第9話 残酷な世界

幼い頃にとてつもない痛みと哀しみを感じた後、ナイは気を失った。

目が覚めたら、白いベッドの上で寝かされていて。

起き上がろうとしたが、身体は全く動かず。首を動かし、下を見れば右手首からは細い透明な管を通され、管の中身は赤く綺麗な色をしていた。

ここは何処なのか。家族はどこなのか。

ナイが覚えているのは、村の裏山にアイスと共に遊びに行って、その帰りに裏山から見えた燃える村。アイスの手を引っ張り、すぐに山をおりて…。

そこから、そこから…ナイの記憶は途絶えている。

パパ、ママ、アイスは…どこ?!

不安に駆られる胸中。心臓が大きく脈打ち、目から大粒の涙が零れ落ちる。

「ううっ…う、ひっく…」

嗚咽がナイの口から出てくる。

この涙はきっと、喪失の哀しみからくるものだと幼いナイはどこかで解っていた。



ロザリア「目、覚めたのね」


静かに扉を開けて、室内に入ってきたのは女性だった。

ナイと同じ金の目と銀の髪を持っている、子供なあどけなさを残したような人。

彼女はナイの泣き顔を見て、眉を下げて哀しみを含んだ微笑みを浮かべてナイが横たわるベッドに近づいてきた。

ナイは彼女に向かって声を上げる。

「みんなは、どこ?!」

脳裏に過ぎる、大切な人たちの笑顔。

けれど、気を失う前に見たのは燃える村の光景。


ロザリア「ナイ、まだ小さなあなたには酷な事かもしれない」


それでも真実を告げる私を憎んで、と女性はナイの寝かされるベッドのすぐ傍で床に膝をついて、ナイの頭を抱き込む。


ロザリア「助けられたのはナイとアイスだけだった… 」


小さく震えた声で告げられた女性の言葉。

ナイは女性の背中に腕を回して、再度押し寄せてきた哀しみに抗うことなく大声で泣いた。


「パパっっ!!ママっっ!!」


ナイの悲痛な泣き声と繰り返し求める両親に女性も胸が締めつけられるような哀しみを感じる。

出来る事ならこの子には平穏な世界で幸せになって欲しい、女性はそう強く願いながらナイの小さな頭を腕に抱いた。


●●

白昼夢のように過ぎった幼い頃の記憶を思い出して、ナイは胸元からペンダントを取り出す。

白くて丸い、満月そのものを小さくしたかのような石をチェーンに付けたもの。

ナイの家に代々伝わってきた石で父親の形見でもある。

人形から一先ず距離を取ったナイは森林の中、木の陰に身を隠して背中に治療魔法をかけて数分、どうやら意識を失っていた。

その時にみた記憶はロザリアと家族を失ったばかりの小さな頃の自分だった。

ペンダントを握り、ナイは額につけて目を閉じて祈る。

…どうか、私に力を貸して下さい。

祈った後、背後から草を踏む音が聞こえてナイはすぐにペンダントを制服の下に入れる。

そして杖を強く握り締めて、木の陰から飛び出す。

光属性の下位魔法、シャイニング・スピアの詠唱を唱える。


ナイ「光槍の一撃!シャイニング・スピア!」


ソレール・アームズの杖、先端に取り付けられた宝石から白い紋章が浮かぶ。

紋章の中心から光の槍が放たれ、真っ直ぐに標的に飛ぶ。

標的の人形は抵抗の素振りも見せずに頭部を槍で貫かれ、後ろ向きに倒れる。

ナイは一先ず、安堵の息をつく。

先ほど打撃を受けた背中は小さな痛みがまだ残るが押し殺せる程度だ。

それよりもまだ、纏わりつくように感じる殺気に戦いはまだ続くのだと、更に杖を握り締める。


●●

胸中を嫌な予感が支配する中でロザリアはソウマの護衛についていた。

中央のステージで桜華の三人は踊り、歌っている。

ソウマも勿論、ステージに立っているが、表情は曇っていた。

 

