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男は求めた。
己が絶望を払う、力を。
光の無い闇の中で手を伸ばして求める。
…欲しい、力が。
己が願いを叶えるのは自分自身だと男は強く思う。
この身が咎の業火に焼かれようとも、叶えたい願いがある。
世界を敵に回しても構わない。
力を、力を…!!
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世界は再生と滅亡を繰り返して運命を回す。
今という時もまた、滅亡からの再生であるのだと誰かが言っていた。
滅んだ時代に何があったのかは解らない。何故、滅びの道を選んだのかもどんな文明を築いていたのかさえもこの時代に生きる者達は知らない。
「今日という日まで生きてて思った事があるよ」
詩人は竪琴の弦を指でつま弾いて歌うように語る。
美しい青い瞳が悲しみに揺れ、桃色の唇が切なげに震えた声を出す。
「どんな、こと?」
いたずらが好きそうな大きな瞳を星屑のように煌めかせて、少女は詩人に聞く。
少女は祖母に昔語りを強請る子供の表情をしている。
自分の知らない、過去という未知に期待を膨らませた子供みたいに。
そして、少女に問われた詩人は儚げに微笑み、
「楽園の喪失に嘆き、苦しんでも。ここに留まっていて良かった、とね」
大きな窓から見える空を見て言った。
●●
世界は主に三界で成り立っている。
天上界、地上界、魔界の三つだ。地上界には様々な種族が生活しており、魔界には悍ましい生物が住むと言われ、天上界には神々が住んでいるのだと言われている。
しかし、地上界に住む者は天上界にも魔界にもいけない。天上界は神の領域として閉ざされ、魔界は危険領域として侵入を禁じられている。
だが、時折魔界の瘴気で出来た意志無き形だけの存在が地上界に入ってくる。
人々はそれを魔界の欠片と呼び、戦闘技術を持つ学校へと依頼をする。
基本、国の軍隊は魔界の欠片退治は行わず。傭兵では貧しい村は資金問題で雇えず、結果僅かな報酬で戦闘技術を教えている学校の生徒が欠片退治に来るのだ。
南大陸の辺境の村、ローゼ。ここも貧しく小さいがゆえに魔界の欠片によって被害を受けていた。
ナイ「今回はここローゼでの魔界の欠片退治が任務だね」
黒を基調とした学校制服を身に纏い、魔法使いの証とされる杖を手にした少年がローゼ村の入り口に足を踏み入れ、魔法によって表示された画面(パネル)を見て言う。
少年の名前はナイ。とある小さな学校に通う支援魔法を得意とする穏やかな気質の少年だ。
パネルに書かれたローゼ村から依頼内容に目を通す。
魔界の欠片、瘴気の液体によって作物や家畜、村人の被害が十数件。
何校かにも村長は依頼を出したがたらい回しにされ、藁にも縋る思いでナイが通う学校に依頼を出したらしい。
アサギ「では村長様にご挨拶して任務にかかりましょうか」
ナイと同じく黒の制服を着、手にソレール・アームズ(成長型武器)の刀を持った美人がナイの隣で穏やかに笑む。
夕日を閉じ込めたような赤に近い橙色の瞳と髪の美人の名はアサギ。どこからどうみても美女、誰もがつい声をかけてしまうこの美人はナイの通う学校のクラスメイトで今日の任務の接近戦担当(アッタカー)である。
ナイ「情報によると瘴気の液体、つまりスライムのような姿かな」
パネルに表示されたのは瘴気の液体といわれる個体の情報。
姿形はスライムに酷似している。しかし、スライム以上に有害で獰猛。
魔界の水が瘴気によって意志無き化け物となり、地上界の生物に被害を出す。
