んでロザリアはこんな時間に依頼…?と疑問を思うが、すぐに理解した。

この時間の依頼は大体が闇の競売に関することだ。この友人がこの時間でも引き受けるということはそれしかない。

闇の競売は政府が禁止しているものをオークション形式で売買のやり取りをすること。大抵が希少種族を大金はたいて金持ちが購入する。あとは奴隷などと、まあ要するに人道に反することである。

『怪我はしてない?大丈夫か?』とメッセージを送信すれば『上手くやったから大丈夫』と返ってきた。

ロザリアは安堵の息を吐く。

『ロザリ、ノービリスだが七大吸血鬼の一人とかなり仲がいい。奴が泣きついてそいつが出てくる可能性もあるから気をつけろ』

ロザリアは読んで、七大吸血鬼って確か大昔から有名な最上位吸血鬼(ロイヤル・ブラッディロード)よねえ?と自分の知識を引っ張り出す。

上位の上の最上位。

ロザリアはそんなのいたなあ、と思い出し友人に聞くことにした。

『ちなみにノービリスはどいつと仲良いの?』

『ヴェレッドロード』

…誰?

『誰それ?』

『悪いが俺も名前しか知らん。それこそサイレンスロードに聞いたらどうだ』


…その為にまたシズカちゃんに接触するのは面倒だなあ。

ロザリアは「まあいいか」と友人との通信を切って、冷たい飲み物でも飲もうかと室内に設置された小型冷蔵庫の方へと移動する。

もう、随分と長いこと他人の血を飲んでいない気がする、と小型冷蔵庫からペットボトルを手にして思い出す。

純粋な吸血鬼(ブラッディロード)では無いからか、血を飲みたいという欲求は特に無い。


ロザリア(ブラッディロードか…)


翌日。

夜が明け、早朝にロザリアはリハーサルがあるというソウマをコンサート会場へ送ると宿泊施設を出た。

二人を見送ったナイは早朝の外を少し歩くことにした。

まだ、太陽が昇りきらない朝は冷えている。

深夜でも活気のあるツバキの市場もこの時間は少し静かだ。

…ロザリア、大丈夫かな。

どうにも嫌な予感がする。

妙な胸騒ぎが、朝起きてからずっと。


ナイ「ノービリスが動き出したのかも…?」


独り呟き、ナイは足を進める。

歩いて大体三十分経ったぐらいだろう宿泊施設が建ち並び、市場や店で賑わう商業区からやや外れ。人気の少ない、空き地と思われる場所にナイは来ていた。

元々は何か建っていたのか建材のようなものが転がっている。

広さもそれなりにある。ナイは空き地に入り、辺りを見回して周囲に誰もいないか確認する。

手に魔力で構成される武器、マギア・アルマを出現させる。

銀の柄と先端には透明な大き目な石。石の中には月の形をした石が入っている。

マギア・アルマは使用者の精神が強く反映されており、それは隠しようもない月への信仰を現していた。

ナイは目を閉じる。体内の魔力、そしてもう一つの力。

これをロザリアの手を借りずに自分で制御しなければいけない。

時間がどうしてもかかることなのだと皆から聞かされていた。

だが、制御できなければこの先戦うことは不可能だろうとナイは解っている。

上級魔法を二回使うだけで身体は疲弊し、意識が混濁するなど…。



アサギ「ナイ様?」


目を閉じ、集中しようとしていたナイの少し離れた場所からアサギの声が聞こえ、ナイはアサギの方へと振り返る。


ナイ「アサギさん…」


ナイはへらりと力の抜けた笑みを作る。

手にしていたマギア・アルマの杖を消す。初めて組んだ時に見せてしまったが、本当は見せてはならない。

アサギは眉を下げ、目を伏せて哀しそうにナイが先ほどマギア・アルマの杖を握っていた手を見つめた。


アサギ(ナイ様はまだ私のことを信用されてないのですね…)