「ソウマさん、表情がかたいっすよ!」


コンサートの関係者が声を上げた。

声にステージに立つ三人は動きを止め、内の二人はソウマを見る。

ソウマは唇を引き結び、暗い表情のまま俯く。


ロザリア「ソウマ…」


ステージからやや離れたところで見ていたロザリアは小さな声でソウマの名を呼ぶ。

それに気づいたのかどうかは解らないがソウマはロザリアの顔を一度見て、すぐに顔を上げて前を向いた。


ソウマ「すみません、プロデューサー。俺は…」


ソウマは一度、目を閉じて開く。


ソウマ「俺は今回のコンサートを最後に桜華と、この業界から引退します」


ソウマは決意を込めて、言葉を声にする。

国際的人気を誇る桜華の一人の脱退…。

プロデューサーとソウマに呼ばれた、ステージの下で腕を組んでいた小太りの中年男性は顔を青くした。

 

「ソウマ!そんなの無理に決まってるだろう!?」


怒鳴り声をあげて、プロデューサーの男はソウマに詰め寄ろうとステージへとあがる階段へと歩み出す。

桜華のメンバーの二人はソウマを見る。

その内の一人。ミルクティー色のふわふわな髪と大きな瞳の美少年がソウマを見て笑った。

そこでロザリアは動く準備をする。

少年は三日月に笑い…、

 

「そうですよ。ソウマさんにはこんなとこ辞めてもらってヴェレッドロード様のところで愛でてもらうのですからね…」


言葉を合図にステージが大きな音と共に爆発した。


●●

森林の中、ナイは足を動かす。

同じ場所にいるのは危険な気がして、走るが元々の持久力の無さが祟ってるのか息切れが激しい。

一度、立ち止まったナイは木に手を当てて肩を激しく上下させて浅い呼吸を繰り返す。


ナイ(なんだろう?どんどん深みにはまっているような…)


木々が生い茂る森林、高く伸びる大木達と葉に隠れて空は見える。

方向感覚は既に解らなくなっており、画面で位置探索をかけても相変わらずの反応。

…敵の結界の中に自分は閉じ込められた。

そう考えるのが妥当か、とナイは額の汗を拭って再び足を動かす。

そうとなれば、尚更に同じ場所に立ち止まっているのは危険だ。


ナイ(どうにか、結界を突破して皆と合流を…!)