標的は無差別。視認すれば虫であろうと人であろうと襲いかかる。
しかし、そこには生物が生きるために行う行動ではなく。魔界の欠片は意味も目的もなく誰かを襲う。
情報担当のクラスメイトが魔法での通信によってある程度の情報を送ってくれるので任務経験の浅いナイでも接近戦担当をサポート出来るのは有り難いことだ。
アサギ「ではナイ様にご助力頂くことになりそうですね
穏やかに笑み、言ったアサギにナイは凍り付いた。」
ナイ「僕、攻撃系初歩的なものしかつかえませんが…」
支援系の魔法ばかり勉強し、攻撃系はかなりおざなりにしていたツケが今に回ってきたか、と震えながら白状するナイ。
対してアサギの反応は実にあっさりしていた。
アサギ「大丈夫ですよ、私も攻撃系でしたら多少は使えますので」
ナイ「ええ?!は、初めて聞きました」
実のところ、アサギがナイの通う学校に編入してきたのはつい最近でナイとアサギが任務を組むのは初めてといってもいい。
アサギの素性などあまり詳しく聞いていないが剣士としては非常に腕が立つとは聞いてはいた。
魔法が使えるとは知らなかった。
しかし、アサギはそれ以上は何も語らずに村の中を進んでいく。
はたと気づいたナイは慌ててアサギを追った。
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ローゼの村の長の家を訪ねれば、村長は快く迎えてくれた。
魔界の欠片の被害の対応に追われていたのだろう初老の村長は憔悴し、疲労がありありと解る顔色をしていた。
作物も瘴気に溶かされ、家畜や村人も被害に。しかし、どの学校も依頼に応えてはくれず。どうも近年、魔界の欠片が多いらしく…
村長の話を魔法の通信を通して聞いていたクラスメイトがパネルに文章を送ってきた。
アサギが村長に声をかけ、励ましている最中にナイはパネルに目をやる。
パネルに表示されたメッセージには「最近、魔界の欠片の異常侵入が見られる。各国が連盟で調査してるらしいけど、大して進んでない」と書かれていた。
魔界は瘴気が酷く、地上界に住む生物には耐えられないらしい。
魔界に乗り込み、調査が出来なければ進歩は望めないだろう。
ナイはそれだけ考えて、今は目の前に集中しようと村長に声をかけた。
ナイ「村長、欠片が最近目撃されたのはどこですか?」
ナイの質問に村長は村の裏山が住処になっているだろうということを教えてくれた。
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とある学園。
南大陸の、どの国にも支配されていない土地に建ち。他の学校とは違い、生徒数も少なく校舎も小さいその学校はナイとアサギが通っている。
クラス3-4。
ナイとアサギの所属クラスである。
コウ「大丈夫なのか?ナイとアサギは…」
緑髪、誇り高い狼の象徴である金色の瞳。
3-4の委員長で人狼族のコウはパネルを複数起動し情報集めとクラスメイトとの連絡を取っているタキに声をかけた。
タキは見ていると目眩を起こしそうなレンズに渦巻きが描かれた眼鏡の位置を指で直し、呆れと同じようなため息をはく。
タキ「大丈夫だよ。心配性だねえ」
東の大陸に多い黒い髪、長い付き合いの者でも見た事がない眼鏡の下。
どことなく謎の多いタキは「ナイの魔法素質とアサギの剣士の素質は知ってるよねえ」と笑う。
タキ「もしものことがあればアイスがフォローに入る。それでも駄目なら皆で助ければいい。ずっとそうしてきたじゃない?僕ら」
小さい笑い声を零してタキはパネルを指で叩く。
その姿を後ろで見、コウは自分のパネルを表示させる。