アサギの胸中、複雑な痛みが起きる。

何故、こうも自分はナイに執着するのかアサギ自身も解らない。

ナイがロザリオに向ける信頼を自分も欲しいなど…。

アサギはナイと向き合う。

二人の間に何とも言えない沈黙が流れ、ナイは何か話を切り出そうかあれこれ考える。

しかし、先に口を開き声を出したのはアサギだった。


アサギ「ナイ様は私のことを信頼してはくれないのですね」


穏やかで柔らかな笑み、いつものアサギとは違う表情と言葉にナイは一瞬、思考が止まった。

知らない人みたいだ、と思うも目の前のアサギは確かにアサギだ。

そんなことを考え、ナイは瞬きする。


ナイ「…アサギさん?」


急にどうしたのだろう。

ナイは返す言葉を必死に考える。

不穏な空気が漂い、ナイは頭を抱えたくなった。


アサギ「マギア・アルマは使用者の精神を強く反映させる。ナイ様は月への信仰をお持ちなのは任務にご一緒した時に見ました」


アサギは声を震わせつつもナイに言葉をぶつける。



ナイ「……」


ぶつけられた言葉にナイは返せず、黙った。

アサギの目を見つめて言葉を待つ。


アサギ「先ほど、マギア・アルマを…」


…本当は言いたくない。

けれど、自分の気持ちを知って欲しいのだとアサギは思った。

ナイはようやく気がついた。

自分はアサギを傷つけたのだと。

先ほどマギア・アルマをアサギに見せまいとアサギに声をかけられた時に消した。

ナイは強く目を閉じる。

アサギはきっと誰かに自分たちの事を言ったりする人間でないことは解っている。

けれど、言えないのも確かで隠したいのも確かなのだ。


ナイ「アサギさん、ごめんなさい…。解ってるんです、アサギさんは僕たちのことを突き出すような人じゃない」


ナイは着ている制服のズボンを握り締める。


ナイ「僕たちの目的を知ってアサギさんがそれに巻き込まれるのが嫌なんです…!」


ナイ達と同じ学園に通う者達は覚悟の上だ。

けれど、アサギには帰る故郷がある。それなりの立場にいるのもナイは気づいている。

もしかしたら、ナイ達の目的を知りアサギは止めようとしてくるかも知れない。

自分達は血の流れるようなことをしようとしているのだから。

ナイ自身が哀しみと怒りで心を満たしたように、他の誰かにも背負わせてしまうかもしれない。


アサギ「ナイ様…」


しかし、もう歩みは止められない。

ナイは決めたのだ。

この連鎖を断ち切る、と…。

ナイはズボンを握り締めていた手を離す。

顔を上げて、アサギの目を見て小さな声で謝った。


ナイ「ごめんなさい、アサギさん」


頭を下げ、ナイはアサギの横を歩いて通り抜ける。

もっと上手く言えたのではないかと思ったが、ナイには解らなかった。

泣きそうになるのを堪えてナイは駆けだす。


ナイとアサギがぎくしゃくした頃、ソウマをリハーサル会場に送り届けたロザリアは会場の関係者用の控え室に通された。

そのまま終わるまで待っていて欲しいと言われたロザリアは深々とため息を吐く。


ロザリア「…何か、まずい方に行ってる気がする」


椅子に座ろうと辺りを見回した時にロザリアの体内で異変が起きた。

魔力と吸血鬼の力が身体の中で暴れ回る。

ロザリアの脳裏に映像が過ぎる。

それはナイの後ろ姿。


ロザリア「ナイ!?」


控え室でロザリアは声を上げ、すぐに画面を開く。

アイスのアドレスを指定し、メッセージを送る。

すぐにアイスから返事が来て「向かっている」と来て安心したが、アイスから「アサギが独りだ」とメッセージが来てロザリアは叫びそうになった。

すぐにコウにメッセージを送る。

アサギが独りだからどうにかしろ。

そう送れば、コウから「今、連絡取っている」と返事が来てロザリアは安堵した。

…控え室に誰もいなくて良かった。

どうにも、今朝方から濃い血の臭いがする。

…こりゃ、ヴェレッドロードも動き出したかな。

ソウマの護衛につくか、とロザリアは控室を出て会場の一階、中央のステージに向かうことにした。

ノービリスでてこずるならヴェレッドロードの相手は他の学園の連中には無理だろう。



ロザリア「やれやれ、行きますかね」


魔界の欠片の事もあるというのに、忙しい身だと己を笑いながら。

その時、ナイは迷子になっていた。

アサギとぎくしゃくした後に無我夢中で走り、気がついたら森林の中。

瞬きを数回繰り返して、辺りを見回す。

電子側の通信で位置探知が出来ないかと、不慣れながら操作したが。

位置探知失敗。電波の良い場所でお試し下さい。


ナイ「え、え?」


顔から血の気が引くのがよく分かった。

ナイは再度、辺りを見回すも人の気配は無い上に獣道ですらない。

おまけに森林でどこ見ても草と木しか見えず…。

僅かに空は見える。

…そして、僅かに纏わりつく殺気も。


ナイ「バリア!!」


瞬時にソレール・アームズの杖を懐から取り出したナイは紋章を発動させる。

ナイの前には透明な壁が現れる。

青い空に数個の紅い光が点き、それはナイにめがけて落ちて来た。

空を切り、森林を薙いでナイへと落ちる。轟音と共に土煙が上がった。

魔法のバリアでナイは無事だったが、土煙の中で視界が悪い。

その視界不良の中でナイの背中に打撃がうたれる。

重い一撃とともにナイは地面へと叩きつけられた。


ナイ「…うあ!」


短い悲鳴を上げ、ナイは背中に喰らった一撃の痛みで目眩を起こす。

…骨、大丈夫かな。

ナイは思いつつも、まずい事態だとすぐに身体を起こす。

激痛で足がおぼつかないが何とか立ち上がって周囲を確認する。

所々に地面は丸い穴が空いており、数本の木が薙ぎ倒されていた。

そして、自分の前には人の形をした人形。

ノービリスのマリオネット。

…ナイは杖を握り締めた。


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第九話に続きます