どれだけ走っても、同じ光景。変わらぬ森林の中。

孤独な寂しさと恐怖で悪い方向に考えがちな自分を叱咤してナイは足を動かした。

ナイは完全に気がつくのが遅れていた。

だから放たれた時には遅かった。

ノービリスとの戦いで見た吸血鬼の武器、ブラッディブレイドから放たれる赤い力。

それが遠方から木々を薙ぎ倒し、地面を抉り、やがて大きな音ともにナイを呑み込もうと猛スピードで近づいてくる。

ナイは大きく目を開く。

とても魔法で防げるようには見えない。

しかし、喰らえば…。

やるしかない、とソレール・アームズの杖を地面に突き刺す。

【位置固定の魔法】を発動させ、ナイを魔法の威力から吹き飛ばされないように。

魔界の欠片と対峙した時と同じ。

ナイはマギア・アルマの杖を出現させて握り締めて、杖を突き出し目を閉じる。

そして口にする。


ナイ「天満月輝く時、良夜に祈りて願う。月のイシュ・シェルよ、その御身に」


体内の魔力を使ってナイは構成する。

脳内で月を思い、描き。月の加護の光と祝福。

詠唱を開始したと同時にナイの体内の魔力が爆発し、動き回る。

凄まじい負荷がナイの身体に重く圧し掛かり、ナイの口の端から血が零れる。

口内に満たされる血と、身体への負担に詠唱を途中で止めるが赤い力はナイを今にも呑み込もうと向かってくる。

堪えてナイは続けた。


ナイ「その御身に、宿る力にて白月の洗礼を!!」


完唱と共にナイは杖を空へと振り上げた。

マギア・アルマの先端の宝石が白く発光し、宝石の中の月の形をした石が眩い光を放つ。

ナイの目の前に紋章が現れ、白銀の光を放つ。

現在の力量では到底、制御できない魔法の構成にナイの脳もダメージを受けた。激しい頭痛と目から熱いものが流れる。

だが、これしかないとナイは杖を振り下ろして紋章の中心を打つ。


ナイ「ヴァイス・ムーンドライブ!!」


ムーンライト・レイよりも強力な月の魔法。

紋章の中心から凄まじい白い光の力が放たれる。それはかつて使ったムーンライト・レイよりも膨大で威力も桁違いだ。

ナイの放った白い光は木々を薙ぎ倒し、地面を削りながらも速さを落とさず赤い力と真正面にぶつかり合う。

【位置固定】の魔法がなければ放ったと同時に吹き飛ばされているであろう、とナイはヴァイス・ムーンドライブの凄まじさに、この魔法を平気な面して放つロザリアに改めて感心した。

だが、魔法を維持しながらも体内の魔力はがっつり削られていき、身体と脳への負荷もかかっている。


ナイ(正直、意識が飛び…そうだ)


どんどん、視界がぼやけて耳が聞こえなくなってくるのを感じ、けれども諦めるわけにはいかず。

ナイは意識を懸命に保つ。

皆の事、アサギの事を頭の中で考える。

…アサギの後ろ姿が脳裏に描かれ、ナイは胸が締め付けられる苦しみを感じ。泣きそうになった。


ナイ(…会いたい)


ナイは歯を食いしばる。

そして体内で巡る、魔力ともう一つの力を杖に込めてナイは叫んだ。


ナイ「ブラッド・オーバードライブ!」


ナイの目の前で発動している白い紋章に赤の力が加わる。

自分の魔法とぶつかり合っている、赤の力と性質は同じ力。

魔力と、吸血鬼(ブラッディロード)の力が混じり合ってナイの魔法が増幅する。

…お願い!