画面には近年の世界発信ニュース。異常体とされる魔界の欠片の情報。
コウ「ただの欠片であってくれればいいが…」
そう呟くコウにタキは苦笑と共に「それ、フラグだよ」と呆れた。
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ローゼ村の裏山に足を踏み入れたナイとアサギは生い茂る草木に悪戦苦闘しながらも進む。
瘴気の気配、異質な気配を追う。それは戦いに身を置くものなら当然の技能ともいえる。
アサギの後ろに隠れるようについていくナイは高く脈打つ心臓に何か予感めいたものを…。
それをアサギに伝えるべきかどうしようかと迷うも、魔法使いの直感はわりと当たるものらしい。
ナイ「あの、アサギさ…」
口を開き、アサギの名前を呼ぼうとしたがナイの声は遮られた。
アサギがナイの身体を抱えて、後方へと跳んだからだ。
突然の出来事と、直ぐに聞こえてきた木が倒される大きな音にナイは敵かと顔を青くし、同時に気づけなかった己が未熟さにアサギに申し訳なく思った。
ナイを抱えたアサギは地面に膝をつくも直ぐに立ち、ナイを背に庇い刀の柄に手をかける。
アサギ「ナイ様、敵です」
ナイにのみ聞こえるよう小さく言ったアサギは構えを解かず、敵の気配を探る。
携帯用の折り畳み杖を懐から取り出し、ナイも杖を構えて敵に備える。
二人の前方には無残に倒された木々達と枯れた草。
瘴気によって養分を溶かされたか、倒された木々も徐々に腐っていく。
アサギは目を細め、倒れた木を見る。
アサギ「……来ます」
倒れた木の後ろから何かが飛び出す。
咄嗟に杖を前に突き出してナイは声を上げた。
ナイ「バリア!!」
ナイの杖の先端に付いた宝石から魔法の紋章が浮かび、見えない壁がアサギに飛びかかってきたきた物体を阻む。
地面にぬめりのある水音がし、その姿を見てナイは短い悲鳴を上げる。
ナイのバリアに弾かれた物体は地面に投げ出される。その姿は青紫色のアメーバで奇妙な動きをしている。
アメーバの体内は透けており、何かの器官と思わしきものがぐちゃぐちゃに混ざり合っている。
アサギ「あの、体内の器官…」
まさか、いままで襲った者達の…。アサギの言葉からそこまで考えてナイは顔を横に振る。
あまり考えると集中力が切れる。
ナイはアサギの支援に魔法の詠唱に取り掛かる。
アサギは刀を手にナイの詠唱が終わるのを待つ。
詠唱の内容から察するに、武器に攻撃魔法を込めるものだろう。
ナイ「宿れ、氷焉!ブリザードブレイブ!」
杖の先端、宝石から水色に発光する紋章が浮かぶ。紋章はアサギの刀に宿る。
抜刀したアサギは柄を手にして駆け出す、そのまま魔界の欠片と思われる青紫色のアメーバに刀身を突き刺す。
刃に宿った紋章が発動し、アメーバの体内から凍らせていく。
だが、
アサギ「!?」
アメーバから蒸発する音がする。
アサギは刀身を引き抜いて後方に飛び退き、アメーバから距離を取る。
ナイ「瘴気で体内の凍り付きを溶かした…?!」
ナイは杖を握り締める。
それほどまでの濃度の瘴気。このままにすれば、被害は拡大する。
ナイは思考を巡らせ、打つ手を考える。
もっと、威力の高い攻撃手段が必要だ。高い濃度の瘴気を閉じ込め、一撃で滅するほどの。
今のナイでは使えない、大掛かりな攻撃魔法が。
アサギ「…!ナイ様!」
まるで踊るかのようにくねくねとアメーバが激しい動きをし始める。
苦しみ、悶える。そんな様子にも見て取れる動きだ。
ナイは目を開き光景に釘付けとなる。
アメーバは膨れ上がり大きさを増す。
ナイ「進化を、始めている…?