ナイは強く願う。

想いの強さは魔法にも強く影響される。ナイの願いや想いが強ければ魔法の威力も上がる。

せめぎ合う、ナイの魔法と赤の力。

ナイは瞼を閉じた。

白い光は赤の力を破り、呑み込んで威力を落とさずに前へと進む。

ナイは赤に染まった視界の中でそれを見届けると地面に膝をつく。

遠方で白い光の爆発が起こった。


ナイ「はあ…はあ…」


ナイは荒い呼吸を繰り返して、自分の目元を拭う。

ぼやけてよく見えないが拭った手に赤い血が付着してるのを見て目から血が流れているのだと理解した。

口の中は鉄の味がする。

ナイは苦笑し、少しは前に進めたような気がした。

ナイにブラッディブレイドを振るったのも、この結界を作り出しナイを閉じ込めたのも…。

全てはノービリスがしたことだ。

まさか、とノービリスは傷だらけの身体で立ち。通常の人間では視認出来ない距離、かなり遠くで膝をつくナイの姿を視界にいれて舌打ちをした。

あの魔法使いが月の魔法を使用し、更に吸血鬼の力を加え自分にここまでの傷を負わせてくるとはノービリスには予想外だ。

あの銀髪の男のように同族の匂いは一切感じられなかったとノービリスは目を細める。

…だが、それでも。


ノービリス「私の、勝ちですね」


ノービリスは勝利を確信する。

あの様子では二撃目は耐えられないだろう。

手にしていたブラッディブレイドを振り上げて、ノービリスは薄く笑う。

あの魔法使いを討ち、己が欲しい者を手にする。

ノービリスはブラッディブレイドを振り下ろした。

赤い剣から先程、ナイを襲った赤い力が再び放たれる。

脳に負荷がかかり、ナイの耳はほとんど聞こえなくなっていた。

その状態でも大きな音が再びナイに迫っているのが聞こえ、ナイは胸中ではまずいと思うも身体はおろか指すらも動かない。


ナイ「……さん、」


ナイは小さな声で名前を呼び、迫る赤い光に照らされる中で赤い涙を流した。

轟音とともに、赤い光がナイを呑み込んで爆発した。

爆炎とともに黒い煙が空へと昇っていく。

ノービリスは宙に浮き、光景を見下ろして笑う。

あの目障りな魔法使いを消せた。

大した力も無いくせにこちらの邪魔ばかりしてくる。

ブラッディブレイドの力では跡形もないだろう。

ノービリスは結界を解き、次の目的を果たそうと黒い煙を背にする。

だが、黒い煙の中から赤い斬撃が宙にいるノービリスに向かって放たれた。

ノービリスは目を開き、振り向き様に手に握っていたブラッディブレイドを振るって斬撃を相殺させた。

…あの黒い煙の中にいるのは魔法使いだ。

生きているのか、とノービリスは黒い煙を凝視する。


大きな規模の爆発、立ち込める黒い煙の中でナイは自分が生きているのが認識できた。

誰かの体温をすぐ近くで感じる。


「ナイ、もう少し我慢してくれ」


よく通る低い声が小さく聞こえる。

誰の声なのかナイは解って、顔が安堵で綻ぶ。


ナイ「うん、だいじょうぶ」


煙を吸い込み、苦しいがナイは声を振り絞って答える。

心強い、味方の気配にナイは目を閉じる。

どうせ先ほどのヴァイス・ムーンドライブの影響で目は治療魔法かけるまで視えない。


ノービリス「へえ、僕の結界を壊したの?」


唇に指をあてて、ノービリスは首を傾げて笑う。

宙に浮き、ナイと助けに入った彼を見下ろし。

不愉快だといわんばかりに、ノービリスは眉を寄せた。 


「……」


見下ろされ、こちらも不愉快だと眉を顰めた。

ナイを助けに入った人物はノービリスを睨みつける。

腕には辛そうに顔を歪めるナイの肩。

煌めく白銀の髪、瞳は左右で色が違う。左が赤、右が緑。

瞳は宝石のように美しい。

顔の造形も整っていおり、美青年と呼ぶに相応しい。

月魔法ヴァイス・ムーンドライブを放って衰弱しているナイの肩を腕に抱き、空いた方の手には短銃(マグナム)が握られている。

宙に浮き、こちらを見下ろしてくるノービリスの目を細めて睨みつけ、彼は短銃の銃口をノービリスに向けた。


(こいつの相手を長々する気にはなれんな)


視線の端で見えたナイの辛そうな顔。

…一秒でも早く治療した方がいい。

目からの出血、反応も鈍かったので耳もほとんど聞こえていないだろう。口からも血を吐いた形跡がある。臓器にもかなり負荷がかかっていると見えた。

彼はノービリスに向けていた短銃を下ろす。


ノービリス「…?」


先ほどまでノービリスに銃口を向けていたのを下ろしたことでノービリスは訝しむ。

彼は口の端をつりあげて笑う。


「大方、鈍いな。高貴な純血は力ばかりで戦闘経験は無いな」


短銃を懐に忍ばせ、彼はノービリスを挑発した。

そしてナイの身体を両腕で横抱きにし、立ち上がる。


ヴィオラ「うおりゃーー!」


突然、叫び声と共にナイと彼の背後の空間に亀裂が入る。

数発の打撃音がし、亀裂は完全に破壊された。

人が余裕で通れるほどの大穴が空き、現れたのは紫の長い髪と銀の狼耳を生やした女性。

ナイと同じクラスのヴィオラだ。

ヴィオラは美しい薔薇色の唇を弓のように引き、笑みを浮かべたまま穴からでてくる。


ヴィオラ「ナイを引き受けるわよ?アレクス」


ヴィオラが申し出ればナイを抱えた彼、もといアレクスは首を横に振った。



アレクス「今はノービリスと戦う気は無いな」


それだけ言ってアレクスは術の詠唱を口にした。

アレクスが口にしているのは光魔法の初級フラッシュの詠唱と気づき、ヴィオラは退路の警戒に入る。


ノービリス「…逃がさないよ!」


アレクスの意図を察したノービリスが追撃のブラッディブレイドを撃とうとするも、アレクスは意地の悪い笑みを浮かべて魔法を放った。

アレクスとナイ、ヴィオラの前に紋章が現れ。紋章が発光する。

数秒間ほど発光し、紋章はすぐに爆発的な光で辺りを覆う。

この光には攻撃の力は無い、戦闘を離脱する為の目くらましだ。

ノービリスも例外なく、光に呑まれ目を腕で庇う。しかし、視界には白しかない。

爆発的な光がやんだあと、ノービリスの耳には綺麗な音が聞こえた。

ガラスが砕け散ったような音…。

やがて光は治まり、ノービリスの視界が安定した時。ノービリスの視界にはツバキの街が広がっていた。

フラッシュの魔法を発動と同時にノービリスが作り出した結界すらも壊された。

あの、白銀の髪の男に。

ノービリスは胸中に湧き上がる悔しさに強く唇を噛んだ。


●●

ナイは夢の中にいた。

火に包まれた家屋、横たわる人々。

それは昨日まで笑っていた人々で、ナイは目を見開き哀しみに膝をつく。

だが、ナイの胸からは赤が広がり始めた。ナイは服を触る、手のひらには自分の血。

そうだ、自分はあの日に重傷を負ったのだ。

本当なら死んでいる傷。

村の皆のように、幼い自分もまたあの国の兵に心臓を剣で貫かれた。

…そう、助かるわけがなかった。

吸血鬼の血を入れられなければ。

ナイは夢から覚めた。

封印された記憶の欠片が見せた夢、身体は動かず。幼い頃、ロザリに助け出されこの学園の医務室に運びこまれた時を思い出す。

辛い記憶、本当は思い出さない方が幸せなのだろう。

だがナイは思い出さなければならない記憶だ。

いつかあの国と戦うために。

宿泊施設アカツバキのナイの部屋でアレクスは客間のソファーに座っていた。

先ほど、ロザリアに連絡を入れたが戦闘中、ナイの救出の感謝のメッセージが送られてきてアレクスは苦笑する。

そして寝室からナイが起きた気配を察知し、ソファーから立ち上がって寝室への扉の前へと立つ。

扉をノックし、「入るぞ」と短く告げてアレクスは扉を開ける。

目を開けて、首を動かすナイにアレクスは「じっとしてろ」と言いナイの枕元の横まで移動する。


アレクス「どうだ、聞こえるか?」


ナイの額にかかる髪を指で払ってアレクスは微笑む。

耳はいつも通り聞こえ、視界もよく見える。

体内の魔力と吸血鬼の力も落ち着き、ノービリスと戦い魔法を使った時に比べて身体の調子はすこぶる良い。

ナイは首を動かし頷く。


ナイ「ありがとう、アレクス」


礼を言えばアレクスは「気にするな」と笑う。

ナイの身体の中にある魔力と吸血鬼の力の力、この二つの力を安定できるのは同じ吸血鬼だけだ。

産まれた時から吸血鬼の者はどうか解らないが、別種族が吸血鬼になると力の安定まで数百年費やす必要がある。

吸血鬼になって日の浅いナイはやはり安定はまだ先だろう。


ナイ「…昔の夢、見たよ。僕、あの時に心臓刺されてたんだね」


ナイは合間に息を吐きながら喋る。

アレクスは言葉を聞き、目を閉じて脳裏に思い浮かべた。あの時の記憶。

ロザリア達に口止めされているから全てをナイに語るわけにはいかないが。

あの日の事は昨日のように思い出せる。


アレクス「あの日、珍しく3-4の連中が焦ってたな。血まみれのお前を皆、必死に治療していた。アイスも人形のようだったな」


ナイ「僕は最後である責任を果たさないとならない、ね」


…ナイの決意。

アレクスは胸中で苦しい、と思うも表には出さずにナイの額に手をあてた。

あの日さえなければ、ナイはもっと平穏な日々を過ごせたのだろう。

戦いは自分達だけの問題で…。

自分達だけが戦いの中にあればいいと、思っていたのだが。


●●●

第十話に続きます。