唖然としたナイの呟きを聞き取り、アサギは術の詠唱を唱える。」
アサギ「果てに眠れ、氷塊の棺に。コールド・ブレス」
杖の媒介無に詠唱のみで魔法を発動させたアサギは空いてる方の腕を突き出す。
手のひらから浮かぶ紋章。水色に発光し、紋章から氷の息吹が放たれる。
氷の息吹はアメーバに吹き、身体を凍らせていく。
先ほどまで、小動物ぐらいの大きさだったアメーバは今成人男性の身長を越す程にまで成長している。
アサギの魔法で完全に凍ったアメーバにアサギは刀を構え、突撃するために片足を前に踏み込む。
ナイ「ダメ!アサギさん!」
ナイは杖を放り出し、アサギに飛びかかりアメーバの横へと押し倒す。
アサギ「ナイ様?!」
ナイと共に地面に転がったアサギが困惑した声を上げ、上体を起こすが。先ほど自分がいた場所の惨状に息を飲む。
草は跡形も無く、地面が露出し土が焦げているのか黒い煙が宙を漂っている。
ナイが体当たりしていなければ、今頃自分は…。
アサギは恐ろしくなった。
ナイ「すみません、アサギさん。アメーバから音が聞こえてきて…」
アサギ「いえ、助かりました。ナイ様」
ナイが聞いたのは氷が割れる音だろう。
アサギはアメーバの方を見れば凍り付いていたアメーバが氷から解き放たれる。
その様を視界に入れたナイは魔法通信でパネルを表示させ、パネルに向かって声を出す。
ナイ「タキ君!サポートをお願いします!」
すぐにパネルからタキの了承の声が聞こえる。
それを聞いたナイはすぐに杖を握り、高く掲げる。宝石が青に光り、紋章を浮かべる。
紋章は宝石から離れてナイの足下へと移動。白く発光する紋章、ナイはアサギに声をかける。
ナイ「アサギさん、僕が威力の高い攻撃魔法を発動させるまでの時間稼ぎをお願いします!!」
初歩的な攻撃魔法しか扱えない、この任務の時にナイはそう言っていた。
しかし、やるのだと決めたナイを信じてアサギは刀の柄を握り締めて時間稼ぎのためにアメーバの方へと地を蹴って駆け出す。
掲げた杖を地面に突き立て、ナイは目を閉じる。
足下の紋章は杖によって固定された。足下の紋章の意味は術者の固定。
ナイは本命の術にかかる。
先ず、ナイはもう一振りの杖を出現させた。銀の柄に先端には透明な宝石。宝石は白い光を放ち、石の中に三日月の形をした石が入っている。
この杖はナイの魔力で形成されたマギア・アルマ(魔力型武器)。使用者の内面が強く出てしまう武器。
杖の柄を握り、ナイは術の詠唱に入る。
時間稼ぎに前に出たアサギも僅かに見えたナイの杖を見てナイの信仰するものがなんなのか知る。
今の時代に失われた月への信仰。
そしてそれに関連する魔法を使えるということは…。
アサギ「ナイ様…」
アサギは思う。曝したくないであろう秘密を自ら暴き、それでも周囲を助けようとしているナイに応えねば、と。
刀に先ほどの魔法コールド・ブレスを込める。
巨大になったアメーバは身体の一部を腕のように伸ばして、アサギに襲いかかる。
それを掻い潜り、刀身をアメーバに突き刺す。
刀に込められた魔法が発動して、アメーバを体内から凍らせていく。
コールド・ブレスはブリザード・ブレイブよりも威力が高い。多少はアメーバの動きを止められる筈だ。
氷が育ち、アメーバを体内から体外を凍らせていく音がする。
体内で瘴気が氷を溶かそうとしている音がするがアサギは目を細め、
アサギ「コールド・ブレス!!二重発動!」
刀に仕込んだもう一つの紋章コールド・ブレスを発動させる。
アメーバの体内で凄まじい濃度の瘴気が氷と刀を溶かそうともがいているのがアサギの目からも見える。
刀の刀身が瘴気に僅かに溶かされ始める。
アメーバの体外は凍り付き、アサギへの攻撃は止まっている。
アサギはナイはどうかと背後に視線を向けようと振り返ろうとした時、背後から眩く白い光が辺りを照らした。
ナイ「月の光よ、その白き光にて邪悪の一切を照らし包め」
ナイはアサギに向かって「離れて下さい!アサギさん!」と声を上げたあと、杖を振り地面に足を踏み込み、宝石をアメーバの方に突き出すように魔法の名前を唱える。
ナイ「浄化の一閃!ムーンライト・レイ!!」
宝石から巨大な紋章が浮かび、白い光の粒子が紋章へと集まっていく。
ナイのパネルからタキの音声が聞こえ、「魔法位置固定、被害範囲計算完了、撃て!ナイ!」とアサギの耳にも入ってくる。
被害範囲?!とアサギは驚き慌ててアメーバから刀を引き抜いてナイの方へと走った。
紋章に光の粒子が集まり終え、紋章が強く発光する。
紋章の中心から光の爆発とともに一筋の光線が放たれる。光線は瞬く間にアメーバへと届く。アメーバは光線に呑まれた。
ナイの放った光線はそのまま、森林を通り凄まじい音をたてて木々を倒し威力を失って消滅したようだ。
光景を見てアサギは絶句し、ナイの方を見れば肩を上下に揺らし荒い呼吸をするナイがいた。
アサギはすぐに手を伸ばして今にも倒れそうなナイの身体を支える。
アサギ「ナイ様!」
向かい合い、ナイの両肩を掴んで支えていたが身体に力が入らないのかナイはアサギの身体へと倒れ込んできた。
受け止めアサギはナイを抱き締めて、地面に膝をつき息を吐く。
だが、背後から聞こえた僅かな水の音にアサギは背後へと振り返る。
ナイの魔法に呑まれたアメーバの残骸が地面にバラバラになって落ちていた。
アサギ「まさか…」
あれだけの魔法を受けてまだ、動くというのか…。
アサギの額から汗が流れ落ちる。
●●
ローゼの村。村の入り口である門の前。
地面に紋章が浮かび上がる、紋章が発光すると二人の少年が姿を現す。
ナイとアサギのクラスメイト。コウとタキだ。
コウ「ナイが月の魔法を使う程の状態か…」
学園の特徴の黒い制服を纏ったコウはタキを見れば同じく制服姿のタキがパネルを指でつつき、コウの前へと飛ばす。
パネルの画面に映し出されたのはナイのパネルが撮っていたアメーバの姿だ。
タキ「欠片は生物じゃない。成長はしない筈なんだけどねえ」
魔界の欠片は魔界の瘴気が、魔界に存在する物質に宿ること。
生物のような器官は持っていない。だから大きくなることは無い筈なのだ。
ナイのパネルが撮っていたアメーバは最初、小動物のような大きさだったが…。それが交戦中に大きくなった。
今までの欠片からみると有り得ないことで異常事態ともいえる。
コウはナイとアサギを心配し、タキと共にローゼに移動魔法を使って学園から飛んで来た。
コウ「…二人の匂いはこっちか。行くぞ、タキ」
人狼のコウは鼻が利く。
コウがローゼの裏山へと向かおうとしたが、タキがコウの腕を掴んで止めた。
コウ「タキ?」
タキ「この村、異質だと思わない?」
タキの言葉にコウは眉を寄せた。「どういうことだ」とタキに答えを求める。
黙ってタキは村の内部に見える畑に視線をやる。門からも見える畑にコウは首を傾げた。
コウ「何で畑に紋章が…?」
コウの疑問にタキは「それが答えだよ」と笑った。
タキ「さて、何を隠してるのかねえ」
真意が読みにくいタキの眼鏡が日の光を反射する。
コウは「残念だな」と一言ため息と共に吐き出して、背後で斧を柄を握り上げているローゼの村人に視線をやった。
「う、うわああああああ!!!」
目を血走らせ汗を流しながら斧を振り下ろそうと震えた手で斧の柄を握っているローゼの村の男は絶叫と共に斧を振り下ろした。
斧はコウの頭を狙うも、いつの間にか村人の方へ向いていたコウに斧の刃を素手であっさりと受け止められてしまう。
コウ「…明確な殺意よりもこういう迷いのある殺意って苦手なんだよな」
親指と四本の指で刃を挟んで受け止めたコウは受け止めてる方とは別の拳で男を殴り飛ばす。
頭を掻き、コウはタキを見る。
タキ「これはちょっと考えものだねえ」
タキはパネルのキーをタッチして文字を打つ。画面の代わりをしている方のパネルには担任からのメッセージが書かれている。
その返事をタキは作成しているらしい。
それを横から見たコウは目を細める。
コウ「各学校にローゼからの依頼履歴が無い…?」
タキ「前代未聞の成長する欠片、襲い掛かってくる村人、特に有名でもない小さい学校、畑には紋章…ここから言えることは?委員長」
凄く意地の悪い、にやにやと三日月のように口の端をつりあげて笑うタキにコウは頭を抱える。
コウ「実験台にされたわけか。アサギとナイは…」
息を吸い、吐いて。コウは先ほど襲って来た男の首根っこ掴み引き摺るとローゼの門を通り、タキを連れて村長の家に向かうことにした。
何の目的でこんなことをしているのか説明を求めに。
●●
ナイの放った魔法に呑まれたアメーバは細かな残骸となって地面に散っていた。
しかし、残骸は僅かな動きを見せ地面を這う。
一か所に集まろうとしている。アサギにもアメーバの目的は解った。
けれど、疲弊したアサギとナイではこれ以上の攻撃手段は無い。
時間稼ぎにアメーバの体内に刀を刺した時にアサギの刀は刀身を瘴気に溶かされ、使い物にはならない。
アサギはナイを抱き締め、ここまでかと諦め始めた。
アメーバは二人を気にせず、一か所に集まる。
そして膨れ上がり、苦しみ悶えるかのように激しく動く。
形成する。強い、生物の形を…。
「ソレガ、オ父様ノ望ミ…」
アメーバから少女の声がする。
瘴気が物質に宿ったものが魔界の欠片。意志も生物としての機能を持たない筈の欠片が成長し、ましては喋るなど。
アサギは目を見開く。こんなこと、今まで体験したことはなかった。
人の形を真似たアメーバは身体を左右にゆらゆらと揺らし、人の足で歩いてアサギとナイに近づく。
顔をアサギに寄せる。アメーバの顔は唇も鼻も目も付いていない。
あくまで形を真似ているだけなのだろう。
アメーバは首を傾げる。
「モット、モット!望ミ二…!オ父様ッ!!」
幼く、高い。少女の叫び声がアメーバから聞こえる。
アメーバはアサギから離れ、上体を仰け反らせ狂ったように叫ぶ。
「お父様」と、何度も繰り返す。
アサギ「な、何が…おこって」
アサギは目の前の状況に混乱した。
その状況下でアサギの腕の中でナイが意識を取り戻して瞼を開ける。
疲労は先ほどよりも取れている。
ナイ「もう、一発うちます…」
あの存在をこのまま放置は出来ない。
ナイは銀の杖を握り締めて、小声で呟く。
アサギ「…ナイ様、無茶です」
一回使って、相当な体力消費の魔法だ。
二発目などナイの生死に関わりかねない、とアサギは杖を握るナイの手に自分の手を重ねる。
ナイは息をゆっくり吐く。
この状況では応援要請をしても間に合うか、どうか。
ナイは瞼を閉じる。
どうせ、死ぬなら。せめて相打ちになってでも奴を倒し…。それぐらいの意地はある。
戦士としての道を選んだのだから。ナイはそう思い、脳裏に思い浮かべる。
夜の空に浮かぶ、月の姿を。
●●
第二話に続きます。